第2話:スカウト、されました。
「と、取り巻きって」
「さすがにトサカに来たぜぇッ」
「というか……モグモグ……口ではどうとでも言えるとか、おっしゃっていましたが」
「証拠がないのにそう言うのは、自分へのブーメランだと気づいてないんですかね殿下は。というか私達、取り巻きとして認識されていたんですね。親友なのに」
オスカル殿下との用事を済ませ、改めて……婚約解消発言をされて衝撃を受け、憂鬱な気分になった私を気遣い、今回は私の家で勉強会をする事になって……宿題をひと段落させた後、みんなはそんな会話を始めた。
「これはレラちゃん……下手をすると証拠をでっち上げられるかもしれねぇぞ? 今の内に学院と相談した方がいいんじゃないのか?」
「いや、その前にご両親と相談する方が先だと思うぞ」
フラン様とアオイ様が、それぞれ意見を出す。
確かに、学院にも両親にも……話すべき事だよね。
「もしもという時は安心してください。先ほどの一方的な婚約解消発言については魔晶板の動画撮影機能で撮影しておきました。事実無根と判明した時、王族に対しそれなりに有利な立場になれるでしょう」
「あら、魔晶板にはそのような……パクッ! 機能があったんですの?」
クリス様とイーファ様まで、そう言うけど……撮影されていたの!? 今すぐに消して!? オスカル殿下からの婚約解消発言の衝撃を上回るくらいなんか恥ずかしいから!
「安心してください。殿下しか撮影してませんから」
いやそういう問題じゃない!
「お嬢様」
まさか撮影されていたとは思わず、私が赤面した……その時だった。
我が家のメイドの一人が、ノックをした後で、私の部屋のドア越しに声をかけてきた。
「先ほど、ミルス教の使者様がいらっしゃいまして……それでお嬢様に、ご友人と一緒に、今すぐ教会本部まで来てほしいとの事です」
「「「「「????」」」」」
私達は、まったく予想していなかった謎の展開を前に、顔を見合わせ困惑した。
だけどミルス教の関係者が来ているとあっては、婚約解消の衝撃程度で無視などできない。今やミルス教は〝孔〟や異相獣との戦いにおいて……我が国の騎士団や魔術師団と同じくらい重要な存在なのだ。
ハッキリ言えば、ミルス教は、王族に次ぐ強力な命令権を有している組織であるため、私達は素直に教会本部へと向かうべく動き出した。
※
「初めまして、みなさん。私はミルス教の司祭をしているランドルフ・イザードといいます。さっそくですが、本題に入らせてください。実はみなさんには、リサ・ロレント男爵令嬢の事でお話ししたい事がありまして、お集まりいただきました」
教会本部に着くと、普通ならば無礼にも、挨拶もそこそこに。ランドルフ司祭は同僚の司祭に、私達の護衛の方々を護衛用の客間に案内するよう指示した後で……私達を教会の奥へと案内した。
そして、貴族専用の客室にでも案内されるのかと思いきや……なんだか地下洞窟のような、ロウソクくらいしか明かりがないような場所を途中から歩かされて……さらにはリサさんの名前が彼の口から出て、思わず、みんな一緒に足が止まった。
まさか、オスカル殿下の根回しで……私達を地下牢にでも閉じ込める気ではないかと思ったのだ。
「ご安心ください」
するとランドルフ司祭は、そんな私達の不安を感じ取ったのか、穏やかな口調で声をかけてきた。
「我々は、みなさんを害するために呼んだワケではございません。むしろリサ嬢を始めとする〝脅威〟をどうにかするために……みなさんをお呼びしたのです」
「???? 脅威?」
私は疑問符を浮かべた。
「穏やかじゃねぇなぁ」
フラン様が、相変わらず令嬢らしくない口調で意見する。
「というか、脅威? まさかリサさんは敵国の間者だとでも?」
ワルド=ガング王国の友好国の一つこと東亞合衆国の民として、アオイ様が反応した。
「というか、まだ目的地に着きませんの?」
私の家でたくさんお菓子を食べたおかげか、今度は何かを食べながら話したりはせずにイーファ様が訊いた。
「えっと私……帰ったら異母姉様とディナーをご一緒する予定があるんですけど」
両家の話し合い以来、自分の母親が仕事の都合で、早めに帰ってこれない場合に限り、一緒にディナーを食べる仲になった異母姉との約束を心配しながらクリス様は言った。姉妹の仲が良いのは良い事だね。
「ご安心ください」
それらの意見を聞いたランドルフ司祭は……急にその場で立ち止まると、私達の方を向いて言った。
「ここからは下って、それでようやく到着です」
いったい何の事なのか。
私達は訝しげな顔で彼を見て、そして……床が下に下がり始めたのを感じた。
※
私達が立ち止まった場所は、昇降機。
これまた最近、王族直属の技術班によって開発された装置の中だった。
まさかの展開に、私達は驚愕し……そして悲鳴を上げるなりなんなりをしようとした、まさにその時だった。
なんと、私達は……先ほどまでの暗い通路と比べるとあまりにも眩しい……いや実際には日光が当たる廊下程度の明るさかもしれなかったが、とにかく眩しい部屋を目の当たりにした。
そして、目が慣れてくると……そこにはなんと!!
