第七章
街並みは綺麗で、穏やかな雰囲気が漂っている。
ここはサウス島北東部の港町。現在ダニエルとマークと別れ、ビバリーとタムシンはアルフに跨って商店街を進んでいた。
そんな時、二人は背後から突然誰かに声を掛けられたのだ。
「ちょっと君達。尋ねたい事があるんだが」
振り向くと、鎧兜を纏った男が立っていた。その格好は城でも見た事がある。兵士だ。
「兵士さん。こんにちは」何故ここに兵士がいるのかと不審げではありながら、タムシンは笑顔で挨拶。
嫌な予感がし、ビバリーは、思わず声を震わせて言った。「あたし達ちょっと急いでるんですけど」
「時間は取らせない」だが、兵士は二人を引き留めた。「私達は失踪なされたダニエル王子様を探している。ここらで、茶髪で十五歳ぐらいの男の子を見かけたという情報が相次いでいるのだが、君達は知らないかね」
ビバリーの嫌な予感が的中し、彼女とタムシンは思わず一瞬黙り込んでしまう。
王国兵がここまで王子の捜索を行なっているとは、正直ビバリーも思っていなかった。
しかし王子を連れ出す時点で、彼女もこの事態は懸念をしていたのだ。ダニエルは服を変えたぐらいで容姿はそのままなので、誰に見破られてもおかしくない。
だが幸い、今、ダニエルはいない。冷や汗を掻きながらも、ビバリーは笑顔で言った。「知りません。ねえ、タムシン」
能天気なタムシンだってビバリーの意図はすぐ分かる。「うん。そんな子、知らないな」
「そうか」あからさまに溜息混じりに言い、兵士が一礼する。「失礼。では」
彼が向きを変え、立ち去ろうとしたその時だ。
まるで少女達が安堵した瞬間を狙ったかのように、二人の少年が顔を出してしまった。無論ダニエルとマークである。
「ビバリー。こちらの買い物は終わったが」
タムシンが唇に指を当てるが、もう遅い。
「君達、ちょっと良いかい?」そう言って少年達を振り返り、兵士が目を剥いた。「王子様っ」
困った事になった。
「えっ?」マークが拍子抜けしたように目を丸くした。「王子様って」
「ごめん。ややこしい事は幼い君には言わない方がいいと思っていたんだ」
「えー。みんな知ってたんだよね、ずるい」不満げなマーク。
兵士が迫る。ダニエルはマークの手を引いてアルフに飛び乗った。「言ってる場合か! 逃げるぞ!」
「アルフ、走って」
アルフが全速力で走り出す。
大変な事になってしまった。
光の玉は後一つなのに、王子誘拐罪などで捕まって処せられてしまえば話にならない。
「あああ」すぐ背後でタムシンが嘆いている。「やっぱり旅に危険はつきものなんだね」
まるで風のように商店街を走り抜けるアルフ。
だが、兵士は恐るべくスピードで背後について来ていた。
「もっと速くよ」
ビバリーの指示で、アルフは最高速度へ。
商店街を抜け、町外れの砂浜までやって来た。
それでも兵士はどこまでも追って来る。ともすればもうすぐ追い付かれてしまいそうだ。一度追い付かれでもすれば、一行の運命はそこで途絶えてしまうだろう。
そんな時、ランプで照らし出された目前に海が見えた。
「どうするビバリー姐さん。追い詰められちゃったよ?」
マークが泣きそうな声で叫ぶが、ビバリーはわざと海へアルフを走らせていたのだ。
「アルフ、飛び込め」
アルフは瞬間跳躍し、そして、海へ躊躇なく飛び込んだ。
ザブン。
服やら何やらが一切合切濡れ、アルフに乗る全員が一瞬息ができなくなる。
だが一秒後、灰色の狼の巨体が浮かび上がり、四人は溺死せずに済んだ。
アルフはそのまま海を前方へ進む。
「ふう」一息吐き、背後を振り返るビバリー。
「王子様っ」兵士は瞬間立ち尽くし、それから、意を決した風に海に飛び込んだ。
彼の判断はとても迂闊だった。きっと彼が町に戻り、どこかにいるであろう兵士仲間にこの事を報告すれば、ビバリー達は袋の鼠になってしまっていただろう。
兵士は必死に泳ぎ、こちらに迫ろうとする。
だがどんどん鎧は水を含んで重くなり、やがて、進めなくなった。
アルフに跨る一行と兵士の距離はぐんぐん離れて行く。
彼はもがく。溺れそうなのだ。だが、それも虚しく、懐中電灯で照らして見ると、兵士はゆっくりと暗い海に呑み込まれてしまったのだった。
