表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

4/16

第一章4

 深夜の森を駆けずり回ったが、幸いな事にほとんど害獣と出会す事なく、隣町へと辿り着いた。

 既に夜が過ぎ、相変わらずの真っ暗闇の中で朝になっていた。


 町は一日前までの西側の村と同様に雪で覆われているが、辺りからは少しばかり喧しい程に威勢の良い声が聞こえて来る。

 だが一方のビバリーは、未だ鬱屈とした気持ちでアルフを歩かせていた。


「あの、ちょっとお尋ねしたいんですけど……」


 何人もの人に道を教えてもらい、漸くビバリー達はその目的地へ着いた。

 目の前には、少し洒落た店が建っている。ここが目的地の、宝石商の店だった。

 ビバリーはアルフを外で待たせ、リュックサックから鉄の箱を取り出して、覚悟を決めて中へ入った。これから箱の中の漆黒の宝玉を売る為の、取引をするのだ。


 中は、香水のような甘い匂いが漂い、ショーケースにはキラキラと輝く宝石達が並べられている。

 店の奥へ進むとカウンターがあり、中高年と思われる男性が待ち構えるようにこちらを見据えていた。


「おう、嬢ちゃん。買うのかい、売るのかい?」


「売るわ」箱を開け、中の宝玉を見せるビバリー。「品物はこれなんだけど……、どれくらいの値打ちか教えてちょうだいな」


 相手がどんな反応をするかと男性の顔をじっと眺める。

 男性は、中身に目を輝かせ、「おう」と唸り、頷いた。


「いいじゃねえか。これはかなり高値だぜ。一体どこで手に入れたのか、教えてくれねえか」


 ビバリーは悩んだ。洞窟で拾った事や、氷の熊との攻防など、この男性が信じてくれるのだろうか。単に、洞窟で見つけた、とでも言えばいいのだが。

 しかし、ビバリーは一から十まで馬鹿正直に話してしまった。辛かったが、なんだか言わなくてはならない気がしたのだ。


 それを聞くうちに男性の顔色がどんどん悪くなり、聴き終わった頃には死人のような顔色をしていた。

 彼の反応の意味が分からず、ビバリーは首を傾げる。


「これは、これは、伝説の、光の玉じゃねえか?」


「光の玉?」


 震える声で、ビバリーの掌に乗せられた宝玉を指差しながら、男性は言う。

 聞いた事のない単語にビバリーは再び首を捻った。


「そうさ。知らねえのか?」


「うん」


「じゃ、話してやるよ」


 男性は顔色を少しばかり元に戻して話し始めた。


 ――概要はこうだ。

 三百年前、この世界にもたっぷりと光が降り注いでいた。

 しかしこの世界の人々は、環境を破壊し、あちこちで争い事を起こしていた。

 それを見かねた、この世界を創ったという神、魔神が、恒星の光を封印し、漆黒の宝玉に納めたという。それが光の玉なのであるというのだ。


 半信半疑のビバリーに、宝石商の男性は強く頷いた。


「年寄りから子供まで、大抵の人間が知ってる伝説だ。嬢ちゃんの村が被害にあった、氷の熊ってのは恐らく、魔神様が箱を守らせる為に作り出した、守護獣って奴だろうよ」


 男性の言葉の前半が気に食わなかったが、そうやって保証されると頷かざるを得ない。

 掌に乗っけた憎たらしくも美しい宝玉を見つめたビバリーは、思案顔で溜息を吐く。


「じゃ、この玉、どうしたらいいの?」


「ノース島の天辺、そこにアドニスっていう魔術師がいるそうだ。そこへ行きゃ、その玉の中の光が解き放たれるって話だぜ。もう、それを売ってくれる気はないだろ?」


 確かに、そんな大切な物だったら、宝石商に売るつもりなどない。


「うん。私、魔術師アドニスの所へ行く」


 この玉には因縁がある為、断腸の思いだが、仕方ない。この世界に光が戻るというなら、なんと眩しく、なんと素晴らしい事なのだろうか。


「アドニスの居場所までは知らねえ。他で聴きな」宝石商の男性はにっこり微笑んだ。「もしそれがただの宝玉なら、高くつくだろうけどよ」


「いいの。お金は持ってるし。ありがとう。さようなら」


 ビバリーも微笑み返した。


 少し晴れ晴れした気分で店を出たビバリーは、漆黒の宝玉、光の玉を箱に戻してリュックサックに直し込み、アルフに跨って道を進み、魔術師の居場所を会う人会う人に尋ねて回った。

 その結果、魔術師アドニスはノース島という、ここの南に位置する、ノースエント島の七倍以上もの面積がある島の中央に位置する氷の山と呼ばれる高山に暮らしているという事が分かった。


 もう、ビバリーは、魔術師の元へ光の玉を届けようと心に決めていた。

 だから、彼女は意を決して港へアルフを走らせた。十三年、生まれ育ったこの島を離れるのは辛いが、もはや彼女に故郷はないも同然だ。


 どれだけ大変な旅になるか分からない。

 氷の山は死の山とも呼ばれ、必ずしも生きて帰って来られるとも限らない。

 だが、そんな事は構いはしない。一度は人生を諦めたのである、死ぬ覚悟でも光の玉とやらを届けてやるのだ。

 そう思いながら、ビバリーは港で切符を買い、リュックサックにアルフを押し込めて、安いボロ客船へと飛び乗ったのだった。


 ――この先の旅が、どれ程長く過酷なものになるかなど、想像もしないままに。




挿絵(By みてみん)


(一章 挿絵)

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