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死んで当然  作者:
9/9

終章

誤字脱字等、ご容赦ください。

 七月十三日

 俺は取調室にいた。連行された後すぐに取調室に入れられたが、取り調べが始まるまで一時間近く待たされている。部屋には俺と、記録係が一人。こいつ一人程度ならパイプ椅子かデスクライトでも使って殴り殺せそうだが、隣の部屋で誰かがマジックミラー越しに俺のことを見ているかもしれない。もしそうだとすると不用意には動けなかった。だが、退屈には耐えきれそうにない。もし隣にいたとしても武器さえあればどうにかなるかと迷い始めた頃、刑事が一人入ってきた。

「……他の奴らが全部しゃべったよ。あの場に火炎瓶持ち出したのはお前だってな。それに、それより前にも警備員相手に喧嘩売ってたりしてたらしいじゃねえか。なんでそんなことした……って聞いたところで理由なんて一つしかねえよな。俺たちが聞きてえのは、お前らの後ろに誰がいるかだ。ただの素人共があそこまでことを大きくできる訳ねえからな。……誰の指示で動いた?言っておくがお前に拒否権はねえ。財務大臣からのお願いでな、調書駆けるまで絶対に外に出すんじゃねえってさ。だから今のお前にできることは、知ってることを話すだけ。簡単だろ?……さあ、答えろ。誰の指示だ」

いつまでもこんなところにいたって時間の無駄だ。さっさと知っていることをすべて話して帰らせてもらおう。

「宮下っていう男だ」

「そいつは誰だ?」

「詳しくは知らん。何かしら大きな組織と繋がっていそうな初老の男だ」

「詳しくも知らない人間の指示で動いたのか?」

「ああ。別に断る理由もないからな。それに俺にとっても都合がよかった」

「都合がいいだと?人を殺すのが都合がいいとはどういうことだ」

「別に。悪人を殺せって言われたら誰だって断らないと思うが」

「……この国には法律がある。そんな簡単に人を殺すことを決意されても困るんだがな。どういう教育を受けたらこうなるんだ」

「……お前らよりも偉い立場の奴らが真剣に考えた義務教育と高等教育。それに加えて大学四年間でみっちり学習したよ。この国の社会の本質は『自己責任』にあるってことをな」

「その『自己責任』とやらがどうして人殺しにつながるんだ?」

「そいつらの今までの行いの清算だ。この国では自分に降りかかってくる出来事はすべて自己責任なんだろ?ならあいつらの今までの悪行すべての清算と考えれば命の一つや二つ、大した犠牲でもあるまい。……いや、お前のような『責任を弱者に押し付ける側』の人間には決してわからないだろうな、忘れてくれ。動機に関しては適当に親族の復讐とかにしといてくれ。別にそこまであいつらの命に価値はなかったから、どうでもいい。俺はもう帰りたいから、適当に書類を作っておいてくれ」

「……あの火事で何人が死んだと思ってる。あの火事で死んだ人たちにもかけがえのない大事な人が……」

「ああ、そういうのいいから。じゃあなんだ?大事な奴がいるっていえば、他の人間のことどれだけないがしろにしたっていいのかよ。自分と、その大事な奴のことだけ考えて、他の人間のことはどうでもいいのかよ」

「お前は人の命の価値をわかってない。たとえどれだけ悪人だろうと、命の価値は誰もが平等だ。決して死んでいい人間なんて……」

「あんた、子供はいるか?」

「……どうしていきなり子供のことを」

「結婚指輪らしきものをつけているからな。そんな人間が一番大事な物なんて大抵結婚相手か、自分の子供か。……それで、子供はいるのか?」

「娘が一人いるが、それがどうした」

「……例えば、俺とお前の娘。どっちもが死にかけている。時間的に助けられるのはどちらか一人。お前はどっちを助ける?」

「娘に決まってるだろう」

「なぜ娘を?」

「なぜって……。決まってるじゃないか、自分の娘だからだよ。関係ないお前のことなんか誰が助けるか」

「……命は平等なんじゃなかったのか?もし本当に平等ならば、俺とお前の娘の命を天秤にかけた時、決してどちらかに傾くことなどないはずだが……。どうやらお前は嘘つきのようだな」

「……屁理屈だ」

「屁理屈でも通れば立派な理屈になる。それに、相手の言い分を屁理屈だなんてわめく奴は、そんな屁理屈ごときにしてやられているということに気づいた方がいい。……わかってるか?今のお前は俺の屁理屈未満だぞ。……年齢は?」

「……三十二」

「なるほどね……。つまりお前は、三十二年生きてきたくせに俺が一分足らずで考えた屁理屈に反論することができず、ただ喚くだけ。お前のこれまでの人生、俺の一分よりも価値がないってことになるぞ」

「……事件についての話をしてくれないか?ここは取り調べをする場所で、お前の戯言を聞く場所ではない」

「無価値な三十二年を過ごした嘘つきに話すことなど何もない、どうせ何を言っても自分の都合のいいように書き換えられるだろうしな。……さて、それじゃ帰らせてもらおうか。これ以上は時間の無駄だしな。……俺に二度と近づくんじゃねえぞ。俺は『人を殺して』なんかいない。殺したのは人の道からずれていたただの『獣』だ。殺人罪にはならないだろ」

俺は無断で椅子から立ち上がる。刑事が黙ってみているはずもなく、すぐさま俺の腕をつかんで止めに入る。とっさに掴んだせいか、はたまた俺という人間が気に食わなかったのかは定かではないが、やけに強く腕を掴まれた。痛みよりも苛つきが勝った。刑事の腕を机の角に叩きつけるように振り払う。思惑通り、奴の腕は盛大な音を立てて机の角にぶつかった。袖をまくってぶつけられた部位を確かめている。素人ごときが患部を見ただけでどうなっているかわかるはずもないだろうが、一通り確認を終え、とりあえず大事ではないという結論に達したらしい。まくった袖を戻しながらも、奴の目は俺の方に向いていた。その眼にはあまりにお門違いな怒りが見て取れた。そもそも俺をこんなところに閉じ込めるからこんな目に合うんじゃないのか。恨むなら俺ではなく、判断ミスをした自分。または上司でも恨んでおくんだな。取調室から出る扉まで残りあと少し。あと邪魔なのは記録係だけだが、奴は動く気配がない。身の程をよくわきまえているようで、こんな国で社会の一員として生きている奴としては非常に珍しい。邪魔をしないならば殺す必要もないだろう。取り調べをしていた刑事はようやくパイプ椅子から立ち上がったが、もう遅い。俺はすでにドアノブに手をかけている。あとは回して出るだけだ

。そう勝ち誇った矢先、なぜか扉が勝手に開いた。俺はまだドアノブを回していないはずだが。廊下にはもう一人刑事がいた。俺の鎮圧のための応援かと勘繰ったがそうではないらしい。

 俺はまた椅子に座っていた。つい先ほど来た刑事にそう促されたからだ。大事な話があるとのことで、落ち着いて座って話そうということだった。これ以上の時間の無駄はさすがに嫌だったが、その刑事曰く俺の帰宅にも関することらしく、話を聞かざるを得ない。

「それじゃあ、みんな落ちついたようだから話を始めるぞ。とはいっても至極単純なんだが。……とある人からの『お願い』でね。今回の財務省放火殺人事件はすべて不幸な事故として処理することになった。……あの場にいたデモ隊は『偶然デモをしていただけ』ということだ。……わかったか、村井」

あとから来た刑事は取り調べした刑事、村井に事態の進展を告げる。あの事件がすべて事故とはどういうことなのだろう。

「四十万もわからないことがあるだろうから可能な範囲で話しておく。……とはいってもさっき言った通りなんだ。お前らが起こした財務省放火殺人事件は、ある人の『お願い』でなかったことになる」

「誰だそ……」

「誰だそいつは!?」

俺が疑問を呈するよりも早く村井が喰いつく。

「さてね。それは俺も知らないんだ。俺たちよりもっと上からの指示だからな。……ただ、一つだけ言えるのは、財務大臣よりも上の立場の人間がこいつらの味方をしているってことだ。もうこの件には手を出すなよ、村井。……いや、『この件』なんか最初からなかったんだよ」

「そんな無法がまかり通るかよ。俺の目の前には十数人を焼き殺した殺人鬼がいるんだぞ。それを……」

「……なんの話をしているんだ?この人はいかなる事件にもかかわっていないし、財務省で発生した火事は火の不始末による『不幸な事故』だった。それ以上のことは何もなかったんだよ、いい加減理解しろ」

「だから、たった一人の権力者の物言いで、何人もの人間がないがしろにされていいのかって聞いてんだよ」

「……さっきまでのお前もそうだっただろ」

言い合いをしていた二人の刑事はいきなり口を開いた俺に驚いている。

「お前、村井とか言ったか。お前だってさっきまで財務大臣の『お願い』がどうとかで俺の黙秘権をないものにしようとしていたじゃないか。……自分がないがしろにされた途端文句を言い始めるとは、まさに子供未満だな。さすが俺の一分未満の価値しかない男、言うことやることすべてが無価値。……なあ、いい加減帰らせてくれないか?いつまでこんなところにいなきゃいけないんだよ」

村井は歯を食いしばり、こちらを睨んでいる。あと少しで怒り爆発と言った様子だ。俺を帰らせるつもりなど毛頭ないようだが、もう一人の刑事はさっさとこの問題を別方向で片づけたいようだ。

「……わかりました。それでは、お帰りいただいて結構です。どうぞ」

そう言って立ち上がると取調室のドアを開け、廊下に出ることを促している。俺も立ち上がったが、先ほどのように村井に腕を掴まれることはなかった。そのまま横を通っても、ただ睨みつけられるのみで特に行動は起こしてこない。俺の一分未満の価値しか持ち合わせてはいないが、再三言われたことを理解する程度の知能はあるようだ。俺は村井の怒りの視線を背に受けながら、取調室を出た。連行されてから、合計で二時間。ようやく解放されたのだ。

 俺が外に出た頃、他につかまっていた人たちはすでに警察署前にそろっている。村井につかまっていたせいで俺が最後になってしまったようだ。警察署の敷地外にはあの時いなかった宮下を含む『浄化隊』の幹部軍が俺たちを待っていた。そして、俺が出てきたことを確かめると宮下が口を開いた。

「皆さま、本日は大変お疲れさまでした。……正直に申しますと、皆さまが警察に拘束されるというのは、予測内の出来事でした。ですので、私はあの時表には出ず、こうして皆さまが解放されるように裏から手を回していた次第です。……許してくれとは言いません。結果はどうあれ、私は皆さまが捕まるということをわかっていながら、作戦を決行させたのですから」

誰も宮下を責めることはない。それどころか自分たちを助けてくれた恩人だというように感謝しているようだ。その本質は俺たちが捕まるまでの間、裏で隠れまわっていただけなのだが、『浄化隊』などという組織に真剣に参加しているような奴らには本質という物は見える訳もない。全員が価値もない涙を流し、ふんぞり返っていただけの宮下の感謝を送る。お前らが感謝を送っている相手は、かつてのお前らが殺したいほど嫌っていた上級国民とほぼ変わらない。愚かな彼らからの真剣な感謝を受けた宮下は、苦しそうな顔をしながら口を開いた。

「皆さま、本当にありがとうございます。こんな愚かな私を許してくれるなんて……。ですが、私は皆さまにもう一度許しを請わなければなりません。……今日で、『浄化隊』を解散したいと思うのです」

誰も声を出さなかった。いや、出せなかったのだろう。今回の作戦は、過程はともあれ結果としては成功したと言ってもいい。これが最後ならば解散でもよかったが、まだ『浄化隊』は道半ばにいる。売国奴から国を取り戻すというあの言葉はやはり戯言か。