一段落したが、事態はまだ収束し切った訳ではない。
港町では既にダニエルの事は噂として広がっている筈で、陸路は非常に危険なのだ。
という事で、アルフは少年少女四人を乗せて、西側へと泳いで進んで行った。
ダニエル達が港町で購入した地図に頼り、所々の砂浜で休息を重ね、海上を進み続ける事約三日。
辿り着いたのは、静かな村だった。
緑は少なく、人口も非常に少ない小規模な村だ。
「さあ。やっと着いたようだ。……、そろそろ飲料水と食料が切れる。買い物をしようか」
ちなみにそれらは港町で買う予定であったのだが、あんな事になってしまって買えていないのだ。
時刻は、真っ暗ながら夕刻である。
「ここが、目的地の最寄りの村なんでしょ。なら、聞き込みも必要ね。あたし達、話を聞いて回る事にするね」
そんなこんなで再びビバリーとタムシン、ダニエルとマークの二人ずつに別れて別行動をする事になった。
本当に小規模な村で、アルフに跨ったままそこら中を徘徊しても、見つけられた村人は五人だけだった。
まず一人目、若い女性に出会った。
ビバリーが声を掛ける。「あの、ちょっと」
「旅のお方? 珍しいものだわぁ、こんな小さな村に何のご用?」
女性はにこやかで、親しみやすそうな人柄だった。
「あたし達、天の木という所へ行こうと思っているんですけど、どんな所なのか、知ってたら教えて欲しいんですが」
そう言うなり、やんわりとしていた女性の表情が硬直する。「あなたぁ、よしといた方がいいわよぅ。あたしはよく知らないわぁ、尋ねるなら他にして頂戴」
そう言って去ってしまった。
二人目も、三人目も、四人目も、よく知らないと答えた。みんな、怯えていた。
「変だねビバリー。ここ、天の木の一番近くの村だって言うのに、みんな知らないなんてさ」タムシンが怪訝そうに、首を傾げて言う。
「うん。変だと思う。……、きっと恐れられてるのね」
「恐れられてるって……?」
そして、五人目の村人と出会った。腰の曲がった老婆である。
「旅のお方のようじゃな。おお、立派な狼も連れておるのぅ」ランプでこちらの顔を照らし、老婆が笑った。「それで、わてに何を尋ねたい?」
「天の木の事なんですけど。皆さん、何だか怖がってらっしゃるようなんですが、あたし達、どうしても登らなくちゃいけなくて。どんな場所だとか、教えて欲しいんです」
「ふむ。天の木か」老婆は目を丸くし、それから、ゆっくりと言った。「やめといた方がええ。登りにくい上、昔から神様の住む木じゃ。天辺など目指すと、命をドブに捨てる事になるぞ」そして遠い目をして、「うちのやんちゃ息子もあの木に挑戦するとか言って登って、二度と、帰って来んかった」と、強い口調でビバリー達を諭したのだ。
禁忌の場所である上、非常に危険で行った者は帰らぬ人となる。
これは以前、炎の虎の住んでいた火炎の山の時に聞いた話と、非常に類似している。きっと頂上にはかなり強力な守護獣がいるに違いない。
だが、そんな事で怯む少女達ではないのだ。
「大丈夫。もうアタシ達、慣れっこだから」タムシンは得意げに笑い、「お婆さんの息子さんって、どうやって登ったの?」と老婆に尋ねた。
嘆息する老婆。もう止めても仕方ないと思ったのだろう。「馬鹿息子は、鋭利な物を使って登ったのぉ」
鋭利な物。それなら大丈夫だ。そう思い、ビバリーは笑顔で老婆に頷いた。
「ありがとう。気を付けます。さようなら」
そして老婆と別れてからすぐ、買い物をしていたダニエルとマークと合流しだのであった。
ビバリーが宿で目を覚ますと、もう朝の九時だった。
宿は四人部屋で、他の三人はぐうぐう眠っていて、アルフだけが黙って朝ご飯を食べている。彼にはまた猿轡がはめられていた。
寝過ごしてしまった、寝起きの頭でそう思い、急いでみんなを叩き起こす。
「起きなさいっ。起きなさいったらっ」
その大声に飛び上がり、三人が目を覚ます。
そうして騒がしく一日が始まり、朝ご飯を食べ、四人はアルフと宿を立った。
目指すは天の木。
一行は土ばかりの暗闇に包まれた道を、前へ前へと進んでいる。
