時代遅れな男と妖怪
時代遅れだと周囲に笑われながらも強行した事業に失敗してすべてを失ったその壮年の男は、傷心のままに地元へと戻ってくると幼い頃によく遊んだ山へと足を運んだ。
大きなリュックにはキャンプ用具一式に火鉢に練炭。携帯電話を持ってはいるが電源はいれていない。
死ぬつもりで、どうせ死ぬなら子供の頃に慣れ親しんだ場所で死にたかった。
妻も子もおらず、若い頃から計画していた事業が失敗したいまとなっては生きる意味も見いだせなくなっていた男は、景色がよく、そしてテントを張れそうな場所を探して一人静かに黙々と歩き続けていた。
どれだけ歩いただろうか。日がある内に山に入り、辺りが赤くなり、そして今度は段々と暗くなってきたほどの時間になりようやく男はよさそうな空き地を見つけた。
いまは暗いせいで辺りが見えないが、明るくなれば景色も良さそうだ。ここなら良いだろうと男はテントを張り始める。
明日の朝一番の朝日を見て、そして炭を用意しよう。
テントを張りすぐに寝入った男は、まだ辺りが暗い内にふと目を覚ましました。
テントの近くで誰かが喋っているような、そんな声が聞こえてきたような気がしたのだ。心なしかテントの周りもなにかの灯りで明るいような気もする。
一体なんだと目を擦りながらテントから顔を出してみた男は驚いた。テントの近くには火がふわふわと浮いて明かりを灯しており、そしてその近くには異形の存在が顔を突き合わせてなにかの話し合いをしていたのだ。
のっぺらぼうにろくろ首、一つ目小僧にからかさおばけ。猫又、天狗に化狐。その他にも色々と。
なんてところにテントを張ってしまったのだと後悔している男の耳に、彼らの話す内容が聞こえてきた。
「最近は人々がまったく怖がってくれないな。やはり我らはもう時代遅れなのだろうか」
「いや、いや。形を変えて、工夫をすればまだまだ我らも出来るはずだ」
「光が多すぎて鬼火の有効性が薄くなってしまった。別の何かを考えよう」
様々な意見が出て、活発に人々を怖がらせるアイデアを出し合っている。
そしてその話し合いは明け方まで続き、日が出ると同時に彼らは少しずつその姿を薄れさせて消えていってしまった。
テントから出た男は夜明けの光を全身に浴びながら、先ほどまで妖怪たちがいた場所を見つめる。そしてなにかを決意したように一つ頷くと、眠気を追い払うために一度大きく伸びをしてからテントを片付け始めた。
自分よりもはるかに時代遅れな存在があんなにも努力をしているのだ。それならば自分ももう少しぐらいは頑張ってみても良いかもしれない。
足取りも軽く山を下りた男は、次に行う事業について考えを巡らせていた。
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