「なぜ、今解散なのかと疑問に思う人も多いでしょう。これから訳をお話いたします。……皆さまが拘束されたのち、私はすぐに警察の上層部に掛け合い皆さまの解放を要求しました。しかし、彼らはそう簡単には応じてくれません。……それも当然です、彼らには私の申し出に応える理由がないのですから。……ですので、私は二つ、取引材料として彼らに提示しました。一つ目は金。具体的な金額は伏せますが、例としては、『浄化隊』があと一年活動を維持できるほどです。そして二つ目が、『浄化隊』の解散です。……二つ目に関しては。一つ目の余波にすぎません。あまりに莫大な金銭を要求されたため、『浄化隊』の活動はこれ以上継続できなくなってしまったのです。……彼らにとって、『浄化隊』の解散はついでのようなものです。……皆さまには、本当に申し訳ないというほかありません。せっかく作り上げた皆様の居場所がこうも簡単に奪われるとは……。重ね重ね、本当に申し訳ありません」

宮下はそう言って頭を下げた。皆は居場所を失う悲しみよりも、居場所を奪った公権に対する怒りをあらわにしている。おそらくこれすら宮下は計算ずくなのだろう。一度人殺しを覚えた彼らが怒りに任せればどうなるか、想像は難くない。頭をあげた宮下はこの状況にはそぐわないほど晴れやかな顔をしている。

「皆さまの気持ちは分かりますが、結局現代においては何かをなすためには先立つ物というのが必要不可欠です。それを刈り取られてしまった以上、我々にはもうどうすることもできません。……『浄化隊』は現時刻をもって解散といたします。皆さまこれまで本当にありがとうございました」

宮下は改めて頭を下げると、幹部たちに囲まれすぐにこの場を離れて行ってしまった。残されたこいつらは一体何をしでかすのだろう。この瞬間、本来揺らいではいけない何かが揺らいでしまった気がした。


七月十三日

 僕は一人車の中で待たされていた。財務省への襲撃で捕まってしまった人を迎えに行くと言われたとき、一緒に行くと答えたものの、一応トップである僕はあまり表には出したくないのか、待っていてほしいと言われもうすぐ三時間が経とうとしている。ネットサーフィンをしてもいいが、どうせ財務省で起きた火事の話でもちきりだ。その事件を報道しているマスコミ諸君は、事件の首謀者である僕たちより背景を知ることは決してない。そう思った途端、彼らが並べ立てた文字が無価値に感じられ、見る気もなくなってしまった。結果、僕は三時間の間何をするという訳でもなくただうつらうつらとまどろんでいるだけだった。

 いい加減微妙に覚醒していないで入眠してしまおうかと考え始めた頃、外から足音が聞こえて来た。後部座席で寝転んでいた僕は少し体を起こして窓から外の様子を窺う。ああ、彼らだ。三時間以上かかってようやく戻ってきた。しかし、目的を達成できていないのだろうか。あまりに表情が暗い。助手席に乗り込んできた宮下は塞ぎこんだままで、助けられたのかどうか教えてくれない。やはりだめだったということか。俺も勝手にあきらめかけた時、宮下が口を開いた。

「……皆さんは無事に救出できました。誰も不当に監禁されたということもなく、身体的に何かをされたという訳でもない。無事と言っていいでしょう。ですが……」

何だろう。続きを言うのかと待っていたがまたもや黙り込んでしまった。車はとっくに駐車場を出て、今までの集合場所となっていた総合文化会館に向かっているはずである。

「ですが、どうしたんですか?」

「……ですが、我々が支払った代償という物は非常に重いものでした。ですが、その代償は彼らの無事と引き換えなのならば当然差し出すべきものなのです」

宮下はたまにこうして物事を包み隠して話す悪癖がある。大抵の時は話したくないことがあるんだなと適当に流せてはいたのだが、今日に限っては三時間近くも車の中で待ちぼうけをさせられたあげくにこの仕打ちを受け、耐えられるわけもなかった。

「宮下さん、もっとはっきり言ってくれませんか。さっきから言っているその重すぎる代償は一体何なんです。もしそれが我々の進退に関するものならば、名ばかりではありますが『浄化隊』のトップである僕も知る必要があるはずです」

「……『浄化隊』そのものです」

「は?」

「我々が支払った代償は『浄化隊』の存続です。彼らを解放するために、解散を約束したのです」

「……本当ですか、それは」

「嘘をつく理由など私にはありません」

「では、僕たちはこれから……」

「いかなる組織にも存在しないただの一般人に戻ることになります」

「それじゃあ『浄化隊』の理念はどうなるんですか。この国をより良い方向へ導くという志は……」

「……それは決して潰えていません。私は、期待しているのです。『浄化隊』という居場所を追われた彼らがどう動くのか。私は彼らに人殺しの成功体験と気に入らない人間の命の価値という物を教えました。……おそらくもう彼らには思いとどまるという発想はないでしょう。自分に都合が悪ければ手を下すようになるはずです」

「……本当にそんなことになると思ってるんですか。いや、仮にもしそうなったとしても、そんな社会の在り方なんて許されるわけ……」

「では、今の汚職まみれの政治家や、自らの利益だけを追い求めて安い外人を買いたたく資産家が生きているこの世は許されていいんですか?」

「だからって、そんな極端に物事をとらえなくとも……」

「……極端になりきれなかったから、この国は衰退したんですよ。何十年もだらだらとその時の有権者の顔色を窺い続けた結果が、今のこの国の有様です。どこかで誰かがそのあいまいさを切り捨てて、真に豊かさのために働ける人が出てきていれば、我々のような組織は存在し得なかった。……資産家も同様です。彼らはいつまでたっても法の曖昧さに居座り続け、甘い汁をすすっています。誰かが害虫を追い払うべきなのに、追い払おうとした人は害虫からの贈り物を今生大事に抱え込んで、その後の人生をかけて害虫を守るのです。害虫からもらえるものなどたかが知れているのに、その程度の者にすら目がくらんでしまうのです。まさに同じ穴の狢と言ったところでしょうな。……いい加減、誰かが奴らを玉座から引きずり降ろさなければならない。彼らには清貧な玉座ではなく、汚泥にまみれた穴倉がお似合いだ」

「だからって暴力は……」

「では、暴力以外に方法はありますか?」

「それは……。街頭演説をしたり、あるいは公的な機関を通して署名活動をしたりとか……」

「それは、効果がある物なんですか?」

「いや、それは……」

「財務省の前でデモをしていた人たちは毎週活動していたらしいですが、一向に財務省の解散はかなっていませんでしたよね。ですが、我々が手を下してからはどうです。建物は全焼、あの時いた職員は全員死亡し、総職員数の半分が焼死しました。もはや財務省の再起はかないません。……暴力に訴えた方が早くありませんか?」

「いや、でも……。我々は文明人なんですよ。せめて話し合いをしてからでも遅くは……」

「彼らは話し合いの席にはつきませんよ。自分が生まれつき持った権力なり金の力なりを使って話し合いのテーブルを台無しにします。そして、台無しにした後『話し合いの結果、我々は妥協点すら探し合えなかった。私は譲歩したのだが……』と言って印象操作も忘れません。我々に残された手段は暴力のみです。彼らがそれ以外使えないようにしたのですよ、自業自得という物です」

窓ガラスの反射越しに見た宮下の目は濁りきっていた。僕はそこで宮下の苦労を察した。おそらく彼は今までに何度もそうした話し合いに参加しようとしたことがあるのだろう。そしてそのたびに宮下の意思はないがしろにされていたのだ。さっきの物言いは、体験した者にしかできない物言いだった。だから、宮下は暴力にこだわっていたんだ。先に暴力を振るわれたから、仕返しのために。

 それに気づいた時、普段『浄化隊』の集合場所である総合文化センターに到着した。助手席にいた宮下は降車し、運転手に「香山さんを駅までお送りしてください」と伝えている。『浄化隊』が解散となれば、もう宮下とも会うことはないに違いない。せめて何か別れの言葉を言わなければと考え込んでいる間に、車は走り出してしまった。結局何も言えぬまま『浄化隊』を後にするのだった。

 

 七月十六日

 あれから三日たった。俺はというと特にすることもなくただ惰眠をむさぼっている。しかし、俺の生活とは裏腹に、世間はまさに阿鼻叫喚の様子だった。まず、七月十四日。『浄化隊』解散の翌日に残党が警視総監を拉致、身代金として五億を要求。この数字は宮下があの日俺たちを解放するために払った金額と同じらしいが、それが本当かどうかはわからない。残党は一日の間に五億を集めきれなければ警視総監を殺害すると脅迫を仕掛けていた。警察側は緊急事態としてあらゆる業務を一時停止し警視総監の奪還に向けて動いていた。逆探知などを使い犯人の居場所を突き止めようとしたが複数人の実行犯のため発信場所がバラバラであまり意味がない。強行突破による奪還は諦め、取引に応じる方向にシフトしたようだ。取引に応じると決定したとき、時刻はすでに午後三時を過ぎており、あと九時間以内に五億を集めなければ警視総監は殺されることになる。このあたりから各テレビ局はすべての予定を取り消し、それぞれ生放送を行なっていたため、情報収集は容易だった。

 午後八時、何とか五億を集め終えた警察は取引に応じるため、指定された公園に向かった。指定された場所は公園の中央にあるベンチの下。そこに五億入ったカバンを置き、残党側がそれを確認できた時警視総監は解放されるとのことだった。警察に加え各テレビ局も独自に公園に張り込み、カバンを回収しに来る犯人を待った。午後九時、犯人から警察本部に電話がかかってくる。その内容は「あと一時間以内に公園にいる奴らを全員帰らせろ。これに従わなければ警視総監の命はない」という物だった。従わないわけにも行かない彼らはすぐさま指示を送り、公園からの撤退が始まった。しかし聞き分けが悪いマスコミが大勢いたことがこの日最大の不幸であろう。「帰れ」という指示を曲解し、「少し離れれば問題ないか」と公園近くの駐車場に場を移し、張り込みを続けようとしたのだ。警察側の説得もむなしく彼らは頑として動かない。そしてそのまま午後十時二なってしまった。真っ先に起きたのは爆発だった。駐車場に止められていた持ち主の分からない車一台が突如として爆発、続いて炎上。その場にいた彼らは張り込みよりも消火活動を優先せねばならなくなった。十分ほど要したものの、何とか消火を終えた彼らは思いだしたかのようにベンチの下に目線を送るが、そこには夜の闇しかなく、五億はいずこかに消えていた。警察は急いで本部に連絡する。本部が連絡を受け取り、事態を把握したその瞬間、犯人から電話がかかってきた。

『取引は不成立だ。理由はよくわかっているだろう?』

『あれは私たちのせいではない。どうか考え直してくれないか。ちゃんと言われた通り五億渡したではないか』

『……いいだろう。お前らの誠意を尊重しよう』

その後犯人は、警視総監がとらえられている候補の場所をいくつか明かし、電話を切った。何度かけなおしてもつながることはなく、犯人の追跡は諦めて警視総監の捜索に舵を切った。

 午後十一時、六つの候補地にそれぞれ捜査官が向かい、警視総監の姿を探している。マスコミ連中は一度自らの失態のせいで事態が悪化しているというのにそれを気にも留めず、未だ捜査に粘着していた。しかしそのおかげで俺は詳細を知ることができるのだから、自らに害を及ぼさない無能には感謝しておくのがいいだろう。それから一時間が経ち、ようやく事態は進展を見せた。しかし、その進展は決して良いものではない。……とある廃工場で何者かの左腕が発見された。手首には腕時計がついたままであり、針は十二の所で止まっている。これが誰の物かまだ分からないが、あの場にいた全員は同じことを考えていただろう。解剖に回すため左腕を回収すると他の所からも続々と体の発見報告が相次いだ。そして、警視総監の頭も見つかったようだ。警察は総力を挙げて浄化隊の残党を捜索しているが、未だ発見には至っていない。

