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サラリーマン、高校生になる。 〜25歳サラリーマン、不可抗力で高校生に取り憑いたので社会のノウハウを活かして青春謳歌〜  作者: ミソネタ・ドザえもん
僕は決別してしまった。そして……

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ねえ、先輩?

『ねえ、鈴木君』


「○○製作所、か。こてこてのプレスメーカー。僕は元々、そこの生産技術だったのか」


 夜七時。

 今や記憶の断片程度しか残っていなかった当時の僕の職業。安藤姉から送られてきたメールを見ながら、僕は覚えのない企業名を頭に記憶した。

 インターネットで検索をかけると、件の企業が所謂BtoBの中小企業であることを知った。取引先には国内有数の自動車メーカーの名前が多数記載されている。

 

『構って、鈴木君』


「社長も専務の名前も覚えがない。本当、僕はこの会社に勤めていたのか?」


 思わず頭を掻いた。いつからかそうだったが、この姿になってから、当時の記憶が酷く不鮮明だ。正直、急に出てきた企業に元々勤めていたと言われても、実感が持てなかった。


『寂しい。寂しくて死にそう』


「構ってちゃんだなあ、もう」


『ごめん! 寝てた!』


 すっかり人が変わってしまった白石さんに、僕は嘘を書き込んだ。


『昨日もこの時間にはもう寝てたわね。早寝早起き、とっても良いと思うわ』


『ありがとう!』


『で、本当に寝てたの?』


『勿論さ!』


『嘘。今あなたの家の前よ』


「うっそだろ、おい」


 僕は慌ててカーテンを開けて、下を覗いた。そこには誰もいなかった。

 どうやらカマをかけられたみたいだ。安堵を覚えた僕の背後で、スマホが鳴った。


『これに懲りたら、もう少し構って。そんなに夜更かしもさせないから。お願い』


『はい。ごめんなさい』


 どうやら僕は、すっかり彼女に飼い慣らされてしまったようだ。

 多少の申し訳なさと、彼女への愛らしさと、身に及びかけた危険に、調べ物をする気はすっかりと失せていた。安藤姉との約束まで後四日はあるし、多少は気を抜いても大丈夫だろう。

 これ、失敗するパターンの思考だー。


「とはいえ、とっかかりもないしなあ」


 件の中小企業のHP。企業紹介の役員一覧には、まったく知らない名前が羅列されていた。何もわからない。覚えてないこの状況では、正直とっかかりも何もあったもんじゃない。


『ねえ、白石さん』


『何? 愛しの鈴木君』


 愛しはわざわざ付ける必要ねえ。思わず頬が染まった。


『君、小泉太一って知らない?』


 何も考えずに書いてから、悔やんだ。

 情報社会の昨今、名前一つで僕が何を調べているかなんて、筒抜けではないか。

 というか、そもそも彼女が件の企業の社長を知るはずもない。


『知ってる』


「だよなー」


 僕はうな垂れた。


「……えっ!?」


『知っているの?』


『うん。パパが一時期、よくその人の名前を口にしていた。というか、愚痴ね』


 白石さんのパパさんか。確か、海外出張中の。


『あんまり大きな声で言えないのだけれど。パパ、ある企業でワゴン車の先行開発をしているの』


『へえ、それの業務繋がりで海外出張しているのか』


 というか、ここまで帰ってこれないとなると最早転勤だな。


『えぇ。元々ウチのパパ、ワゴン車の開発職に携わりたくて今の会社に入ったのだけれど、最初の方からずっとセダンの開発でね。ワゴン車の開発は念願がようやく叶ったってわけね。それで、その時よくその名前を愚痴っていたわ』


『ということは、小泉さんは元々その車メーカーの人だったのか』


 ……待てよ。

 何故そんな人が今、中小企業の社長なんかしているのだ?


