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3章 青春のレモンバーベナティー➁


 放課後。

 部活動にも委員会にも所属していない天音は、学校に残っていてもすることがないので、一目散に帰宅する。

 友人がいるのなら、どこか寄り道して帰ったりするのかもしれないが、天音にそんな予定はできそうになかった。


(いいなぁ、きっとどこかに寄って帰るんだろうなぁ)


 楽しそうに帰路に就く制服姿の女子達を横目に見ながら、天音は歩を進める。

 本屋さんの前を通ると、久遠が読んでいた本のポスターが貼られていた。

 天音が詳しくないだけで、かなり有名なミステリ作家だったらしい。


(久遠くん、今はどんな本を読んでるんだろう…?)


 自宅への道を歩きながら、そんな他愛もないことを考える。

 またお喋りしたいと思いつつ、結局声を掛けられずに、もう数週間が経とうとしていた。

 ただあの一時、屋上で話しただけの仲。

 久遠はもしかしたら、教室で天音に話し掛けられることをよしとしないかもしれない。

 まただれかに嫌がられるかもしれないと思うと、やはり天音は一歩踏み出すことができなかった。


(今日も話し掛けられなかったなぁ……)


 そう思いながら歩いているうち、天音は何故か、森の中のようなところを歩いていた。


「あれ……?ここどこだろう?」


 自宅までの道のりを歩いていたはずなのだが、すっかり見たこともない場所に来てしまっていた。

(いくらなんでもぼうっとしすぎだよ、私……)

 天音はそう心の中で反省する。

 普通ぼうっとしていても自宅への道のりを間違えることなどないだろう。何気なく歩いていても、なんとなく家に着いてしまうものだ。

 しかし、余程ぼうっとしていたのか、そこはまったく見たこともない自然豊かな場所だった。

 引き返すべきだとは思いつつも何故か歩みは止まらない。

 するとそこに突然、小さな家が見えてきた。

 白と青がグラデーションになっている、空のような色合いの家だった。

 家の前にはなにか野菜を育てているのか、小さな農園のようなスペースがあり、ハーブなんかも目に入った。

 天音を歓迎するかのように花々が穏やかな風に揺れる。その美しさに天音は表情を緩めた。


「きれい…」


 花々を見ながら空色の小さな家の前へとやってくると、小さな看板が出ていた。

「『ぽんぽこん喫茶 おすすめめにゅう あなたの心をほぐす いやしのおちゃ』……。ぽんぽこん喫茶!喫茶店なんだ」

 やけに可愛らしくSNS映えしそうな雰囲気がある。

 天音はそのドアに手を掛けた。

 リリリンっと涼やかな音が鳴って、ハーブの香りが天音を包む。


「わあ、いい香り!」


 店内を見回すと、カウンター席が五つに、二人掛けの席が三つ。

 店内のあちらこちらに花が飾られ、まるで森の中にいるような雰囲気だった。

(もし友達がいたら、こういうお店でお喋りしたりしたのかな……)

 そんな放課後があったのかもしれない、などと想像していると、店の奥からぱたぱたと足音が聞こえてくる。


「いらっしゃいませぇ~!」


 男の子とも、女の子とも聞こえるような幼い声がして、その声の主がこちらにやってきた。

「お待たせいたしました!」

 そう元気よくやってきたのは、もふもふの毛並みを揺らしたきつねだった。

 エプロンをして、手にはペンと伝票のようなものを持っている。

(きつねだ……)

 天音は初めてみるきつねの姿に、しばし目が点になってしまった。

(きつねって、こんな感じなんだ。テレビでしか見たことなかったけど、すごく流暢な日本語を喋るんだなぁ……)

 きつねが日本語を喋るなんてそんなことあるはずがないのだが、このときの天音はさして気にすることもなかった。

「では、お席にご案内いたします!」

 ふわふわと金色の尻尾を揺らしながら、きつねがテーブル席へと案内してくれる。

 天音はきつねから目が離せないまま、窓際の席へと腰を下ろす。

「ご注文はどうなさいますかぁ?」

 その言葉とともに、きつねが天音へメニューの書かれた厚紙を見せてくる。

「あ、えっと……」

(そういえば、心をほぐすいやしのおちゃ、があるんだったっけ……)

