最終話 万年筆
これで完結です。
気づけば私は、都市部であっただろう場所へとたどり着いた。
ここに来るまで恐らくまた数年が経過していたと思う。
この場所にはたくさんの建造物の残骸が広がっている。そしてその形状や見た目というのは今まで見てきたものとは一線を画す。
地面に落ちているそのどれもが、見るからに技術的も科学的にはかなり発展したものだと分かる。そして目の前にあるここはきっと・・・。何かしらの研究施設だったのだろう。この建物はそこまで派手に倒壊しておらず、中にも入れそうだ。壁は焦げた跡が残っているけれど。
「・・・ここではさすがに暇が潰せそうね」
そう口にした私は、その前にゆっくりと瓦礫の山に腰を下ろし、いつも持ち歩ている鞄の中から鏡とハサミを取り出した。
ここにある物の記憶を観測する前に身だしなみを整えたい。
鏡を見ながらハサミで雑に伸びた、金色の髪を切っていく。この旅を始めてしばらくはきちんとしたヘアカット用のハサミを使っていたけれど、最近ではもうそんなことなど考えなくなってしまった。
「誰も見てないとは言え、もう少しちゃんとした感じにした方が良いのかもしれないけど・・・。どうしても面倒くささが勝ってしまうから・・・」
そして気になっていたところを切り終わると、遂に私は研究施設であったであろう建物の内部へと入っていく。
「お邪魔します」
いつもと同じように深々と頭を下げて。
◇
中は想像していた通り、何かの研究施設のようだ。以前荒廃した病院で見つけたのと似たような機器も床に転がっている。
そして内部を探索していたところ、ある部屋が目についた。
『所長室』
その部屋のドアに掲げられていた、こう書かれていたプレートは珍しく原型を留めている。関心を抱いた私はそのドアのノブに手をかけ、静かに回して開くと、そこにはプレートと同じくこの時代にしてはかなり稀な状態で内部が保存されていた。
「かなり綺麗・・・。ほとんど荒れてない」
天井は崩れていないし、壁も床もそこまで汚れていない。そして最も目につくのは入って正面に鎮座している銀色の机の上に置かれている一冊の本と一本の万年筆。
そして本を手に取って読んでみるが、そこに記載されていたのはよく分からない数字の列。
「何か意味がある数字の列かしら・・・?」
数分間、それらとにらめっこをしてみるものの答えは出てこない。仕方がないと思い、ずっとこのままでも埒が明かないので、その隣に置いてあった万年筆に触れてみる。
「とりあえずこれの思い出を観測するしかないようね」
この万年筆が見てきた光景。それは一体どんなものだったのだろうか。
◇
眼鏡をかけた女性。それがここの研究室の所長だった。
彼女はいつも白衣の胸ポケットにこの万年筆を入れ、さらにこれを使ってメモを取り、計算をし、実験の結果を記録していた。
しかしそれはあのノートに書いてあったような数字ばかり。そこには全く文字が使われておらず、本当に数字のみで様々な事物を残していたようだ。
そしてある時、彼女は多大な実験結果を出した。
それは・・・。人造人間の開発成功。
この万年筆を使ってずっと書かれていた数字列もそれを生み出すためのものだった。そもそもここは兵器としてのそれを研究するための場所だったのだ。
そして人造人間が戦う相手というのが、突然地上に降り立った謎の生命体。それが空からやって来たのか、それとも別の場所からやって来たのかは分からないが、地上を破壊していくそれらを倒すために発明されたのだ。
人類にとっての希望であるそれらは従順に命令を聞き、謎の生命体との戦いを続けていく。
しかし彼女は自分が作り出した人造人間達に愛情を抱いてしまった。戦場へと送ることに拒否の姿勢を示すと、彼女はそもそもその才能に嫉妬していた同じ研究員から殺されてしまった。それも、とても惨い方法によって。
その後、ずっと白衣の胸ポケットにあった万年筆は遺品として、女性から愛情を送られていた人造人間達の手に渡った。
そしてこの万年筆は目撃した。
所長である彼女が殺されたことに憤りを感じ、暴走した膨大な数の人造人間によって編成された部隊によって殺されてしまう、研究所の所員達の最期を。
悲鳴を上げ、逃げまどい、そして血を流して倒れていく、無力な人間達の姿を。
◇
「・・・こういう光景を見てきたのね、これは」
思い出を観測した後、私は手に持っていた万年筆に向かってこう話しかける。この世界が終わった原因というのはこの人造人間達が暴走したせいなのか、それとも謎の生命体の手によってなのかは私は分からない。前にも思ったのだが、それをハッキリさせたところで私にメリットは特に無いからだ。
しかし少なくともこの世界には、もうその人造人間も謎の生命体も存在しない。ここに立って生きているのは私だけだ。つまりどっちも負けたのだ。
万年筆を机に戻すと、私は再び研究所の探索を再開するため、この部屋を出た。
そしてしばらく中を探ってみて、他にも物の思い出を観測してみたのだが、それもどれもが人造人間達が暴走したところでストーリーが終わってしまっている。
やはりあれから世界の崩壊が急速に進み、このような世界になってしまったのだろう。
こうして私は建物から外へと出ると、気づけば太陽はすっかり傾いてしまっており夕日が荒廃した大地を照らしていた。
さて、これからどうしよう。長きにわたって様々な場所を探索してきたのだが、それでもまだ行っていない場所がある。
私はもう何十年も生きてきたが、実はまだ海を渡っていないのだ。
「海の外はどんな感じなんだろう・・・」
自分の体質を考えた時、恐らく海で溺れても死ぬことはない。だからと言ってバタバタと溺れながら別の大陸へと向かうのもさすがに嫌だし・・・。
「・・・材料を集めれば、私でも船が作れるかしら?」
幸い、私には山ほどの時間がある。使える資材だって世界には溢れている。もしくはギリギリ使えそうなイカダなんかも港の方にはあるのかもしれない。
柄にもなく『何かにチャレンジしよう』と心に決めた私は、現在の拠点にしている小屋へと向かって、再び歩みを始めた。