『ねえ、白石さん。その話もう少し詳しく教えてくれない?』


『しょうがないわねとくべつよ』


 白石さんからは、ものの数秒で返信が来た。


********************************************************************************


「さ、行きましょうか」


「はい」


 安藤姉とは週刊誌の出版社の前で待ち合わせをした。ここに来るまで、というか、いつかの喫茶店以降、すっかり僕達の、というか安藤姉の鈴木熱は消え去っていて、まるで恋心が冷め切ったカップル同士の会話のように、殺伐とした業務連絡だけを行う日々が続いていた。

 ただ、これで良かったのかもしれないと思う心がないわけでは、なかった。


「すいません。十一時からテライさんと予定がある安藤です」


 安藤姉は、受付嬢にこなれた態度で面会の予定の説明をしていた。まあなんというか、こういうところは彼女が社会人であることがわかる。

 受付嬢に案内されるまま、僕達は面会用のブースに通された。


「お待たせしました」


 しばらくして、ボサボサ髪の人の良さそうな兄ちゃんがブースに入ってきた。随分と腰が低い。

 僕達は二人して立ち上がった。椅子から少しだけ離れて、広いスペースで名刺交換を行った。


「すみません。実はまだ次の仕事が決まっていなくて」


 適当に、僕は嘘を吐いて苦笑した。


「そうですかそうですか。それはお気の毒に。寺井です」


「頂戴致します」


 それなりに有名な出版社の寺井さんの名刺は、少しだけ角が折れていた。


「どうぞ」


「ああ、失礼します」


 二人で椅子に再び腰をかけると、座り終わる頃に寺井さんも向かいの椅子に座った。


「それで、安藤さんから電話で軽くお話は伺っていますが……」


「はい。彼の死のことを記事にしてほしいと思っています」


 証明写真のようなぶっきらぼうな顔の僕の写真を、安藤姉は取り出した。

 写真映り悪かったんだな、僕。少しだけ恥ずかしくなった。


「お二人の同僚さんですか」


「元、ですけどね。彼の死もあって、私達は会社を辞めました」


「なるほど。お気持ちをお察しするのですが、具体的にはどんなことが?」


 安藤姉は、当時の会社の職場状況を淡々と説明した。

 終電で帰ることは当たり前。上司は下っ端に仕事を押し付けることは当たり前。更にその上も、何か問題があれば下っ端社員の評価を容赦なく削っていく。


 まあ言ってしまえば、どこまでいってもありきたりなブラック会社であった。

 そんな企業が蔓延していることに辟易としているものの、やはり事態が僕達の望む方向に進むには、少しばかりこれだけだと材料不足は否めなかった。


「うーん。なるほどねえ」


 それは寺井さんも思っていたようで、少しだけ難色を示す顔になっていた。


「どうでしょう、引き受けてもらえませんか?」


 安藤姉が言った。


「えぇと、そうですねえ。……安藤さん、鈴木さん。正直に申します。今のままだと、協力するのはかなり難しい」


「何故?」


「ごめんなさい。やはり我々も仕事なんです。正直今のままだと、記事にするような優位性は見つけられなかった。お二人の憤慨するお気持ちもわかるんですが……。でも、ごめんなさい。これでは駄目です。記事にしても、お二人が願うような成果は多分、得られない」


「それじゃあ、先輩の命は無駄になるってことですか?」


 安藤が憤慨そうに言った。

 ようやく僕は、彼女がどうして今回の僕の話に乗ってくれたのかわかった。清算とは、どんな意味か理解した。

 僕には、僕の体の死の。鈴木高広の死の真相を暴きたいという目的があるように。

 彼女には彼女なりに、今回目的があってこの場に望んだのだ。多分それは、当時の僕を救えなかったせめてもの償い。件の中小企業への報復だったのだろう。


「言いたいことは、重々理解します。でも、こちらが仕事であることも、どうか理解頂きたい」


 寺井さんのいうことは、至って真っ当だ。

 彼の仕事は、人々の心を揺さぶるような記事を書くことにある。たかが一般人の。たかがサラリーマンの死。昨今では珍しくないその死で、果たしてどれだけの人の心が揺さぶられようか。


