第1話:婚約破棄、されました。
全4話。
実験作でもあります(ぇ
「イルク・ラーライア侯爵令嬢!! あなたが同じ聖女候補であるリサ・ロレント男爵令嬢に嫌がらせをした証拠は、すでに上がっている!! 隠そうとしても無駄だ!! 見苦しい言い訳はせず速やかにこの『聖女科』から立ち去りなさい!!」
最近王都で流行りの、いわゆる婚約破棄ものな台詞に聞こえなくもない台詞が、教室内に響き渡る。
だがしかし、今この場にいるのは高位の令嬢とその婚約者、そしてその愛人たる下位の令嬢もしくは成績優秀な特待生の平民……さらに言えば卒業パーティーやらなにやらなイベントに集まった王侯貴族の令嬢や令息ではない。いや、令嬢はいるのだが……というかハッキリ言うけれど……この教室には女性しかいない。ならば女の子同士の百合な展開なのかと言えばそういうワケでもなく……そもそも先ほどの台詞は、婚約破棄ものとしての台詞ですらない。
ではいったい何なのかと言えば、ここ『聖女科』の担任にして、この『ワルド=ガング王国』の国教である『ミルス教』の修道女の一人である、カーラ・フェルト先生の台詞である。
いったいなぜ先生が生徒たる令嬢に婚約破棄ものみたいな台詞を……と思うかもしれないが、それにはちゃんとした理由がある。そしてその理由はなんと、三百年前にワルド=ガング王国で起こった大異変にまで遡る……らしい。
※
三百年前のある日。
闇黒の光を放つ何かが、突如いくつも天より現れ……それらは王国の北側にそびえる山脈の方へと落下した。
それを目撃し、さらには落下の影響なのか、激しい地揺れを経験した当時の王は『凶事の前兆』であるとして、すぐに謎の光の調査隊を編成し調査に向かわせた。
するとその数日後。半数にまで減りながらも調査隊はなんとか帰還。
そしてそんな彼らが持ち帰った、山脈に墜ちた謎の光に関する記録によれば……なんと謎の光は山脈の地表のあちこちに……謎の黒い〝孔〟と呼ぶべきモノを発生させ、時折そこから不定形で、きわめて狂暴な、謎の生命体が這い出してくるようになったらしい。
犠牲を出しながらもなんとか持ち帰ったこの調査結果を前に、王は恐れ慄いた。
そしてすぐに〝孔〟への対策を立て、対処するべく、王侯貴族だけでなく、国内の学者や、神秘世界の有識者でもあるミルス教の主教様にまで緊急招集をかけた。
そうして、何時間もかけて続けられた会議の末。
黒い光が、この世界と、こことは違う法則の異世界とを繋げている可能性に行き着き、そして〝孔〟から這い出してくる謎の生命体から国民を守るため、全戦力をその生命体と〝孔〟に試す事が決定。
ただちに従来の剣や槍、弓矢に爆弾などの兵器や、ミルス教に伝わる魔術まで、考えうる限りのあらゆる攻撃手段が〝孔〟およびそこから這い出てくる謎の生命体に浴びせられ、その結果、従来の兵器では、謎の生命体に対し一時的に傷をつける事はできたが殺す事はできなかった。しかしその傷に魔術の攻撃を与えたところ、殺す事ができるのが判明。さらに言えば〝孔〟は、この国では女性の魔術師のごく少数が使える聖属性の魔術を使えば、時間はかかるが崩壊させる事が可能であると判明した。
そして王国は〝孔〟とそこから這い出してくる謎の生命体……王国が後に、異相獣と名づけた敵を倒せる存在を育成すべく、この『王立魔術武術学院』を創立し、その生徒達……貴族・平民問わず入学した、素質ある生徒は、日々しのぎを削っているのだが……。
※
「ッ!? う、嘘ですわ! 私そんな事して――」
「言い訳は無駄だと言ったハズだ。さぁ来なさいッ」
イルク・ラーライア侯爵令嬢がカーラ先生に無理やり引きずられ、教室からその姿を消した。途端に教室内が沈黙に包まれた。あまりに現実離れ……さらに言えば婚約破棄もののような物語の中でしかありえない場面を見てみんな呆然としている……が無理もない。
なぜならばこの学院に存在する三大学科、武器術や無手術を学ぶ『武術科』と、戦う手段としての魔術を学ぶ『魔術科』と〝孔〟を崩壊させられる聖属性の魔術を使える少女のみが所属している『聖女科』は、それぞれルールが厳しく、それぞれの生徒として相応しくない言動……同じ学院の生徒を蹴落とそうとする者などは、前歴なども含めて言動を徹底的に調査された上で、教師により強制的に別の学科へ『移籍』させられるか、学院から『退学』させられるかの、どちらかの運命を辿るのだから。
