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第三章1

 少女二人と中年の男性が、ランプで照らし出され、氷にキラキラと輝く絵に描いたような美しい高山を見上げていた。

 山からは冷気が発されていて、体の芯から冷え、痛むような感覚に襲われる。これは、氷の熊と相対した時と類似していて、ビバリーの背に悪寒が走った。


 ノース島に到着して三日が経つ。


 二日前は食糧やら飲料やらを買ったり、氷の山に登る為にも必要であろう暖かいコートなどを買い漁る事で消費した。たくさん買い物をできたのはタムシンのおかげで、荷物を船に置いて来たものの、彼女曰くもしもの時のためにかなりの現金を持ち歩いていたのだ。

 では、彼女の荷物の中にあった現金はどれ程の大金だったのかという疑問も湧いて来るのだが、それはさておき。


 昨日はというと、ノース島の土地勘には滅法疎いビバリーとタムシンが頭を捻りに捻って道案内を誰かに頼む事を思い至り、頼れそうな人を探して回った。

 その結果、ビバリーたちが目指す目的地である氷の山への案内人を見つけ、高値ではあったがそれを雇って今朝山の麓までやって来た。


 今、傍に立っている中年の男性こそが、多少の金で雇った道案内という訳だ。


「さて、氷の山へ着きましたが……。この山を登るには命の危険が伴います。慣れている私でさえ命懸けです。もう一度確認しますが、本当に、登りますか?」


 案内人の男性の問い掛け。

 だが、そんなのは承知の上だったので、ビバリーは躊躇いなく頷いた。一方のタムシンは好奇心に目を輝かせるばかりだ。


「躊躇う事なんて、ないもん」


「わかりました。では、入山しましょう」


 山には、細い道があった。

 凍った木々に包まれた、獣道のような細い氷の道。それを、男性の後に続いて、アルフの背に乗ったビバリー達はゆっくりと進み始めた。




 暗闇の中をランプで照らして、一歩ずつ前進する。

 あまりの寒さに凍りついた足場はとても滑りやすいが、アルフは鉤爪のおかげでどうにか歩けているようだ。ビバリー達はそれを上から見ているだけなので、結構気楽なものだった。


 特に緊張感のないタムシンなどは暇をして、周囲をキョロキョロ見回してばかりいる。


「なんだろう、この木? アタシ、こんなの見たことないんだけど……」


 暗黒の中にぼんやりと浮かび上がる木々の姿を見て、タムシンは首を傾げた。

 ビバリーもよくよく目を凝らして見てみたが、故郷ノースエンド島にはなかった種類だとすぐわかる。


「知らない。私、毎日のように森を駆けてたけど、こんな木は見た事ないわ。ノース島にはこういう草木が生えているのが普通なのかしら」


 すると前を行く案内人が氷漬けにされた木々を見上げながら、ビバリー達の疑問に答えてくれた。


「ああ、これは古代の木々ですよ。かつて、どこの森にでも青々と生えていたのでしょう。ですが三百年前、この世界が闇で閉ざされた時、ほとんどのこうした木々は枯れ果ててしまったらしいです。ですが、恒星の光を失って急激に凍り付いたこの山の木々だけは、氷の中にその姿を留めているという訳です」


「へぇ……そうなんだ」

「古代の木々がまだ残ってるなんて驚きだわ」


 私は今、古代の木々を目の前にしている。そう思うと、ビバリーは妙な感慨を感じた。

 光の玉で世界に光が戻れば、恒星の輝きで森の氷は溶け、あちらこちらの森でもこれと同様の木々が芽生えだすのかも知れない。ビバリーがよく遊んでいたノースエンド島の森なんかより、ずっと豊かな森が見られるのだろう。


 この登山の目的は、言うまでもなく、氷の森の頂上に居を構える魔術師アドニスに会う為だ。

 背負っているリュックサッっくの中の光の玉の重みが、ビバリーに伸し掛かり続けている。だが、それが彼女には誇りに思えた。最初は憎たらしくて堪らなかった漆黒の宝玉が、こんなに誇らしくなっているなんて、ビバリーは自分の感情が不思議でならないのであった。


 氷に包まれた木々は相変わらずランプの光に輝き、その周辺を羽虫が美しく舞っている。

 しばらく歩くと、突然、樹木ばかりだった道が開け、案内人がランプで照らすと、景色が見えた。


 ――その壮絶な景色に、絶句する。


 そこからは、ノース島の全てが見渡せた。

 周辺に連なる雪に覆われた山脈。明かりが灯る街並み。海、遠くに見える、ノースエンド島。もっと見ようと、アルフから飛び降りて前に足を踏み出したタムシンが、案内人の男性に手で止められた。


「どうしたの?」

「見てください、下」


 ぽかんとするタムシンに、案内人はランプで足元を照らす事を答えとした。

 足元にある筈の地面が、ない。

 つまり、目の前が崖になっていたのだ。


 地面までは五十メートルを軽く超える落差がある。ここから転落でもしたら、死は間違いないだろう。


「……やばっ。危なかったー、ありがと」


 わかっていたことだが、この()、結構考えなしなんだわとビバリーは思った。

 うっかり落ちていたらどうするつもりだったのか。タムシンはああ見えてノースエンド島の領主の令嬢というのだから、迂闊に死んでもらっては困る。

 もっとも、こんな危険な旅に付き合わせている時点で同じなのだけれど、それでもタムシンを叱りつけておく。


「タムシン! 危ないことはしないで。おとなしくアルフに乗ってちょうだい」


 ビバリーの愛狼に乗り直し、タムシンが安定したのを確認すると、男性は彼女たちに告げた。


「ここからは崖を沿って歩く事になります。くれぐれも、転落せぬようお気を付けになって下さい。私が先導しますので、お二人はついて来て下さいね」


「はい。アルフ、あの人について行ってね」


 「くぅん」と了解と鳴き声で伝えたアルフは、案内人に続いて首からぶら下げたランプで照らされた氷の地面を、より一層気をつけて歩き出した。

 崖は螺旋状に続き、上へ上へと一行は登って行く。崖に身を擦り寄せながら進むアルフの巨体と彼に跨るビバリー達に容赦なく北風が吹き付け、寒さには慣れっこのビバリーすら小さく悲鳴を上げてしまった程だ。


 氷の山はこの世界で一番寒いと言われる場所。

 もしもこれがノースエンド島出身のビバリーとタムシン以外であったなら、すぐに音を上げていたに違いない。


 そんなこんなで登り続ける事二時間。

 そろそろ頂上かと思われた事、目の前に、氷の巨大な造形物が現れた。


「……これ、何?」


 男性はビバリーの質問に振り返り、説明してくれる。


「氷の橋です。これを渡ってしばらく歩けば、もう魔術師アドニスの住処ですよ」


「そうなんだ。意外と難なく来られたんだね」と、ビバリーの背後からタムシンの関心した声がした。


 目の前の小さな谷状になっている部分に掛かる、キラキラと輝く氷の橋は、美しく、そして怪しげな雰囲気を放ってビバリー達を待ち構えている。

「じゃあ」とだけ呟いて案内人が前へ向き直り、一歩氷の橋へ足を踏み出したその瞬間――信じられないようなことが起きた。


 パリパリっと氷のひび割れる音がして、氷の橋が中央で真っ二つになり、崩落したのだ。

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