死蝋と踊る
グロと残酷な描写ありタグは保険です。
一応、ダメな方はブラバして下さい。
ピグマリオンコンプレックスは日本における造語だそうだ。おそらく、私の性的嗜好を知れば、多くの者は私をそう評するだろう。またはネクロフィリアだろうか。
年末になり、実家である東京都渋谷区広尾3丁目、日本赤十字社医療センターの西側に位置する両親の邸宅へと訪れていた。
「幹雄、久しぶりだな、クリニック、順調みたいじゃないか」
「ご無沙汰してます、兄さん」
実家の手前で兄に声をかけられる。2つ上の兄は4年前に結婚しており、妻と3才になる長男もともにいる。
「堅苦しい喋り方をするなって、たった二人の兄弟だろうが、全く」
苦笑いする兄に当たり障りのない返しをしながら、兄嫁と甥っ子に挨拶を交わす。父と同じく日赤病院に務める兄は父の希望通りに父と同じ心臓血管外科医となった。
副院長となった父と同様に将来の院長候補として嘱望される優秀な兄は父に似てがっちりとした体躯とすこし強面ではあるものの、整った面差しをした元ラガーマンだ。大学時代には花園で活躍したりもしたスポーツマンでもある。
「幹雄おじちゃん、また遊んでくれる」
妙に私になつく甥っ子にせがまれて、年末年始のスケジュールに甥っ子との約束が追加される。
「いつもすいません、幹雄さん」
頭を下げる兄嫁の結子さんに大丈夫ですよと返す。日赤病院で医療事務をしていたという彼女は私と同い年だったと思う。
家族揃った夕食、話題は大概にして同じだ。
「幹雄、お前もいい加減に所帯を持たんか」
父がお決まりの話題を振ってくる。昔から優秀で自分によく似た兄を贔屓した父とはあまり仲が良くない。私は自然、険のある返しをしてしまう。
「やっと、クリニックの経営も軌道にのったところだからね。忙しいし、追々考えていくよ」
「なんで、わざわざ軽井沢なんぞに開業したんだか」
父は露骨なため息とともに吐き出してくる。
「親父、いいじゃないか、開業資金もその後の操業も親父に頼らなかったんだ、立派じゃないか」
兄が仲裁に入ってくる。単に父を頼りたく無かっただけだが、結果として、大学時代に株とトークン投資で運よく手にした大金があり、家柄や学歴のお陰で銀行融資を比較的容易に受けられたことも理由だったりはするので、立派とは言えない。
「でも、幹雄ちゃん、お兄ちゃんはもう子供もいるんだし、そろそろ幹雄ちゃんも結婚を考えていいんじゃない。お母さんの知り合いで幹雄ちゃんにお似合いの娘さんがいる家があってね」
母は父と反対に私がお気に入りだ。母似の私は母譲りで線が細く、背こそ父や兄と同じく高いものの、女性的な顔立ちで父とは全く似ていない。
代々の官僚家系に産まれた母は外交官の父と現地で知り合い結婚したという、フランス人の母の間に産まれており、日本人離れした美貌はまだ衰えていない。
「軽井沢まで嫁いで来て貰ったら申し訳ないよ、大丈夫、仕事柄、出逢いは多いから、ちゃんと考えてるよ」
父が美容クリニックだものな、と嫌味たらしく言い、母はそんな父に怒り出す。兄がまたぞろ仲裁に入るまでがデフォルト、いい加減に面倒臭いのだ。
心の休まる事のない実家への帰省を終えて、私は長野県軽井沢町へと帰って来た。開業した美容クリニックに併設した自宅に入っていく。
「ただいま、茉莉菜。暑くなかったかい」
自宅地下、最愛の彼女の待つ部屋へと入る。空調は問題なさそうだ。
彼女との出逢いは偶然だった。
父への反発から美容整形の道へと進み、東京を離れたい一心で軽井沢で開業した私は、クリニックの経営が安定した数年前に上高地から槍ヶ岳山麓を目指して春山登山へと赴いた。
そこで出逢ったのが彼女だ。
「今日もとても綺麗だよ。あー知り合いの木工職人に頼んだパペットがまた届くから、またボディを交換しようね。今のは君には少し大き過ぎたみたいだし」
槍ヶ岳山麓の途中、雪溶けかかったルート上でふと奇妙なものが見えて、単独行だった私は尾根沿いを外れ、沢筋へと降りた。
精巧な人形の首だろうか、それにしてもなんでこんなところに落ちているのだ。
初めはそんな興味からだった。
「びっくりしたよね、まさか死蝋化した生首だったなんて、滑落の途中で首がとれちゃったんだね」
彼女の顔は発見当時すでに死蝋化していたが、滑落のさいの傷が酷かった。
登山を取り止めて、彼女の首をリュックサックに丁寧にしまった私は家へと帰った。
彼女が外崎 茉莉菜、私が発見した前年の秋に槍ヶ岳にアタック中に遭難した大学の登山サークルの一人で唯一、首のない状態で死体となって発見されたことも、その後に調べて知った。
一緒に遭難したサークルメンバーは救助されたものの、その時にはすでに彼女は滑落してしまっていたという。
「顔の傷はすっかり綺麗になったね。死蝋化した顔の整形なんて初めてだから大変だったけど、綺麗になおって良かったよ、傷あとも目立たないようになったね」
ワインセラーとしていた地下の二部屋のうち、一つを改装して、彼女の部屋へと変えた。生前の彼女の情報があまり無いために過去の報道や、また、彼女の首をいまだ探している彼女の両親や元学友たちに、捜索ボランティアとして参加して接触しては補完していく。
家具などを手掛けて貰った、腕のいい木工職人に趣味のデッサン用にと等身大のパペットを頼んだのは、最近になってだ。あまり期待していなかったが、試作から素晴らしい出来だった。
金を積んで何体かサイズの違うものを作ってもらい、表面も塗装など、あれこれと試す。
カモフラージュに男女のパペットを作り分けてもらい、自宅一階のアトリエへと運んで貰う。油絵は実際に趣味なのだ。
「僕のかわいい茉莉菜、今ね、人形職人の人に教えて貰ってるとこなんだ。君にぴったりの身体をいつか作ってあげるからね」
肩口の球体関節を優しく撫で、手をとる。
冷たい頬に口づけをして、手入れを重ねてぴったりの髪型になった人毛のウィッグに今日も櫛を入れる。
「一人にしてしまって、ごめんね。いつか、君と外に出れるといいんだけど、難しいな」
そう言うと、君が微笑んで大丈夫よと言ってくれる。
彼女こそが僕のホントの家族なんだ。
お読み頂きありがとうございますm(_ _)m
球体関節を愛でる男を書きたいだけの作品です。