二日目、七月十五日。かの残党はまたもや脅迫を行った。その先は政府である。その内容は現在の国会議員を全員除名処分にしたのち、浄化隊残党がその後釜に座ること。つまり、自分たちを政治の中心に置けということである。もしこの要求がのめない場合は力尽くで達成させるとのことだ。政府は混乱に陥った。それもそのはずこのような前代未聞の状況に対処し得る術など用意できているはずもない。とりあえず要求はのまないということだけは決まっているらしかったが、どうやって自らの身の安全を守るかという議論が始まった。その議論はおそらく由民党政権史上最も真剣に取り組まれたものだったに違いない。減税や子育て支援の議論をしているときには決してみられなかった様々な意見が飛び交う議場。もともと急激な物価高に対する策を講じるための臨時国会だったこと、その内容は国民の注目を集めること、時間帯が昼の情報番組の時間帯であるため簡単に予定変更がしやすかったことが重なり、ほとんどのテレビ局で国会中継が行われていた。今までにない国会議員の必死さを見て、俺は笑いがこらえられなかった。今まで他人のことを見下して生きてきた奴らが、自分のケツに火が付いた瞬間に大慌てするのは、見世物としては傑作だ。そして彼らは一つの結論に達した。「このままここにいるのは危険だ」ということである。皆で集まっていればここを襲われる可能性が高いという。三十分の議論を重ねようやくその結論にたどり着いたのか。彼らは一斉に立ち上がり、我先にと議場の出口へと向かった。五つの扉に能無し共が殺到しているが、誰一人として議場から出ることがかなわない。それもそのはず全員が自分以外の人間の足を引っ張っているのである。出口から遠いところにいる者たちが「慌てる必要はない」と叫んでいるが、誰も聞く耳を持たない。もともと政治家に人の声を聴くことができる耳などついていないのだから、当然と言えば当然である。ついに、彼らの惨めで必死なあがきが実を結び、誰かがドアノブを掴んだ。しかしドアは開かない。周りにいる人ごみが開閉を邪魔しているのか、または外から押さえられているのか。それともまた別の理由か。いずれにせよ国会議員という名の人間の出来損ないどもは、全員自らが渇望し続け、胡坐をかき続けた権力の象徴に閉じ込められた。ドアの周りにいた奴らはその異常さに気づき、これまでとは違ってドアからは離れようとしている。ドアまでたどり着いていなかった者達も彼らの馬鹿みたいに必死な顔に何かを感じ取ったようだ。一体何が起きるというのか。

 閉ざされていたドアが開いた。中へ入ってきたのは私服の若者たち。彼らには見覚えがある。『浄化隊』で活動していた時、何回か顔を合わせたはずだ。彼らが残党だったのか。しかし、ここまで出てきて何をするつもりなんだ。一人がマイクを持ち、脇にいた二人は床にスピーカーを置いている。そして少しのマイクチェックの後、威圧的に話し始めた。

「いい加減どうするか決めたか?決めてるよな。お前らはいっつも国民のためになることはいつまでたっても決めないが、自分のためになることはすぐにでも決めるよな。どうせあれだろ?俺たちをどうにかして説得して諦めてもらおうってハラなんだろ?……死ねよ馬鹿ども。……朝のうちに手紙で伝えておいただろ?選択肢は二つだ。俺たちにその席を譲って、残り少ない人生を惨めに生き延びるか、今ここで死ぬかだ。勝手に選択肢を増やすなよ。ほら、全員さっさと席に座れ。採決の時間だ」

議員共は動かない。現状を理解するのに精いっぱいなのだろうか。しかし、こいつらは優しくしてもらえるほど他人に優しくしてこなかった。鉄パイプやバットを使われ、暴力によって従わされている。今まで上流国民として生きていたのに、いきなり力で脅されることになるとは思ってもいなかっただろう。だが、彼らが今まで政治家を続けることができた理由は面の皮が厚すぎるためである。自分の現状を正しく理解できず、力関係もわきまえずにかみつく。

「自分が何をしてるのかわかっているのかね。そうやって人を脅して政治をどうこうしようだなんて、民主主義を否定する気か。そんなこと、許されていいはずがない」

「この国に民主主義?……ある訳ねえだろ。企業から金もらってそいつらのための政治やることのどこが民主主義なんだ?」

「そんなことをした証拠などどこにあるというのかね」

「俺たちが今ここにいることこそが証拠だろ。お前らがもっとまともな脳みそしてたら俺たちはこんなことしなくて済んだんだからな」

「そうやって今まで他人のせいにしてきたからこの程度の人生なのだろう。まずは己を省みることから始めたらどうだね」

「……今お前も人のせいにしたじゃねえか」

「は?」

「てめえはこう言いたいんだろ?すべては自分のせいで、自分以外の人は何も悪くはないと」

「ああそうだ。だから今すぐ……」

「じゃあなんでお前は今のこの状況を俺のせいにしようとしてんだ?全部自分が悪いんだろ?自分で蒔いた種なんだろ?ならさっさと受け入れろよ。いつまでもそうやってくっせえ口開いてないでよ」

「今私たちに危害を加えようとしているのは貴様らじゃないか。何故私のせいになるんだ!?」

「さっき自分で言ってただろ、全部自分のせいだって。一分も経ってねえぞ、本当に能無しなんだな。さっさと言うとおりに座りやがれ能無し共」

「いい加減調子に乗るのをやめろ。こんなことしてただで済むわけ……」

その言葉が癪に障ったのか、問答を繰り返していた残党側の青年は持っていた鉄パイプをいきなり相手に向けて振り下ろした。脳天を思いきり殴られた議員はその勢いそのまま机に強く顔面を打ち付け、そのまま気を失ったのか動かなくなった。しかし、今度は無理やりたたき起こすため、もう一度鉄パイプが振り下ろされた。とてつもない衝撃に殴られた議員は気を取り戻し、周りにいたものは目の前で行われた暴力にすっかり腰が引けている。あの場はもう彼らが支配した。これからどうなるか期待で胸を膨らませていたが、さすがに暴力行為が映った以上テレビ会社側も中継を止めざるを得なかったようだ。普段ボクシングやプロレスの選手と言った暴力のスペシャリストをもてはやしておきながら、今さら怖気づくこともないだろうに、まったく自分勝手な連中である。どうにか続きを見る手段がないかとチャンネルを変えてみたり、ネットで調べてみたりしたところ動画配信サイトで生配信されているようだ。早速配信の視聴を開始する。あの場にいる議員共が予想よりも木偶の坊であったため、中継を切られたときから事態は全く進展していなかった。

 議員共は未だ目の前で行われた暴力行為に腰を抜かし、足を震わせているのみである。こういう緊急事態に何もできないようでは、人としては失敗作とレッテルを貼られても仕方ないと言えよう。さすがに残党も苛立ちが抑えきれなくなってきたようだ。

「さっさと動けよ馬鹿どもが。こいつと同じことされたいか?」

そう言って鉄パイプを担いでいる青年は先ほど頭を二階殴られた議員の残り少ない髪の毛を掴み上げ、見世物にしている。頭を殴られ項垂れているさまはまさに落ち武者と言った様相で非常に滑稽だ。その脅しが聞いたのか、ようやく自らにあてがわれていた席に着き始めた。議会の前方、本来は議長が座るべき席があるのだが、そこには議長には見えないただの青年が座っていた。議会に押し入った彼らは全員が何かしらの凶器を構え、通路をふさいでいる。準備が完了したのか議長の席に座っていた男が口を開いた。

「それではこれより国会議員を全員除名するための採決を行います。議員全員が除名され、我々浄化隊が新たな議員となることに賛成するものはその場で立ち上がってください」

しかし、誰も立ち上がることはない。

「皆さん反対ということでよろしいんですか?沈黙は肯定と受け取りますよ」

執拗に念押しを続けているが、誰も立ち上がらない。しかし、このような状況下でまだ自分の意見が言えると勘違いしているのは、さすがに政治家の貫禄と言わざるを得ないか。誰も立ち上がらないまま二分が経った頃、ついに動きを見せた。議長席の男が一言「やれ」というと、通路をふさぐように立っていた者達がいきなり持っていた凶器を振り回し始めた。それらは座っている議員たちの顔面や後頭部、さらには頭頂部や肩、胸部や背中に振り下ろされ、議員たちは滅多打ちにされている。

「さっさと立たねえといつまでたっても殴られるぞ。そいつらはお前らのこと大嫌いだからいくらでも殴れるってさ。最悪死んじゃっても罪悪感なんかまったくねえぞ。ほら早く立たないと死んじゃうよ」

彼は笑い混じりにそう言い放った。ふざけた口調だが、どうやら本気らしい。その証拠に未だ暴力の雨が止む兆しは見えない。痛みで蹲るしかないのに、立ち上がらなければ助からないという矛盾は彼らには耐えがたいだろう。そしてついにその時は来てしまった。死人が出たのだ。机に突っ伏したまま動かなくなっている。近くにいた浄化隊の残党が肩を掴んで席から引きずり下ろし、腹をけるなどして反応を確かめているが、全く反応を見せない。どうやら本当に死んでいるらしかった。その死体の死亡を確認した青年は大きな声で「ここに座ってたやつ死にました」と告げた。そしてまるで自分自身が死んだ者の代わりであるかのように、先ほどまで死体となる人物が座っていた席に乱暴に腰を下ろし、机に置かれていた名札を床に転がる死体に叩きつけた。議場は静寂に包まれた。聞こえるのはかすかなうめき声のみだ。やがて、一人が立ち上がった。それにつられるようにまた一人、また一人。目の前で人が一人死んだおかげでようやく自分の置かれた立場というものを正しく認識したようだ。誰かが犠牲にならないと学習できないというのはまさに無能の証ではあるが、政治家諸君にはあまり期待するべきではない。学習できるだけマシだ。議場では、長い時間をかけ、また一人と立ち上がるものが増えている。しかし、そのペースはあまりにも遅く、残党側の怒りを買うことになった。

「お前らは本当にいっつもちんたらしてんな。後先短い老人なんだからちったあ生き急いだらどうなんだ?……それとも、警察が来るまで時間稼ぎしようってか?」

どうやら図星だったようで、次に立ち上がろうとしていた者は肩をびくつかせている。その様子を見て近くにいた残党がバットで殴りつけた。おそらく懲罰のつもりなのだろう。議長席でこの場を牛耳っている奴はさらに苛立ちを加速させている。

「いい加減自分の置かれた立場っていうのを理解してもらってもいいか?さっきから俺はずっと『お前らに用意されているのは二択だけ』って言ってるだろ?なんでお前らは存在しない三択目を作り出そうとしてるんだよ。ここで命を捨てるか、恥も外聞も投げ捨てて地べたに這いつくばるかどうか選べよ。……それに、おそらくだがここまで警察の連中はたどり着かないだろうぜ」

彼が警察の言葉を口にしてから気づいた。そういえばここまで大騒ぎしているのに警察の姿がいまだ見えない。いくら出来損ないの寄せ集めだろうと、集まればそれなりにはなる。国家の犬としての職務しか果たせないくせにいったいどこで油を売っているのだろうか。その答えはつけっぱなしにしていたテレビが教えてくれた。

「緊急速報です。国会議事堂前で車数台が絡む事故が発生しました。現在死者は確認されておりませんが……」

事故の状況を説明しながら、事故の現場がマスコミのヘリコプターによって映される。議事堂前の主要交差点すべてで事故が発生していた。すべての地点において大型タンクローリーが横転しており、可燃性の積み荷が漏れ出し大きな火柱を立てている。消火活動を待てばそのうちに議員連中が皆殺しに合うかもしれない。彼らが急いで議事堂に向かうには、駅から徒歩で向かうしかない。だが、予想通り駅前は集団がたむろしていた。一般人が通ろうとすれば道を開け、警察が通ろうとすれば思い思いの獲物を振り回して威嚇する。一人ずつ公務執行妨害で逮捕するにしても人数が多すぎる。そもそもそれすら覚悟のうえで警察の進路妨害をしているのだから、今さら「逮捕する」程度の脅しで彼らが止まるわけもない。警察というのは所詮マニュアルの指示通りにしか行動できない能無しの集まりなのだ。飼い主が能無しなのだから当然と言えば当然である。議場内では残党が懇切丁寧に議員共が置かれた状況について話していた。