ここの気候は温暖だ。緑はほとんどないが、鳥や虫は所々存在するようである。
地面はややぬかるみ気味で、ブヨブヨし、アルフは歩きづらそうにしていた。
もう歩き始めて一時間程。
「ええと、そろそろだよね?」
退屈がっているマークが地図を見つめ続けているダニエルに尋ねる。
王子は頷き、前方に指を差した。「あそこだな」
ビバリーは急いで懐中電灯で前方を照らした。
そこには、何もない所に、ポツンと巨大な塔が建っていたのだ。
否、塔ではない。巨大な、本当に巨大な大木であった。
「凄い……」見上げ、タムシンが感嘆の声を漏らす。
懐中電灯の光では頂上まで照らせないが、恐らく三千メートルはあるのではないか。いや、五千メートルはあるかも知れない。それ程高い山を登るのは大変だが、まっすぐ上へ伸びる大木の幹ともなればその十倍は大変かも知れなかった。
先が思いやられながらも、ビバリーの決心が薄れる事は決してない。「…………、登りましょ」
天の木を登る方法はこうだ。
まず、ビバリーはリュックサックから獣の牙を出した。それは、石の谷へ向かう山に登る時に使った物だ。
タムシンが名乗り出たので、彼女がそれを両手で太い幹に突き刺しながら、真っ先に上へ上へと登って行く事になった。
そしてアルフは、タムシンが空けた穴に足を掛けて器用に登って行く。彼にしがみ付くビバリーとダニエルとマークは非常に辛く、タムシンが率先して先を行きたがった理由が分かった。
根元には葉があまり付いていなかった大木だが、上へ行く程緑が生い茂っている。
途中途中、幹から伸びる太い枝の上で休息を取ったり眠ったりしながら、必死に上へ進んだ。
そして登り始めてから四日後。
わさっ、と音がして、タムシンが急に叫んだ。「ねえ、懐中電灯くれる?」
ビバリーは苦労しながらアルフに片手で掴まり、もう片手で懐中電灯を出して渡した。
タムシンが闇を切り裂き、上を照らす。
ずっと続いていた筈の幹が途切れ、無数の枝が巡っている。その枝からは、びっしりと葉が生い茂っていた。
それを見てみんなは息を飲み、そして、一つの事を確信する。
「この上が頂上だ」
しかし上へ行くと言っても、ただ単に上へ向かって登り続けるだけでは、枝に邪魔されて頂上まで突っ切る事はできない。
なのでタムシンは、獣の牙を地面に向かって放り投げて落とし、空いた両手で細い枝を掴んだ。そのまま枝伝いに外側へ向かっている。
「アルフ。続いて」
ビバリーの指示でアルフも細い枝に足を掛け、彼としがみ付く三人の重量がありながら、見事器用に枝を伝って行った。
「凄い凄いっ。タムシン姐さんも、ビバリー姐さんの狼さんも、こんな特技があるんだね」と、マークがはしゃぐ。子供らしくて可愛い。
タムシンとアルフがほとんど同時に外側へ辿り着く。
「登るよ」
タムシンは枝の先端に指を掛けた。そのまま体を腕力で上へ持ち上げ、ぐいと上へ登った。
アルフは枝を引っ掴み、ぐるりと体を回して頂上の枝に足を掛け、上半身を浮かして登るという、見事ではあるが乗っているビバリー達からすると迷惑な方法だ。
「着いたぞ。頂上だ」
何にしても、一行は、天の木の頂上へ辿り着く事に成功した。
ずっと悪い姿勢だったから足がガクガクし、体もふらふらだ。
だが、だからと言って戦いに負けて良い訳ではないのだ。ここは守護獣がいるに違いないのだから。
「懐中電灯返すね」
タムシンからポイっと放り投げられた懐中電灯を手に取り、辺りを照らす。
ここはまるで、緑の舞台だ。わさわさの枝と葉のおかげで人間が歩いても全く抜け落ちる様子がないぐらい、頑丈である。
光が中央を捉えた。
そこには、煌めく物と、異様な物が存在していた。
煌めく物は、よく見ると、鉄製の例の箱である。では、もう一つの異様な物は。
それは、生き物だった。蹲っていて、一体何かは分からないが、とにかく守護獣で間違いない。
その時だ。
どうやら眠っていたらしいそれが蠢き、目を覚ましてしまったのだ。それは悍ましい威嚇音を上げ、立ち上がり、上空に飛び上がった。
それは、黄色い羽毛をした巨大な鳥だった。尾羽が長く、首も細長くて、丸っこい頭には真っ白な鶏冠が生えている。とても優美だ。