「え、ええっ!?」
「な、何なんだここは!?」
「秘密基地か!? スッゲエ!!」
「あらまぁ……まさか教会の地下にこんな場所があるとはッ」
「……………………ッ!?」
まさかの、大空間。
そしてその大空間内には、多く設置された机や椅子や、天井より吊られた、超巨大画面な魔晶板。そしてそれらを操り、なにやら指示を飛ばしたりしている多くの学者や教会関係者、さらには騎士の姿があった。
思わず私達……といってもクリス様に関しては、驚きのあまり言葉が出なかったようだけど、とにかく私達は驚きの声を上げた。
「ようこそ。我々教会の最重要機密施設『アウロラーナ』へ」
すると、私達を驚かせる事ができてとても嬉しいのか。それとも、本当に心から歓迎しているのか……ランドルフ司祭は笑みを浮かべつつそう言った。
※
「アウロラーナは、ここ十年ほどで造られた施設です」
私達をアウロラーナの奥の方へと案内しながら、さらにすれ違う方々と、簡単な挨拶を交わしながらランドルフ司祭は言う。
「やっている事は、表の世界の騎士団に魔術師団、さらには聖女部隊の合同の作戦を秘密裏に立てたり、新兵器を開発したりと……まぁいろいろです。そして今回、みなさんをご招待したのは……その新兵器の事で「あら、そこにいるのはイルク・ラーライア侯爵令嬢?」
しかし、その話は……途中でイーファ様の台詞に遮られた!?
ちょっとイーファ様!? まだ話の途中で……って確かにイーファ様の言う通りイルク・ラーライア侯爵令嬢がアウロラーナ内で働いている!?
「ッ? ……その声……ああ、やはりあなた方でしたか」
そしてそのイルク様は……イーファ様が声をかけると、すぐにこちらの存在に気づいて……教室内でカーラ先生に抵抗していたあの姿が嘘であるかのような、さらに言えば、憑き物が落ちたかのような表情で安堵した。
「あなた方には、期待していますわ。だから必ず……必ずや、この国に平和をッ」
そしてどういうワケだか、意味が分からない事……いや、ここがランドルフ司祭の言う通り、軍事施設だとするならば、その言葉の意味は分からないでもないけど……とにかく、私達に何を期待しているのか分からない事を言った。
というかランドルフ司祭も、私達を兵器関連の事で呼んだって言ってたけど……いったい、私達は何のために呼ばれたのだろう。
「あの、なんでイルク様がここで働いているんですか?」
「というか、彼女は学院で『移籍』もしくは『退学』にされたハズでは……?」
とりあえずイルク様にお辞儀をしてから、アオイ様とクリス様はランドルフ司祭に説明を求めた。
「彼女は我々の求めていた、後方支援には欠かせない才能……そして情報を持っていましたから、スカウトしたのです。もちろん彼女のご両親の許可は取りました」
「才能……は、分かるとして」
アオイ様は、顎に手を当てながら考え込んだ。
「情報、というのは? やはりリサさんが他国の間者やそれに準ずる存在だと?」
「間者、という点は合っています」
ランドルフ司祭はアウロラーナの最奥の部屋……目的の場所のドアを開けるなり言った。
「ただし他国の間者というワケではありません。みなさんよくご存じの……〝孔〟の向こうよりやってきた存在、という意味での間者です」
※
案内された部屋は、一段高くなった、円形の床と、その真上の、一段低くなった円形の天井……見た事のない素材で造られたそれらが中央にある、明るい部屋だ。そして部屋の隅には、五つの、これまた見た事のない形をした大きめの腕輪が置かれた、壁や天井と同じ材質の、直方体の台があった。