 先程店の入り口の看板にそうおすすめが書かれていたことを思い出す。

「あの、お、おすすめのおちゃと、……それに合うケーキがあれば、それをお願いします……」

 天音の注文に、「かしこまりましたぁ!」ときつねは注文を伝票に記載する。

 そうして軽快な足取りでキッチンがあるらしい奥の方へと向かい、声を掛けた。


「ますたぁ!おすすめいっちょう!」


 まるで居酒屋だかラーメン屋だかのようなオーダーの仕方に、ここは喫茶店で間違いないよね?、と天音は改めて店内をきょろきょろとしてしまった。

 すると間もなくして、カチャカチャと食器の音が聞こえて、きつねがたどたどしい足取りでやってきた。

 天音はそのようすをはらはらと見守っていたが、きつねは落とすことなく、ちゃんと天音のテーブルにティーカップとケーキを置いた。

「こちら、おすすめのおちゃ、レモンバーベナティーとレモンケーキでございます!」

 天音は自身の目の前に置かれたハーブティーとケーキをまじまじと見つめる。

 透明なティーカップに入った薄黄色の液体からは、レモンのような柑橘系の爽やかな香りがする。

 その隣にはこれまた薄黄色が鮮やかなレモンのパウンドケーキが並べられていた。

「レモン尽くしだ……」

 思わず零れてしまった呟きに反応するかのように、奥から声と一緒にぽてぽてとした足音が聞こえてくる。

「レモンバーベナティーとレモンケーキは、お互いを引き立て合ってよりレモンのフレッシュさを味わうことができるのです」

 天音がそうなんだ、と思いながら声の方を見ていると、出てきたのはこれまたもふもふの茶色い毛に身を包んだたぬきだった。

 たぬきは蝶ネクタイを付け、きつねと同じようにエプロンを付けている。

「いらっしゃいませ。どうぞ心ゆくまでゆっくりなさってください」

 たぬきは恭しく頭を下げる。

 天音も慌ててぺこりと頭を下げた。

「さ!さっそく食べてみて!」

 きつねの店員に促され、天音はレモンバーベナティーを一口飲んでから、レモンケーキへと手を付けた。

 爽やかな香りがすっと天音を通り抜け、酸っぱいものと思っていたレモンバーベナティーは、思ったよりも飲みやすかった。

「美味しいです…!」

「よかったぁ!」

 きつねが満面の笑みを浮かべ、たぬきも少し誇らしそうな表情を見せた。

「あの、ここはおふたりでやっているお店なんですか?」

 そう天音が質問すると、「うん、そうだよ~、こんちゃんとぽんちゃんのお店~」ときつねがゆるっと説明してくれた。

(なるほど、それでぽんぽこん喫茶なのかな?)

 店の不思議な名前を思い出し、天音はふんふんと頷いた。

「レモンバーベナティーには、気持ちを明るくする効果もあるんです」

 ティーカップに口を付けていた天音は、たぬきのその言葉を聞いて薄黄色の液体に目を落とす。

「気持ちを明るく…」

 明るいなんて天音とは正反対の言葉だと思った。

 自分は一度の失敗から友人を作ることに臆病になり、踏み出せずにいる。

 もしこのお茶を飲んで、気持ちが明るくなるのならば、久遠に声を掛ける勇気も湧いてくるのだろうか。

「レモンは青春にもよく例えられますね。甘酸っぱい青春の時間は、人生でほんの一握り。楽しいこともそうですが、同じように苦しいことだって、気が付けば過ぎていくものです。後悔なく日々を過ごしてほしいですね」

 たぬきの言葉に、天音はドキッとした。

 まるで自分のことを言われているみたいだと思ったからだ。

(後悔なく日々を過ごす……か…)

 せっかくの高校生活。これでいいのかと、天音も薄々思っていた。

 人目を気にして動けなくて、そんな弱い自分に嫌気が差していた。

 天音は勇気がほしかった。

 まただれかと話す勇気。久遠に声を掛ける勇気。

(このお茶を飲むことで、もしそんな勇気が湧いてくるのなら……)

 天音は祈るような気持ちでレモンバーベナティーを飲み干す。


(私はもう一度、頑張りたい。久遠くんに友達になってくださいって、声を掛けるんだ)


 天音は緊張で少し震える指をぎゅっと握りしめて、立ち上がる。

「ご馳走様でした」

「お粗末様でございます」

 ハーブの爽やかな香りに後押しされるように、天音は店を後にする。


 この勇気が逃げてしまわないよう、慌てていつもの通りへとやってくると、ちょうど本屋から出てきた久遠の姿を見つけた。

 天音は高鳴る心臓を意識しないよう、久遠に声を掛けた。

「久遠くん……!」

「やあ、星宮さん。久しぶり」

 久遠はあの屋上での日々と変わらず、天音を見ると少し表情を緩めてくれる。

(言うんだ、言うんだ……!)

 天音は久遠の顔をしっかりとみて、言葉を紡いだ。

「く、久遠くん!わ、私と、友達になってくださいっ」

 天音の想いを振り絞った言葉に、久遠は一瞬目を丸くして、しかしすぐに吹き出した。

「え?え?」

 予想だにしなかった久遠の反応に、天音はたじろいだ。

 が、久遠は見たこともない笑顔を浮かべると、天音に言った。

「なに言ってんの。僕達もう友達でしょ?」

 その言葉に、天音は嬉しすぎて腰が抜けそうになった。

 そんな天音に手を貸しつつ、久遠はまた笑いかけてくれたのだった。



「ますたぁの作るケーキってどうしてこんなにも美味しんだろう~」

 きつねのこんちゃんがもぐもぐとレモンケーキを頬張りながら、満面の笑みを浮かべている。

「レモンバーベナティーも酸っぱくなくて美味しいねっ!なんだかこんちゃんまで明るさ百倍になってきた気がする!」

 いつも明るく元気いっぱいなこんちゃんを見ながら、たぬきのぽんちゃんも嬉しそうに微笑んでいる。

 するとまた、リリリンっと涼やかなドアベルが鳴って、誰かが店内に入ってきた気配があった。


「ほらこんちゃん、お客様がお見えですよ」

「はーい!今度はどんな時代の、どんなひとだろうねぇ~」

 こんちゃんは慌てて頬っぺたに詰め込んだケーキを飲み込んで、ぱたぱたと店先に向かった。




 ここは森の中にある不思議な喫茶店。

 どんな時代にも、どんな場所にも突然現れて、心をほぐす癒しのハーブティーとゆったり自分を見つめ直す時間を提供する、たぬきときつねのお店。

 今日もあなたに合った、心をほぐす いやしのおちゃ を、どうぞ心ゆくまで。





お読みいただきありがとうございました!

続きはのんびり更新予定です。

楽しんでいただけていたらうれしいです。



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