魔王の最期の言葉
「魔王よ、最期に言い残すことはあるか?」
魔王城の玉座の間。勇者は、戦いに敗れ跪く魔王に聖剣を突き付け、そう問いかけた。
「ふふ、そうだな、勇者よ。一つだけ言い残しておこう」
魔王が力なく笑い、顔を上げた。
「勇者と魔王は、コインの裏表のようなものだ。いずれ、お前は俺と同じように勇者に倒されるだろう」
「何だそれは。勇者である俺が魔王になる訳がない」
勇者は鼻で笑った。そんな勇者の顔を魔王が見つめる。敗者のくせに、まるで勝者を憐れむような表情。
その表情に言い知れぬ怒りを感じた勇者は、聖剣を振り上げた。
† † †
この国の勇者として、魔族と人間の争いに、長らく続いた圧政に終止符を打った俺は、旧王家と遠縁であったこともあり、その功績が認められ、旧王家の長女と結婚することになった。
そして、王政が復活し、彼女が女王に即位すると、俺は女王に請われ、この国の王となった。この国は、俺と女王の共同君主国となった。
最初は問題なかった。俺と女王は、お互いを尊敬し、意見を出し合い、この国をより良いものにしようと努力した。
しかし、少しずつその関係が崩れ始めた。大臣や貴族達が王派と女王派に分かれ、何かと争うようになったのだ。
俺と女王は、お互いに臣下を抑えようとしたが、臣下に唆された女王が、何かと俺に対立するようになってきた……いや、もしかすると、俺も臣下に唆され、彼女と対立するようになっていたのかもしれないが……
俺と女王の仲は、公私ともに最悪の状態となった。そして、女王が俺の排斥を企てていると臣下から聞いた俺は、先手を打った。大逆を企てているとして、女王とその一派を拘束、処刑した。
断頭台に跪き、鬼神のごとき表情で呪詛の言葉を喚き散らす女王を見ても、俺の心は冷め切ったままだった。
その後、俺は国富増強に邁進した。勇者としての戦いで手に入れた植民地における生産、課税を強化した。
そんな中、植民地で「勇者」を名乗る若者が仲間を募り、課税強化に抵抗し始めているという報告が入ってきた。
勇者とは、もともと我が国の、俺の称号。異種族の似非勇者など簡単に鎮圧できる。そう思っていた。しかし、その新しい勇者は、徐々に力を付け、我が軍を圧倒するようになった。中には、種族が異なるにも関わらず、我が国の中で勇者に寝返る者も現れ始めた。
そして、我が軍は敗走を続け、ついに勇者が我が玉座の前に現れた。
† † †
「ついにここまで来た。魔王よ、覚悟!」
多くの仲間を引き連れた人間の若者が、俺に向かって叫んだ。
「ふん、お前が勇者とやらか。元々勇者とは、魔族のうち、我ら鬼族に伝わる称号。俺の称号だ。お前のような異種族のニセ勇者など、一捻りにしてくれるわ!」
俺は剣を取り、玉座を立った。魔族と人間、それぞれの「勇者」の一騎討ち。激闘の末、俺は敗れた。
「魔王よ、最期に言い残すことはあるか?」
跪く俺に剣を突き付け、人間の勇者が言った。
その言葉を聞いた俺は、かつて自分が「勇者」として人間の王を倒した時のことを思い出した。
魔族の国を植民地とし、搾取の限りを尽くした人間の王。その圧政に立ち向かうため、俺は鬼族の勇者として魔族の仲間を募り、人間に立ち向かった。
そして、人間の王を倒す直前、俺も同じことを尋ねたのだ。
人間の王はこう言った。「いずれ、お前も私のようになるときが来る」と。
そんな訳がない。俺は虐げられ続けた魔族の解放者。人間の王のようになる訳がない。そう思っていた。
しかし、今、こうして人間の勇者の前に跪き、今までの自分の行いを思い起こすと、結局あの人間の王と同じ道をたどっていたことに気づいた。
すべては我が国のため、魔族の民のため。そう思っていた。しかし、結果としてそうならなかった。どこで間違ったのだろうか……
俺は、人間の勇者の顔を見上げた。自信と未来への希望に満ちあふれた表情。俺も、あの時、こんな顔をしていたのだろうか。
「ふふ、そうだな、勇者よ。一つだけ言い残しておこう」
俺は力なく笑うと、勇者の目を見つめた。
「勇者と魔王は、コインの裏表のようなものだ。いずれ、お前は俺と同じように勇者に倒されるだろう」
「何だそれは。勇者である俺が魔王になる訳がない」
勇者が鼻で笑った。
ああ、どうか人間の勇者よ。俺や、俺がかつて倒した人間の王のようにならないでくれ。この不幸の連鎖を、お前が断ち切ってくれ。
俺は、勇者が剣を振り上げるのを見つめながら、心の中でそう祈った。