「一週間前、言い出した政策あったよな。就職氷河期の救済のための就職支援。俺は若いからあんまり関係ないんだが、見てて笑っちまってよ。どこだっけ、土木と農業、あと物流とかだっけか。……これって政府の失策で衰退した業種しか選ばれてねえよな。要するに、『就職氷河期のお前らがやることは俺たちの尻ぬぐいだ』ってことだろ?そりゃ怒られるよな。外で警察の足止めしてる奴らはほとんどその世代だ。よっぽどお前らに消えてほしいんじゃねえか?」

議員たちは告げられた言葉に顔を歪めるしかなかった。果たしてそれは自分たちの行いを悔やんでのものなのか、それとも自分たちに牙をむいた者達に対する身勝手な怒りなのか。もっとも、今さら反省したとしても時すでに遅しなのだが。

「ほら、お前らさっさと立てよ。警察はここに来ねえ。死にたくなきゃ今の立場は諦めるんだな」

どうやら議員連中には誇りだの矜持だのというのは無縁らしい。彼らは今まで自分たちがいい思いをできるかどうかのみを考えて生きて来た。それはすぐさま取り繕えるものではなく、頼るべき下僕が役に立たないと知った今、真っ先に命乞いを始めた。先ほどまでの緩慢な、他人を舐めているような振る舞いはもうどこにも見られない。少しでもこの場を支配している者の怒りを買わないようにと従順に、機敏に立ち上がり、政権移譲の意思を見せていく。残るはただ一人、副首相の岩崎である。首相は石田哲郎だったが、俺が爆殺した。そのため岩崎が首相のまねごとをしているのだろう。

「私は、このような横暴には屈することはない、頑として拒否する。第一、政権を取ってどうするつもりなんだ。政治のイロハを知らない君たちごときに何かができるものか」

「お前は政治以外何も知らないだろ。しかも唯一知ってると言える政治ですら、あの体たらくだもんな。政治のことなんも知らねえが、少なくともお前なんかよりはうまく政治出来るぜ。……まずはてめえらを皆殺しだ。ただし岩崎、てめえだけは生かしておいてやる。お前の大事なお仲間が全員くたばってから殺してやるよ。……いやあ、かわいそうだなあ。岩崎が今すぐにでも俺たちの言うとおりにすれば犠牲者の数は少なくできるんだけどなあ。まあでも、岩崎は、絶対に俺たちに従うつもりはないんだもんな。じゃあしょうがない。……殺せ」

その言葉が合図だったのか、もう一度暴力の嵐が巻き起こった。今度は反対意見を弾圧するためではない。部屋で飛び回る蚊を始末するため、それと同じ理由である。ゆえに彼らが止まるには蚊を殺さねばならない。それもすべて。見つからなければ燻し出し、毒を使ってでも殺す。いるだけで罪なのだ。死ぬことこそが蚊ができる唯一の贖罪である。……政治家は蚊のようなものだ。我が物顔で居座り続け、血税をすすり続ける。そして見返りとして悪政という疫病をばらまく。絶滅させなければ決して解放されない。人の言葉が通じないというのも共通点か。今、あの議場は蚊取り線香と同じだ。煙に耐えきれなくなった蚊から死んでいく。そもそも普段からだらけ切った生活をしている連中があれほどの暴力を受けて生きていられるわけもない。五分と経たないうちに続々と床に倒れる老人が増えていく。

「おいおい岩崎、また誰かが死んじゃったぞ?ひどいよなあ、お前ってやつは。自分の立場の方が大事だからって大事なお仲間見殺しかよ。いやあ、さすが政治家先生。庶民には到底理解できないお考えの持ち主だあ」

議長席に座る浄化隊残党のリーダーらしき男の悪態は止まらない。その間にも燃えるゴミは床にたまっていく。

「考えは変わらないか?……いつまでたっても脳みそのアップデートが出来ねえなてめえらは。そんな使い物にならないがらくたはどうなるか知ってるよな、捨てられんだよ。それと一緒だ。てめえらは使えねえから捨てられんの。それだけ。いつまで自分が優秀だと勘違いしてるんだ?この状況下において適切な判断ができてないくせに、自分を優秀だと思えるとは。やっぱり壊れてるから捨てるしかねえな」

彼の言葉が終わると同時に、最後の一人が床に倒れこんだ。あの議場には浄化隊残党と、副首相岩崎の姿しかない。

「……岩崎、最期だ。遺言でも聞いてやるよ。ただし手短に頼むぜ。お前なんかに時間使うのもったいねえからな」

「……この国は終わりだ。お前らのような悪逆の徒が神聖なる議場にはびこり、この国に悪政を広めて……」

「うるせえ」

彼は岩崎の話が長くなりそうだと判断し、途中で遮った。鉄パイプで顔面を殴ることで。口から血と、かけた歯を吐き出した岩崎は屈することなく、続きを話し始めた。

「……これには何の意味もない。……恵まれぬのなら努力をしろ。人のせいにしている時点でお前らは落ちこぼれだ」

「あっそ。自分の努力不足で死にかけてる奴に言われてもなんとも思わねえわ。で?もう終わり?それともまだなんかあるの?」

「……」

「ない?じゃ死ね」

そう言うと、彼は椅子に座ったままの岩崎の頭を机に寝かせ、頭部目掛けて思いきり鉄パイプを振り下ろした。すさまじい衝撃で、机が破壊される。岩崎の頭部は叩き割られ、中から一般人より小さそうな脳みそが姿を現した。彼はそれを鉄パイプを使ってわざわざ穿り出し、床に叩きつけて踏み砕いた。そして彼は死体だらけの議場で、こう宣言をするのだった。

「今よりこの国は生まれ変わる。史上最高の国へと。他の誰でもないこの私たちの手で」

議場は大きな歓声に包まれた。……おそらくこれ以上の進展はない。俺はライブ配信の視聴をやめた。

 そして今日、七月十六日にいたるのである。たったの二日でこの国は大きく変わった。昨日のうちに新生政権が警察組織の再編を発表し、現存している警察組織はすべて解散となった。その上組織解体のどさくさに乗じ、衆議院議場で殺害された四百人余りと、前日に殺害された警視総監。その二つの殺人罪を問答無用で不問とした。当然遺族側は納得できるはずもないだろうが、彼らが死んで喜ぶ人間の方が多かったため、遺族の抗議行動はすぐさま鎮圧された。

 俺は自分の家でテレビを見ていた。そこに映されていたのはただの街かどの中継である。だが、その内容は普通ではない。逃げ惑う者か誰かを追い詰める者か、そのいずれしかいない。昨日警察組織の解散が発表された影響だろうか。追う者の目には殺意が宿っている。積年の恨みかそれともただの愉快犯かは定かではないが、今この瞬間、この国では殺人が合法と化している。ついにはリポートをしていたアナウンサーすら襲われ始めた。もはや映画の世界だ。俺はたまらなかった。今まで俺を拒絶し続けていた社会がついに崩壊し始めたのだ。……まだこの余韻に浸っていたかったが、そろそろ時間だ。俺は手早く準備を整え、家を出た。

 住宅街に人の姿はない。誰もあんなニュースを見て外へ出ようとは思うまい。今外にいるのは人を殺したい奴と、そいつに狙われ部屋から追い出された奴だけだ。駅前を目指して歩いていると、公園に通りかかった。いつもは子供たちが遊具や砂場で遊び、それを見守る傍らおしゃべりに興じる親たちの姿があるのだが、今日は静まり返っている。誰も愉快犯相手に子供を殺させたくはないだろう。俺は静まり返った公園を後にし、駅前を目指した。

 駅前に近づくにつれ、人の気配も増えていくように感じる。だが感じられた人の気配は大抵地べたに這いずりまわっている死にかけだ。彼らは俺の気配を感じた時、自らに危害を加えた者が戻ってきたと勘違いしたのかこちらを見る間でもなく「殺さないでくれ」と命乞いを始めた。そしておそるおそるこちらを振り向き、俺が全く関係ない者であると理解すると今度は「助けてくれ。救急車を呼んでくれ」と助けを求めてくる。……だが、俺にこいつを助ける義理などない。俺はそいつの頭あたりにしゃがみ込み、交渉を始めた。

「見返りは?」

「……は?」

どうやら言葉が理解できていないようだ。

「見返りって言ってんだろ」

「……見返り?そ、そんな……」

「俺はお前のこと助ける理由なんかねえからな。そんなに助けてほしけりゃ見返りの一つや二つ用意してもらわねえと割に合わねえよ」

「い、今は非常事態なんだぞ。助け合うべきだ」

「お前社会人か?」

「……早く救急車を……」

「質問に答えたら呼んでやるよ。働いてるのか?」

「あ、ああ」

「どこの会社で?役職は?」

「ゴールドディガーっていう会社で、役職は課長だ」

「じゃあそれなりに稼いでたりするわけだ。そうだろ?」

「……一応それなりの役職だし、相応にはもらっているが……」

俺は先ほど出て来た社名をスマホで検索してみた。どこかで聞いたような気がしていたが、どうやら俺が前に殺した奴がこの会社で働いていたらしい。当時のニュースで名前を聞きかじったのだろう。ゴールドディガーは新進気鋭ながらもこれまでにいくつか大きな事業を手掛けていた。それらは国主導の建築事業やマイナンバー制度の簡略化を称した新たなアプリの開発などであり、統一性は全くといっていいほど見受けられない。唯一ある共通点は、この会社が手掛けた事業はすべて国や県など公的な立場を持つところからの依頼によりお紺われているということだけだ。ここなら他の所よりも格段に稼ぎがいいだろう。それに、今倒れているこの男。見る限りでは四十後半か、五十前半と言った具合だ。そのあたりの年齢なら、そろそろ老後を見越して貯金を始める頃合かもしれない。……もともと親の遺産を切り崩して人生を終わらせるつもりだったが、最近のありえないほどの物価高の影響でそれも難しく感じられる。まともに働くことを許されなかった俺の唯一の稼ぎ時は今しかない。……スマホを取り出すだけでいつまでたっても救急車を呼ばない俺についにしびれを切らしたのか、地面に這いつくばっている男が悪態をつき始めた。

「おい!何やってんだ。頼むから早く救急車を呼んでくれ、こんなところで死にたくないんだ」

「……口座の暗証番号は?」

「……は?」

「俺に救急車を呼んでほしかったら、銀行口座の暗証番号を教えろ」

奴は目に怒りを宿し、俺をにらみつけている。ただ、血まみれで地べたに這いつくばった状態で凄まれても怖くもなんともない。俺は奴の絞り出した怒りを一笑に付して続ける。

「いいんだぜ?お前のこと見捨ててどっか行っても。俺は別のお前が死のうがどうでもいいからな」

「……なら、俺も他の奴に助けてもらう。さっさとどこかに行ってくれ」

「おいおい。この期に及んで強がったって無駄だ。……他の奴って誰だよ?そんな奴ここにいるか?」

近くにあるのは大きなマンション。だが、これはまだ建設中で人の姿はない。道を少し戻ると、大きな国道に出る。しかし、地べたを這いずった男のためにいちいち車を停めるようなお人よしはこの国にはいない。皆自分のことで精いっぱいだ。……そもそも、今救急車を呼んだところで間に合うのだろうか。駅前でも大きな騒ぎになっているのは先ほどテレビ中継でも確認済みである。おそらくどこも可能な限り稼働中なのだから、こちらへ来るのも非常に時間がかかるだろう。遠くで救急車のサイレンが聞こえ続けている。これでは電話したところで待たされるのがオチだ。俺はスマホをポケットにしまい、倒れている男に話しかける。

