8 森の脱出開始と救援
リズベットが起きてから朝食をとると、
アレンとリズベットは森を出ることにした。
作戦としてはこうだ。
リズベットがアレンをおんぶして、
アレンの羽織っているこの認識阻害機能のついた外套を羽織り、
走ってこの森を抜ける。
この外套も例の人物から譲り受けたもので、
もしこれがなければ、
アレンはすぐさま面倒事に巻き込まれていただろうし、
今回も食料採取の際に魔物に食い殺されていたかもしれない。
本当に件の魔術師には足を向けて寝られない。
なぜこのような方法で、
森を走って抜けなければならないのかというと、
単純に実力の問題だ。
リズベットは後衛の魔術師で、
アレンは死霊術師で、ポーターだ。
前衛職がいない。
つまりは魔術の詠唱中に攻撃を受けたら、即アウトとなる。
更には、先日のスケリトルドラゴンがまだこの辺りを彷徨いているかもしれない。
そうなれば、アレンとリズベットの取れる手段は、
ここで救援を待つか、
戦闘を回避し、最速で離脱するかしか残されていなかった。
よって、この方法が選ばれた。
アレンは早速、リズベットの背中に抱きつくように乗っかる。
「リズベット、重くないか?」
「うん、大丈夫だよ、アレン。
強化魔術を使っているから。
アレンこそその……私、お風呂に入ってないから…その…。」
リズベットが言わんとしたことがわかったので、
アレンは鼻を鳴らす。
スンスン。
「ちょ、ちょっと、アレンっ!?」
スンスン。
「ああ、リズベットたぶんいい匂いだと思う。
どことなく甘酸っぱくて僕は好きかな?」
「あ…ありがとう。
…で、でもね、アレンっ!
女の人の匂いを嗅ぐなんてしちゃダメなんだよ!」
まったくもう、こんなことを言いながら、
リズベットは口元を緩ませていたのを、
アレンは見ていた。
良くはわからないけど、喜んでもらえて何より。
さあ、急いで森を抜けよう。
「リズベット、急ごう。」
「ええ、早く帰ってお風呂に入りたい…と一緒に。」
最後の辺りは聞こえなかったが、
リズベットは顔を真っ赤にしていた。
―
「ねぇ、エリアーデ、早すぎ!
みんな遅れてるって!」
先頭を進む彼女に声がギリギリ届く位置を走っていたミリアが、
先を急ぐ金髪碧眼美女に声をかける。
すると、ミリアに一瞥し、程なくして立ち止まった。
後ろを付いてくる連中が息を大きく乱して追いついたのを確認すると、
肩ほどで整えられた髪を靡かせながら振り向いた。
「この軟弱者共が!
私達のアレンの一大事だぞ!
わかっているのか!」
どこかハスキーな同性にモテそうな声で、
無茶なことを言う。
しかし、その気持ちは痛いほどにわかった。
依頼を終えて、
ギルドに帰ってきた私達のもとにギルド長がやってきて、
こう言ったのだ。
「アレンが行方不明なんじゃ。」
興奮するエリアーデを宥めて、
詳しく説明を聞くと、
今日、急にアレンが臨時のポーターとして、
勇者パーティーに推薦されたらしく南の森へと狩りに出掛けたらしい。
そして、夜営の途中にスケリトルドラゴンが出現し、
一人がギルドに連絡、残りの安否は不明らしい。
その救援をギルドが私達に依頼をするそうだ。
エリアーデが先導のもとすぐさま、最低限の準備をし、
駆けつけているところなのだが…。
エリアーデが張り切りすぎて、
前の依頼の疲れもあり、後衛職二人がガス欠気味。
もう森は目の前なのだが、このまま入るのも危険なので、
まだ動けそうにない。
しかし、エリアーデは何も手を打たなければ、
まっすぐに森へと突っ込むことだろう。
…仕方がない。奥の手を使うか。
よし!ちょっと喧嘩を売って、時間稼ぎをしよう。
「そうは言ってもね、あんたわかってるの?
もう2時間は走りっぱなしなの!
騙し騙しやってきたけど、限界!
みんな、あんたと違って体力馬鹿じゃないって、
その足りない頭でわかる?」
さて、これで少しは休めるかしら。
悪口いっぱい。
「くっ…しかしだな…。
って、ミリア、足りない頭だとか、
馬鹿だとか酷いじゃないか、
私だって頑張っているのだぞ!」
よし!掛かった!
二人とも少しは休んでね。バチコン!
「はっ、馬鹿じゃなくて体力馬鹿よ!
あんた記憶力まで悪くなったんじゃない?」
「くっ…ぐぬぬぬ…言わせておけば…。」
「言わせておけば?なに?
私が言わなければ、
あなたの頭が良くなるの?脳筋じゃなくなるの?
それとも記憶力が戻るのかしら?」
それからも罵詈雑言の応酬が続き、
気がつくとミリアもノリノリになっていた。
ミリア顔はすっかり悪者のそれになっていて、
調子良く言葉がスラスラ言葉が出てくる。
そして、気がつくと、
「……ぶっ飛ばす。」
「上等!」
売り言葉に買い言葉。
お互いがそれを受け入れるほどに出来上がっていた。
二人の中にはアレンの救援などという言葉はもうなかった。
すると、物理的な喧嘩になる前に、ストップが掛かった。
「ミリアさん
もういいですよ、だいぶ休めましたから。
エリアーデさんも落ち着いてください。」
息の整ったマルタさんが止めに入ったのだ。
マルタさんはこのパーティーの聖職者で、
私とエリアーデの仲裁役。
私達が頭が上がらないみんなのお姉さんである…まあ、同い年だけど。
いや〜、マルタさんグッジョブです。
つい乗りに乗っちゃって日頃のストレスを発散しちゃうところでした。
「それに私もアレンくんの顔を早く確認したいですから、
ねえ、ネアさん。」
声をかけたのは、このパーティーの魔術師のネアだ。
小柄な体躯で、
本当に17歳なのかが疑わしいほどに愛らしい女の子だ。
当然ながら、彼女は完全な後衛職で、
どうにか人並みの体力はあるが、
ミリア達みたいなレベルの丈夫さはない。
「ウップ…が、頑張る。
もう森は見えてるし…。
そこからは歩きだから。」
顔を真っ青にしながら、
そんなことを言う様子は健気で涙を誘う。
しかし、
この雌ゴリラにはそんな感性はなかった。
「は?なにを言っているんだ?
森の中も走りに決まっているだろう?」
「うっ!」
その言葉にミリアは蹴りを。
ネアは限界を迎えて、近くの草むらに虹色の物体を吐き出しに。
マルタさんはネアの介抱に。
本当にめちゃくちゃだった。
折角、予定より早く着きそうだったのに、
冒険者パーティー【雪華】が、森へと辿り着いたのは、
予定した時刻、つまりは完全に夜が明けた頃だった。