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10 対スケリトルドラゴン

エリアーデはアレンに迫っていた爪を受け止めた。


「アレン!」


声掛けに応じて、アレンが後方に下がったのを確認すると、


エリアーデは爪を受け流す。


「エリアーデ!」


ミリアの声にエリアーデが引くと、


大きな氷柱(つらら)がスケリトルドラゴンに直撃する。


しかし、骨が余程硬いのか、当たっては砕けていってしまう。


「くっ…。」


ネアの表情が苦悶に歪む。


ネアの十八番が全く効いていないからだ。


これ以上の魔術となると、詠唱が必要となり、


時間稼ぎを要する。


ミリアはその判断をすぐさまし、


撹乱のため、スケリトルドラゴンの周りを走り回り、


投擲等を行い、時間を稼ぐ。



アレンはそんな様子を見て、苦しい状況を覚りながらも、


あまりにも高度な戦闘のため自分では役に立たないと覚る。


アレンはまだ9歳で、身体能力も大人に劣り、


魔術も死霊魔術を除き、使えるものは多くない。


ネアの【アイスニードル】がダメージにならなかった以上、


アレンの拙い魔術では気を逸らすことすら出来まい。


スケリトルドラゴンはアンデットなので、


光属性魔術なら効くかもしれないと思わないでもなかったが、


今ネアが唱えた【ホーリージャベリン】が軽々と弾き飛ばされ、


その望みすら途絶えた。


アレンは自分にできることをすることに決めた。



この強敵スケリトルドラゴンよりも、


僕がなんとかしなければならないのは、


こっちだった。


僕の視線の先には呆然自失となり、


トラウマを呼び起こされ、


立ち尽くす女の子がいた。


リズベットの口が小さく動き始め、


やがて、


「いや…いや……いや〜〜〜〜〜〜っ!!!!」


絶叫が響きわたった。


「リズベット?」「リズベットさん?」


ネアとマルタさんが心配そうに声を送った。


すぐにマルタさんが駆け寄ってきたので、


マルタさんがリズベットを運ぶのを手伝ってくれるよう頼んで、


体から力が抜けてしまったリズベットを、


どうにか少し離れたところにある岩に背を預けさせる。


「リズベットさんになにかあったのですか?」


アレンは苦しそうに告げた。


「…リズベットは昨日、スケリトルドラゴンに殺されかけている。」


「っ!?そうでしたか…それではリズベットさんは…。」


「…僕がなんとかするから、保たせてくれって、


エリアーデたちに伝えてほしい。」


「…アレンくん。」


マルタさんもなにか言いたげだったが、


戦況が芳しくないのか、すぐに戦線に復帰した。



「…リズベット。」


「アレン、ダメ、あれは駄目だよっ!」


リズベットは僕に訴えかける。


自分は知っているんだ、


あのスケリトルドラゴンは本当に恐ろしくて勝てっこない存在だと、


だから…。


リズベットはアレンに縋りつく。


そして、リズベットの口から、魂からの叫びが形となって、


僕の耳へと届く。



「……アレン、逃げよう。」



この言葉にアレンは驚きも軽蔑もしなかった。



アレンはリズベットの死体をしっかりと見ていた。


体には無数のなにかが擦ったような痕、


泥に塗れ、


縦に引き裂かれかけた人間の死体。



この大きな傷を作ってしまった時、


どれほどの恐怖を感じただろう?


どれほどの痛みを感じたのだろう?


そう考えるだけで涙がこぼれそうになるし、


良く頑張ったねと言って、


リズベットの提案に乗ってあげたいとも思った。


しかし、アレンはリズベットの提案に乗ることは出来なかった。



「リズベット君の提案には乗れない。」



リズベットは泣きながら諦めるように笑った。


「アレンなら、そう言うと思った。


ごめんね、アレン。


変なこと言っちゃったね。」


寂しそうにしながらも、うんうんと頷いてくれた。


本当に優しい人なんだ、リズベットは。


こんなことに巻き込まれず、


勇者パーティーに選ばれさえしなければ、


幸せに笑顔に溢れた生活を何不自由なく送れていたとしても、


僕は一切妬んだりもしなかっただろう。


…そう思えるほどに。



しかし、僕はこれからリズベットに酷いことを言うことにした。



エリアーデたちを見捨てられないことはもちろん、


アレンには勝算が一つだけあったのだ。



「リズベット、頼む、どうか力を貸してくれ!」


リズベットは僕の言葉に意味がわからないと、


目を見開きながら首を振る。


「無理、無理だよ…アレン、私にはできないよ…。」


「…リズベット。」


リズベットの目から大粒の涙が次々と溢れてくる。


「アレン…ごめん…ごめんね…。」


へたり込み、俯いてしまったリズベットに僕は声を掛けられなかった。


リズベットの泣きながら何度も謝る姿を僕は受け止めきれなかった。



エリアーデやミリアたちが苦境に立たされるたびに、


アレンの表情は歪んでいった。


アレンは仮面をしていたが、


リズベットにはなんとなくわかった。


アレンの様子に、次第にリズベットは耐えられなくなってきたのだろう。


私を助け出してくれた本当は優しい男の子のそんな姿に。


口からは自然と言葉が漏れていた。


「…ねえ、アレン。


なんで私を頼るの?」


「…今、この状況をどうにか出来るのは、リズベットしかいないからだ。


それに勝算もある。」


「…勝算もあるんだ…でも、本当にそれだけ?」


リズベットは疑問に思っていた。


知り合ってわずかな時間だが、濃密な時間をともに過ごした私の知るアレンという人間ならば、


嫌がるリズベットに固執せず他の手段を探すのではないか?