「……救急車は来ねえってさ」

奴はあからさまにショックを受けている。目には死が確実に近づいてきていることへの恐怖が滲んでおり、必死さは加速していく。

「馬鹿言ってんじゃねえ。まだ電話してねえだろ」

「今は電話よりも楽なチャット機能があるんだよ。知らないのか?」

奴は戸惑っている。もちろんそんなものはない。ただのでまかせだ。だが、この年齢の奴なら騙せるだろう。どうせ脳みそのアップデートもできていない時代遅れだ。

「それで聞いてみたら、今出せる救急車は全部出動してるってよ。ここに来るまでは少なくとも一時間はかかるとも言ってたぜ」

「……なら、タクシーだ。早くタクシーを呼べ」

「人に何かを頼むとき、必ず必要になるものがあるよな」

俺にはもう人の誇りなどという物は必要ない。この社会が教えてくれた。誇りなんぞ持っていても腹は膨れないと。この現代を生き抜くうえで必要なのは、面の皮の厚さだけだ。今ここで奴の命と金を天秤にかけさせていることに全く罪悪感がない。まるで政治家みたいだ。少し自己分析に浸り始めていたころ、ようやく奴は口を開いた。

「……7392だ」

数字を聞いた俺はうつ伏せになっている奴の腹と地面の間に足を差し込み、蹴り上げて仰向けにした。そして来ていたスーツの胸ポケットを漁り、財布を取り出す。

「何しやがる!」

血まみれの馬鹿は俺に吠えてくる。いつになったら身の程をわきまえるのだろうか。

「いやキャッシュカードないと金引き出せないだろ頭悪いのか?そんなんだから今みてえな無様さらすんだろ学習しろよ」

そう言い捨てながら俺は周りを見渡す。ここから一番近いATMはどこだったか。国道を少し行ったところに郵便局があることを思い出した時、奴は汚い手で俺の足首を掴んできた。痛くもなんともないが、ただ汚らわしい。足を振って払い、顔面に一度蹴りを入れ、この場を離れる。少しこの場を離れた程度では死ぬまい。

 郵便局に入ると、受付にいた従業員が蜘蛛の子を散らすように奥に逃げていく。刃物など持っていないのに、ここまで警戒されなきゃいけないのか。だが今彼らのことはどうでもいい。問題は先ほどの暗証番号があっているか、それだけである。ATMのカード挿入口に奴から奪い取ったカードを差し込み、『お引き出し』のボタンを押す。画面にはテンキーが表示され、暗証番号の入力を促している。確か7392だったか。テンキーを押し入力を終えると金額を決定する画面に切り替わった。どうやら奴は嘘をついていなかったようだ。できる限り全額を引き出し、無理やり財布に詰め込む。入らない分は奴の財布に詰め込み、俺のポケットにしまった。傍から見ればだいぶ不格好だが鞄の類を持っていないのだから仕方あるまい。俺は金を引き出した足そのままに近くのショッピングモールに向かった。

 モール内も殺伐としていた。普段聞こえるにぎやかな声はどこかへと消え、静寂がこの場を支配している。時折流れる店内放送と、どこかで聞いたような店内BGMが猶更静寂を際立てていた。モールの中は客の姿どころか店員の姿もない。人の姿をしたものはマネキンか死体かのどちらかだ。俺はスポーツ用品店でそれなりのリュックを手に取り、レジへと向かった。だが、レジには誰もおらず呼び鈴を鳴らしても誰も出てくることはない。俺はタグをむしりとって捨て、店を後にした。

 俺は偶然手に入れたリュックを背負い、駅へ向かう。途中余計な奴に時間を取られたが、まだそこまで遅刻の心配はしなくてもよさそうだ。先ほどまでの中継を見ていればそう確信できる。俺の確信通り、駅前には死体で山が築かれていた。これなら普段満員の電車もガラガラに違いない。予想通り乗客の姿は全くない。だが、俺の目的地はその限りではなかった。電車を降りるとホームには人があふれかえっている。ここは昨日の一件はおかしいと抗議集会をしに来た者や、その抗議集会を邪魔するために集まった者が入り乱れ、混沌の様相を呈していた。俺は彼らが作り上げた人波を何とかかき分け、駅を出て奥にある建物へ向かう。道中も殺害された誰かの死体がいくつも転がり異臭を放っていたが、気に留める理由もない。目的地である建物の入り口には血がこびりついた鉄パイプを担いだ警備員らしき男がいたが、どうやら俺の顔を知っていたらしく、特に足止めをされることなく中へ入ることができた。建物の中は広く、始めて来た場所ということもあり、目的の部屋がどこにあるかわからない。建物に入ってすぐ、エントランス付近でうろうろしていると、俺をここへ呼んだ本人がちょうど目の前に現れた。

「お久しぶりです、四十万さん。……とはいっても、三日ぶり程度ですね」

「……いったい何のつもりだ、宮下」

「昨日の出来事はご存知ですよね?」

「当然だろ、あんな大騒ぎになってれば嫌でも耳に入る」

「……あの後、残党を率いていた男……橋田くんから連絡が来ましてね。『ぜひとも浄化隊を、国家浄化党という名前で再結成したい』と打診されたのです」

「……それで?」

「せっかくですから、浄化隊に所属していた者に一通り声をかけようかと思いまして。今の所皆さんいらっしゃってますね」

「なるほど、一応政党の形をとるつもりか。……俺は政党員の数合わせってところか?」

「そんなところです。……それに私だって昨日あの場にはいなかったのに、政党の党首にされそうで困っているのですよ」

「残党共からすれば昨日の一件は浄化隊の敵討ちだったという訳か」

宮下は「おそらくそうでしょう」と会話を締めくくり、「こちらです」と目的地へ案内してくれた。彼も橋田という男に呼ばれた身でありながらこうして世話を焼くのはもはや性分と言ったところだ。彼の案内に従い向かった部屋は、昨日もっとも注目を浴びたあの場所。国会衆議院議場である。昨日数百の屍が転がっていた床はそれなりに掃除をしたようだが、絨毯にしみ込んだ血や死臭は決して簡単に消し去れるものではない。議場に並べられた机の上には名札のほかに消臭剤がいくつも置かれ、できる限りの努力をしたことが見て取れる。議場にはすでに大勢の元浄化隊員や残党として動いていた者がひしめき合っていた。ここまで案内してくれた宮下に礼を告げ、自分の席を探す。ちょうど中央あたりのようだ。俺が席に着くと、隣にいた男が話しかけて来た。

「まさか、俺たちが政権を取れる時が来るとはねえ。あんたもこんなことになるとは思ってなかっただろ?」

話しかけてきたのは二十前半、おそらく大学生か新社会人か。こんなところにいるとはよほどまともな人間ではないのだろう。

「いや全く。予想できた奴がいたら教えてもらいたいもんだ」

「だよなあ。……それに、今日から早速いろいろ政策を打ち出していくらしいぞ。楽しみで仕方ねえよ、お前は何か考えて来たか?」

「何にも。昨日の夜いきなり言われてぱっと思いつけるほど普段から考えてねえからな。そういうあんたは何を?」

「そりゃこれからのお楽しみだ。……そろそろ始まるぜ」

彼はそう言って向こう正面に指をさした。彼が指さした先には議長が座るべきであろう席があり、そこには昨日見たばかりの男が立っていた。おそらくあれが橋田なのだろう。橋田は備え付けられたマイクを手に取り、口を開いた。

「みんな、集まってくれてありがとう。俺は橋田、浄化隊残党のリーダーをやってた。昨日の配信を見てくれた人も多いと思うが、ようやくあの時代遅れ共を何とか追い払うことができた。これからは、俺たちがこの国を動かすんだ。今までとは違う、ないがしろにされてきた俺たちのような人を助ける政治をやろう」

議場内は歓声に包まれている。昨日この場で大量に人が死んだことなど誰もが忘れているように、忘れようとしているように。ただ俺一人だけが、この歓声の渦に取り残されていた。もともとこんなものに興味などなかった。俺はただろくでもない奴が生きているのが気に食わなかっただけで、この国をよくしたいという気持ちは微塵も持ち合わせていないのだ。それでも一応参加しておけば政治家の端くれにはなれる。政治には興味ないが、政治家の特権には興味がある。もし俺の今までの殺人がばれたとしても、政治家特権で無罪にできるなら政治家でいる理由はあると言える。席から立ちかけていたが座りなおして、会の進行を待った。会は橋田の簡単な挨拶から始まり、早速新政権を象徴するような政策を打ち出すという話になった。新政権発足からまだ一日しか経っていないが、すでにいくつか政策の草案を作り上げており、これまでの保育園のお遊戯会未満の政権とは違うということを示したいように思えた。確かにこれは国民からはそれなりの評価を得られるかもしれないが、それ以外からは強い反感を買ってしまうだろう。


 七月十七日

 やはり反感は非常に強いものだった。橋田が殺害されたのだ。犯人はすでに捕らえているが、どうにも要領を得ない。おそらく外国人なのだろう、「言葉分からない」と繰り返してばかりで全く話にならないのだ。現在は警察組織の再編成中のため、浄化党自らの手で捕まえた犯人に対し尋問をしている。一昨日までどこぞの政党が使っていた事務所を間借りし、応接室に犯人を閉じ込めている。部屋には宮下と、浄化党の幹部が幾人、そして犯人を制圧した俺がいた。

「どうしますか宮下さん。こいつ何聞いても駄目みたいですよ」

幹部の一人が尋問に疲れてぼやき始めた。確かにこのままでは事態は進展しない。宮下は幹部一人一人に対し、どうすべきかを聞いて回ってるが、誰しもはっきりした答えを出せずにいる。今まで犯罪者を相手にしたことがないから、当然と言えば当然だ。部屋の隅の方で傍観者を気取っていると、ついに宮下の質問攻めが俺のところにまで回ってきた。

「……四十万さんだったら、どうしますか?」

「……さあね。人殺しなんだから、そのままにしておくわけにいかないだろうが……」

1つ案は思いついているが、おそらくあまりいい顔をされないだろう。

「結論を出す前に、こっちからも質問いいか?」

「ええ、どうぞ」

「こいつの素性は?」

「新井和人。……偽名です。顔を見ればこの国の人間ではないことなんかすぐにわかりますけどね。……ちなみに不法滞在者です」

不法滞在者か。ならば結論はこれしかあるまい。

「じゃあ殺そうぜこいつ。不法滞在者なんか何しでかすかわかったもんじゃねえというか、もう人殺ししでかしてくれたからな。いわゆる『目には目を』ってことでどうだ」

新井という偽名を持つ男は、言葉がわからないというのも嘘だったのだろう。殺すという単語を聞いて火が付いたようにわめき始めた。

「ふざけるな。私には人権がある」

「あっそ。で?」

「は?」

「『は?』じゃねえよ。で?って聞いてんだろ答えろよ。人権があるからなんだよ」

「簡単に人を殺そうとするのはおかしいとは思わないのか?」

「でもお前人殺しじゃん。他人の権利侵害したくせに自分の権利は守られるとか甘えてんじゃねえぞ」

「頼まれただけだ。俺は悪くねえ」

「お前に殺しを頼んだのは誰だ?」

「……言えない」

「じゃあ今ここでお前のこと殺すか。……ここにいる俺以外の全員に押さえつけられた後、俺に殴り殺されるか。それともお前が橋田を殺すのに使ったこのナイフでお前をめった刺しにするか、選んでいいぞ」

新井は何も言わずうつむいている。状況が悪くなったらだんまりを決め込むという卑怯者特有の行為にはうんざりだが、対処は簡単だ。先ほどの提案通りのことを実行するだけだ。

