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第五章(改稿中)

 ウエスト島から出発し、タムシンの運転で船は無事にセンター島へ到着した。


 センター島。そこはこの世界の中枢である場所だ。

 島の中心には立派な城があり、人口も他の島とは比較にならない程多いという。文明も一番発達しているし、王族やら貴族が暮らしているということは田舎者のビバリーでも知っていた。


 だがこれまでとは、考えてもみなかった。


 センター島の港町に船を着けて、アルフに跨って港町を抜け、昼間だというのに真っ暗な王城への道を懐中電灯を照らしながら進む事丸一日。

 時刻はもう真夜中と言ってもいいくらいだ。てっきりもうみんな眠って静かなのだろうと思っていたビバリーとタムシンは、思わず目を丸くしてしまった。


 町のあちこちに人が溢れ、酒場で盃を傾けたりショッピングを楽しむなどしている。ビバリーの故郷の村でもどこでもよく見かける街灯の数すら圧倒的に多く、その光はこの世界に光が差したのかと思う程明るいのだ。


「城下町って、想像してた以上に都会なんだね」


 街の眩さに目を見張り、炎の虎との戦闘で負傷した方の足を引きずって歩きながら、タムシンが呟いた。

 ビバリーは激しく首を縦に振り、アルフに乗ったまま辺りを見回す。


「うん。田舎者の私には信じられない光景よ」


 明るい夜の中を歩き、やっと宿屋へ辿り着いた。アルフをリュックサックの中に隠し、中へ入る。

 宿屋の混雑のしようは筆舌に尽くし難い程で、客人は大抵がビバリー達と同じ城を目指す者らしい。しかしその者の多くは、国王に何かを売りつけようという行商人なのだと小耳に挟んだ。


 なんとか二人部屋を見つけ、猿轡をはめたアルフを降ろす頃にはへとへとだった。


「そろそろ寝よう。もう遅いよ?」


 欠伸をし、柔らかなベッドへ飛び込むタムシン。

 確かに普段ならビバリーだってとっくに眠っている時間だし、疲れて眠たい。だが彼女にはどうしても相談しておきたいことがあった。


「明日に向けて、作戦会議しましょ。それが終わり次第、就寝。良い?」


「ええー。明日朝起きてからでも良くない?」


「気になって眠れなかったら体に良くないでしょ。しっかり打ち合わせしてからの方が夢見がいいと思うの」


 タムシンは「そうかなぁ」などと言いながら、不承不承といった風に頷いた。


「分かった。じゃ、とっとと始めよう」


 しかし作戦会議は難航した。


 事前に魔術師アドニスから城への通行手形は貰っているので、入城に対してなんら心配はない。

 だが問題は入城できた後。地図によれば確かに存在する光の玉が城のどこにあるかが分からないのだ。


 いくら手形があろうとも、城内を詮索する事までは許されないだろう。


 少女二人は目一杯頭を悩ませた。しかし、結局は、国王と対面し、赦しを得るしかないという結論に至ってしまった。


「そもそも私たちみたいなど平民……じゃなかった。一応タムシンは地方領主のご令嬢なのよね。ともかく国王陛下にお会いできるかどうかは幸運に賭けるしかないって事ね」


「ねえこの作戦会議の意味あった? 睡眠時間を確保した方が絶対良かったよね? ね? 恨むよ、アタシ」


「仕方ないじゃない。まさかここまで八方塞がりだなんて思わなかったんだもの」


「まあいいけどさ。……でもビバリーは心配性過ぎると思うよ。だってアドニスさん、偉い魔術師でしょ? それに光が戻ったら王様だって嬉しいんだし、許して貰えるって」


 ビバリーはタムシン程楽観的にはなれない。だが、それ以外に方法がないので仕方ないだろう。

 そうして、夜明け前まで続いた話し合いは幕を閉じ、ビバリーとタムシンは心地よいベッドで眠りこけたのだった。




 翌日。ビバリーが目覚めた時には、もう正午頃だった。

 アルフは置いてあった餌を貪っていて、隣のベッドで眠るタムシンは鼾をかいている。まったく呑気なものだと思いながら、ビバリーは彼女に声をかけた。


「起きなさいタムシン。寝坊しちゃった。もうお昼よ?」


「……、う、ああ? えと、母ちゃん?」


 寝ぼけている彼女を蹴り飛ばす事で乱暴に覚醒へ導き、ビバリーは宿の食堂へ彼女を引っ張って行く。

 タムシンと共に昼食を終え、アルフをリュックサックへ詰め込むと、ビバリー達は意を決して宿を出た。


 城下町は昨晩と変わらず――否、それ以上に活気に溢れ、人が互いの肩と肩がぶつかりそうな近さですれ違い、歩き回っていた。王城への道は一本で、そこには行商人達が列をなしている。

