5 アレンが仮面をつける理由
アレンはリズベットとチーズをのせた白パンを頬張り、
サラダを食べて、
リズベットには僕は飲まないワインを出してあげた。
食事が終わり、程なくするとリズベットがウトウトしだしたので、
マジックボックスから簡易のテントを出し、
布団とともに放り込んでやった。
夜の番をアレンは一人でやり、
今日は色々なことがあったと思い出していると、
気がつけば、夜が明けていた。
テントの中でリズベットが気持ち良さそうに眠っているのを確認すると、
マジックボックスを持って、近くにある水場へと向かった。
―
リズベットが目を覚ますと、
そこがテントの中であったことに安堵した。
どんな夢を見ていたのか関係なく、
目を覚ますと、
一度死んだからか、
自分はもうこの世には居ないのではないかとの錯覚を覚える。
かき抱くように自分にしていると完全に震えは収まった。
アレンに起きたことを伝え、
夜の番を一人でさせてしまったことを詫びようと思い、
テントの外に顔を出すと…
……アレンがいなかった。
言いようのない不安がリズベットを襲う。
リズベットはテントから出ると、
なにかに駆り立てられるようにアレンを探し始めた。
「アレン、アレン?」
森を彷徨いながら、声を張り、名を呼ぶが、
その姿はない。
もしかして自分はまた置いて行かれてしまったのだろうか?
目に涙が滲み始めた頃、
水が跳ねるような音が聞こえた。
予感がして、駆け出した。
「はあ、はあっ!」
息を乱してそこにたどり着くと、天使が泳いでいた。
髪は銀色で長さは肩の辺りだろうか、
瞳の色は金と紅、
肢体は幼さが強く出ていた。
アレンはスイスイと泳ぎ、楽しそうに笑っている。
木漏れ日がかすかに差す木々の中から、
湖を覗くとそこには水と戯れる銀髪の天使。
それは絵画のような光景でアレンが泳ぎをやめるまで、
誰にも邪魔することは出来なかった。
アレンが服のある方に向かって歩いていく。
どうやら足のつく辺りにたどり着いたのだろう。
リズベットはアレンに声を掛けた。
「アレン?」
すると、
振り向いたアレンは体を隠すのではなく、
顔を隠した。
「リズベット、見ちゃダメだ!」
―
僕はリズベットが後ろを向いた瞬間、
素早く体を拭き、着替えて仮面を被った。
フードはまあ、いいだろう。
「ごめん、リズベット。
なにかあったのかな?」
「いえ、特には…ただアレンが居なかったから…
ごめんなさい。
もしかして置いて行かれたのかと思って…。」
ああ、そうかと、アレンは納得した。
それは少し配慮が足りなかったかもしれない。
「ごめん、リズベット。
君が気持ち良さそうに寝ていたから、
起こすのは可哀想だと思って。」
「ううん、こっちこそ、ごめんね。
アレンがそんなことするはずないのにね。」
ん?
リズベットの言葉が、
なにやら変な気がしたが、気のせいだろうと断ずる。
「ところで、
アレンは顔になにかのコンプレックスを持っているの?
そういえば、昨日の食事の時も外さなかったし…。」
「いや?そんなことはないが?」
「なら、なんで仮面なんて…。」
「ああ、それは…。」
アレンが仮面にフードなどという子供、いや、大人であっても、
怪しさ満点の格好をしていたのには理由がある。
それはこの世界で最も有名な存在を想起させるからだ。
その存在とは初代勇者。
二千年ほど前、
彼は不死の軍勢を従え、魔を打ち払ったとされる。
おそらく彼は僕と同じ力を有効に使ったのだと思われる。
しかし、他にも時代ごとにいたのだが、
他の国で英雄となった者も多くいたが、
その内数名は教会により断罪されている。
死者の魂を辱めたとして。
要するに、時代によって、
若しくは国によってその評価はまちまちなのだ。
ある時は英雄、ある時は教会への反逆者と。
ちなみに断罪が行われた時、
教会の本山には例外なく雷が落ち、全焼したが、
これは反逆者の呪いだと言う者がいるらしいが、
明らかに天罰である。
天罰の後にオラクルが毎回あったそうなので間違いはない。
このように良い方にも、
悪い方にも、
どちらに転んでも碌なことにはならないとわかっているので、
アレンは容姿を外で晒さない。
この能力は強大すぎるし、使い方を間違えると危険だ。
間違いなく争いの火種となることだろう。
そのことを説明すると、
納得した様子ではあったが、
どこか残念そうだった。
「…そうなんだ…そんなことが…。」
「まあな、僕としてはもう慣れたから、
問題はないのだが、もしかして良く見てみたいのか?」
リズベットにはどうやらもう見られてしまっているので、
終わったら口外しないように命令をしておけば問題ないと判断した僕は、
リズベットに聞く。
すると、リズベットは首が取れるのではないかというくらい頷いたので、
余程気に入ってもらえたのだろうと思い、
どこか口元を緩ませつつ仮面を外す。
「はい、どうだ?」
ぽ〜っとしたどこか惚けた様子でリズベットは、
アレンの顔を見つめる。
すると、リズベットはアレンの顔に触り出した。
最初は頬から、額、目元、鼻、髪にも触れ、
最後に唇に触れられた辺りでくすぐったくなって声を上げてしまった。
「…あふ…。」
ビクッ!
リズベットは飛び上がるように跳ね、
アレンから数歩後ずさった。
それから彼女は髪を振り乱しながら、
真っ赤な顔で弁明し始めた。
「あ、あの…これは、えっと…うっと…。」
そんな様子のリズベットが可愛らしく、
思わず頭を優しく撫でていると、不意に言葉が漏れていた。
「本当にリズベットは可愛らしいな。」
すると、リズベットはキュ〜と倒れてしまった。
アレンは水場でタオルを濡らして来てやると、
リズベットの額に乗せ、
木陰でしばらく休むことにした。
キュ〜。
「おなかへった。」