他の勝算を探すのではないか?


アレン自身で見つけられないのならば、


それこそ、ミリアのもとにすぐさま向かい、


判断を仰ぐのではないか?


そんな風に思った。


だから口にした。


「…なんで私に…。」


「僕にもわからない。」


「わからない?」


「…ああ。」


「ぷっ、ふふ。


なにそれ。


わからないのに、私に嫌なことするの?」


言葉はどこか非難めいたものだったが、


内心どこか可笑しくて、


リズベットは別段、アレンに対して不満などはなかった。


「ただ…リズベットがやらなきゃ、


リズベットが駄目になっちゃう気がしたから。」


なぜだかわからないが、


アレンのこの言葉はスッとリズベットの中に入ってきた。


たぶん自分でもわかっていたのだ。


もしこのままエリアーデたちを見捨てて逃げたとしても、


あの勇者たちと同じことをしてしまったと自分を軽蔑して、


私ではなくなってしまう。



もし全員で運良く逃げられたとしても、


あの勇者たちを恨んで、裏切られたことを怖がって、


私は少しずつ変わっていってしまう。



この場で逃げることは、ある意味で死ぬことと一緒なんだ。



リズベットは立ち上がった。


「…アレン、わかった。


私も戦う。」


「っ!リズベット…。」



「…だからね、アレン…私に力をください。」



リズベットはアレンに背中を押す()()を求めた。


「…わかった。」


しかし、アレンは()()()()を与えることにした。


アレンはリズベットが背を預けていた岩に飛び乗ると、


仮面を外し、それで周りからの視線を遮り…そして…



…リズベットの頬にキスをした。



「〜〜〜っ!?」


リズベットは声にならない声を上げ、


アレンは仮面を被り、そっと顔を反らした。


「僕のファーストキスだ。」


その瞬間、リズベットは無敵になった気がした。



とは言っても、現実問題、リズベットの魔法ではあのスケリトルドラゴンには歯が立たない。


どうしたものかと頭を悩ませていると、


アレンの声が聞こえてきた。



(リズベット、聞こえるか?)



それは直接頭の中に響いてくる。


何事かと思い、アレンに視線を送ると、アレンは目を瞑っていた。



(さっきのでリズベットとパスを繋いだ。)


「パス?」


(ああ、これで念話が使える。)



その言葉にリズベットはどこかガッカリしたが、


アレンが傍にいてくれるようで、これはこれで心強い。


しかし、如何せん私の力ではあのスケリトルドラゴンには及ばない。



(パスを繋いだと言ったが、繋いだのは魔力のパスだ。)


魔力のパス?


(ああ、念話自体はさっきのをする必要はない。


僕が念じれば、普通にどこでも通じる。


今回、僕たちはスケリトルドラゴンを倒さないといけない。


だから、僕の死霊魔術のさらなる力を使わざる終えなかった。)


さらなる力?


(僕の死霊魔術での使役の方法の中には、


【コネクト】というパスを介することで魔力を共有できるようにするものがある。)


共有?


(つまり、これはリズベットが僕の魔力を使うことが出来るようになるというものだ。


僕の魔力は人を擬似的にでも生き返らせることができるほどに多い。


おそらくだが、上位の魔術を数百発撃っても全く減らないくらいの量だろう。)


…つまり?


(リズベットは魔術が使い放題。)


「……。」



アレンの言葉にリズベットは思わず絶句してしまった。


上位魔術数百発で全く減らない魔力?


魔法が使い放題?


アレンの言葉はあまりにも馬鹿げていた。


この国で最強と称される魔術師でさえ上位魔術を十発も打てば、


ガス欠となる。


リズベットだって精々二発が限界だ。


だが、アレンの()()()()()()の行使に必要な魔力を考えれば、


ある意味では妥当な魔力量なのかもしれない。


人を実質一人生き返らせるのだから。




(リズベット?)


…あっ、ごめん、アレンってすごいんだね。


(いや、そんなことはない。


僕は特殊な死霊魔術がなければ、できる魔術は簡単な治癒魔術くらいのものだ。


リズベット、まだ説明の途中だ。急がないと…)



「アレン!


まだか!私達ももう保たないぞ!」


エリアーデの切羽詰まった声が聞こえてきた。


どうやら本当に限界のようだ。



(…リズベット、悪いが今使える最大の光属性魔術ってなんだ?)


えっ?光属性魔術?


えっと、確か【ホーリージャベリン】だったかな?


でもあれって中級魔術でスケリトルドラゴンには全く効かなくて…。



昨日、何発撃っても、効果がなかったことを思い出し、


リズベットは暗澹たる思いに駆られる。


しかし、アレンは力強く告げる。



(リズベット、それを全力であいつにぶつけてほしい。)


えっ…でも…。


(僕を信じて。)



リズベットは頷き、詠唱を始めた。


「光よ どうか槍となりで 敵を殲滅せよ


【ホーリージャベリン】」


すると、


普段は戦士が扱うような槍と同じ大きさだったそれが、


一本一本森に生えている樹木ほどの大きさで顕現していた。


それは明らかにスケリトルドラゴンの腕よりも太く、


そして鋭さを帯びていた。



すぐに、その槍がスケリトルドラゴンを襲う。


結果は見るまでもなかった。


スケリトルドラゴンは何本もの槍によって串刺しになり、


浄化され、


その場には山のように積もった灰と巨大な魔石のみが残った。



「………。」


あまりのことに、リズベットは呆然としていた。



その結果に、


雪華のメンバーは全員、リズベットのことを見ていた。



アレンはというと【支配者の祝福】の効果に、


仮面ごしながら、頬をかいていた。


どうやらやり過ぎてしまったらしい。


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