 行商人らしき一人の男が灰色の巨狼に跨るビバリーとタムシンの、この場所ではあまりに異様な姿に目を丸くし、近寄って来た。


「おい嬢ちゃん達。あのお城は嬢ちゃん達みたいなお子様が興味本位で行って良い場所じゃねえんだぜ?」


 ニタニタと、こちらを嘲笑うような顔付きだ。

 それに怒りを覚えたのだろう、タムシンが声を荒げる。


「興味本位なんかじゃない。大事なお役目なんだよ。おっちゃんに言われるような筋合いはないんだ」


「へえ?」行商人の男は意地汚く笑った。「どんなお役目だい?」


 ビバリーは男の表情に少しばかり危険を感じた。強請られたりしたらたまらない。

 なので強気の姿勢で言った。


「私達、未来の英雄なんだから。あんまり手出ししない方がいいわよ。この狼さんはあなたなんて一飲みだし、それに死の山の怖ーい魔術師様がお怒りになるでしょうしね」


 魔術師と聞いて顔を青くする男。

 この脅しは効果的だったらしい。ビバリーは小さくため息を吐きながら、アルフに命じた。


「アルフ、さっさと行って」


 すぐに行商人の男から逃げ切れたので良かったものの、ああいう厄介な輩は都会に多いのかも知れない。

 ビバリーの心の内の不安がさらに高まっていく。


「ホントにこのまま運任せで大丈夫かしら? 私やっぱり嫌な予感がするんだけど」


「そう? これくらい旅してればよくあることでしょ。気にしない方がいいってば」


「……ホントに、上手く行ってくれればいいんだけどね」


 そのままアルフは走り続け、人の波を掻き分けながらあっという間に城門へ辿り着いた。

 当然の事ながら、城門には門番と、数人の立派な体格を誇った兵士達が並び、こちらを睨み付けている。

 門番も、ビバリー達のこの場にそぐわぬ姿を見つけ、そして顔を顰めた。

「君ら、何用かな? ここは君らのような子供が来る場所じゃない筈だが」

 そんなすげない態度に、ビバリーが怯む筈もない。「私達、魔術師様の従者でございます。どうぞ、この手形をご覧になって下さい」

 そして、そう言いながらリュックサックから取り出した手形を見せるなり、門番の表情が大きく変わる。

「やっ。これはっ」この世界にはまだ高度な科学技術はなく、偽造品という心配もない。「まさしくこれは魔術師アドニス様の手形。では、王様にお通ししてもよろしいか、確認して参ります」

 そうして城内へ走り消えた門番はすぐ戻って来て、国王が王の間で待っていると、少女達に伝えた。

 この世界では国王と等しく、いや、それ以上に尊敬されている魔術師アドニスの手形があれば大丈夫だと思っていたが、ここまで簡単に通して貰えるとは思っておらず、ビバリーは拍子抜けした。

「ねっ。運が向いてるでしょ?」

 確かにそうかも知れない。不安で胸が詰まっていたビバリーは心が軽くなった気がした。不確定要素に頭を悩ませていても、そのせいで気分を沈めていても何事も先に進まないではないか。こんな時はいっそ、タムシンのように楽観的になった方がいいのではないか。そう思い、ビバリーは明るい心持ちで王と対面する事に決めた。

 そのままアルフと中へ入ろうとすると、門番に制止された。

「城内は王様のペット以外の動物の出入りは固く禁じられております。外に犬小屋がございますので、そちらでお預かりします」 

「ええっ」ビバリーは一瞬狼狽えたが、世界の中心である王城の管理下なら大丈夫だろうと思い、すぐに首を縦に振った。「なら、お願いします」

「はい。では、中へどうぞ」




 城内はとても煌びやかだった。

 高級なシャンデリアが絨毯の引かれた石造りの廊下を照らし、壁のあちこちには歴代の王の肖像画やらがかかっていたり宝石が埋め込まれていたりするのだ。


「綺麗……」


 その絶景に感嘆を漏らすビバリーとタムシン。

 だが、城の従者の一人らしい黒髪の女性は、ビバリーらを先導しながらどんどん歩みを進めて行ってしまう。ビバリーは依然として見惚れ続けているタムシンの手を引いて、小走りに女性を追った。