だが、そんな事に気を取られている場合ではない。
「全員、戦闘開始!」
ダニエルの掛け声に合わせ、ビバリーを除く全員が武器を構えた。そして直後、ほとんど同時に、タムシンの銃弾がピストルから弾き出され、ダニエルの矢が放たれ、マークの石飛礫が空を乱舞していた。
普通の鳥なら確実に当たるであろうそれらの攻撃を、守護獣は驚くべき方法で防いだ。
巨鳥は口を開き、そこから凄まじい雷を発する事で、最も容易く攻撃をまとめて撃ち落としたのである。
その巨鳥をこれから雷の鳥と呼ぼう。
どんどんどんどん、攻撃が放たれる。
しかし雷の鳥には、それらが一切通用しない。怪鳥は嘲笑するように鳴き、一回緑の舞台へ着地した。
そして雷の鳥は光の玉の箱を引っ掴んで持ち去ろうとしている。
させるものか。
ビバリーが急いで駆け出す。背後でタムシンが何か言っているが、そんなのはお構いなしだ。
丁度巨鳥が箱に足を掛けた瞬間、ビバリーがそこへ飛び込んだ。
驚く雷の鳥。その足から箱を引ったくり、危機一髪でビバリーは箱を抱え込む事に成功した。
しかし、安堵したのも束の間。
彼女は直後、鋭い稲妻に吹き飛ばされて、宙に投げ出されていた。
「ビバリー」タムシンの高い悲鳴が聞こえた。
落ちる、落ちる…………。
果てしなく高い天の木の頂上から落下し、すぐに、ビバリーの意識は遠のいて行き、暗闇の中に沈んだ。寸前、愛狼の鳴き声がした気がしたのだった。
ビバリーが目を覚ますと、そこはぬかるんだ土の上だった。
傍には、アルフの姿だけがあり、彼は彼女をそっと見つめている。
ビバリーは頭を振り、記憶を呼び覚まして愕然とした。
あたしは天の木の頂上から落ちたんだ。
そうだ。そして、彼女を助けようとして、アルフも転落したのだろう。ここが柔らかな地面だったから良かったものの、もし仮に石だったりしたら、確実に命はなかっただろう。そう思うとビバリーはゾッとした。
ゴロゴロ。
轟音が響き見上げると、上では稲妻が走っている。
きっと頂上ではまだ、タムシンとダニエルとマークが悪戦苦闘しているに違いない。あたしも手伝わなくちゃ。そう思い、早く登ろうと思うが、彼女は途方に暮れてしまう。三日も掛かったのだ。そんなに時間を掛けていれば、きっと何の役にも立てないだろう。
どうしたら。頭を抱えるビバリーのリュックサックを、突然、アルフが突っついた。「ああ、そうね」彼は空腹なのである。現在は昼過ぎであるが、まだ昼ご飯を食べさせていなかったのだ。
リュックサックから彼の餌を取り出す。すると、ビバリーはある物に目が止まった。
変身薬である。
これだ。良案を閃いたビバリー。早速、瓶の中の液体を半分アルフの餌に混ぜ、残りの半分を自分で飲み干した。元々半分しか残っていなかった変身薬は空になってしまったが、一大事だ。今使わないでいつ使おうか。
むくむく、むくむく。
五秒と経たないうちに、アルフは灰色の巨鳥へ変貌した。その背中に、元より増して巨体になったビバリーが飛び乗る。
意味不明と言った風に首を傾げるアルフに、ビバリーは天を指した。
彼女の指示を呑み込むと直後、アルフは天高くへ向けて飛び立っていた。
ぐんぐん、ぐんぐん。
みんなで登った時とは比べ物にならない速さで上昇して行く。
いける。いける。ビバリーは思わず興奮。
どんどん、どんどん進んで行き、そして頂上へ辿り着いた時、他の三人は目を見張らずにはいられなかった。
そこに現れたのが、氷の体毛の熊と大きな鳥だったからである。
敵かと身構える少年少女三人。
だがビバリーは、首を振る事で敵ではないと伝えた。
「ビバリー……、なんだね?」
不安げなタムシンの問い掛けに、頷くビバリー。
彼女が変貌したのは、あの忌々しい氷の熊だ。癪であり、葛藤がなかった訳ではないが、物質的な武器が通用しない雷の鳥には、氷の熊の力が必要だったのである。
アルフが宙を旋回し、雷で他の三人と新たな参加者を打ちのめさんとする雷の鳥へ急接近。
優美な雷の鳥の黒い瞳が見開かれ、こちらを食い入るように見つめる。同じ守護獣として、何らかの感慨があったのかも知れない。巨鳥はそのまま、口を開けて無数の雷を放った。
