10. 腸詰めよ。今日のおひるの星になれ!
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「アンリ、お前……。ど~うすんだよ!? 試作品を作るのはいい、けどこんなに買ってくるやつがあるかッ」
その日の夕方営業に備え、≪金色のひまわり亭≫に再出勤したナイアルは、翠の目をぎょろぎょろと盛大に見開いて言った。
厨房の隅、ずん胴鍋がよけいに多いな?? と不審に思った副店長がのぞいてみれば。昨夜、≪紅てがら≫でがっかりした腸詰めが、内いっぱいに煮られているではないか!
「つうか、腸詰めが煮込み鍋だとぉぉぉ」
「あんまり聞かないわね。……と言うか初耳だわ、わたし」
副店長の後ろから鍋の中身をのぞき見て、雇われ女将のエリンも恐々としている。
「ええ、ですよねー! お姫さま。テルポシエ市内とこの辺だと、腸詰めは焼くか蒸すのが基本ですぅ」
反対側の端の炉で、本日これから出す分の≪うみすずき鍋≫をかき回しながら、アンリはしれッと答えた。
「くくく、美しい黄金根色です……ういきょうの香りもばっちり。深まる秋の夜長にぴったし」
「ああ、うみすずきは上々の出来栄えだ。しかし腸詰めはどうなるんだ、まるごと俺らのまかないになるのか?」
不安に満ちたナイアルの問いに、アンリはふいっと顔を上げた。
ぺかッ! ああ、炉の炎に加えて黄金根汁の照り返しが料理人の頬にかがやく。しつこいほどのまぶしさだ!
「……まかないとなるか、主役のひとりとなるか。それを決めるのは、お鍋自身なのですよ……ナイアルさん」
「おいこら、鍋の自主性を尊重してどうすんだッ」
突っ込んだ副店長の後ろで、厨房の扉がかたんと開いた。入ってきたのは、ナイアルの母である。
「そろそろ、営業中の看板を出すよ~?」
同時に、こーん! と遠く時鐘も響いてきた。
夕の六つ。≪金色のひまわり亭≫夕食営業の開始時刻である。
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次の日の朝。
珍しく早く起きたアンリは、暗い厨房の隅にもっそりと立った。
ずん胴鍋のふたを取る。
小さく点けた炉の炎が、鍋の中身の表面を白く照らした。
「……やはり、そうだったのか」
凝固したうすい脂肪の膜に、そっと木杓子で触れながらアンリはつぶやいた。
「きみは、主役だ。今日のおひるの、星になるんだよ……!!」
本人は大まじめだ。しかしはたから見たら、危なきことこの上ない料理人アンリである。
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≪金色のひまわり亭≫の献立表は長くない。
日替わり定食として、鍋ものあるいはつぶし汁の二択があり、多くの客はこれを食べに来ていた。
卵とじなどの定番は注文を受けてからアンリが作るが、基本は煮込んで作りおいた大鍋からの取り分けである。
しかしその日の日替わりに、つぶし汁ではなく腸詰め鍋を提供したい、とアンリは宣言した。
「はあああ!?」
「腸詰めって、アンリ君っっ」
「え、ちょっと。まさか昨日のやつ!?」
厨房、大食卓での朝の打ち合わせ。どぎもを抜かれたのは、もちろん≪紅てがら≫勢だった。
副店長ナイアル、ナイアルの母、そしてリリエルが同じ顔をびっくり引きつらせている!
「ちょっと待って、アンリ君……! 女性のお客さまは、ほとんどがつぶし汁を召し上がるのよ。それがないというのは……、」
不安にかられ、恐々と言いかけたエリンは、しかし途中でごくりと息をのんだ。
アンリの顔が今までにないほどの毛筆ふと描きになっているのに、女将は気づいたのである!
「……それをなくすと言うくらいだもの。今日のあなたには、相当の決意と覚悟、さらに自信があるのね……!?」
「ふッ、そうなのです。さすが、お姫さまには気取られましたか……」
ことり!
アンリは前もって小鍋に取り分けておいたものを、おたまで素早くすくいとると鉢によそった。
「何はともあれ、お味を試していただけますか? 皆さん」
白い陶器の小鉢が、次々とアンリの手から、卓についた皆のもとに渡ってゆく。
「え? この丸いのって……」
顔を上げてアンリを見たリリエルに向け、アンリは笑わずにうなづいた。
「あら」
「……ええっ?」
一口食べたエリン、続いてナイアルの母が声を上げた。
「……何だ、こりゃあ。あのぼんやりした腸詰めを使ったと思ったのに……。別のものを入れたのか? アンリ」
ぎょろ目いっぱいに困惑をたたえて、ナイアルが問う。
「めちゃくちゃうまいぞ!」
「おいしい……。ほんとの本当に、おいしい!」
リリエルの横で、ミオナはつぶやきながら笑顔になっていた。隣から聞こえてくる驚きの心音も、とくとく躍るようで楽しい!
ほんとおーいしーいと感心するも、やっぱりめんど臭いので言わない店長。
その隣ではビセンテですら、鉢の中身に好感をいだいていた。輪切りになったやつの端っこ、その腸皮結び目をがしがし噛んでるのである。しなやかに手ごわい! いや歯ごわい!
「うふふのふ。別ものみたいでも、同一の腸詰めなんですよ」
そこで初めて、アンリはにやーっと笑った。ぺかーっ、焼きたて顔も不敵にてかる。
「リリエルちゃんは、逸材を見出してくれてたんですよ!」
「え? ……逸材??」
小鉢の中身を思わずたいらげていたリリエルは、料理人の言葉の意味がよくわからない。
けれど、どうしてなのか。≪紅てがら≫の次期おかみは、白い頬にぽーっとあかく血をのぼらせていた。