 真っ赤な絨毯の敷かれた廊下を歩き続け、彼女達は王の間の扉の前まで辿り着いた。


 タムシンは興奮でソワソワし、ビバリーは気持ちを引き締める。

 そんな二人に向かって黒髪の女性が硬い声で言った。


「この先には国王陛下がいらっしゃいます。くれぐれも、無礼をなさらぬようお願い致します。国王陛下、お客様に入室していただいてよろしいでしょうか?」


「構わぬ。入ってまいれ」


 中からくぐもった声がし、扉が黒髪の女性の手によってゆっくりと開かれた。


 王の間は広く、特別大きなシャンデリアが吊られており、眩しいぐらいだ。壁には装飾がびっしり施され、床は先程からの赤い絨毯が玉座へ向かって真っ直ぐ敷かれ続けている。

 そして、銀の玉座に腰を据えているのは、壮年の男性だ。白がかった髭を立派に蓄え、高価なローブに身を包み、頭上には煌めく王冠を被っていた。


「儂はこの国の国王である。そなたら、魔術師アドニスの使いと聞いた。何用で、ここへ参ったのじゃ?」


 その威厳に圧倒されていたビバリーは我に返り、頷くとゆっくりと話し始めた。


「私は、ビバリーという者です。隣のこの娘はタムシンといいます。私達がここへ来させて頂いたのは、ある物を探す為なのです」


 緊張で体が震える。しかしビバリーは平静を装った。

 タムシンはというと押し黙り、笑顔を作っている。彼女はあまり説明などは得意でないだろうと割り切り、昨日、ビバリーが大方を話す事で意見が一致したのだ。タムシンには、二つの光の玉を持たせる役目を与えている。


「ある物とは何じゃ?」


 王が顔を顰め、ビバリーに尋ねた。

 それからビバリーは、光の玉の事、ノースエンド島での悲劇、魔術師アドニスに光の玉と認められた事、ウエスト島で炎の虎と激戦を交わした事などを話した。


「光の玉の位置が分かるこの地図によりますと、このお城に光の玉が眠ってるらしいのです。陛下、どうか在り処をご存知ならお譲り下さいませんか。ご存知でないのなら、私達に探させて頂けませんか」


 だが、心を込めた訴えかけに、王は唸り、無惨にもこう告げたのだ。


「馬鹿な女子達よの。光の玉など、伝説に過ぎん。その藍色髪の女子の手に持つそれは、ただの高価な宝玉じゃ。戯言をほざきおって。アドニスも格が下がったに違いないのう。……そんな御伽噺は要らぬ。下がれ下がれ」


 予想した最悪なパターンが的中してしまった、と、ビバリーは頭を抱えたくなった。

 何事も、そう上手く行く訳がないのである。


 アドニスのお墨付きがあるので些か安心してしまったが、国王がこのような事に心が動かされぬ石頭だという可能性も、充分に考えられたろうに。事実、昨日、そういう話を行商人どもから小耳に挟んだ気がする。ああ、しかしわかっていても他にやりようがないのだから悔しい。


「王様、ホントなんです。ホントに私達、守護獣と戦ったんです。これが五つ集まれば、世界は光に満ちるんですよ! どうか、お願いします」


 タムシンが叫ぶように訴える。

 しかし国王は鼻を鳴らすばかり。少女達の背後に控えていた黒髪の女性を指名し、命じた。


「その者達を引き摺り出せ。煩くて堪らんのでな。

 しかし一応はアドニスの使いじゃ。今すぐ城から締め出すのでは問題になりかねん。一日程度であればこの儂の城で滞在する事を許す。…………そなたら、くれぐれも妙な事はせぬように」


 黒髪の女性がビバリー達に近寄り、金髪の少女と藍色の髪の少女を軽々と両肩に担いだ。なんという力持ちなのだろう、ジタバタしているタムシンだが、離れられる様子もない。


「陛下……」


 失意に目を潤ませ、暗い気持ちでビバリーが呟いた。

 タムシンは女性の肩の上で喚き散らしている。


「王様、酷い、酷い、アタシ達、嘘なんてついてないのに。馬鹿、馬鹿、石頭、石頭野郎めっ」


 そのまま少女二人は、黒髪の女に担がれたまま王の間の外へ放り出された。




 その夜。

 少女二人は別々の部屋で寝泊まりを命じられていた。


 ビバリーは落胆のあまり抜け殻のようになりながら天を仰いでいる。何をする気も起こらなかった。


 これでもう、この旅はお終いなのか。

 せっかく世界を救う英雄になれる筈だったのに。せっかくみんな、光を見られる筈だったのに。自分の力不足で、この城の光の玉を手に入れず、おめおめと帰ってしまう羽目になるのか。