「寺井さん。実はもう少しだけ、補足で話したいことがある」


 僕は言った。命の付加価値。僕のそれはあまりにもちっぽけである。この場で証明された事実。

 だったら僕は、僕の命に付加価値を求めない。


「小泉太一。この会社の社長です」


 僕は地位のある人間の名前に、活路を見出そう。


「彼、実は一昨年までこの企業の役員でした」


 僕は机に、有名企業の頭文字をなぞった。


「へえ」


「あなたもご存知だと思いますが、かの企業は大企業だ。中小企業のように、役員の数も知れているわけではない。たくさんの役員がいて、その中で小泉氏はあるセダンの開発・営業責任を担っていた」


 そのセダンの名前を口にすると、寺井さんは聞いたことがある名前だったようで、唸っていた。


「僕も前世代のそれに乗っていますよ。いやあ、十年来のお供になっています」


「ですがそのシリーズ、実は去年廃止されたことをご存知ですか?」


「そうなんですか」


「えぇ、あなたが乗っているその次の世代が大コケしてね。その時の開発・営業責任を担っていたのが、件の小泉氏です」


「なるほどね」


 言いたい事を理解したのは、僕の続きを待たずして、寺井さんは吟味を始めた。

 ただ僕は、構わず続けた。


「勿論、シリーズ廃止の責任を彼は取らされ、失墜。その時丁度、彼をヘッドハンティングしたのが、この中小企業だったわけです。当初は役員として入った彼ですが、実に見事に、その手腕を使ってのし上がっていき、今年には社長に就任。ただ、ある犠牲を払ってね」


「それが、彼の死、ということですね」


「はい」


 ただこれは着色したストーリーに過ぎない。安藤姉の待遇を聞いていても、恐らく小泉氏が社長に就任する前から、現場レベルの人間のオーバーワークは後を絶っていなかったのだろう。

 しかし、小泉氏への同情はない。彼の仕事は、会社の発展もそうだが、従業員の職場待遇改善も重要な責務だったのだから。それを果たせなかった彼は、断罪されても文句はいえない。


「わかりました。引き受けましょう」


 僕は安堵を悟られないように、少しだけ微笑んで頭を下げた。


「ありがとうございます」


「こちらこそ。よろしくお願いしますよ」


 そうして今後の打ち合わせを少しだけ寺井さん含め三人でして、その場はお開きとなった。


********************************************************************************


「鈴木君。よく調べてきていたね」


 すっかりと日が暮れるのが早くなった。帰り道、繁華街を喧しい歩いていると、安藤姉が言った。


「まあ、これは僕の弔いであったわけなので」


「それに比べて、私は熱くなっちゃった。ごめんね」


「いえ」


 その気持ちだけで、嬉しかったよ……。


「寺井さん、そこまで悪い人でもなさそうだし、トントン拍子に話が進みそうだね」


「はい。良い人に当たってよかった」


 同情意見は一切持たず。客観的にその話が金になるかだけを、寺井さんは見ていた。そんな寺井さんの御眼鏡に叶ったのだ。きっとうまくいく。


「巻き込んでしまって、ごめんなさい」


 僕は安藤に頭を下げて謝った。

 でも、こうするしかなかった。週刊誌に当時の職場風景。人間関係を語れるのは、あの場にいた記憶が鮮明な彼女だけだった。


「いいよ、そんなの。私がしたことは微力だもの」


「そんなこと」


 そんなこと、ない。

 彼女にはいつも助けてもらってばかりだった。彼女がいたから僕は僕の体の死を。鈴木高広の死の真相を探れるのだ。


「きっと、彼も報われますよ」


 他でもない、僕が今報われている。

 彼女に。彼女のしてくれたことに。


 僕は報われたんだ。

 そんな彼女に、僕が報いないでどうするのだ。


「そうかな」


「そうだよ」


「そっか。そうだよね……。




 ねえ、先輩?」


「うん。勿論だ」


 ……僕は今、何かを間違えた気がする。

 僕は振り返って、安藤を見た。


 彼女は。

 安藤は……。


「やっぱり……」


 泣いていた。




「先輩だったんだね」


 そして、微笑んだ。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 白石さんかわいいと思っていたらとんでもない鬼引きで続きが気になりすぎて夜も眠れない! 続き楽しみにしております!
[一言] ええ、正体がばれた!! 続きを楽しみにしています!
[一言] 毎日更新楽しみにしてます。 頑張ってください!
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