1. 新兵アンリの入営
ぽすっっ!!
最後の一矢も、やはりだめだった……。新兵はうなだれて、かまえた小弓をがくりと下ろす。
「えーと。百発百中の逆ってな、何つうの? ま~、ここまで当たんねえのも才能よなー」
はははは、……翠色のぎょろ目をぴくぴく引きつらせながら、ナイアルはむりやり笑った。
何というか、もう指導しているこちらの方が放っぽり出したくなる。
新人の兵士は用意した三十本の矢を、ことごとく的から外していた。
ここはテルポシエ大市の東にある、ウエスナーン村。
その外れに設置された二級騎士用のほったて兵舎にて、【第十三遊撃隊】の副長ナイアルは、あらたに召集された新兵に向き合っている。
「弓矢あつかったこと、無えの?」
「……いえ、あの……」
新兵はうつむいたまま、もぞもぞと口の中でどもりがちに何かを言う。
「お前なあああ、どういう口のきき方してんだよ!! おらぁぁぁッ」
びしーッッ!!
隣の射撃練習的を使っている数人の集団からは、厳しい叱咤の怒声とともに、何かを強くはたく音が聞こえてくる。
……が、そういった雑音を無視して、ナイアルは自隊の新入兵に話しかけた。
「長槍も短槍も、扱いを知らない。弓矢も使えねぇとくると、ちっと辛いよなぁ。もちろん剣だとかも、触ったことねえだろ?」
「ええと……」
「心配すんな。そういうやつらのためにな、棍棒の支給もあるんだ」
「こ、こんぶ」
「棍棒な。一級騎士のおえらいさんはよ、戦棍だの警棒だのってかっこよくお呼びになっちゃいるが、とどのつまり棍棒だ。よし、これから俺っちがそいつを支給申請すっからよ? 次の警邏から持ってけや。いいな、アンリ」
新兵は、やたら血色のよい顔をさらに赤くして、うつむきがちに胸の前の両手をもみしだいている。
――はぁ~。よりによって、戦局がきな臭くなってきたこの時期に! こんな使えねえのが、うちの≪第十三≫に来るとはようー!
心配すんなと言いはしたものの、実際に不安にかられているのはナイアル自身である。
二十歳になって召集されたばかりのアンリ青年は、市内でも高級住宅地の立ち並ぶ南区出身らしい。
ずんぐりした体型で、この年齢にして少々お腹が前に出ていた。血色のよい若い顔に、いちご金髪の巻き毛。
極度の人見知りらしく、ろくすっぽ口をきかない。
少し前の時代なら、兵役対象から外されていたんじゃないかと思えるような、平和な見かけの若者だった。
――まあ、運が悪かったっつうのは俺ら≪第十三≫だけじゃねぇわな。俺っち含め、いま現在を生きてる全テルポシエ市民が、貧乏くじを引いてんだから……。
イリー暦188年、青月。
東方から侵略攻勢してきた蛮族の武装集団【エノ軍】にじわじわと包囲をかためられ、港湾都市国家テルポシエは守備一辺倒だった。
他の都市国家群に通じる陸路、イリー街道を封じられてしまったのだが、海路で物資供給ができているため、テルポシエ宮廷はあんまり危機感を持っていない。
貴族の中でも余裕のあるものは、休暇感覚で他国へ疎開してしまっていた。
逃げられないのは、一般市民である。
数年前から兵役が拡大され、ナイアルだって本来ならば二年でよいところの従軍を、もう四年も続けさせられている。
ナイアルが入営した当時から面倒をみてくれた、軍人のおじい隊長が先日退役していって(定年まではさすがに延長されないらしい)、それまでの副長が隊長に。ナイアルが副長に昇進したばっかりなのだった。
テルポシエ大市の北区下町、老舗乾物屋の看板息子であるナイアルは、当たり前だが一般市民、平民の出自である。
他の国なら貴族身分の騎士どもに守られるはずだが、彼の祖国ではどうしてだか庶民も兵役に参加せねばならない、強制的に。
≪二級騎士≫とおとしめつつ持ち上げる呼び方の地位を与えられてはいるが、まぁ要するに市民兵なのだ。
枯草色のじじ臭いお仕着せ外套を着せられ、遊撃隊と言う小分けの部隊を組まされて、広い領地内いたるところへ徒歩で警邏に赴かされる。馬を提供されずに歩兵扱いの騎士とは、そもそも名に偽りありではないのか。
するめを干しなまこと称して売るくらいの詐欺じゃねえか、と乾物屋感覚で激しく猜疑心を抱いたまま、ナイアルは従軍を続けていた。
山賊、海賊あがりの敵軍が出没しやすい辺境地、強奪対象になりそうな小さな集落を守るために出向かされてばかりである。
貴族出自のほんもの騎士、眼にあざやかな草色の上質外套をまとったやつらは、そういうところに配属されない。
≪一級騎士≫らは首邑テルポシエ大市にお構えになっている。まずエノ軍が確実に出ないところを守備して、何になるのだ??