 不安が、悔しさが、悲しさが、怒りが、ビバリーの内で渦巻いていた。だが、彼女にはもはやどうする術もないのだ。彼女はただただ、唇を噛む他にできなかった。


 そんな金髪の少女の元へ、部屋をノックする音が響いたのはずいぶんと遅い時間になってからの琴田。

 こんな時間に一体誰だろう。ビバリーはだらりと横たわっていたベッドから身を起こし、よろよろと立ち上がった。


 ドアの外に立っていたのは、茶髪の少年だった。

 装飾の施された優美なローブを着込んで、大柄で、容姿は非常に整っていた。

「あなたは、どなたですか?」

 おずおずとビバリーが尋ねると、少年は胸を張って答えた。「俺は、この国の王子、ダニエルだ」

 思わず目を見開くビバリー。

 王子という事は、王太子にあたるだろう。何故なら、この国には一人の王子しかいないらしいからだ。

「私はアドニスの使者としてこの城へやって参りましたビバリーと申します。ダニエル殿下、何のご用でございましょうか?」ビバリーは思わず身を固くする。

「そんなに警戒しなくて良い。俺はただ、君と話したいんだ。ちょっと入れて貰って良いかな?」

 困惑するビバリー。だが、王子に悪意はないと見て、彼を通す事に決めた。

「どうぞ、お入り下さい」




 ベッドにビバリーと並んで掛け、王子は口を開いた。「親父から聞いたんだが、君ら、光の玉を探してるんだってね」

「そうですけど?」王子の意図が分からず、首を傾げるビバリー。

「なら、それをちょっと見せてみてくれよ」

 ビバリーは自分のリュックサックから二つの鉄製の箱を取り出した。「これです」

 蓋を開けて中身を見せると、王子は思わずといった様子で息を飲んだ。それ程、あの漆黒の宝玉は何者をも魅了する力を持つのだ。

「へえ。……、綺麗だ。確かに、伝説通りじゃないか」その瞳をビバリーに戻した王子は、彼女へ問い掛けた。「これをどうやって手に入れたか、話してくれないか」

 話しても、突き放されるだけかも知れない。諦め半分の心持ちで、金髪の少女はゆっくりと話し始めた。

 一連の事を話しても、心は痛まなかった。何回も話すうちに慣れてしまった事もあるが、自分の失敗で故郷を滅ぼしてしまった引き換えに、この世界を救う事ができるかも知れないという誇りのようなものがあったおかげだろう。

「魔術師アドニスに頂いたこの地図によれば、このお城に光の玉の一つが存在する筈なのです。しかし国王陛下には信じて頂けず、困ってるんです」

 信じてくれるだろうか。話し終えて、改めて不安になる。

 だが、王子は優しい声でこう言った。「大丈夫。俺は、君の話を信じるよ。……、力になろうじゃないか」

 その意外な王子の言葉に驚き、ビバリーは思わず目を見開く。聞き間違いかとすら思った程だ。「良いのですか」

「良いんだ」王子は疑り深い金髪の少女に笑い掛ける。「この世界に光が溢れるなんて、とても素敵な事じゃないか。……、君の事は気に入ったよ。君らの滞在は明日までだったね。是非、明日、一緒に探させて貰いたいんだが」

「無論です。ありがとうございます、ダニエル王子。ご協力、お願いします」

 そう言って、金髪の十三歳の少女と茶髪の十五歳の少年は微笑み合ったのだった。


 翌朝、清々しい気持ちで目覚めたビバリーは、王子に呼ばれて庭園へやって来た。

「やあおはよう。昨夜は眠れたかい?」ベンチに腰掛ける王子が笑顔で手を振って来た。

 ビバリーは彼に笑顔を見せる。「おかげで、よく眠れました」

「それは良かった」王子は安堵の表情だ。

 庭園は美しい花々が咲き乱れている。そこに気品のあるダニエル王子が佇む光景は、まるで絵のようだった。

 王子の隣に腰掛けて、それに見惚れているうちに、背後から荒い息の根が聞こえて来た。タムシンだ。彼女は藍色のおさげ髪を振り乱し、走って来た。「ごめん、遅れて」

「ううん、私もさっき来た所だから」言いながら、炎の虎に噛まれた足が上手く使えないおかげで目の前でずっ転ぶタムシンに苦笑するビバリー。

 王子がタムシンに手を貸して彼女を引っ張り起こし、彼女をベンチへ掛けさせてから、彼は口を開いた。

「それで、光の玉の在り処は分かっているのだろうか?」

「いえ。この城内にある事だけは確かなのですが、詳しい場所までは分からないんです」

 ビバリーの言葉に王子は唸り、それから仕方なしという風に言った。「城は広い。父上は莫大な資産を持っているからな。……、三手に別れて探そうじゃないか」

 頷くビバリーに反し、タムシンは不安そうな顔だ。「でも、怪しまれるよ? 王子様は大丈夫でも、アタシ達が城の中をうろうろしてたら何を言われるか、分かったもんじゃないし」

