3 死霊魔術の特殊性
若干イラつきながら、
そして助けたことを後悔しながら、
迫りくる罵声の波を受け流し、
疲れた頃にマジックボックスから鏡を取り出し、
声をかけた。
「もう気は済んだか?」
目はキッと睨みつけているが、
気にせずにホレと鏡を差し出す。
「なによこれ…無様になった自分の姿でも確認しろって言うの?」
「…。」
「やってやるわよ!
どうせこれから付き合っていかないといけない姿だもの!」
すると、鏡はすぐさまふんだくられた。
そして、鏡でその姿を映すとピタリと固まった。
「…嘘。」
リズベットの口から言葉が漏れる。
そう表するのは当然である。
なぜなら、アンデットへと変わると肌の色が青味がかったり、
腐り落ちたり、
若しくは骨だけの姿、いわゆるスケルトンになってしまうのが、
一般的だからだ。
呆けていたリズベットは急に首を振り、
妙なことを言い始めた。
「だ、騙されないわよっ!
きっとこの鏡に秘密があるんだわ!」
「…。」
いや、ないよ。
アルバート商会で買ったやつで、
結構なお値段がした普通の鏡、
僕が髪の寝癖を整えたり、
食べた後に、口元を確認するのに使うやつだ。
「沈黙は肯定と見なすわ。
きっとこの鏡は心、私の心を映す鏡…そう、それに違いないわ!」
アレンはすぐさま反応した。
「いや、違うけど。」
「バカな!」
というか、かなり図々しいと思う。
リズベットの容姿はかなり整っている部類だ。
赤い髪は腰ほどまであり、ウェーブが掛かっている。
目は性格のキツさを表しているように少しつり上がっているが、
顔のパーツはバランスがよく配置され、
体つきも胸元が少しスレンダーなことを除けば、
凹凸のある女性らしい体で、
弱点といえるところは特にはない。
要するにリズベットの心を表しているにしては、
美人すぎるのだ。
俺はそろそろ事情を説明しようと思った。
「リズベット、あんたのことを蘇らせたのは、
僕で間違いはない。」
「…もしかして復活魔術?」
「いや、正確には違う。
僕のそれは間違いなく死霊魔術で、
僕は死霊術師だ。」
リズベットは希望を見出したように表情を見せたが、
それはすぐさま否定され、
その様子はガッカリしたそれへと変わる。
「…そう。
でも、ならなんで私は…。」
アレンは頭を掻くような仕草をして答える。
「まず、僕が使ったのは死霊魔術で間違いはない。
しかし僕のそれは特殊なものなんだ。」
「…特殊?」
「ああ、簡単に言うと僕の死霊魔術は死者ではなく、
生者としてその存在を蘇らせる。」
「っ!?」
「死者ではないということは生者への憎しみもなければ、
当然、食人衝動なんかもない。
さらに付け加えるならば、
食事も取れるし、代謝もある。
一度死ぬ前に使えていた技術、いわゆる魔術さえもそのままに使用が可能だ。」
余程、奇想天外な出来事だったのだろう、
リズベットは恐る恐るといった様子で口を開いた。
「…でもそれは復活魔術じゃ…。」
「いや、死霊魔術だよ。
なにせ蘇らせた存在…つまり君は僕に絶対服従なんだから。」
「なっ!?」
驚いているリズベットに早速命令を下すことにした。
さて、どんな命令がいいだろう?
謝罪?土下座?
パンでも買ってきてもらう?
それともチーズ?
…それともエッチ系?胸を触らせろ〜とか?
期待に胸が膨らむ。
リズベットはどこか怯えるようにしているのが、
僕の嗜虐心を誘う。
「では、早速、【命令する…」
きゅっと瞳を閉じた。
「【リズベット、僕のこの能力のことは他言無用だ】以上。」
「…へ?」
リズベットの間の抜けた声が聞こえた。
さて、どうしたんだろうね?ふふふ♪
僕は散々罵声を浴びせかけたリズベットに少し意地悪をしたくて、
少し妙な雰囲気を出したのだ。
あと5,6年して僕が大きくなって、
性格が大きく歪み切っていたのなら分からなかったが、
そもそも僕はまだ9歳だ。
つまり、性欲なんてものとは無縁である。
リズベットはぷるぷると震え、溜め息をつき、一言だけ発した。
「…ばか…。」