後編
ルナは手の中にあるキノコをよく観察する。
星の模様もあるし、条件も一致している。
(セオドアさんに自慢しよう)
「ん? あれ? そういえば、王子を庇ってセオドアさんが毒矢を受けたのって、森じゃなかった?」
ふっと思い出した、木の上にいる刺客が矢を射る場面にルナは嫌な予感がした。
「王城からの視察団……王子がいても不思議じゃない?」
ルナは今日に限って、セオドアがマボロシダケを持っていないことを知っている。だから気づいた時にはマボロシダケを握りしめたルナの足は動き出していた。
「ハァハァ、間に合え」
(こういう時、定番の展開だと、間に合うはずよね?)
根拠のない自信を胸に、走り続けたルナは、遠目にセオドアの姿を見た瞬間走っていた足をとめた。
「ハァハァハァ、よかった、無事……え?」
倒れるセオドアと騒然とする周りの様子にルナは再び走り出す。
セオドアが倒れているのに、王子を中心に周りを人が固めて、みんな警戒しながら後ずさっていく。矢が飛んできたんだから警戒するのは当たり前だけど、セオドアを放置していることにルナは怒りが隠せない。
「セオドアさん」
「バカ!! 何やってるんだ!」
傷が痛むのだろう眉を寄せて怒るセオドアに一瞬動きを止めたルナだが、再び足を動かす。
「バカはセオドアさんでしょ。マボロシダケ持ち歩けって言ったのに忘れるなんてバカ!」
「とにかく、まだ刺客がいるんだ、隠れてろ」
「大丈夫、狙われてる人、もう逃げちゃったから、刺客が追うならそっちでしょ」
「アホ、それでも安全とは言えねえんだよ、いいから、隠れろ」
「セオドアさんも一緒に隠れよう。本当は抱っこ出来たらいいんだけど、私じゃ持ち上がらないから」
「ルナが俺をか?」
「うん、怪力女じゃなくてごめん」
開けた場所にいるセオドアは、狙ってくださいと言わんばかりなのだ。けれど、セオドアは今、座って意識を保っているのがやっとだった。
「俺のことはいい、とにかく隠れろ」
「動けないわけね。それじゃ、セオドアさん、一ついい?」
「なんだ?」
「マボロシダケは生でも食べられるもの?」
真剣な表情のルナにセオドアはあっけにとられている。
「は?」
「はい、これ」
ルナは握りしめていたマボロシダケをセオドアの目の前に差し出す。
「マボロシダケ……」
「生でいけるなら食べて」
セオドアは次の瞬間、自らの手で矢を抜いて、ルナの手からマボロシダケをとりかじった。
ゴックンと喉が鳴って徐々に、セオドアの顔色は明らかによくなった。けれど、穴の開いた傷口が塞がるわけではなかった。
「マボロシダケ、どんな傷でも治るんじゃなかったの?」
「傷には粉末にしたマボロシダケをかけるんだ。だが今は解毒できただけで充分だ。傷は手当てすれば治る。残りはギルドに売りに行け」
そう言われたルナはマボロシダケを受け取り、握りつぶした。
「何やってるんだよ」
「粉末にしてるの」
「は?」
「ちょっと大きいけど、これでよし」
ギュッと力の限り握りつぶしたマボロシダケは、粉末どころか泥団子のようになっているけれど、そのままセオドアの傷にあてたルナ。見る見るうちに傷口が塞がっていくのがわかったセオドアは、何とも言えない顔で笑った。
「もったいねえ使い方だな」
「大丈夫、またマボロシダケ見つけるから」
それからすぐに立ち上がるセオドアをみてほっと息を吐きだしたルナ。
「……悪いな」
「いえいえ、ピンチの時に助けるのは定番だから」
「また定番か?」
「うん、でも、定番だったら、ケガする前に颯爽と現れてかっこよく助けるんだけど、ちょっと間に合わなかった……うぅ」
声が震えるルナの手は、傷口を触ったことにより血で汚れていた。その小さな手を握りしめるセオドア。
「セオドアさん、無事でよかったよおお」
泣き出したルナをセオドアはそっと抱きしめた。
「もう離してやれねえ」
泣いているルナにはそんなセオドアの呟きは聞こえていない。
行動が早い男、セオドア・クロウは、翌日、ルナの家を訪れていた。
「な、なな何ですかこれは?」
「何って、礼だ」
玄関前に積みあがる箱。さらに、セオドアの後ろには荷物を持って待機している男がたくさんいる。
「今、運ばせてる」
「運ばせてるって……一体何を」
「新しいテーブルに、布は種類が多くてわかんねえから端から買ってる、最高級のインク、服、靴、鞄は、王都で人気の店から適当に買ってきた。あとは分厚い肉と、ケーキ、それから」
「な、な、なんで私のほしい物……え、もしかして、リスト見たの?」
