20 お姉さんは可愛いらしい英雄だった
「こ、子供…だと…。」
すると、浮かんでいた石は地面に転がり落ちた。
なるほど、あれがこの傷を作った正体かと地面に目を向け、
傷のある頬に手を当てていると、
幽霊のお姉さんが慌てて近づいて来た。
「す、すまない。
まさか子供がこんなところにいるなんて…。
くっ、私としたことがっ!
気が立っていたからと…。」
すると僕が頬に手を当てていることに気がついたのだろう。
さらに慌てる。
「まさか怪我をしているのか?
あっ…しているな…どうした?痛むのか?ん?ん?
そうだ!手当て手当てをしてやろう。
よ〜し、もう痛くないからな〜……あっ!」
僕の頬に手を触れようとして、
すり抜けてしまった。
「…ごめんな、本当にごめんな…私がちゃんと確認していたら、
こんなに可愛い顔に傷なんか…。」
なにやらお姉さんが事態を重く受け止め、
涙まで浮かべ始めたので、アレンは慌てて頬を治療した。
「【ヒール】
お姉さん、これで治ったから、大丈夫だから。」
すると、お姉さんは指で涙を拭うと、
優しく微笑んでこう言った。
「…本当に良かった。」
―
お姉さんの様子に、一瞬地が出てしまうほど動揺してしまったアレンだったが、
お姉さんが泣き止むとすぐに平静を取り戻し、
現状把握を始めた。
まずアレンは初依頼のため、英雄ラミアスがかつて住んでいたとされる城に、
音や叫びの原因究明のためにやって来て、
その時に何かしらの仕掛けにハマり、
落下した結果、暗い通路に出たのだが、
そこで襲撃を受けたその犯人の声に従い、
そこに辿り着くと、
そこには誰かの墓らしきものがあり、
犯人らしき綺麗な幽霊がいた。
その幽霊は綺麗な、長い緑色の髪を持つ女性だった。
彼女は生前の姿なのか、
鎧を身に着け、背筋がピンと伸びていて、
戦いに身をおいていたのがよくわかるが、
女性らしく大きな胸、キュッと締まったウエストに太もも、
少し大きめなお尻を持つ立派な女性だった。
恐らくは名のある武人だったのだろう。
そんな雰囲気を感じた。
して、今その犯人らしき幽霊は顔を真っ赤にしてそれを隠しながら、
照れている…と。
その様は初見と違い、かなり愛らしくアレンの庇護欲を駆り立てるものだった。
アレンはなぜこんな女性がここにあるのか気になり尋ねる。
「お姉さん、英雄ラミアスの古城になんたって…
「少年、英雄だなんてやめてくれ。
照れるぞ。」…。」
アレンが言葉を発している途中で、照れたお姉さんに遮られてしまった。
なぜお姉さんが照れるのかアレンには分からなかったが、
ラミアスは英雄である。
それだけは間違いない。
ラミアスには様々な逸話が存在する。
なんでも僅か数人で砦を守っただとか、
魔王軍の幹部を何人も屠っただとか、
お姫様を魔王から奪い返しただとか、
龍を一人で討伐したなどがある。
信憑性のないものもあるが、証拠とされるものも多いため、
今でもチビっ子たちの憧れだ。
とかく言うアレンもその一人でこの街でその本を見つけたときは、
次の日に依頼があるにも関わらず、興奮して読んだものだ。
筋肉ムキムキの大男の英雄譚を。
魔力に満ち、聖域並みの空気の綺麗さ荘厳さを併せ持つこの場所だが、
ここは墓である。
どう考えても、その場に似つかわしくない。
「で、なぜお姉さんみたいな人がこんなところに?」
アレンがそう聞くと、お姉さんは墓を指さした。
古代語でこう書かれていた。
英雄ラミアスここに眠る。
「……もしかして、ラミアス?」
こくん。
かぁ〜〜〜っ!
