中編
ルナはセオドアと別れたその足でマボロシダケを売りにギルドに出かけた。
思った通り高額で売れたことにルナは喜びのあまりニヤリと笑い、ポケットから紙を取り出す。取り出した紙にはやることリストと書かれていた。
「まずは借金の返済、それから雨漏り修繕、冬のための薪購入はできそう」
優先順位の高い順番で書かれているリストには、借金返済からはじまり、雨漏り補修、薪購入、割れたテーブル補修、布購入、インク、分厚いお肉、ケーキ、鞄、靴、服、その他小さなことまで入れるとぎっしりとやりたいことや欲しいものが書いてあるのだけれど、ルナが消すことができたのは最初の三つだけである。ちなみに優先順位の一番下、最後の項目にはデビュタントのためのドレスと書いてある。
(マボロシダケがもう一つあれば、いろいろ買えたかもしれないけれど、命を救ってくれたセオドアには元気でいて欲しいと思ったから、後悔はない)
ルナは紙をくしゃくしゃに丸めてごみ箱に捨てた。
その姿を見ている人がいるとも知らずに、足早にギルドから出て行った。
ルナが捨てた紙を拾うのは、セオドアだ。
このギルドはセオドアが仕切っていると言っても過言ではない。実際に役職には就いていないけれど、ギルド長のようなものだ。
セオドアはルナがマボロシダケを売りに来るだろうと、先回りしてルナの様子を裏から見ていたのだ。くしゃくしゃになった紙を広げると、読み上げる。
「借金返済、雨漏り修理、薪……俺にマボロシダケを譲らなきゃ、新しいテーブルで分厚い肉もケーキも食べれただろうし、新しい鞄や靴だって買えただろうに」
ルナの書いたやることリストを読み上げていたセオドアだったけれど、最後の一行に目を止めた。
「デビュタントのドレス……」
ルナがドレスを諦めたことを知ったセオドアは、何かを考えるように瞳を閉じた。
それから二日後。
セオドアの行動は早かった。
ウォーカーという名前から領地を割り出したセオドア。
靴とドレスの入った箱を積み込んで、ルナのいるであろう、ウォーカー家の領地へと来ていた。
ウォーカー家の領地は城のある王家の土地と、公爵領の間にある、地図で見れば本当に小さな土地だった。
「こんなところが領地なのか」
本当に小さな隙間のようなその土地は、その昔、貴族同士が争いになったとき、仲裁をした役人に与えられた土地だったそうだ。揉めた原因が、どこからどこまでかが自分の土地であるかという、領土問題だったため、揉める原因を作ったその土地を間をとりもったウォーカー家に与えたそうだ。
小さな土地だけでも驚きなのに、ウォーカー領を訪れたセオドアが驚いたのは、その土地の細長さだった。どこの領でも領地がわかるように領と領の境目は、等間隔に石柱が置いてあるのだけれど、石柱の石柱の間の距離がはとにかく狭い。
「くそ狭いじゃねぇか」
セオドアの足で一〇歩も歩けば、東西の端についてしまう。地図で見たときに狭いとは思ったけれど、恐ろしく幅が狭い。けれど、南北には長い土地なのだ。
「ってことはここからは馬車では入れねえな。仕方ねえ。歩いていくか」
ドレスの入った箱を片手に、ウォーカー領を進んでいく。歩くこと十分、セオドアはついに建物を発見した。
「これが、まさか家か?」
そこにあったのは細長い土地に建てられた、細長い家だった。
「おい、誰かいないか?」
大きな声で叫ぶ、セオドアの問いに答える声はない。
人の気配がしないので、仕方なく家の横を通り過ぎ、奥へと進んでいく。
細長い家のさらに奥にある小さなその場所に人の気配を感じたセオドア。
そこにいたのは、ニワトリ小屋から卵を収穫したルナだった。
「おい」
「……はい? あれ? この間の」
「悪い、名乗ってなかったな、俺はセオドアだ」