だがどうだろう。その稲妻は、ビバリーに当たる事なく停止した。
その理由は、ビバリーの口から吐き出された息にある。
彼女の息吹が、辺りを凍らして行っているのだ。
それは雷という静電気すらも凍らす。
「離れるぞ」王子が叫び、タムシンとマークもビバリーの傍から飛び退る。
「グギギギ」奇声を発し、雷の鳥は夢中で雷を発する。が、どれも氷漬けにされてしまった。
辺りの景色はどんどん白くなり、そして、逃げようとした雷の鳥は、尾の方から凍って行き、やがて氷の巨像となって、地面に激落した。
「今だよ」タムシンの甲高い声。
それに合わせ、銃弾、弓矢、石飛礫が白く半ば凍り付いた空を舞う。
ガチン。ガチャン。ガン。バリリ。
それらは凍った雷の鳥をバラバラにし、ただの氷の破片へと変化、確実に絶命させた。
辺りは静かになる。直後、マークが叫んだ。「やった。やっつけたんだね。凄いよ、ビバリー姐さん」
だが、賞賛されている当のビバリーの意識が霞み始める。
「ビバリー、大丈夫か?」
王子の声が遠い。そのまま、ビバリーの意識は遠のき……。
力を使い果たしたビバリーとアルフは元の姿に戻って、すぐ後、緑へ墜落。その腕に箱をしっかり抱えたまま、彼女とその愛狼は気を失ったのだった。
目を覚ますと、そこはまたぬかるんだ地面の上だった。
ゆっくり目を開ける。と、心配げにマークがこちらを覗き込んでいた。「起きたんだね、ビバリー姐さん」
状況が理解できない。頭がフラフラする。「ここは……? あたしは、どうして」
「ここは天の木の根元。雷の鳥をビバリー姐さんがやっつけて、それで、ロープでツルツルっと降りて来たんだよ」
少しずつ意識が覚醒する。
そうか。そうだった。雷の鳥を打破して、それで、気を失ったのだった。
マークの言葉の一部に、ビバリーは少し驚く。
ロープで降りて来たという事は、気絶しているビバリーを誰かが抱えていたのだろう。
アルフにしがみ付いていたにしろ何にしろ、彼女を抱えながら降りるのは至難の業だ。そうしてくれた人に、ビバリーは申し訳なく思う。
そこへ、タムシンとダニエルが姿を現した。アルフも一緒だ。
その姿を見て、驚愕するビバリー。
流石にあの激戦で無傷だとは思っていなかった彼女でも、ダニエルの姿を見れば驚きを隠せないのは当然だ。
彼は、左足を太ももから失っていた。
「ダニエル。大丈夫なの、その怪我」
以前、石の蛇との戦いで負傷していた左足が、稲妻でもげてしまったようだ。
「大丈夫だ」ダニエルは小さく笑い、「血がドボドボ流れてたんだが、タムシンが手当てしてくれて止まったしな。まあ、しばらく一人で歩けないで迷惑をかけるかも知れないが」と言った。
「それもいいけどビバリー」タムシンがにこにこ笑い、ビバリーを指差した。「腕の中、見てごらんよ」
見ると、そこには鉄製の箱。
「あ……」開けると、中には漆黒の宝玉が煌めいていた。
「これって、五つ目の玉?」
「そう。つまり、全部集めたんだよ、光の玉を!」タムシンは叫び、ビバリーのリュックサックから他の四つの箱を取り出した。
彼女が蓋を開いた残り四つの箱の中にも、漆黒の宝玉は確かに存在した。
ビバリーはその光景が信じられなかった。
でも、現実に他ならない。
ビバリー達は、全ての光の玉を手に入れたのだ。
これで、世界に光が戻るのである。
そう思うと、ビバリーの内から喜びが湧き上がり、彼女は叫んだのであった。
「やった。やった。光の玉を全部手に入れたのね。やった。これで、これで。タムシンありがとう。ダニエルありがとう。マークありがとう。……、アルフ、ありがとう」
ビバリー、タムシン、ダニエル、マークはアルフに乗って、天の木を離れ、海に戻り、東側へ海上を進んで、最初の港町へ戻って来ていた。
彼女達は自分達の船に乗り込み、島をどんどん離れて行く。
これで、この旅ももうすぐ終わりだ。
気を抜き切った訳ではないが、ビバリーは安堵の気持ちで一杯だ。
早く光が戻りますように。
そう願いながら、タムシンの運転の船でノース島の魔術師アドニスの家へ向かうビバリーなのだった。
(七章 挿絵)




