時計の星
偉大なる時計職人が住まう星。この星では、誰もが自分にぴったりの時計を身に着けます。腕時計や、懐中時計、早い時計に、遅い時計……無数の種類の中から、自分の時計が選ばれるのです。
この日、時計職人の元に、三人の子どもが時計をもらいに来ました。一番大きな女の子は、のんびりやさんのノン子です。ノン子は、自分の腕時計を指して、
「見て、わたしの時計は、一分に六十回も針を刻むの!」
と言いました。すると、中くらいの女の子が、
「一分ってそういうものだよ! 針が刻んだ六十回目を、一分と呼ぶんだ」
と言います。この子はしっかり者なので、シリ子と呼びましょう。
一番小さな女の子は、フンと鼻をいじわるに鳴らして、
「一分なんて、時計の種類によるわよ。もし一分を針の六十回目と決めるなら、わたしの時計じゃ、早すぎるもの」
そう言って、ぐるぐるとせっかちに回る時計を二人に見せました。この子は、せっかちのセツ子です。
§
別々の時計を持つ三人ですが、不思議と仲良く育ちました。でもやっぱり、時計が違うせいで、うまくいかないこともあります。公園で遊ぶ約束をすると、決まってノン子が遅刻してきて、セツ子が怒るのです。
「だから、何度言ったらわかるのよ! 前の日に出かける準備をしておけばいいでしょ!」
「準備はちゃんとしたよ。けど、わたしの時計は、あなたより遅いから……」
「言い訳しないで! わたしは二時間前から来てるのに!」
二人の喧嘩を止めるのは、シリ子の役目です。
「ぼくから見れば、ノン子は遅すぎるし、セツ子は早すぎる。だけど、どちらも悪いわけではないよ。それぞれ時計が違うんだから、お互いの時間を尊重しなきゃ。お日様を目印にしようよ。朝と、昼と、夕暮れは、みんなに等しく来るでしょう?」
こんな風に言われると、だんだんセツ子の怒りは鎮まって、ノン子は素直に反省できるのです。
§
三人が出会って一年が経った頃、セツ子が言いました。
「最近、時間の流れが速くてびっくりするのよ。一週間の記憶がないの」
ノン子は、セツ子が何を言っているのか理解できません。シリ子は、親の顔を思い出して言いました。
「何、大人みたいなこと言ってるの?」
「『みたい』じゃないわ! あーあ、きっとわたし、忙しすぎるんだわ。昔はこんなことなかったのに」
「昔って言っても、ぼくたち、いくらも生きてないじゃない」
「だけど、しばらく生きたでしょ」
ここで、ノン子はやっと話を理解して、しょぼんと肩を落としました。
「最近、セツ子は難しい話をするよね。おしゃべりが多いし。遊ぶ時間がなくなっちゃう」
「おしゃべりだって楽しい時間でしょ」
「まあまあ、お互いの時間を尊重して」
セツ子は、ノン子とシリ子の顔を見回して、サッと耳を撫でて言いました。
「まあ、ゲームとか探検も、悪くはないわよね。最近、誰を遊びに誘っても、なぜかお食事ばかりになるの。ノン子とシリ子に会う時間の方が、遊んでるって感じるわ」
§
それからまた、一年経つと、セツ子はもっと忙しくなって、とうとう、三人そろう時間がなくなってしまいました。
ノン子が、不満げに言いました。
「ねえ、シリ子。お互いの時間を尊重するって約束はしたけど、尊重って、どうすればいいのかな? わたしは、遅刻をしないようにしてるけど、それじゃあ、セツ子は? 忙しいばっかりで、約束も破ってばっかりなのに、文句を言うのもだめなの?」
「セツ子は、遊びに来れなくなったら、ちゃんと謝ってくれてるじゃないか。セツ子にも事情があるんだ。それを感じ取ることが、尊重するってことじゃないかな」
「そっかあ。シリ子はいつも冷静で、すごいね」
「さあね。ぼくの時計は、ノン子ほど遅くないし、セツ子ほど速くもないから、両方の気持ちがわかるだけだよ」
§
しかしある日。あのシリ子が取り乱して、ノン子の家に駆けこんできました。
「ノン子! セツ子が、セツ子が!」
ノン子とシリ子は、走ってセツ子の家に行きました。
セツ子の家は、木の根元に掘った穴の中にあります。今日は、穴の外にセツ子の家族が集まり、お母さん、お母さんと泣きながら、花を運んでいました。花の中心には、一匹のネズミが横たわっていました。
セツ子は、ネズミでした。ネズミの寿命は三年ほどです。セツ子の横には時計が添えてありましたが、せっかちに進むはずの針は、ピタリと止まっています。
シリ子が言いました。
「最近のセツ子は、忙しくて会えないわけじゃなくて……体が、弱っていたんだ。でも、ぼくたちの時間を尊重して、黙っていたんだって」
ノン子は、あまりのことにその場で泣き崩れました。
「教えてくれたら、もっとセツ子に会いに行ったのに!」
「それを、セツ子は望まなかったんだよ」
聞き分けの良いシリ子ですが、尻尾は力なく揺れていました。シリ子は、キツネでした。
「ぼくも、ノン子より先に大人になって、死んでいくよ」
ノン子は人間でした。ノン子はまだ、小さな子どもです。時計の針は、ゆっくり進みます。
「シリ子も、セツ子と同じようにいなくなるつもりなの? 何も言わずに離れてしまうことは、相手の時間を尊重したことになるの? わたしは、友達のために時間を使いたかったよ」
ノン子の言葉に、シリ子はうつむくばかりです。
セツ子の気持ちも、ノン子の気持ちもわかるから、何が正しいのかなんて、わかりませんでした。
死んでしまった誰かの時計は、偉大なる時計職人へ返します。
ノン子とシリ子は、時計職人の工房の前で、セツ子の家族を見守っていました。しばらくして、セツ子の息子が工房から出てきて、二人にあるものをくれました。
それは、セツ子の時計の、短針と長針でした。
セツ子の息子が言いました。
「母の時計の裏に、手紙が入っておりまして。短針をシリ子さんに、長針をノン子さんにと」
事情を知った時計職人は、ノン子とシリ子の時計に、セツ子の時計の針を取り付けてくれました。文字盤の上を、四つ目の針がせっかちに回ります。それを見たノン子とシリ子は、目を輝かせました。
「まるで、セツ子だ」
「セツ子が生き返ったみたい!」
もし、セツ子が生きていれば、ツンと鼻を高くして、こんなことを言ったでしょう。
「いいでしょ。わたしは、わたしの時計が好きよ。だって、針が何周分も早く回るから、得をした気分になれるもの」
時計を眺めていたシリ子は、はっと息を飲みました。シリ子の時計は、セツ子には置いて行かれ、ノン子は置いて行ってしまいます。中途半端で、どうしたらいいかわからなかったその時計が、セツ子に自信をもらって、堂々として見えるようになったのです。
セツ子の時計の針は、二人を励ますように、カチカチカチカチ、動き続けています。
【おわり】