6 勇者カインの没落への序章
豪奢な装飾が施されていた鎧には無数の掠ったような痕、
ヘコみ、汚れが付着し、
その姿は撤退を余儀なくされ、
命からがら逃げ去ったのだということが一目でわかった。
その無様さからは、
敗北者の雰囲気が滲み出ており、
今、彼が勇者であると宣言されたところで、
誰であれ一笑に付すところだろう。
聖女のアンナも同様であり、
綺麗だった金の髪はところどころほつれ、
汚れが付着し、どこかくすんで見えた。
白の修道服も泥や土埃で汚れ、見るも無惨な姿だった。
勇者と聖女の二人は目に大きなクマを作り、
どうにか、
都市サラティアの外壁が見えるところまでやってきた。
走って走って、
道中魔物からは逃げて逃げて…。
ようやくたどり着いたのだ。
アンナの目には涙がかすかに浮かぶ。
…やっと…あと少しで…。
顔に泥がつくのも厭わず、
流れた涙を拭う。
「やっとか…今回は本当に疲れた。
さっさと帰って風呂にでも入りたい。」
カインはそんなアンナの感動をよそにただ単に疲れた。
そんな様子だった。
この男、勇者は会ったときから、無神経だった。
空気も読めなかった。
危機の感知もまるで出来なかった。
以前はこいつの幼馴染のポーターがどうにか、
間に入ったり、言いくるめたり、
うまくやっていたのだ。
…いや、おそらくやっていたのだ。
彼は存外に優秀だったのかもしれない。
今回のことでそれがわかった。
クビにして、手放してしまったのは、本当に痛手だった。
「ちっ、光秀の野郎、そもそもあいつが真っ先に逃げ出しやがるからこんなことに…。」
「…。」
まったくこの勇者様ときたら、
失敗したら、人のせいにしてばかり、
言葉の端々に器の大きさが滲み出ている。
顔が良くて、力があってもこれでは…。
それはともかく、
果たして、あのスケリトルドラゴン、
光秀がいてもどうにかなっただろうか?
それは否である。即座に完結する。
なぜなら光秀はなぜかメインアームの大盾を持って来ずに、
使っているのを見たことのない剣を使っていたのだ。
確か今日雇ったポーターにも剣士として紹介していたし、
カインは物理的な火力が足りないと最近言っていたので、
おそらくは剣士としてジョブチェンジでもさせようとしていたのだろう。
思えば、先日まで狩り場にしていた北の森ではなく、
それなりに魔物の強さが落ちる南の森で狩りを行っていたことも、
慣らしの一環だったのだろう。
そんな状況下であんな存在の討伐は不可能だ。
今回はどうあっても、逃げるほかなかったのだ。
その判断は失敗してしまった。
でも、カインの頭は悪くはない。
考えてはいることは先のことからもわかる。
自分で努力はしないが、
先のことを考え、
足りないものを補い、
新戦術の慣らしを行ったりも一応はするのだ。
しかし、やること為すこと、間がすこぶる悪い。
今回もカインたち全員の調子がたまたま悪く、
光秀がたまたまメインアームを持ってこず、
たまたま予想外の強者であるスケリトルドラゴンに出会ってしまったのである。
「クソ、クソ、クソがっ!!」
光秀のことを思い出し癇癪を起こしたのか、
恨み言を漏らし、地面を蹴り散らすカインに、
恨み言の一つでも口にしようかと思ったが、やめる。
こいつはあくまでも勇者なのだから、
リズベットのように捨て石にでもされては困る。
私は次のメンバーのことを考えながら、
勇者様とともにサラティアへの道を進むのだった。
―
俺は勇者カインである。
天才勇者の俺は農民のままで終わる器でなどなかったのだ。
従者の一人でも連れていなければと思った俺は一番仲の良かったダインを冒険の旅に誘った。
あいつは最初は使えるやつだったが、
次第に俺がやることを口出しをし始め、
堪忍袋の緒が切れた俺はつい最近、あいつを追放した。
そのことを伝えたときのあいつの焦りようといったら、
なかった。
それを見て俺は大満足した。
…しかし、人生は中々上手く行かない。
世界は無能で満たされていた。
優秀だと言われる代わりを手配するが、
どいつもこいつもダインよりも使えないのだ。
冒険に必要なものはみんなで揃えようだの、
荷物もこれ以上は持てないだの、
料理も作れないだの、
戦闘になると引くのが遅くて邪魔になるだの、
解体もまともにできないクズばかりだった。
まあ、今回のやつは子供だし、
当日に急に依頼したため仕方のないことだとは俺も思っている。
口は悪いが、他の奴らよりは手際手並みどちらも良かった。
荷物の文句も言わず、戦闘の邪魔もしない。
この俺が育ててやろうとすら思った。
まあ、死んでしまっただろうがな…少し悪いことをした。
合掌。
本当に今回は運がなかった。
スケリトルドラゴンに襲われ、パーティーは壊滅だ。
光秀には逃げられるし、
リズベットは人柱となってしまった。
残されたのは、勇者と聖女。
替えの効かない二人のみ。
しかし、この二人さえいれば、いくらでもどうとでもなる。
さて、次はどんな奴がいいだろうか?
…できれば、少しエロい奴がいいな。
リズベットもアンナも貞操観念がしっかりしすぎて、
のらりくらりと躱されるし、
旅の途中には店もないので、ヤれない。
よし!今日ははっちゃけるぞ〜!
リズベットとあのガキの追悼祭だ!
そうと決まれば、宿に帰って風呂に入るぞ〜!
―
普段寄り多くの兵士がいた門に着くと、
カインはギルド長がお呼びだと連れて行かれた。
どうやら今回のことの事情が聞きたいのだと、
内心テンションが下がり、面倒に思っていたカインだったが、
笑顔を貼り付け、応対し、それに従った。
連行していく兵は兜を被っていて、
表情は窺えなかったが、
その力強さにアンナは顔をどこか青くしていた。
大丈夫だって、あいつら馬鹿だから、
ちょっと僕が悪いんです〜ってしてれば、
す〜ぐ騙されっから。