明日は我が身ではないかと思えば、そりゃあ言葉も出ないだろう。
ちなみに、この学院の教師陣は王侯貴族によって選ばれた存在。
王侯貴族に対する、通常ならば不敬だと周りに言われるような言動を、ある程度許された存在。なので、後で生徒の親たる貴族が訴えようとも無意味である。
「レラ様、イルク様も心配ですが……今日出された宿題の事を考えないか……じゃなくて、考えませんか?」
引きずられていったイルク様の姿が今も脳裏に残っているため、苦笑していた私に、隣の席に座る、私の親友の一人にして、東洋に存在する『東亞合衆国』からの留学生であり、貴族ではないが、世界的に有名な不動産会社の社長令嬢ではある、アオバ・テンドウジ様が話しかけてきた。
彼女は貴族ではないため、比較的貴族が多いこの学院で、主に使われる言葉遣いにまだ慣れてはいない。しかし私は気にしない……というか私としては、親友同士なのだから、もっと気楽に喋っていいと思うけど。
「真面目だねぇ、アオちゃんは。もっと私みたいに自然に話してもいいってのに」
そう言うのは、私の親友の一人であるフラン・ヘルファス子爵令嬢だ。
「いやいやいや」私はさすがに指摘した。「フラン様、さすがにそこまで自然だと学院に目をつけられますよ?」
「まぁでも……ングング……いいのでは……ングング……ないですか? アングッ……私の早弁が見逃されているくらいですもの。この学院の……パクパクパクッ! 評価基準は、やはり対人関係ではなくて?」
「「「いやその前にイーファ(ちゃん)様!? 食べながら話すのは学院の評価以前にアレ(じゃない)では!?」」」
思わず、イーファ・レイクス男爵令嬢にツッコミを入れてしまった。
ちなみに彼女も私の親友の一人であり……どういうワケなのか、料理をたくさん食べる子なんだけど、どれだけ食べても体型が変わらないという……淑女としては羨ましい体質な子である。
「えっと、みなさん……? 宿題についての議論はどこに行ったんですか?」
すると、そんな私達の会話を軌道修正すべく、一人の少女が話しかけてきた。
同じく私の親友の一人であり、この五人……ハッキリ言って身分差を気にしないグループの中の唯一の平民にして……婚約破棄ものでは、主人公である令嬢を悪役たらしめるキャラクターである、貴族の妾の娘でもあるらしい(本人談)クリス・レーチュラー様である。
ちなみに、貴族の血を引いているらしいが、平民である事からも分かる通り……当の母親に貴族になる気はなかったらしい。なんでも、家計的に今のままでも充分生活できるし、貴族と触れ合ったのは若気の至り的なモノで他意はなく……それに貴族社会が面倒そう……そんな理由で、だそうだ。
なので父親である貴族……どうも、奥様を亡くした後に、クリス様とその母親を引き取らんとしたらしい方は現在……今は亡き……どちらかと言えば晩年は、冷えきった関係であった奥様との間にできたご息女様と、彼らに仕えている使用人その他諸々と一緒に、細々と暮らしているらしい。
まぁ、両家でさすがに話し合って、奥様のご息女様が異母妹たるクリス様に対し責任を感じ……父親に、異母妹に対し養育費を出すようにと、ほとんど命令に近い指示を出して、父親が怯えながらそれに従った……くらいの事はあったらしいが。
もしかするとその奥様は、鬼嫁というヤツで……彼女は母親のそんな部分を受け継いでいるのかもしれない。
「あ、そうですね。すっかり話が脱線していました」
それはともかく、微笑みながら、私も話の軌道修正をした。
そして改めて、先ほどの授業で出された宿題……それを、放課後に誰の家で一緒にするかについてを、みんなで話し合おうとした……その時だ。
私が懐に入れていた魔晶板……最近、王族直属の魔導具開発班が開発した次世代型通信端末に連絡が入った。
大きさが手の平サイズで、薄く、そして半分に折る事ができる、長方形の金属の板に見えるこの通信端末の表面に文字が表示される。
どうやら私の幼馴染にして婚約者である、この国の王位継承者候補の一人、第一王子ことオスカル・ワルド=ガング様からのメールのようで、その内容は『放課後に王都北公園で会えないか』というモノだった。
も、もしやこれは……デート!!?
最近お互い忙しすぎて『王妃教育コノヤロー』とか思うくらい会えていなかったけど……どうやら、ようやく会える!!?
