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第二章3

 このままでは私は溺死してしまう、とビバリーは焦った。


 浸水速度から考えて、沈没するのは後五分とかからないかも知れない。なのに、前から順に浮き輪を配っていては十分程かかってしまう。

 とはいえ、中央ホールには人がごった返すだろう。安物の船舶とは言え、人はまあ、それなりにいる。後の方の船室にいる者は、待ち切れずホールに駆け込む者が多いと思われ、混雑している間に沈没する可能性すら考えられたのだ。


 とにかく時間がない。だがあまりに急なことだったから、対処法を思いつかなかった。

 その間にもどんどん水は迫ってくる。


 もうダメかも知れない、そう思った瞬間だった。

 タムシンがたった今思い付いたと言うように声を上げた。


「――ねえ、狼って泳げない?」


 その一声に、困惑してお先真っ暗だと思っていたビバリーの前途に光が差した。

 アルフは今まで泳いだ事が一度もない。

 だが、狼には泳ぐ種類がいるのは事実。アルフとて、少しの間なら例外なのではなかろうか。

 不安はある。だが、このまま待つだけより、助かる可能性があると思った。


「もうこうなったら試してみるしかないわね。アルフ、私達を乗せて海を泳いで。お願い」


 アルフの灰色の毛を撫で、ビバリーはアルフの猿轡を外した。

 アルフは高らかに吠え声を上げる。そして、「いいぜ」とでも言いたいように尾をぶんぶんと振った。


 水嵩は、船窓から一メートル下に達し、船室が水に浸かり始めている。

 足が濡れ、水がぎっしり詰まったブーツが鉛のようだ。


 ビバリーは机へと重たい足を動かし、その上に置かれていた光の玉の入った箱を大切にリュックサックへと仕舞い込んだ。そのリュックサックを背負い、用意は万全だ。


「アタシの荷物、どうしよう……」


 取りに戻りたいとでも言いたい顔のタムシンを、ビバリーは屹と睨みつけた。


「呑気な事言ってないの。全く。荷物って、そんな大事なもの? 命よりも?」


「ええと、服やらお金やら、だね。確かに命よりは大事じゃないけど」


「お金は欲しいけど、そのせいで死んだら無意味でしょ。時間がないんだから。さ、アルフ、乗せて頂戴」


 灰色の巨体が、堂々と船窓に頭を向けて立つ。

 ビバリーは彼の背に乗るなど慣れた事である。ひょいっ、と飛び乗り、荷物を置き去りにする事に少しばかり不満そうなタムシンを待つだけだ。


「やっぱりアタシ……」


 諦めの悪いタムシンに、ビバリーは怒鳴った。


「早く。海に飲まれたいっていうの?」


「まあいいや。アタシには、ピストルがあるんだし」胸から再びピストルを抜き出して手の中で回し、渋々、タムシンはアルフの元へと駆け寄って来た。

 毛を撫で、「気持ちいいなー」と呑気なタムシンを急かし、アルフの背によじ登らせた。


「うわあっ、これ、意外にバランス取るの難しくない……!?」


 落っこちそうになるタムシンを、ビバリーは後ろ手でフォロー。

 確かに狼の背は、乗り慣れていないと座り心地はあまり良くないかも知れない。


「私の体に捕まって。私なら、アルフの乗り方には慣れてるから大丈夫」


「ありがと」


 水は、アルフの膝下まで達していた。あと数分でこの船は完全に沈むだろう。

 ビバリーは大きく息を吸い込んで叫んだ。


「じゃ、アルフ、窓から海に飛び込め!」


 ――バシャン。


 船窓からビバリーたちを乗せたアルフが身を抜け出させ、その巨体に海が大きな水しぶきを立てる。

 一瞬体が沈み、ビバリーは息が詰まる。だが数秒後、アルフの体は浮遊し、彼女もまた息ができるようになった。


「もうっ。アルフったら、死ぬかと思ったじゃない」


 タムシンは海水の味でむせ返っている。

 アルフは済まなさそうに「くぅん」と鳴き、それから器用に泳ぎ出した。

 ビバリーはさっきまで自分達が乗っていた、ランプで照らされた船を振り返る。


 恐らく、もうかなり水に沈んでいる事だろう。

 どうか、他の乗客達が助かりますように、と心の中で祈りながら、彼女はアルフに指示した。


「南へ向かって、とにかく進め!」

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