ルナはセオドアの名前も裏情報も知っているのだけれど、そんなことを言うわけにいかずとれたての卵を握りしめ、なぜセオドアがここまで来たのか理由を考えていた。
「ここには何かいるのか?」
「ニワトリがいますよ。なにしろニワトリのコケコッコーで目覚めるのは定番ですからね」
「そんな定番聞いたことねえよ」
セオドアは、フンと鼻で笑ってそう言って、ルナに持っていた箱を渡す。
「昨日の礼だ」
「貰えるものはいただきます」
その潔い返答にセオドアは目を丸くする。先ほどから自分の想像を超えてくるルナに、圧倒されているセオドア。ドレスの箱を受けとったルナが、箱を開けてどんな顔をするのだろうかと想像するだけで面白い。
「ほわぁ、高そうな布」
ルナはツルツルした生地のドレスの指で触って確かめて嬉しそうな顔をしたのは一瞬、なぜか眉をしかめている。
「これは高級すぎて、普通に洗濯したらダメな服なのでは」
「ククク、ドレス貰って洗濯の心配か?」
「もちろんですよ。私に定番のリアクションを期待するほうが間違ってますよ。それに恐らくこのドレスは、私にピッタリサイズのはず」
「……なぜわかった?」
「男性からのドレスのプレゼントはたいていなぜかサイズがピッタリなのも、私の知る限りの定番なんですよ」
フフンと自慢げにそう言ったルナに、セオドアは笑ったが、目は笑っていなかった。
「へえ、定番ね」
定番と言う単語はどうやらセオドアのプライドに触ったらしい。
セオドアの不穏な空気に気づいたルナだが、理由まではわからない。
「定番ってことは、ドレスをプレゼントされることがよくあるってことか? それもピッタリサイズのドレスを」
「いえいえ、生まれて初めての経験でございます」
「初めて?」
「はい、もちろんです。生まれてこの方、ドレスとは無縁の生活を送っておりますので」
「じゃあ、なんだ、その定番ってのは」
前世で読み漁った物語の定番だとは口が裂けても言えない。
「ハハハ」
笑って誤魔化そうとするルナだが、セオドアは誤魔化されてくれないようだ。
「言え」
「え?」
「さっさと言って楽になれ」
マフィアのボスのような雰囲気のセオドアが言うとしゃれにならない。
「いや、まあ、あれですよ、あれ」
「ああん?」
(こわっ! セオドアいい人ってわかってるのに、迫力満点すぎる)
「その、定番っていうのは、私の妄想で、こういう時はこうくるだろうっていうのが予想できちゃう? というか、その、なんというか、まあそんな感じなんです」
「妄想だと?」
「まあまあ、この話は置いといて、お茶でも入れますから、どうぞ」
「いや」
「それは残念ですね、今日はごちそうなのに」
「ごちそう?」
普段なら絶対にこの手の話には乗らないが、ルナが言うごちそうが気になるセオドア。そもそもこの小屋に住んでいるのだろうかとか、ほかの家族はいないのかとか、気になることが山ほどある。本当はお礼を渡したらさっさと帰ろうと思っていたのに。
「じゃあ、少しだけじゃまするか」
「どうぞどうぞ」
そうしてルナの家の中に足を踏み入れたセオドアは、鍋の中のものに目が釘付けになった。
「なんだ、それは?」
「え? これは骨ですけど?」
鍋の中にあるのは、鶏の骨だった。ルナは鶏の骨で鶏ガラスープを作ったのだ。ものすごく驚いた様子のセオドアにルナは慌てて説明する。
「人の骨じゃないですよ、これは鶏の骨です」
「……当たり前だ」
「え? じゃあなんでそんなにびっくり仰天してるんですか?」
「いや、それは……」
いくら食べるものがなくても骨だけしか入っていないスープだ。しかもそれをごちそうと言うルナに、なぜが胸がギュッとなり、セオドアは言葉に詰まる。
「もしかして具がないから驚いているんですか?」
「いや、まあ、そうのようなもんだ」