アレンは憧れの人に出会えたからか、
凄く顔を真っ赤にした。
「…まさかこんな綺麗な人だったとは…」
「な、なに?き、綺麗とは私のことか?」
動揺するラミアスに、
アレンはなにを言っているんだとジト目を向ける。
「当然だ。なにを今さら。」
すると、ラミアスは照れた様子で体をくねらせていた。
なぜだ?事実を言っただけだが?
割と素でアレンは自分が恥ずかしいことを言っていることに気が付かない。
「やめてくれ、少年。私はそういう女扱いされることに慣れていないのだ。
みんな格好良いとか、憧れだとか、
…終いには嫁にしてくれ…とかまで…はあ…。」
確かにラミアスは女性に持てそうなタイプで、
英雄としての実績も素晴らしいため、
分からないでもなかったが、
ラミアスのその様はあまりに哀れだったためか、
アレンはなんでもないことのように本心を口にした。
「…それはひどいな。
ラミアスだって可愛い女の子だろ?」
「少年…慰めてくれなくていいんだ。
こんな大女誰だってそんな風に思うはずはない。」
「そんなことはない!
ラミアスは可愛い!
確かに僕も君の英雄譚を聞いて、格好良いとは思った。
憧れも抱いたし、君のようになりたいとすら思った。」
「そうだろう?だから少年だって…。」
うじうじするラミアスにアレンはどこか怒りながら告げる。
「聞け、ラミアス!
確かに僕と君があったのはついさっきだ。
だから君のことは良く知らない。
けど、実際に会った君は優しく怪我をした僕を気遣ってくれたし、
治ったら、綺麗な笑顔を浮かべていた。
それに慌てている君、英雄だと言われて照れている君、
そして時折見せる笑みはどこまでも女の子で…その…。」
ラミアスは顔を真っ赤にしながらも、
口元が緩むたびに引き締めを繰り返しながら、
アレンの言葉を聞いていた。
そして、アレンが最後に言うであろう言葉を聞き逃すまいと、
真剣にこちらを窺っていた。
ごくり。
ラミアスのなにかを飲み込むような音が聞こえた。
「…可愛い女の子で…僕はそんな君に見惚れたりも…その…なんだ…していたんだ。」
アレンが言葉を言い終わると、
ラミアスは浮かべた笑顔をすぐに手で覆ってしまい、
身悶えてしまった。
最後の方に正気に戻った僕はなんてことを口走ってしまったのかと顔を真っ赤にしていたが、
恥ずかしがりながらも嬉しそうにしているラミアスを見ていると、
そんなラミアスのことを独占できて嬉しいという気持ちも生まれた。
…まさか英雄がこんなにも可愛らしい性格をしていただなんて…。
―
少年呼ばわりが嫌だったアレンは自分の名前をラミアスに教えると、
再び聞く。
「しかし、なんだってこんなところに…。」
アレンが未だに答えをもらっていない疑問を口にすると、
ラミアスは意外な回答をしてきた。
「…私だって自分が英雄と呼ばれるだけのことをしてきた自覚はある。
…となれば、つまりは死んだら大々的に葬儀なんかをされるのだろう。」
偉業を知っているアレンは間違いないと同意する。
「まあ、そうだな。」
「そうなると、私の死体が色々な人間の前に晒される。
そんな死に姿を色々な人間に見られるなんて…誰だって嫌じゃないかっ!