 ビバリーは驚いた。タムシンにしては、よく頭が回るものだ。彼女は一見馬鹿に見えて実は色々と考えているらしい。タムシンが言ったように、城内で容易にうろつけないのは自明の理だ。

 だが、彼からの提案なのだ、ダニエルがそんな事を考えていない筈がなかった。「これを受け取ってくれ」

 王子が手にしていたのは、二枚のサイン入りの紙切れだった。一枚ずつ受け取りながらも首を傾げるビバリーとタムシンに、彼は説明する。

「それは、俺のサイン入りの紙、まあ、ちょっとした通行手形みたいなもんだな。心配しないで良い、それを見せれば、父上以外みんな放っといてくれるさ」

 王子の説明に二人は納得。

「主に探す場所は、城内、地下、城の外の三つだ。さて、誰がどこを担当する?」

 王子の問い掛けに率先して手を挙げたのはタムシンだ。「アタシ、地下やりたい。一番人目に付かずにじっくり探せそうじゃん」

「俺は、城内にしよう。もし父上に見つかったとしても、言い訳が容易いのでな」

 となれば、消去法でビバリーは外回りに決定された。

 そして三人がベンチから立ち上がると、ダニエルがよく通る声音で言った。「では、それぞれ頑張ろう」

「頑張りましょ」ビバリーが頷く。

「絶対に見つけるんだから」タムシンは意気込み、満面の笑みで答えた。

 かくして、三人の少年少女は光の玉を探す為、芳しい庭園から散って行った。


 それから例の漆黒の宝玉を探し続ける事五時間。

 昼食を挟み、暗い外を懐中電灯で照らしながら探し続けるビバリーだったが、依然として成果は上がっていない。

 もうクタクタになり、彼女は溜息を吐く。そして犬小屋の前まで来て、愛狼の事を思い出した。

「アルフ、どうしてるのかな?」

 歩き疲れた足をどうにか動かし悪臭の漂う犬小屋へ入ると、そこには大型犬に混じってアルフの姿があった。

「アルフ。寂しくなかった?」

 ビバリーの姿を見るなりアルフは目を輝かせ、彼女に飛び付いて来た。

 その場に座り込み、愛狼の灰色の体毛を撫でながら、ビバリーは独り言のように呟く。「アルフ、もうすぐだから、待っててね」

 きっと、光の玉はこの城内にある。それだけは、間違いないのだから。

「じゃあ、また探して来るから。またね」

 アルフは寂しげに鳴き、ビバリーを、「気を付けて」とでも言いたげな目で送り出した。

 犬小屋を出て、ビバリーはもう一度溜息を吐いた。

 もう、全部探した筈だ。つまり、地下や城内にあるのだろう。ああ、疲れた。無駄骨だった。

 そんな事を思いながら懐中電灯で闇を照らすと、馬小屋が見えた。

 そうだ、馬小屋だけはまだだったんだ。

 思い出し、ビバリーは重い腰を上げる。無論期待薄だが、探してみない手はない。

 馬小屋はボロだったが、ビバリーの住んでいた家と大差ない造りであった。

 中へ入ろうとしたその時、二人の人影が。

 警戒するビバリーだったが、彼女の心配は無用だった。

 姿を現したのが、タムシンとダニエルだったからである。「あっ。二人とも」

 懐中電灯の光で照らされた二人は眩しそうに目を細める。

「ビバリー。こちらは収穫なしだ」悔しげにそう告げる王子。

 タムシンも真っ赤な舌を出し、無収穫だと告げる。「こっちもダメー。地下は可能性大と思ってたのになあ。残念。ねっ、ビバリーは?」

 その二人の残念な報告に肩を落とし、ビバリーは首を振る。「私もダメ。この馬小屋で最後だと思う」そして王子に目線をやり、「ダメだと思いますけど、一緒に入られますか、ダニエル王子?」と問うた。

「無論だ。行こう」

 ビバリーを先頭に、タムシン、ダニエルが彼女の後を追い、馬糞の悪臭で満ちた馬小屋の中へ。

 中には、白馬や茶色の馬が十匹弱詰め込まれており、その中に一頭だけいる、ツヤツヤと光る黒馬がこちらを睨んでいた。

 馬が犇めき合っている馬小屋の奥に光を向けると、小棚があった。

 これは期待大、そう思い、ビバリーは思わずその前へ駆け寄り、馬の餌などを腕一杯に抱え込んで中を漁りまくった。

「ああ、もうっ。ないっ、ないっ、ないっ」ビバリーは、彼女にしては非常に珍しく癇癪を起こして甲高い怒号を上げ、手当たり次第に探り回る。しかし、近寄って来たタムシンとダニエルと三人がかりで探しても、あの鉄製の箱を見つける事はできなかった。