「フフフ……これに小麦を捏ねて細長く切って作った自家製の麺を入れて、野菜を入れて、できればお肉も入れると美味しいでしょうが、麺を作るのに時間がかかってしまって今日は麺と卵を入れます」
ルナはずっと食べたかったラーメンもどきがやっと食べられることが嬉しくて、夢中で話していたけれど、セオドアはなぜか目頭を押さえている。
「どうかしましたか?」
「……いや、急用を思いだした」
急に慌ただしく出て行こうとするセオドアに、ルナは大きな声で言った。
「ドレス、ありがとうございました」
「昨日の礼だ。気にするな」
ルナの返事を待つことなく、セオドアは玄関から出ていく。
「ラーメンもどき食べずに帰っちゃった」
そうルナが呟いているとき、玄関から出たセオドアも呟いた。
「こんなに貧しい民がいるとは……これは陛下の耳に入れねえとな」
行動の早い男、セオドア・クロウはその足ですぐにウォーカー家の実態の報告、並びに調査を依頼した。
調査でわかったことは、領地の広さや領民の人数に関係なく、一律に払わなければならない貴族の税金が原因でウォーカー家の財政は困窮しているということだった。貴族が市井で働くわけにもいかず、両親は隣国に出稼ぎに行っている。
税金についてはセオドアが関与できる問題ではなく、ウォーカー家のためにできることがセオドアには思い浮かばなかった。金銭や物を渡すことは簡単にできるけれど、理由もなくそんなことをしてもルナは喜ばない気がした。
「とりあえず、現状の報告はしておいたから、あとは制度が変われば分厚い肉やケーキが食べれるようになるだろう」
それからというもの、セオドアはルナを見かけることが増えた。ある時は街中で、ある時は山の中で、セオドアが行く先にルナがいることがあれば、どうしても気になって目で追ってしまう。あまりにもよく会うものだから、ルナとセオドアは、顔を合わせれば言葉を交わす仲になった。
「おい」
「あら、セオドアさんこんにちは、よく会いますね。マボロシダケは持ち歩いてますか?」
「持ってねえよ」
「えー、ちゃんと持ち歩いてください」
「ルナはいつもそれ言ってるな」
「備えあればってやつですよ」
「今日は忘れたんだ。それよりルナは何やってるんだ?」
「マボロシダケないかなと思って、探してました」
「そんなに簡単に見つかったらマボロシダケなんて呼ばねえよ。つーか、今日は森に入るな」
「へ? なんでですか?」
「王城から森に視察団がくるんだと」
ギルドへ依頼された視察団の身辺警護のためセオドアは森にきてるのだ。
「へぇ、お城の人が来るんですね」
「ああ、ウロウロしてると怪しい奴と思われて捕まるぞ」
「それは大変、じゃあ帰ります」
手を振るルナを見送ったセオドアは森の奥へと入っていき、セオドアと別れたルナは、マボロシダケがあるかもしれないと思い下を向きながら歩く。この間見つけた時も下を向いて歩いていて見つけられたから、森を歩くときはつい下を向いてしまう。
「マボロシダケはシイタケそっくりで、よーく見ると模様があって、その模様が星の形に見えるのが特徴的で、日陰と日向が半分ずつあたる、乾燥していない、けれど湿ってもいない土地を好む……なんてわがままなキノコ」
そう、ブツブツ呟きながら歩いていたルナが顔を上げたとき、ルナは気づいた。
「ここどこ……」
下ばかり向いて歩いていたら、どこにいるのかわからなくなってしまったルナ。
「とりあえずまっすぐ歩いてきたから、引き返せば大丈夫」
そう言って回れ右したルナは、湿った木の根で足を滑らせた。
「あいたたた」
尻もちをついたルナの目にシイタケそっくりなキノコが飛び込んでくる。
「マ、マボロシダケー!」
誤字脱字報告してくださった方ありがとうございます。