「じゃあ、みんなよろしく」

俺がそう言い放つと、その場にいた幹部幾人は戸惑いながらも先ほどの提案通り、新井の手足を押さえ始めた。おそらく内心では俺の脅しをただのハッタリだと高をくくっていたのだろう。手足を押さえつけられて初めて、ようやく自分の置かれた立場という物を理解したらしい。

「頼む!やめてくれ、助けてくれ。頼まれただけなんだ、俺は別にあいつのことなんとも思っちゃ……」

「で?お前に殺しを頼んだのは?」

「それは……」

俺は床に押さえつけられていた新井の腹目掛けて拳を瓦割のように叩き込んだ。新井は低く短い悲鳴を上げ、痛みに唸っている。

「もう一回聞くぞ。お前に橋田の殺しを頼んだのは誰だ?」

「……佐藤だ。参議院議長の」

正直な所、予想はついていた。あれほど大々的に今までの政治をないがしろにすると喧伝したのだから、今までの政治で甘い汁をすすっていた腐れ連中は気が気でなかったのだろう。今ここで党のトップらしき橋田を殺して後継ぎ問題でてんやわんやしているころに、女性問題なりをでっちあげて党全体の品格を落としにかかる。政治家が持ちうる知能をすべて使って考えだされた子供だまし程度の作戦だ。

だが、それは俺たちのような党には全く効かないと言っていいだろう。これまでの彼らの懸命な働きにより、我々は結婚できるほど生活に余裕を持てていない。そのため不倫だなんだと言われたところで全くお門違いなのだ。それ以外では金銭関係などが問題になりそうではあるが、昨日できたての政党に同行できる金などあるはずもない。結局時代遅れから一ミリたりともアップデートできていない腐りかけの脳みそで考えられたことなど、まったくもって取るに足らない。……それはそれとして、橋田が殺されたことへの報復は必要だろう。俺は新井に聞こえないよう宮下に耳打ちした。

「録音機を持ってたりしないか?」

すると宮下はスーツの内ポケットから小さな録音機を取り出した。

「……こういう活動をしている以上、身の回りには敵が増えるものでしてね。普段からいくつか持ち歩いているんです、どうぞ使ってください」

俺は宮下から録音機をありがたく頂戴すると、もう一度新井に近寄り、後ろ手で録音機を起動しながら話しかけた。

「もう一度聞くぞ。橋田を殺したのはお前だな?」

「ああ。そうだ」

「なんで橋田を殺そうと思ったんだ?」

「参議院議長の佐藤高俊に頼まれたんだ」

これさえあれば十分だろう。俺は録音を終了し、録音機をポケットにしまった。そして、新井の顔面を思いきり踏みつけた。足の裏から鼻の骨など固い感触が伝わってくる。強く踏み込むと足の裏から何かが折れる音が聞こえて来た。新井は鼻からは血を流し、目からは涙を流して顔を濡らしていた。だが、それらに構うことなく新井は俺に食って掛かる。

「何のつもりだ!誰に頼まれたかまでちゃんと教えたじゃないか!」

「喋れば助けてやるなんて俺は一言も言ってないけどな。人殺しておいて無事で済むとか甘えた考えだな。これだからお隣の国生まれは……。劣等種族らしくサンドバッグになってろよ」

その後、俺は助けを求める新井の声をすべて無視し殴る蹴るの暴行を繰り返した。別にこいつに個人的な恨みがあるわけでもなければ、橋田とかいう男の復讐に燃えているという訳でもない。目の前にいるのは、ただの人殺しで嘘つき野郎。たったそれだけのことが拳を振る理由足り得ていた。

 十分も続ければ普通の人間は動けなくなる。それは不法滞在者も例外ではない。誰も手足を押さえなくとも新井はピクリとも動かなくなっていた。反応を確かめるため蹴りを入れてみるがうめき声すら上げない。気絶したか、あるいはすでに死んでいるか。いずれにしろこのまま放っておけばそのまま死ぬだろう。だが、この場で死なれるのは困る。どこか都合がいい場所はないだろうか。そんなことを考え始めた頃、傍観し続けていた宮下が口を開いた。

「……その男は死にましたか?」

「ああ。たぶんな」

「では、処分しなければいけませんね」

宮下はそう言うとズボンのポケットからスマホを取り出し、どこかに電話をかけ始めた。

「もしもし、宮下です。……アレが出たので回収してもらえますか?ええ。場所は……」

どうやらこの死体もどきを回収してくれる誰かに電話をかけているらしい。誰だか知らないがよほどの物好きなのだろう。どうやら一通りの段取りを取り付けたらしい。宮下は電話を切り、部屋にいた幹部たちに命令を下した。

「あと十五分ほどで回収業者が来ます。とりあえず裏の駐車場あたりにまでこれを運んでおいてください」

幹部たちは全員嫌な顔をしている。それも当然、死体など誰も触りたくはないだろう。それに加えて俺が殴り続けたおかげで新井の身体には内出血の跡がいくつも浮かび上がっており、非常に痛々しい。その上、死を間近に感じた恐怖かお国柄ゆえなのかはわからないが、大量の糞尿が垂れ流されている。それでも宮下の頼みだから、ばれたらただでは済まないからとそれぞれどうにか自分を納得させ、下された命令を遂行しようとしている。さすがに俺も手伝わなければあとで大いに顰蹙を買うだろう。全員で分担して新井を持ち上げ、駐車場まで向かった。

 新井の死体を外に出してから五分後、普通の黒い乗用車がこちらへ向かってきている。その車は俺たちに目の前で止まり、中から白衣の男が降りて来た。

「今回はこれですか?ずいぶん汚いがそれなりに使えそうですな。……これは、好きにしていいんですかい?」

白衣の男は車が降りるや否や宮下に話しかけていた。それなりに使えそうと言っているが何に使うつもりなのだろう。

「ええ、結構です」

「それでは、皆さん申し訳ないがちょっと手伝ってください。一人じゃあ死体を運べませんから」

確かにここまで運ぶのにも五人の力が必要だった。距離自体はほとんどないとはいえ車に積むときはそれなりに疲れるだろう。もう一度汚らわしい死体に触らざるを得ないが、面倒事を片付けてくれるのだから文句は言えまい。新井の死体を車に積み込み、白衣の男を見送った。時刻はそろそろ正午、どこかに昼飯を食いに行くかと考えていたが、宮下が声をかけて来た。

「四十万さん、この後ちょっとお時間よろしいですか?」

「……腹減ったから飯食いに行きてえんだけど」

「お好きなところをどうぞ、奢りますよ」

どうやらなにがなんでも俺に用事があるらしい。

「……あいつらは?」

俺はそう言って俺と宮下の先を歩く幹部たちを指さした。

「一緒に食事をしたいのなら連れて行きましょうか」

「……いや、いい」

俺とサシで話したいことがあるとでもいうのか。

「わかった。飯食いながらでもいいなら話を聞いてやるよ」

「ありがとうございます。では早速行きましょうか」

宮下の物腰は丁寧だが、何やら俺を急かしているように足早である。そんなに緊急の内容なのか。俺たちは事務所の近くにあった丼もの屋に入り、注文を済ませた。出された水を一口飲んで口を湿らせた宮下はまるで絞り出すかのように声を発した。

「……実は、四十万さんに頼みがあるのです」

「頼み?」

「ええ。大事なことです。これからのこの国を揺るがすような」

宮下は小声でそうつぶやく。店は昼時で繁盛しており。周りはとても騒がしかったがこの席だけは切り離されているかのように静かだった。

「……俺に一体何をさせる気だ」

「殺された橋田が立ち上げた国家浄化党。橋田亡き今、表向きの党首を改めて決めなければいけません」

ここまで言われれば誰でもこの後に続くであろう言葉は察せられる。しかし、その言葉はあまりにも信じがたい言葉でもあり、自然と口から感情がこぼれていた。

「……正気か?」

「ええ。先ほどの新井への態度を見て決意しました。あなたは上に立つ側の人間だ」

「……やめてくれ。俺は社会のあらゆるところから拒絶されたただの社会不適合者だ。人の下にすら立ったことがねえ」

「上に立つ側だからこそでしょう。それがあなたの運命だった」

「……馬鹿なことを」

悪態をついた時、ちょうど注文していた料理が届いた。料理を運んできた店員は周りとは違う異様な雰囲気を感じ取っているのか、それとも昼飯時でただ忙しいだけなのか定かではないが、少々乱雑に料理をテーブルに置いてさっさと厨房に戻っていった。宮下は割り箸を俺に手渡しながら話を続ける。

「先ほど新井の処分を決したとき、あなたは何を考えていましたか?」

あの時の俺は一体何を考えていただろう。復讐でもなければ金目当てでもない。しかし快楽のために新井を殺すと決めたわけでもなく、ただ新井のことが気に食わなかっただけだった。大層な言葉にできるほどの思考もない。俺は割り箸を割りながら答えた。

「何も。あんな奴のことについて考えることなんてなにもねえよ」

宮下にとってはこの返答も予想通りらしく、少し意地悪に笑っている。

「……何がおかしい」

「いえ。……やはりあなたこそ人の上に立つべき人間だなと再認識したのですよ」

疲れで突拍子もないことを言っているのではと心配になる。それとも最近の暑さだろうか。いずれにしろ、すぐさま人を殺す判断を下せる人間は人の上に立つべきではないだろう。

「……俺は人殺しだぞ」

「ええ。だからこそです。真に人の命の価値を知っているあなただからこそ、ふさわしいのですよ。あなたは他人だけでなく、自分にすら厳しい。……あなたは自らを含めたほぼすべての人間に対して、『生きている価値がない、こんな奴死んで当然だ』と思っているのではないですか?」

心臓を貫かれた感覚だ。自分が奥深くに隠していた本心に気づかれてしまった時のようでもある。頭の中ではすっかり狼狽していたが、どうにか表に出さないよう会話を続ける。

「……もしそうだとしてなんだというんだ」

「……今時の政治の話になりますが、誰かが何かしら政治的な主張をするときは、人権を盾にすることが多々あります。女性の権利問題だったり、移民問題だったりと。ですがそれらが掲げる人権という物はすべて目くらましにすぎません。隠れているのは大抵自分だけが得をしたいという見え透いた小汚い願望……。これらに騙されないため、人権をないがしろにできるあなたの考え方が必要なのです」

……うすうす感づいていた。誰かが声高に権利を叫ぶとき、裏には大抵別の思惑が潜んでいることを。彼らは弱者を装う獣にすぎない。自らの意見が聞き届けられないと分かれば、すぐに人権の軽視だと相手をそしり何が何でも自らの思い通りにしようとする無法者たち。確かに俺はそれらを毛嫌いしているが、宮下自身もそれに気づいているのなら、わざわざ俺が上に立つ必要はない。そう考えていたことが顔に出ていたのか、俺の言葉を待つことなく宮下は続ける。

「そしてあなたには、己の理にならぬ者への容赦のなさがある。これからこの国を立て直していくには、切り捨てる覚悟が必要ではありませんか?」

「……こんな若造にできるかよ」

「……年寄りが雁首揃えて約五十年余り、政治が好転した瞬間など一度もありませんでした。今、民が最も求めている物は変化だと思いませんか?」

宮下は何が何でも俺に党首をやらせるつもりのようだ。……興味がないと言えばうそになる。今までの人生で何もなしえなかったただの底辺が、いきなり国のかじ取りをしろと言われているのだ。今まで社会からないがしろにされてきた分の仕返しができると浮足立つ反面、少しのミスで何かしらの悪影響が広がると想像するとどうしても一歩前に進めない。だが、その悩みはとある声でかき消されることになる。

「どんぶり一杯でこの値段かあ。いくら不作がどうだ輸送費がどうだと言われてもなあ」

「いつまでたっても米は安くならねえし、週明けには値段が下がるとか言ってた専門家死なねえかなあ」

「国家浄化党とかいう政党に期待しようぜ。アレは今までとは違う気がするよ」

「……そうだな。もうあの政党に期待しないとやってらんねえよ」

隣にいたサラリーマン集団がそう話していた。彼らはこれまでの政治すべてに絶望し、ぽっと出の得体の知れない政党に期待を寄せてしまうほどこの国で生きることに疲弊してしまっている。彼らを救おうとは言わない。だが少しでも疲弊を癒せるのなら、そしてその手段は今俺の目の前にある。