「どうしよう……」タムシンが溜息を吐く。「城中探した筈なのに」

 酷く落胆し、馬糞まみれの馬小屋の地面に座り込んでしまったビバリー。

 自分達は一体どうすれば良いのだろうか。もう後数時間でこの城を退かなければならないのに、目的を果たせず帰ってしまわなければならないのだろうか。もしかすると、国王が隠し持っているのかも知れない。そうなればもう、絶望的ではないか。

 そんな事を考えながら、ぼうっと馬小屋の中を改めて眺め回していた彼女は、今し方退いた馬の下敷きになっていた、一枚の床板に目を止め、首を傾げた。「……?」

 なんだか、その床板が僅かに浮いている気がしたのだ。

 歩み寄り、馬糞がべちょりと付着した床板に手をかけてみる。やはり、ほんの少しだけ浮いていた。ビバリーはそのまま床板を勢いよく剥がした。

 タムシンとダニエルは彼女のその行動に目を釘付けにし、息を呑んでいた。

 床板の下には、鉄製の例のあの箱が収まっていたからである。

 なんという事だろうか。光の玉が、こんな糞まみれの馬小屋の床板の下にあったなんて、誰が想像できただろう。だがとうとうそれを自分は見つけたのだ、嬉しくなり、箱に手を伸ばそうとしたビバリーは、「何っ」タムシンの叫び声によって振り返った。

 見ると、こちらを睨み付けていたあの黒馬の額から、銀色の角がニョッキリと姿を現していた。馬は目を怒らせ、それから強く嘶いて、突然、その輝く角から暴風を吹き荒れさせた。

 三人は目を剥く間もなく軽々と吹き飛ばされる。馬小屋も同様に、こちらは木っ端微塵になって、中の馬どもと一緒に飛び散った。

 強く地面に体を打ち付けて、ビバリーは背後の城壁に体を凭れ掛からせ、ゆっくりと立ち上がって馬小屋の方を見た。

 黒い巨体の馬は、銀の角から竜巻のような暴風を発し、城をも破壊せんとしている。その凄まじい殺意、光の玉の守護獣に違いない。多分この城内に守護獣が存在するであろうとはビバリーも想像してはいたのだが、箱の在り処の事で頭が一杯になり、すっかり忘れてしまっていたのだ。

 馬小屋の跡地に優雅に立つその黒馬を、風の馬と呼ぼう。

 ビバリーと同じく、彼女と少し離れた城壁前に飛ばされて来ていたタムシンが、その胸からピストルを抜き出し、馬へ向かって数発打ち込んだ。ちなみに、弾丸は既にセンター島の港町で沢山補充している。

「当たれっ」

 叫び、彼女は弾丸を風の馬目掛けて放ち続ける。しかし、風に押し戻されて、勢いをなくしてこちらへ落ちて来るばかりだ。

 このままでは埒が明かない。そう思って王子はどこかと目を巡らせるビバリー。

 王子も遠くの城壁に凭れ、壁伝いにこちらへ近付いて来ようとしている。

 そんな騒動に反応して、兵士達がわんさかわんさかやって来た。そして、その凄まじい光景を見て、目を見張った。

 暴風が吹き荒れ、馬小屋や、その周辺の、犬小屋やら庭園やらが散り散りになっているのだ。

 ビバリーは少しアルフの事が心配になる。だが、すぐに意識を外してダニエルの方を見ると、彼も頷いて兵に命じた。

「城を守れ、戦え」

 その声に従い、一斉に大部分の兵が城を固め、残りの一部の兵が風の馬へ直撃して行った。

 と言っても、目を開けるのすら辛い暴風が吹き荒れる中なかなか進めはしない。大半は押し返されるばかりだ。それでも風の馬に接近した者は、「きぃっ」と奇怪な悲鳴を上げ、馬に咥えられ、そのまま守護獣の腹の中へ収まってしまうのだった。

 これでは歯が立たない。ビバリーは肩を落とした。彼女の武器はナイフだけで、この風では投げても届かないだろう。一体どうすれば、この守護獣を打破できるというのだろうか。

 攻防は長引き、戦況は悪化するばかりだ。

 城も風に吹き飛ばされて来た物によって硬い窓が破られ、突撃兵達は、食われたり、吹き飛ばされて頭を打ったり、風を駆使して粉微塵にされたりして、その命が次々と失われて行く。