だけど、まだ安心はできない。
今日も王妃教育があるかもしれない……けど、同じく懐に入れていた予定表を確認すると、どうやら今日は珍しく休み!!
めっきり会う事が減って『私達って、本当に婚約者だよね?』なんて思ったりもしたけれど……ついでに言えば『オスカル様ってどんな顔だったっけ?』なんて、婚約者としてはアレな事も時々思ったりもしたけれど……ああ、ようやく婚約者としての交流ができるのですね!!
「おや? どうしたのですかレラ様? ニヤニヤと」
私の嬉しさが顔に出ていたのか、それをイーファ様が指摘する。けどその言葉にトゲはない。どちらかと言うと、穏やかさが感じられる。
「あ、分かりますか」
微笑んだまま、私は答える。
「イーファちゃん、レラちゃんがここまでニヤつくのなんて、オージ様関連の事に決まってるよ」
フラン様が、ニヤつきながら私を見る。
「フラン様、さすがにそれは不敬だよ」
アオイ様が、今度は言葉遣いを訂正せずに言った。
「でも、なんだか心配ですね」
するとそんな中で一人、クリス様が心配そうな顔で私を見た。
「噂によると、殿下……先ほども名前が出たリサ・ロレント男爵令嬢の取り巻きの一人になっているって」
リサ・ロレント男爵令嬢。
イルク・ラーライア侯爵令嬢が嫌がらせをしていたという令嬢にして、一学年につき二クラス分が設けられる『聖女科』の、私達が所属する教室の、隣の教室の方の『聖女科』に所属している令嬢だ。
ちなみに『武術科』は三クラス、そして『魔術科』は二クラス、一学年につき、それぞれ設けられているのだが……本作にはあまり関係がない情報なので忘れても大丈夫です(ォィ
「おいおい、もしかしてイルクちゃんが嫌がらせしてた理由って、彼女の婚約者がリサちゃんに取られたとか……そんな理由かぁ?」
「フラン様、さすがにそれはここでは……ッ」
ズバズバと、面白そうに笑みを見せながら言うフラン様を、アオイ様が窘める。
確かにここは、王侯貴族の令嬢や令息が主に通う学院。
基本的に、誰かを蹴落とそうと思ってる連中ばかりの魔窟である政界の空気が、そっくりそのまま充満していると言ってもいい場所。
下手に不利になる台詞を言えば、そのまま知らず知らずの内に蹴落とされる……なんて事になっていてもおかしくはない場なのだから、窘めるのも分かる。
けどそんな中で、私はみんなに「大丈夫。心配しないで」と敢えて告げた。
心配してくれるのは、親友としてとても嬉しい。
だけど、私は大丈夫。もしも噂が事実だとしても……いつか彼の目を覚まさせてあげるのが婚約者だと思うし、それにもしもって時は……側妃の存在を許すのも、また婚約者ってモノだと思うから――。
※
「レラ・エクーリア侯爵令嬢!! 貴様との婚約は解消させてもらう!!」
――そして、時は経ち……放課後。
王都北公園へと、護衛(さすがに遠くから監視しているが)……さらには私の事を心配してくれた、親友四人とそれぞれの護衛(こちらもまた遠くから監視をしてる)と一緒に来て、そして『武術科』所属のオスカル殿下に会って早々、最近巷で流行ってる婚約破棄ものっぽい台詞を言われた!?
いや、殿下は護衛以外連れていないから、婚約破棄ものとは違うっぽいけど!!
「…………は? ちょ、殿下? いきなり何を言って……?」
「トボけるな!! リサ嬢から聞いたぞ!!? リサ嬢の『聖女科』での好成績に嫉妬したお前が、学院側に知られないよう、校外で取り巻き共と一緒に、リサ嬢に対し様々な嫌がらせをしたとな!!」
ッ!? ま、まさかその手があった……って、いやいやそうじゃない!!
確かに学院の外での嫌がらせであれば、学院の教師に監視される確率は少ない。だからある程度、嫌がらせもし放題だけど……。
「私、そんな事していませんッ!!」
「ハッ! 口ではどうとでも言えるッ」
しかしオスカル殿下は……小さい頃は、とても仲が良かったハズの殿下は、私を鼻で笑った。まさか会えなかった時間が……殿下をここまで変えてしまったのか。
「今はまだ証拠がないが……どっちにしろ、リサ嬢が俺に見せたあの涙……アレが全てを物語っている。じきに俺の仲間が、お前の悪事を全て暴いてくれるだろう。そして、そんな事をするお前とは……俺は一緒に歩めない! だからこその婚約解消だ! せいぜい、いつ学院から、取り巻き共々『退学』させられるか怯えながらこれからを過ごすがいいッ!!」