「そもそも、我が国の『王立魔術武術学院』は〝孔〟とそこから這い出して来る異相獣と将来戦える戦士を育てる学術機関。足を引っ張るような生徒は、必要ないんですよ。というか戦場で足の引っ張り合いをしては勝てる敵にも勝てませんしね」
台の前まで移動しながら、ランドルフ司祭は言う。
そしてそれは、普通に考えれば、当たり前の事であった。
「私の予想通りでしたわ」
イーファ様が得意げに言う。
確かに彼女は、前々からそんな予想をしていた。
そしてそんな得意げなイーファ様を見るなり、ランドルフ司祭は満足そうな顔をすると「そして将来はみなさん……身分を問わず仲良くできるみなさんと共に我々は最前線で戦いたいのですが、ご卒業を待っている暇がないほど大変な事態が発生しました」と言いながら、途中から申し訳なさそうな顔をした。
「司祭サン、アンタがさっき言った異相獣のオトモダチだとかいう、リサちゃんの事かい?」
目を細めながら……フラン様は失礼な言葉遣いで問うた。
「まったくその通りです」
しかしランドルフ司祭は、それを気にせず話を続けた。
「彼女はすでに本物のリサ・ロレント男爵令嬢ではありません。我々の調査の結果……彼女は、変身能力を持つ新種の異相獣に代わっている事が判明しました。本物の彼女は……もう、殺されているかもしれません」
「ッ!? そ、そんな!」
ま、まさかリサさんが……殺されているだなんてッ。
リサさんが異相獣に取り憑かれてる、もしくは利用されている……程度の予想を立てていた私は衝撃を受けた。と、いう事は……オスカル殿下は、異相獣によって誑かされて!?
「そして、彼女の取り巻き達は……全員が、将来この国を支える重要人物。この事実が何を意味するのか……みなさんお解りですね?」
ランドルフ司祭がさらに投下された事実に……私達は青ざめた。
ま、まさかリサさんに化けた異相獣は……将来的にこの国を乗っ取ろうと!?
「そして、その新たな危機からこの国を救おうと、我々は新兵器を開発しました。台の上に置いてある、五つの腕輪。それはみなさんのような、身分を問わず仲良くできる令嬢にしか扱えない……強力なモノです。それこそ、この国の騎士や魔術師や聖女にも負けない……というか、彼らの力を全て兼ね備えたチカラをもたらす、究極の兵器と言っても過言ではありません」
そして続けてそう告げられ……私達は、全てを悟った。
もう、この国が……下手をすれば、私達のような少女達をも巻き込まなければ、絶対勝てないような状況に陥り始めている事をッ。
「…………嵌めれば、いいんですね?」
「そこまでの危機であるならば……やるしかないですね」
「なかなか燃える展開じゃねぇか」
「身分を問わず仲良くできる令嬢……今のところ、私達以外にいませんわね」
「私達以外に、この国を救えないのなら……私もやります」
本当は、少し怖いけど。婚約解消の衝撃も、まだ残っているけど。
本来なら、学院生活の中で戦いのための様々な事を教わった上で出なければいけない戦場だけど……でも、それでも……私は、私達は……この国が好きだから!!
そして、私達は。
ランドルフ司祭の背後の台の上の、彼が究極の兵器と称した腕輪を手にして。
それを、自分の左腕に嵌めた。
セン○イは元々『最初から五人のラ○ダーを出す』話が没になって、
色々あって、歌舞伎の『白波五人男』な要素とか入れて今のような感じになったらしいですね(ぇ