 タムシンは銃を撃ち続けるも、虚しく、風の馬へ達する事はなかった。「ダメなのかっ。どうすれば良いんだろ…………」

 漸くビバリーの傍まで辿り着いた王子に、兵の一人が駆け寄って来た。「王子様っ、退避なされますようお願い申し上げます。このままでは……」

 無論、王位を継ぐ者である王子は戦場から退くべきだ。こちらから彼を巻き込んでしまったのだ、彼には戦う義理がない。だが、王子は首を振り、「俺は残る」と、キッパリと答えたのだった。

「この城すら守れないでどうやってこの国を守る事ができようか。俺も残って、戦うぞ。弓を持って来い」

「しかし。王子はあなた様しかいないのです。どうか、お城の中へ。陛下もきっと、それをお望みになっておられます」

 兵の必死な呼びかけに、だが、王子の決意は固く、もはや誰にも揺るがせられるものではなかった。

「早くするんだ」

 王子に言われ、仕方なしに兵士の一人が弓を取りに行き、すぐ戻って来た。「どうぞ」

 弓を受け取ったダニエルは頭を巡らせ続けている。今、矢を放ったとしても風に押し返されるだけだろう。だがこのままでは圧倒的にこちらが不利だし、時間が経つに連れ戦況はどんどん悪化するに違いない。多少の犠牲だなどと言えない命が失われるかも知れない。いくら考えても答えは出ず、城も徐々に倒壊へと近付いているのが目に見えて、王子は悲嘆したくなった。ああ、このままこの城は滅びてしまうのか。そう思い、祈るように夕刻なのに夜空のように真っ暗な天を仰いだ。

 そして、光の灯った城の塔の上の旗に目が止まり、彼はそれが不可思議である事に気付いた。

 旗が、ピクリともしていない。つまり、暴風の影響を受けていないのだ。であれば、上には風が吹いていないのだろうか。

 そう考え、その旗から少し離れた場所を飛んでいる一羽の鳥に目をやった。その鳥は、何の風の抵抗も受けずに極々普通に飛んでいたのだ。

 その事実を確かめた時、王子は、ある作戦が閃いた。

「ダニエル王子、どうしました?」

 ビバリーが不安そうに声を掛けると、王子はむしろ笑顔で、「良案が浮かんだ。ビバリー、君に手伝って欲しいんだ」と、静かな声音で告げたのだった。


 ビバリーは、王城のてっぺんの塔状になった展望台へと駆け上がっていた。

 中の螺旋階段を登り切り、息を切らして塔から懐中電灯で下を照らす。

 なんと高い事だろうか。思わず身が竦む彼女。だが、今が勇気の見せ所である。城壁前で未だ必死に戦っているであろうタムシンとダニエルの為にも、そして光の玉にの為にも、危ない橋を渡らなければならない。

 恐ろしい。だが、やめる気はなかった。

 右手にナイフを構える。そして、固く目を瞑り、唐から半身を出す。突き出した上半身が重く、恐怖を強く訴えかけている。しかしビバリーはそれを思い切って振り切り、下半身も塔から身を投げ出して、飛び降りる事に成功した。

 落ちる、落ちる、落ちる……。

 だが、風の影響を全く受けない。ダニエルの予想していた通り、風の馬より上にはあの体が引き千切れそうな暴風は吹き付けないのだ。

 真下に、黒馬が近付く。そして額から覗いている、城壁のランプに輝く角が見えた。

 落ち続けながら、右手をその角の真上へ持って行く。そして、彼女は見事に、銀の角を真っ二つに折って見せたのだった。

 戦場中から視線が集まる。

 風の馬は苦しげに嘶き、そこから発されていた暴風がピタリと止まった。

 そして地面へ体を叩き付けて死んでもおかしくない状態だったビバリーは、体を傾かせて悶える風の馬の柔らかい体毛の上に乗っかり、九死に一生を取り留めた。

 一瞬意識が遠のき、それからそれを呼び戻してピョンと跳ね起きてその場から退くビバリー。

 背後を見ると、歓声を上げた兵達に囲まれていた王子がしっかりと弓を引き、守護獣を射止めていた。

「うぐぐ」馬は唸り、それから、目から生気を失ってぐったりと地面に倒れ伏した。

 一段と大きな歓声が、その場を包んだ。

 ビバリーは風の馬の元へ駆け戻り、確実な死を確認しているタムシンの傍までやって来て、馬小屋の残骸の中を掘り漁る。

 無論、あの鉄製の箱を探しているのである。もしあれがあの暴風の中で破損などしていたら、話にならない。

 そして、ビバリーの不安は的中せず、箱は無事で残骸に埋もれていた。

 それを取り出し、箱に付着した物を払い落とす。それから、彼女はゆっくりと箱を開けた。

 中には確かに、誰もを魅了するあの漆黒の宝玉、光の玉が収められていた。それを見るとビバリーは喜びに包まれ、宝玉を抱え上げて叫んだのだった。「光の玉を手に入れたわ!」