ましては私は女なのだぞっ!」
まあ…それは…確かに嫌かもしれない。
誰かもわからない人物が葬儀に参加し、自分の死体を見る。
さらに加えて言うなら、
ラミアスは英雄だ。
場合によっては崇められてしまうかもしれない。
実際にここサラティアには、ラミアスの墓なるものがあり、
今でも観光に訪れる人間も存在するのだ。
ラミアスに話を聞いていると、
どうやらラミアスが目覚めたのはここ数ヶ月らしい。
上の方が騒がしいため、不意に起きてしまったそうだ。
そのため、原因を探っていたところ、
かなり上の方に出口が有りそうなことはわかったが、
辿り着くことが出来ずにそれなりの時間を過ごしていたらしい。
そして、犯人らしき存在が降りてきたため、
問い詰めようとしたら僕だったというわけだ。
しかし、英雄とは言え、
こんな数百年も魂が存在しているとは驚きだ。
魂は早い者で数日、長くても数年で霧散すると、
アレンは教えられていた。
そのためこの異常性、特異性には驚きを隠せなかった。
ふとアレンは聞く。
「ラミアスはなにか未練でもあるのか?」
「ん〜、わからんな。
あるような気もするし、ないような気もする。」
「どっち?」
「…たぶんある。」
どういうことかと聞いても無駄なんだろうな。
「生き返りたいか?」
「できることならな。
しかしなぜそんなことを?」
「…だって、死んで未練があるのに大人しく眠っていたら、
魔物に叩き起こされて、こんなところに一人ぼっちなんて、
なんか…僕だったら嫌だなと思ったから。」
「アレン…。」
ラミアスはアレンの言葉に感動した様子だったが、
聞いている意味はそういうことではないので、
アレンに反論する。
「いや、私が聞いているのはだな。
そもそも生き返られるのかということなのだが…。」
「うん、できるぞ。」
アレンはあっけらかんと答える。
「へ?」
「僕は特殊な死霊魔術を使えて、
死者を生前の姿で呼び起こすことができる。」
「……本当に?本当に生き返れるのか?」
ラミアスは疑いつつも、
どこか希望を見つけたように僕を見つめる。
「…ああ。その代わり条件がある。」
「…条件か…う〜む…それってどんな?」
ラミアスは悩む様子を見せるが、
アレンを信用したのか、割と早くに答えを聞いてきた。
「…僕の命令には絶対服従。」
「よし、わかった!すぐにしよう!
どうすればいい?」
ラミアスは即答した。
その事実にアレンは狼狽える。
思わず地が出るほどに。
「え、えっ?」
「アレン、どうすればいいのだ?」
ラミアスは動揺するアレンに先んじて話を進めていく。
「えっと…まずは死体を掘り起こさなきゃなんだけど…。
でもいいの?僕、ラミアスの…見ちゃうけど…。」
たぶん骨だけど体は体だ。
「別に構わんさ、アレンにならなにをされても。」
「はいぃぃ?」
アレンはなんでこんなにもラミアスの好感度が高いのかわからず、
さらに狼狽え続けていると、
ほら、さっさとしてくれとラミアスに促されたので、
アレンは墓の下を暴いていく。
すると、どれほどか掘り進んだあたりに、
硬いものがあった。
棺桶だ。
固く閉じられたそれをどうにか開けると、
そこには…。
「我が血に宿りし、創造神の加護よ。
この者に再び生を与えることを赦し給え。」
血を垂らし、眩い光が放たれるとそこには…
…幽霊だったときと同じ姿のラミアスがいた。
「おおっ!おおっ!!」
喜びを露わにするラミアス。
しかし、ラミアスはかなり刺激的な姿だった。
腐敗したため途切れ途切れになったわずかな布が胸元と股間の部分にほんの申し訳程度にしか残っていない状況だった。
それにも関わらずラミアスは体が動くことを確かめているせいか、
美しい肢体がこれでもかと躍動する。
腕を動かした時に胸が揺れて見えてはいけないものが見えそうだわ、
足や腰を動かした時に下布がズレそうになるわで本当に目に毒だった。
「ラミアス、これ着て。」
僕はラミアスにかつて僕にマジックボックスなんかをくれた人の服をリズベットの時、同様に貸すことにした。
「おお、すまないな、ありがとう。」
「どういたしまして、着替え終わったら声をかけて。」
僕は後ろを向いて逃げるように少し離れた。
すると、ラミアスは自分の格好に気がついたのか、
アレンにこんなことを言ってきた。
「別にアレンなら見てくれていいぞ。
私はアレンのことが大好きだからな。」
僕はその言葉が聞こえないふりをした。
理由?すっごく恥ずかしいからっ!!
着替え終わったら終わったで、
ラミアスは凄かったので、普段使いではない方の外套を貸し出した。
ううう…なんで結構ゆったり目の服なのに先端が浮き出ているんだよ…。
次からは下着まで用意しなきゃじゃんか…。