「命の恩人に礼をするのは定番だろ。覚悟しとけ」
そう言ってニヤリと笑うセオドアは、やっぱり悪の親玉のようだった。
その日から、セオドアは当たり前のように毎日ルナの元を訪れるようになった。
「いっそのこと、家ごと建て直すか」
「はい?」
「狭いだろ、この家」
「狭くない、セオドアさんが大きいだけだからね」
「ベッドも小さすぎて足がはみ出る」
「家に帰って寝ればいいでしょ。なんでちゃっかり泊まろうとしてるのよ」
口では文句を言いながらもセオドアと過ごす時間は嫌いじゃないルナ。
「騙されたと思って食べてみて」
「この骨スープをか?」
ルナがラーメン用のスープをやたらとすすめるので、セオドアはこの日、はじめてスープを口にした。
「……うまい」
「フフフ、そうでしょうとも」
「このスープたまんねえな」
「そうなの、そうなの、麺はまだ改良が必要だけど、このスープ最高でしょ」
作った料理を美味しいと言ってくれてルナは嬉しかったし、来るたびにルナのためにケーキやお菓子を買ってきてくれるセオドア。滞在時間が短い日もあるけれど、なんだかんだでセオドアは毎日のように顔を出しているから、二人の仲は急速に縮まった。
「なあ、これも定番の一つか?」
そう言ってセオドアはルナの顎を持ち上げた。
(こ、これはまさかの、顎くい)
頬が火照るルナが喜んでいるのが手に取るようにわかるセオドアはニヤリと笑う。
「黙ってるってことは違うのか? なあ?」
(次は、あの有名な、壁ドン)
漫画や乙女ゲームではさんざん見たことのあるけど、現実ではこんなこと起こらないと思っていただけに、定番の展開にときめくルナ。
「いや、ちょっと待とうよ、うん、落ち着きたまえ」
あたふたとするルナが愛おしくてたまらないと言わんばかりのセオドアだけれど、肝心なルナはとろけそうな瞳で見つめられているとは気づいていない。
だって、ルナはまだ知らないのだ。
これが定番の溺愛の始まりだということを。
「俺がこれからゆっくり教えてやるよ」
ニヤリと笑うおしゃれ坊主は、やっぱり爽やかなんかじゃなくて、悪の親玉にしか見えない。
「……悪党と見せかけて、めっちゃいい人なんて、これが定番のギャップ萌えね」
「ギャップ萌え? なんだそれ?」
「怖い顔して、イチゴのショートケーキが大好きだったり……え、ちょっと待って、なんでそこでびっくりしてるわけ?」
イチゴのショートケーキが世界で一番好きだとは誰にも教えていないのに、言い当てられたセオドアはただただ驚いていたのだけれど、ルナはもちろんそんなことは知らない。
「わけのわからねえ定番情報、侮れねえな」
「わけわからなくないし、知識の宝庫と言っても過言ではないのよ」
「知識の宝庫だと?」
「うーん、例えば、セオドアさんの部下の眼鏡さん、あの人は仕事はできるけど神経質でちょっぴり口うるさい腹黒男」
「……合ってるのが恐ろしいだが」
「あとは、サスペンスの定番は、裏切り者は近くにいるの、だから気を付けてね」
「よくわからんが、わかった。それで、おまえさ、定番がどうとかいろいろ言ってるけど、俺のこと好きなんだろう?」
「な、なにを言う? このおしゃれ坊主め!」
「なんだ、照れてるのか?」
「照れてない!」
ルナはセオドアに向かってそういった拍子に足を滑らせる。もちろん咄嗟に助けようとルナの頭を守るように床に倒れこむセオドア。
「危ないだろう、気をつけろ」
そう言って床に手をついて、ルナの顔をのぞき込むセオドア。
(これは、壁ドンよりも高レベルな床ドン)
「定番を知り尽くしている私に定番攻めはやめて」
「フン、定番が好きなくせに」
「え? やだ、私、もしかして定番が好きってこと?」
「俺は定番のいい男だからな」
「いや、セオドアさん定番からかけ離れてるから」
「なんだと? こら」
「定番の王子様はね、サラサラな髪に爽やかな容姿なの。それで、細マッチョで、脱いだらいい身体しているんですっていうのが定番なのよ。間違ってもセオドアさんみたいな、見るからにいかつい、おしゃれ坊主の悪の親玉キャラっていう定番王子はいないの」
「知るか、とにかく、俺が言いたいのは」
「なに?」
「お前が作る鶏ガラスープが毎日飲みたいってことだ」
そこはお前の作る味噌汁が飲みたいって言うのが定番なのに、まさかの鶏ガラスープに度肝を抜かれたルナ。照れているのか、そっぽを向いたセオドアのことが好きで好きでたまらなくなるまできっとあと少し。
短いお話でしたがお付き合いいただきありがとうございました。
定番のハッピーエンドです。笑