 そうして三つ目の光の玉を手に入れたビバリーとタムシンは、城から帰る事になった。

 ビバリーは自分に充てがわれていた部屋で支度を終え、迎えに来るという城の従者を、用意を終えたからと意味もなく自分の部屋を出て来て隣で座っているタムシンと一緒に待っている。

 タムシンは新たな光の玉を手に入れた事にとても上機嫌だったが、ビバリーは、複雑な心持ちだった。

 まだ彼女達は残る二つの玉を求めて旅をしなくてはならない。だがビバリーは、ダニエル王子と別れるのが惜しくて堪らず、そんな自分の幼い感情に彼女は苦笑していた。彼は将来必ずこの国を司る王になるであろう王子なのだ。ただの十五歳の少年ではないというのに。

 ノックの音がし、驚いた事に、茶髪に豪華なローブ姿のダニエルが顔を出した。

「あっ。王子様」

 目を丸くする少女達に、王子は悪戯っぽく笑うと、「突然で悪いんだが、ちょっと、話したい事があるんだ」と言って、中に入って来た。

 予定では王子は出城の時に見送ってくれるだけという事になっていて、ここへ直々に来る事も、話をしたいというのも初耳だ。

「それで、何のお話ですか」

 首を傾げながらも話をできる事が嬉しく、笑顔で尋ねるビバリーに、王子は驚きの言葉を口にした。

「なあ。俺も、君らの旅に一緒に連れて行ってくれないか?」

 ビバリーは目を剥き、そんなつもりはないのに叫んでいた。「いけません。あなたは王子となられるお方です。私達の、とっても危険な旅になど、お連れできません」

 ビバリーの叫びに、だが王子は強く首を振り、こう訴えかけた。「俺ら、一緒に戦った中だろ? 俺も、君らの手伝いがしたいんだ。……、いけないかい?」

「良いんじゃない、行きたいんなら」しばらく考えた後、笑顔で、「だって王子様、強いんだし。それに私、王子様の事気に入っちゃったし」と気楽な調子で許してしまうタムシン。「王子様がいれば百人力だよ」

「でも、私達の危険な旅に、あなたを付き合わせるような事は許されないよ。私だって、あなたと旅がしたい。したいけど、ダメなの……」知らず、意味の分からない涙が、次から次へと伝い始めていた。

「君までそんな事を言うのかい?」王子は悲しそうな顔でビバリーに手を差し伸べ、「これは俺の独断だ。父上は許さないに違いない。でも、俺だって、世界を救いたいし、君らと一緒にいたいんだよ」

 何故、そんな甘い言葉に心を動かされてしまったのだろうか。それは、ビバリー自身にすら分からない。分からないが、彼女は王子の手を取り、強く握り返してしまっていたのだった。

「あ……」その事に気付き、思わず小さく声を上げるビバリー。

 王子は笑って、「ありがとう。許してくれて」と手を握り返してくれたのであった。


 王子脱出計画の内容はこうだ。

 まず、従者が来ないうちに王子にアドニスから貰った変身薬を瓶の半分飲ませ、お金に姿を変えて貰う。

 そして呼びに来た従者の黒髪の女性に何気ない顔でついて行き、城門間際まで到達。

 アルフを返して貰い、荷物のチェックを終えるとそのまま城から出して貰う。そして三十分も経てば王子の体は元に戻るのだ。

 そして三人の少年少女の悪巧みは、何の滞りもなく確実に実行された。

 かくして現在、城下町で買った洋服に身を包み、見た目から豪華さを消した王子と一緒に、タムシンの運転する船に乗り込んで、センター島の東の彼方、イース島を目指している。

 残る光の玉はあと二つ。

 まだまだ大変な事はいくらでもあるだろう。

 だが、新しくダニエルを仲間へ迎え入れたビバリーの心持ちは明るかった。

 それはダニエルがいればどんな苦難も乗り越えられるのではないかという、彼女にしては根拠のないあまりに楽観的な意見からだった。

 これからも、どんな苦難をも乗り越えて、頑張って行こう。

 そう思いながら、船の自室でゆっくりと眠りに落ちるビバリーなのだった。


挿絵(By みてみん)


(五章 挿絵)


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