「……わかった。やるよ」

なぜか宮下は驚いた顔をしている。そっちから持ち掛けて来たくせに。

「ありがとうございます。……私が予想していたよりもずいぶん早く決断しましたね」

「……ここでうだうだしている暇があるなら、一個でも国民のためになる政策を考えるべきだと気づかされてな」

「結構な心構えで。……午後は事務所で国会浄化党の党首決定報告でもしましょうか。そして来週には総理大臣選挙を……」

「する意味あるのか?衆議院はほぼ俺たちの政党だろ?ちょっとだけ当日欠席してたせいで殺し損ねた奴がいるらしいが」

「正規の手段を踏むことが大切です。そうすれば参議院の連中も強く口出しできない」

「人殺しておいて今さら正規の手段を気にするのか?」

「もちろんです。……今まで幾度となく行われた国会議員選挙、それらが公平に行われたと思いますか?」

「何をいきなり。……全く思わない。どうせ裏で票を金で買ってるんだろうと思ってるが」

「それでも、選挙という手段を用いたから不問とされている。彼らの認識では、選挙に勝てさえすれば何をしてもいいのでしょう。裏で行った悪事が露見して責められることさえなければ」

「……人を殺した俺たちも選挙さえやれば奴らは文句言えねえってか?」

「ええ。我々に文句を言うのならばまずは己の潔白を証明せねばなりません。犯罪者がまた別の犯罪者を責め立てていいのでしょうか?」

前々から感じてはいたが、宮下という男はなかなか小賢しい。だが、この国ではこれほど小賢しくなければ誰かに食い物にされるだけだ。俺は今日、この場で食われる側から食う側に変わったのだ。


 七月二十四日

あれから一週間がたった。あれから俺は国家浄化党内での総裁選挙を乗り越え、正式に党首となった。今日は国会で総理大臣を決める投票が行われる。衆議院と参議院では衆議院側の人数の方が多いため、何をどうしても俺が総理大臣になることが決まっている。

「……集計が完了しました。第百二代目総理大臣は、四十万一に決定いたしました」

投票結果を発表した会場は阿鼻叫喚に包まれた。この国の終わりを勝手に嘆いていても結構だが、おそらく彼らが想像している未来が正しい未来だろう。就任演説のため、俺は壇上に上がった。

「……この国は腐り果てた。国民が困窮するさなか、私腹を肥やし続け外国にいい顔を向け続けいったい何を得られたというのだ。いい加減この国も変わるべき時だ。不必要な悪事をすべて切り捨て、誠心誠意国民に奉仕する。それが真に政治家という物であろう。俺はこの信念を決して違えない。……以上だ」

会場は少しの静寂の後、万雷の拍手に包まれた。とはいっても拍手をしているのは国家浄化党の党員たちだけなのだが。負け組の参議院のジジイ共の顔はすさんでいる。これから俺が主導する政治に絶望しているのだろう。おそらくその絶望はすぐにでも現実のものとなるが。

 それから二時間後、参議院の間で総理大臣を罷免することを要望する意見書を提出してきた。俺は早速宮下や、その他幹部群に連絡し

会見の準備をすすめさせる。一時間余りで会見の準備は整った。表向きには新総理大臣のあいさつという名目を取っているが、この会見をもって残りの国会議員共を排除するつもりだ。

 午後一時、会見が始まった。目線の向こうには大勢のマスコミが集まり、こちらにカメラを向けている。俺は挨拶もそこそこに早速本題を切り出した。

「皆さんにはぜひ見ていただきたいものがあるんです。……こちらです」

そう言って参議院から提出された罷免の意見書を見せびらかす。彼らは一斉にシャッターを切り始めた。

「ここに書いてあることは、要約すると『人殺しが政治をしていいわけがない』ということなんですが……。ではこれをどう説明するのでしょう?」

俺は一週間前ほどに録音して置いた新井の声を再生した。

『橋田を殺したのはお前だな?』

『ああ。そうだ』

『なんで橋田を殺そうと思ったんだ?』

『参議院議長の佐藤高俊に頼まれたんだ』

会場はどよめきにあふれた。これが本当ならばマスコミにとってはとんでもないスクープだろう。俺はどよめきをおさえるように続ける。

「彼らが言うには殺人犯に政治家をやる資格はないと。しかし、参議院議長は殺人の依頼を出しているのです。誰かに人殺しを頼むような人間に政治家が務まると思いますか?」

会場のどよめきは鎮まることなく、会場にいる記者は会社へ電話をかけ号外の発行を要請している。その中でいち早く会社殿通話を終わらせた記者が手を挙げた。どうやら質問があるらしい。

「その音声は本当に橋田さんを殺害したという人物の声なんですか?」

「ええ、そうです。とはいっても今すぐここで証拠を出すことはできないので、皆さんに信じてもらうほかありません。五十年国民をだまし続けた政治家を信じるか、ぽっと出の人間を信じるかはお任せします」

俺はここで席を立ち、会見を切り上げた。これ以上記者連中に話すことなど何もない。それに、俺は今日から総理大臣なのだからマスコミなんぞに構っている暇など一時たりとも存在しない。


 七月三十一日

 あれから一週間が経ち、党内でもいくつか法案を固め、あとは臨時国会の開会を待つだけとなっていた。前の会見以降、毎日のように参議院から罷免要望書が届いていたが、すべて破り捨てている。国民ももうすっかり目を覚ましたようで、時代遅れの年寄り共の言い分を聞き入れる者は一人たりともいなかった。本来は衆参議会を同時に開会することはないが、彼らのあまりにしつこい要望を聞き入れてやった。今国会にいる議員はすべて衆議院議場に集まっている。橋田たちが衆議院議員をほとんど殺してくれたおかげで席にだいぶ余裕ができ、ギリギリではあるが参議院議員共を詰め込むことができた。……そろそろ国会が始まる。この国を変える瞬間がもうすぐそこまで来ている。衆議院議長となった宮下のあいさつにより、ついに国会が開かれた。早速参議員代表がかみついてくる。

「一週間前から再三申し上げていますが、人殺しが政権に携わるとはいかがなものかと。それにいつまでたっても警察組織の再編も終了しませんし、時間稼ぎをしているのでは?」

「私の父親は政治家ではないので、そのような卑怯なことは致しません。警察組織の再編はすでに完了しており、明日より本格的に活動を再開する方針です。それに、人殺しを批判するのなら、橋田健司の殺害依頼について釈明するべきかと」

「それに関しても、再三知らないことだと回答しています。そもそも私たちは疑惑でとどまっているのに対し、あなた方は疑惑などではなくただの事実ではないですか。罪を償うべきでは?」

「……私たち国家浄化党は『人』を殺したことなどありません。ゆえに弁明することなど何もありません。それに、あなた方のような犯罪者たちが私に罪を償えとは、まったくお笑いですな」

「……私たちが犯罪者ですと?」

「ええ。あなた方は今まで幾度となく選挙公約を掲げてはその約束を破ってきましたね。それは詐欺に他ならないのでは?他人の罪をなじる暇があるのなら贖罪のため首でも切り落とすべきかと」

「……この件は今日これ以上追求しないこととしましょう。本題は法案の吟味にあります」

「言い返せないから話題そらしですか。生粋の政治家ですな、尊敬しますよ。……ではまず、最初に低減させていただく法案は、議員定数の削減と、議員報酬の削減です。現在政治家の数は……」

「待て!」

まだ概要を何も話せていないのに、年寄りから待てがかかる。鬱陶しいことこの上ないが、一応国会の形を保っておくとしよう。

「なんでしょう?」

「議員定数を減らすなど絶対に許さんぞ。どうせ我々を排除し、独裁政治を築き上げる気だろう。報酬の削減など国民へのリップサービスも怠らぬとは、卑怯者ここに極まらりと言ったところか」

「独裁政治は、ここ五十年の由民党政治のことでは?国民の悲鳴を無視し続け増税に次ぐ増税、それに加え移民などという犯罪者予備軍に金をばらまき守るべき自国民を危険にさらしておきながら、何を今さら」

「移民を犯罪者予備軍とは……。これは重大な差別的発言だ。このような発言をする者が総理大臣でいいのだろうか」

五十程度の男は自分の後ろに座っている参議院の仲間にそう呼びかけ、場の空気を変えようとしている。だが、それはただの茶番だ。

「……例えば、犬をワンちゃんと呼ぶ、これは別に普通のことですよね?移民を犯罪者予備軍と呼ぶのもそれと同じではありませんか?それにこの程度の発言で責任を問われなければならないのなら、あなたたちはなぜ今もなお政治家の席に座り続けているのですか?……脱税野郎のくせに調子乗ってんじゃねえぞ」

「なんだその口の利き方は?」

「敬語使うのだるくなってきたからな。お前らなんぞに使う言葉なんてこれで十分だろ。犯罪者が俺に大層な口きいてんじゃねえ。そもそもこっちは法案の議論がしたいんだが、話そらすのやめてもらえるか?」

「それに関しては、我々は決して容認できない」

「別にお前らが容認する必要なんてどこにもないぞ。だから衆議院を選んで襲ったんじゃないか」

「またそうして人を殺したことをまるで誇らしげに……」

「それもさっき言ったよな。俺たちは『人』を殺したことなんか一度たりともねえよ。自分が犯罪者だからって他の奴も同じようなもんとでも思ってるのか?」

「しかし、暴力をふるったことには……」

「何?暴力は駄目ってか?じゃあ人に嘘をつくことはいいのかよ。だまして金盗むのもいいのか?」

「暴力も当然だが、他の行為も決して許される行為ではない。悪事に順位などない」

「じゃあ早く罪を償えよ。口を開けば戯言ばかり、人の金盗んで生きてるくせにいつまでちんたら生きてんだ?」

「……だからこうして責任をもって職務を……」

「お前らができることなんてさっさと自殺することだけなんだから早く死ねよ。お前らの仕事ぶりに評価できることなんか一個もないし、これからも決してないんだからさ。それに、もうずいぶんいい歳だろ?もう生きてても何の役にも立たないんだからさ、早く死ねよ」

今まで奴らの顔をテレビで見る度にうっすら湧いていた怒りが形を成して口から出ていく。それらを口にするたび、俺の心は晴れ渡っていく。これまでの人生で何の不自由もなく生きて来た馬鹿どもをけなし続けるのはたまらなく気持ちがいい。

「ほら、責任もって仕事がしたいんだろ?政治家として最初で最後の仕事だよ早く死ねや。お得意のだんまり決め込んでねえで早くしろ。そしたら議論の続きをするからよ、ほら早く死ねよ。さっさと舌噛み切れよ」

やはり奴らはだんまりで誰も動きを見せない。誰もがうつむきこちらと目をあわせようとせず、ただ目の前で起きている事態が早く過ぎ去ることを祈っているように見える。奴らの普段通りと何も変わらず、腹立たしいことにも変わりはない。俺は演説台から降り、一番近くにいた参議院議員の首根っこを鷲掴みにした。

「てめえだ。俺から一番近いとこにいたてめえ。話が進まねえからとりあえずお前のこと殺してやるよ」

 俺は鷲掴みにしたまま席に座っていた女議員を引きずり、先ほどまでたっていた演説台に女議員の顔を叩きつけた。そして前髪のあたりを掴んで引っ張り無理やり口を開けさせ、近くにいた国家浄化党の一人を呼びつけ、女議員の舌を引っ張らせる。

