第7話 出たり入ったり
「まさか殴り合うの? 無駄だよ、執着で残っているんだから。自分の意思でじゃないと離れてくれない」
「違いますって、あれを使うんですよ! お兄さんも手伝ってください!」
俺が指を差したのは霊道。
一方通行なら出口(?)に同居人を放り込めさえすれば、もしかしたら帰って来れないんじゃないかと考えた。
お兄さんも理解したのか、眉根を寄せていた表情を明るくする。
「なるほど、そういうことか! しかも僕たち見えないもんね!」
俺たちは頷き合うと、手分けして同居人を出口へと投げ飛ばしていく。
「かっる!」
「きっとあまり生気を吸えていなかったからだろうね。それっ、ばいばい!」
「おりゃ4人目! えっ、生気を吸う……? 何でそんなことするんですかキモー」
「あはは。それは人間の生気が、僕たちのエネルギー源だからだよ。こうして実体化したりっ、物理的な接触をするにも必要なんだ! でもここ最近は元気のない志依ちゃんが心配でっ、みんな遠くで眺めているだけだったからっ、こんな簡単に飛ばせるくらいっ、弱い存在になっちゃったんだと思うよ!?」
霊体だから軽いと思ったが、そういうわけではないらしい。
つか自分の身を削って志依に想い入れていたとなると、ちょっと罪悪感なんだけど……。
「まっでも他にも女子は居るっしょ!? おりゃ!」
なんだなんだ!? と同居人は混乱しながら、惚れた相手へ別れも告げられずに俺たちの手によって壁の奥へと強制送還されていく。
いい歳をした大人の悲しげな目は胸に来るものがあるけど、それも一時。こいつらに情なんて沸かない。
「つか志依の部屋って真ん中にありますけどっ、これって隣の部屋とも繋がってるんですか!? はい8人目!」
「ううん、たぶんあの世っ。あの世からあの世に繋がってるっ。だからこのまま放っておいたら、妖怪の類が出て来たりするかもねっ。僕も8人目!」
「は!? 妖怪とかってまじで居んの!?」
俺たちはそんなことを話しながら、たった1分足らずで20人近く住み着いていた霊を一人残らず捌き切った。
「ナイスー。お疲れー」
「余裕でしたね。でもまだ霊道があるから……」
時たま部屋の中を横切っていく通行人が居てウザったい。しかしお兄さんに由ると、同居人が減った今なら、いずれ出入口は塞がるだろうとのことだ。
でもそれは志依のメンタルが整えばの話らしい……。
「元気ねーもんな。やっぱあいつ、何か悩みでもあるんですか?」
「まー? でもそんなことを気にするよりもさ、何とかして笑顔にしてあげることの方が先決じゃないかな? 志依ちゃんが前みたいに元気になれば、この開いたばっかの小さい霊道の穴くらい、すぐに消えてくれるはずだよ」
笑顔か。こいつの笑顔……どんな感じなんだろう……。
俺は、ベッドの上で膝を抱える志依を眺めながら思いを馳せる。そして少し前にぐちゃぐちゃにされたはずの手を握って決意を固めた。
「確かにそうですね! にしてもお兄さん、もしかして俺たちの体力って無限だったりします? 全然疲れないんですけどって、ちょっとベッドに乗んないでくださいよ!」
「何で君に言われないといけないの。別にいいじゃんね~?」
「あっちょっと!」
本当よく頑張ったね~と、お兄さんはベッドに横になって志依の頭を撫でる。
くそ。全てにおいて、お兄さんに先を越されている気がする……。
この人も強制送還かと俺が手を構えた時。ピコンとベッドの上に置いてあったスマホが鳴った——
「しー来たよ~♬ 見てよこれー、私たち馬鹿でしょ~?」
「ほらぁ~、しーが好きな苺ポッチーだぞ~♡」
なっ、女子が来ただと……!?
インターホンの画面に映るギャル2人に、俺は思わず腰を抜かす。
「わぁぁ、袋いっぱい買って来てくれたの? ありがとぉ2人とも。今鍵開けるからね」
心なしか志依の声が弾んで聞こえた。
すぐに志依は玄関に向かって駆けていく。ミニスカートなんかで走るから、履き替えたばかりの白いぱんつがチラチラと見えた。
けど俺は、ぱんつを眺めるよりも一瞬だけ見えた志依の横顔に心を奪われていたのだった。
「志依が笑った……」