……まあナイアルがほとんど目にしていないというだけで、実は山々谷々森々したところで泥にまみれて敵兵とがち勝負をしている一級騎士も、いるのかもしれないが……。
とにかく今いる領内東部に、≪緑の騎士≫の姿は見かけなかった。
的のまわりに散らばった矢を集め戻して、ナイアルと新兵アンリはほったて兵舎の中に戻る。
≪第十三遊撃隊≫専用室――と読めば聞こえはいいが、扉にかかった木札にそうなぐり書きしてあるだけの、平たい部屋だ。
「大将ー。新人の武器は、≪棍棒≫で支給申請しまっすー」
呼びかけたナイアルに、寝台にかけていたのっぽ男が顔を上げる。
うなづきながらものっぽ男は、手を止めなかった。枯草色のごわごわした毛織地を抱き込むようにして、でっかい右手をくにゃくにゃ動かしている。
大男の隊長ダンは、ナイアルより一回りも年のいった軍人だが、本職はお直し職人なのだった。
「ビセンテは、どこっすかね?」
ナイアルの問いに、ダンは言葉を返さず肩をすくめる。
外套すそ上げまつり縫いの最中に、言葉を発するなんてめんど臭いことはしない主義なのだ。ていうか誰がどこにいるかなんて、俺に聞かないでほしいと思っている。
「ま、いっか……。申請行って来るっす。ほれ行くぞ、アンリ」
隊長同意を得て、ナイアルは兵舎事務所へと向かった。
そこの裏の武器庫で、引っぱり出された古くさい鉄球つきの棍棒を手に、新兵アンリはまだうつむきがちである。
「少し素振りでもして、感覚をおぼえとけ。来たばっかりで何だけどよ。夕めし食ったら、すぐに夜間警邏の日だからな」
「こちらお食事は、どんなものが?」
するする、すらっと問われたことばが、誰の口から発されたのか一瞬わからない。ナイアルはきょとんとした。
武器庫番の兵士は、別の兵と話している。周りには、他に人なんていないのだ……。
「へ?」
「お夕食には、どんなお料理がいただけるのでしょうか?」
ずこ――ッッ!! とのけぞりそうになったほど、ナイアルは驚いた。もぞもぞ調子から一転、新兵アンリがしゃべっているのである!
「なんだお前、いきなり滑舌よくなってッ!?」
「あのう。お献立は、あるのでしょうか」
「おこんだて!!」
「はい」
「……そういうのはない。基本は杣粥ばっかしで、漬物とぱんが日ごとにかわるだけだ。量は上限なく食っていいが、味には期待しちゃいけねえ」
本当は、数日おきに肉や魚の煮込みも出る。
しかし切ない野営生活をうるおすほどに美味いものでもないから、ナイアルはあえてそう言った。
――南区出身の坊ちゃんなら、ここのめしは辛いだろう。現実に見るまでは、最初っから期待させない方がいい。
「さよですか!」
しかし新兵は、これまで見てきた中でいちばん明るい顔をして、ナイアルを見上げていた。
一般テルポシエ男性の標準よりも、ちょっと小さめな背丈である。
薄暗い武器庫の中なのに、アンリの頬っぺたは妙にてかっているようにナイアルに見えた。
何の光のぐあいだろ、と≪第十三遊撃隊≫副長は頭をひねる……。
・ ・ ・
かくして、べたついた杣粥をがっついたテルポシエ軍二級騎士・第十三遊撃隊の面々は、日没後まもなくウエスナーン村から東方面の警邏に出る。
「あの、隊長、……ありがとうございます」
兵舎の隊室から出る直前、新兵アンリがどもりがちにダンに言っているのを、ナイアルは聞きつけた。
革鎧の周りでがちゃつく装備品をまとめ、上に外套と小弓を引っかけて、短槍を手にした時である。
ちょっと振り返れば、隊長ダンは高ーいところにある頭をこくり、と振ったようだった。
何も言わず、しげしげとアンリを見下ろしているらしい。
「すごく、動きやすいです……」
たしかに新兵の枯草色外套は、丈が詰められていた。小柄にして胴回りのあるアンリに、支給の外套はぎこちなかったのだが。
「ほんじゃ大将。行きやすかー」
ナイアルが極力明るくかけた言葉に、ダンがうなづく。
その時室の奥側、隅の寝台から、むくりと腰を上げた影があった。
すっぽり深くかぶった外套頭巾のふちから、砂色の長髪および鋭い眼光がかいま見える。
やや細身の影はぶっちょう面を貼りつけたまま、すっとナイアルの横を通り、半開きの扉を出てしまった。
「よしアンリ、ビセンテについて行け。俺っちは最後に、隊室の鍵しめんだからよ」
「はい、あの……」
従って行きかけて、新兵はもぞもぞと立ち止まる。その後ろで、長槍を手にした長ーい隊長がつっかえた。
「なんだよ?」
「ビセンテさんは、……俺に怒ってらっしゃるのでしょうか?」
もじもじと聞いてきたアンリに、ナイアルはさっと頭を横に振る。
「いや、あれがあいつの普通だ。気にせんでいいから、とっとと追え」
副長の言葉にうなづくも、血色のよいアンリの顔は、不安にくすんでいた……。