「悪い、汚すぎるけど我慢してくれ。……おら、この女死んじまうぞ。お前ら助けてやんねえのか?可哀想になあ、こんなに涙を流して……。誰もお前のこと助けようとしねえな、ほんとに可哀想な奴だなお前。生きてても意味ないんじゃね?今ここで死んどくか。……お前あれだよな、二重国籍だなんだで国籍取り直してたよな。……外人が政治家やってて言い訳ねえだろ、お前は死んで当然の劣等種なんだよ。……はい3、2、1」

俺はカウントダウンが終わると同時に、右手に掴んでいた女の前髪を手放した。そして右手はそのまま振り下ろし、左手は女議員の顎をしたから掬い上げるように叩いた。女議員の舌は俺の部下に引っ張られ、外に出されたままだ。俺の両手は女議員の頭と顎をそれぞれ強くはたき、力尽くで舌を噛ませた。だが、舌がこれほど頑丈だとは知らず、まだ噛み切れてはいない。俺は女議員の頭と顎を掴み、力の限り圧縮した。女議員の口からはぶちぶちと何かがちぎれるような音がするとともに、満足に開けない口の奥から悲鳴を絞り出している。未だこの女を助けようとするものは現れない。そしてついに、女の舌はちぎれた。下を引っ張っていた男はその余った憩いで後ろに倒れそうになっている。彼は体勢を立て直したのち、持っていた舌を床に投げ捨てた。舌を噛み切った女は必死に口をパクパクさせ、酸素を求めている。その様子は池の中からエサを求める鯉にそっくりだ。だが、次第に動くが鈍り、ついには喉を押さえて床に倒れこんでしまった。一発腹に蹴りを入れてみるが、反応はない。どうやら死んだか。俺は女の死を確かめると、マイクの方に向き直った。

「議論はもうやめだ。お前らみたいな死んで当然の売国奴共と話したところで、得られるものなんかありもしねえ。さっきも言ったが、この国をよくするためにお前らができる唯一の行為は死ぬことだ。……できないっていうなら、今ここで手助けしてやるよ」

この言葉が合図となり、国家浄化党の面々は思うがまま、浄化党以外の政治家に襲い掛かった。数では少し劣勢かもしれないが、こちらの方が若いうえに、今まで苦労や努力なんてしたことない人間の体ほど脆い物はこの世にない。瞬く間に制圧が完了し、議場の支配権を完全なものに出来た。あとはこいつらを全員殺せば、この国は生まれ変わる準備を終える。ためらう理由なんか一つもない。

「お前らの下らん茶番にもいい加減飽きたんだよ。……俺はずっと思ってたんだ。なんでお前らが人の上に立ってるんだろうってな。だっておかしいだろ?お前らは悪人じゃねえか。いつまでたっても景気は良くならねえし、治安だって悪くなってる。一般人は生きるために節約してるんだぞ。お前らが出来損ないのせいで、なんで関係ない一般人が割を食うんだよ。それで、お前らは何してる?『責任をもって職務に取り組む』?馬鹿言ってんじゃねえ。なら、今までは無責任に仕事してたのか?そもそも仕事出来てねえっていうのになんで仕事で責任取るんだよてめえの命で責任取りやがれ。……と思ったけど、お前らの命じゃあ何の価値もないか。当たり前だよな、上級国民気取って人の金盗んで生きてる奴に価値なんかあるわけないもんな。ならどうすべきか早く言葉じゃなくて、行動で示してほしいんだが……。お前らなんかには無理か。政治家すらまともにできねえようじゃあ何もできないよな。そりゃそうだよな、人として失敗作なんだもんな。生きてる価値がないことにすら気づけないのも仕方ないよな。でも、今俺が教えてやったよな?お前らには砂一粒よりも価値がないことを。それなら、わかるよな。方法もさっき伝えたはずだぜ。……もしできないって言うんなら手伝ってやるよ。最初で最後の仕事だからな、成功して人生を締めくくりたいだろ。失敗作の幕引きにはちょうどいいんじゃないか?」

誰も何も言わない。それならすでに舌を噛み切ったかと思えばどうやらまだ生き延びているようだ。まだ己の身分をわきまえていないらしい。やはり無能には何を言っても伝わらないのだろうか。それならば、最後通牒を突きつけるしかあるまい。

「……悪い、まだ確認してなかったな。そもそもお前らってこの国の言葉わかるか?お隣の国の言葉で話したほうがいいか?」

質問に答える声はない。

「この程度の言葉もわからんとか今までどうやって生きてたんだよ。やっぱり死んだほうがいいんじゃないか?」

俺は台に設置されていたマイクを手に取り、押さえつけられた惨めな奴らのもとへ歩みを進める。

「さっきは女殺したから、次は男だな。……てめえだろ、さっき俺に口答えしてたのは。本当に腹立たしいな、お前なんかが他人様に口答えなんて。自分の身の程を知らないのか?もしそうなら今わの際によく覚えておくと良い。お前の身分はまさに今のお前そのもの。地べたに這いずり、誰かに押さえつけられ、みじめな姿をさらして他者に嘲笑される。それが本来のお間の身分だったんだ。それがどうしてか、こんなことやってなあ……。みっともないよ、早く死のうよ。大丈夫だって、お前なんかが死んだって誰も悲しい思いはしないからさ、俺なんか逆にうれしくて小躍りしちゃうほどだ。……な、わかるだろ?お前が生きてても誰も救われないけど、今ここでお前が死ぬだけで救われる奴がいるんだぞ。……ほら、何をためらってるんだ?早く舌噛み切れよ」

押さえつけられた男はただこちらを見るばかりで、何も言おうとすらしない。だが、その眼は雄弁と俺に感情を伝える。それは嘲笑だった。……俺は考える間もなく、拳を振りぬいていた。拳は押さえつけられた男の顔面に吸い込まれていった。そして、俺の手に固い感触が伝わり、耳には衝撃音が届く。おそらく一分にも満たなかった。殴られた男の顔面は凹み、鼻は骨が折れたのか歪んでおり、歯も何本か折れたあげく口の中を切ってしまっているようである。しかし、それでもその男の目は変わらなかった。俺のことを心の奥底であざ笑っているであろう眼。俺はその眼が嫌いなんだ。お前なんかがそんな眼で俺を見るんじゃねえ。嗤われるのはお前だ、俺じゃない。俺は怒りで固めていた拳をほどいた。そして、人差し指と中指だけを立て、他の指は曲げる。そのままゆっくりと、奴の顔、眼へと近づけていった。俺はただどうしようもない不快感から逃げたかっただけだ。そのためには、原因を絶つしかない。奴は、文字通り目の前まで指を近づけられてようやく俺がこれからしようとしていることに気づいたらしい。必死に顔を振りまわし、抵抗の意思を見せる。俺は暴れまわる頭を掴み、床にたたきつける。その後、後頭部を鷲掴みにし床に押さえつけたまま、眼へと指を近づけた。奴は恐怖のあまり目を閉じる。これで、あの不快感はなくなった。……だが、こいつはいずれまた眼を開くだろう。そしてその時はまた、この俺を嗤うかのような眼をするに違いない。悪の芽は摘める時に摘んでおくべきだ。固く閉じられた瞼に指を押し付ける。そこまで分厚くない瞼の感触の裏に、しっかりと眼球の柔らかさを感じられる。このまま力を籠めれば瞼ごと眼球をつぶせるだろう。俺は右腕にさらに力を込めた。手に伝わってくる柔らかさは増すばかりだ。……固く閉じられた瞼の隙間から、血が滲み始めていた。議場は静まり返っている。この場にいる全員が、俺の一挙手一投足に目を光らせている。……ずっと、その眼が嫌だったんだ。

 ついに俺の指は奴の瞼、眼球を貫いた。小川のごとく流れ出ていた血は勢いを増し、眼をつぶされ男は痛みに耐えかね、床にのたうち回り悲鳴を上げている。開かれた眼は真っ赤に染まり、もはや何も見えてはいないだろう。だが、奴の感情は目から伝わる。……まだ、終わってはいない。俺は右足を奴の頭にのせる。そしてそのままゆっくりと右足に体重をかけ始めた。……人の頭の固さはカボチャ程度らしい。そんなものに全体重をかけてしまえばどうなるか。当初はただ痛みのみを感じていたであろう男も、ここでようやく自らの立場を、自らのすぐそばに死が迫っていることを理解した。こういう時、こいつらがどうするか俺は知り尽くしている。

「頼む。足をどけてくれ、死にたくない。すべていうことに従う、歯向かったりしない。だから、助けてくれ」

「……」

「頼む。……いや、お願いします。どうか、命だけは……」

「俺は……。お前らが生きてるってことが、どうしても、許せないんだ。政治家だってそうだし、会社の社長だって、人事担当だってそうだ。……なんでお前らなんかに俺の価値を決められなきゃいけねえんだよ。お前らに俺の何が分かる。俺を見下すんじゃねえ。俺より先に生まれたぐらいで偉そうな面するんじゃねえ。俺より早く社会に出たからって説教してくるんじゃねえ。うぜえんだよいちいち。俺より先に生まれて偉くなったくせに努力だと?既得権益にしがみついておきながら努力だと?……お前らは人の努力を娯楽だと思ってんだろ。絶対に報われない努力にすべてを費やす人間を見てあざ笑ってる。……だから俺は、お前らのような人間の死を娯楽にしたんだ。……最初は、関係なかった。ただ父さんと母さんの敵を討ちたかっただけだった。……敵討ちを終えると、俺の胸には後悔が広がったよ。どうしてもっと親孝行らしいことができなかったんだろうって。……夢見てたんだ。どっかそれなりのとこに勤めて、初任給で二人に旅行なんかをプレゼントして……。何にもできなかった。……俺が悪いのか?どこ行っても不採用突きつけられるのは俺が悪いのか?その会社は言葉も通じねえような外人雇ってるのも俺が悪いのか?無職になったのは俺のせいなのか?……そんなわけない。会社という組織は、お前らは、幾人もの将来を殺して来たんだ。……だから俺もお前らを殺す。お互い様だろ。なあ、何とか言ってみろよ」

「……なぜ、話し合いをしようとしないんだ」

「聞く耳を持ったか?一度でも、一瞬だけでも。……もし、弱い者の声を聞けていたなら、こんなことにはなってないだろうな。……お前らが、話し合いを拒否したんだ。自分たちが得られる利益が減るからな。他人がいくら不幸になろうともどうでもいいんだろ、自分さえ幸せになれればそれでいいんだろ。……だからさっきも言っただろ、お互い様だって。お前らは話し合いをするつもりがないんだろ?じゃあ俺たちだって話し合いなんかしねえよ、実力行使しかねえじゃねえか。……お前らは本当に同じことしか言わねえよな。前に殺した奴も話し合いをしろとか言ってたわ。下らねえな、誰が害獣なんかと会話するんだよ。駆除するだけだろ」

「……お前は、人の命を何だと……」

「お前は人の未来を何だと思ってるんだ?ここにいる奴を見てみろよ、若者ばっかりだ。全員、お前らが考えた政策で未来を失ったんだ。お前らが自分の懐を肥やしたいがために、こんなにも大勢の人生を台無しにしたんだぞ。これだけじゃない。まだ大勢いる。俺たちの政党がまだ国会にいるのがその証拠だ。みんな俺たちに共感してるんだ、お前らみたいな寄生虫を殺してくれる俺たちに期待してるんだ。お前らは、死を望まれているんだ。……いや、お前らなんか、死んで当然だ」

俺は、踏みつけていた頭をようやく踏み砕いた。足には骨の固い感触と、血肉や脳みその、ぬめりとした感触が伝わってくる。それが合図となったか、そこらじゅうで議員の殺戮が始まった。皆、同様に楽しんで議員をいたぶり、命を奪っていく。床に倒れこむ死体の顔には苦痛の顔が刻まれており、それらを殺した彼らに顔には開放感が漂っている。

こんな奴ら、死んで当然だ。

今回で最終回となります。ここまで読んでくださった皆様、本当にありがとうございました。

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