ドライブレコーダーには、僕がいた
なし崩し的に生徒会に入閣してしばらく経った。
いつかのメンヘラ状態から脱却できた僕であったが、最近別の悩みが出来始めていた。
「鈴木君、一緒に生徒会室に行きましょう」
それは白石さんの距離が途端に滅茶苦茶詰まったこと。
彼女曰く、『お互い好き合っているのに、遠慮する必要はない』とのこと。
まあ僕とて、一度は拒絶をした身。さすがにそれは、と何度か彼女を突いてみたのだが、
『なら、早く決めて頂戴。ヤキモキさせているのはどっち?』
と彼女に正論で切れられて以降は、何も言えなかった。さすが白石さん、パワープレイに優れてる。
そんなわけで、今日も僕達は二人そろって生徒会に向かっていた。
すっかり外は冬模様で寒い日が続くというのに、クラスメイトからは『お暑いね、ベイビー』なんてちび○子ちゃんの花輪君みたいな台詞を毎日のように吐かれている。
正直、恥ずかしい。けど、僕のせいなので何も言えないね、ベイビー。
「で、今日は何をするの?」
「来週から、交通安全週間でしょう?」
生徒会室のストーブを点けながら、白石さんは言った。わざわざ椅子を僕の隣まで持ってきて座る姿は愛らしさしかない。
こういう露骨な行動も、彼女曰く『早くあなたが決断出来るように』とのことらしい。本当、良い子ね。君。いつかツンツン女とか言ったこと、正式に謝罪します。今はデレデレ女だもの。
「で、その交通安全週間に何をするの? ネズミ捕り? 覆面パトロール?」
あまり評判のよろしくないどこかの県警が躍起になってしてそうなことを述べたが、
「ぶっぶー」
白石さん曰く、外れらしい。
「じゃあ、ポスター作りとか」
「定番ね。でも外れ。……あ。ぶっぶー」
「思い出したかのように言わないでいいから」
「あら、そう? 界隈ではギャップ燃え? が流行っているそうだから、試してみたんだけど」
なんだかファイヤーしてそうな字面だな。
「可愛かったけどさ。真面目な話の途中でしょうに」
「か、かわ……ま、まあいいわ。で何をするかだったわね」
「そうだね」
そういえば、副会長とかはまだ来ないのだろうか。職務放棄とはいただけない。
「副会長達は来ないわ。今回はすぐ終わるだろうからって、呼ばなかった。これで二人っきりね」
「へえ、そうなんだ。そうだね」
感覚が麻痺し始めているが、突っ込みどころだったのだろうか?
具体的には、ナチュラルに心を読まれたところとか。え? そこでもない?
「さて、で、何をするかだったわね。実は、今回はポスター作りではなく、資料を作ろうと思っています」
「へえ、それを全校生徒の前で発表して、我が校ではこんなことをしましたよって警察庁にでも発表するのかい?」
「えぇ。ポスターよりもその方が、全校生徒で認識を共有出来るでしょう?」
「確かにね」
僕は頬杖をついた。
「であれば、どんな風に資料を纏めるかだね。皆の興味を交通安全に引きつつ、こんな危険なことがあるから注意しましょうって感じかな」
「そうね」
白石さんが頷いた。
「で、鈴木君に見てもらいたいものがあるの」
「見てもらいたいもの?」
白石さんは頷いた。
「びっくり系の動画だけど、大丈夫かしら」
「まあ、それなりには」
「そう。良かった」
そう言うと、白石さんは持参していたノートPCを開いて、SDカードを差し込んだ。そして、僕の制服の裾を摘んだ。
いや、君がびっくり系駄目なんかい。
動画が始まった。車のフロントガラスからの車窓が流れ始めた。車の走行音と共に、車窓の風景が移り変わっていく。どうやらこれはドライブレコーダーの映像のようだ。
「これは?」
「ほら、いつか言ったじゃない。入学式から三日間は、親の運転する車で送り迎えしてもらったって」
「そういえばそんなこと言っていたような」
何分、あの時は放心している時間も多かったし。あったようななかったような。
「それで、これは丁度入学式の翌々日。その時の映像なの」
「へえ」
ん?
交通安全週間で使えそうなドライブレコーダーの映像?
それってつまり……。
僕の予感は的中した。
丁度視界の悪い住宅街の十字路で、高い塀の向こうからスーツの男が飛び出してきた。車は急ブレーキを踏み、必死に停止しようとしていた。幸いにも車と男が衝突することは避けられたようだ。
しかし、男は車に気付くと怯えた表情をして仰け反って転げていた。そのまま、車の方をしばらく呆然と見て、怯えた顔で走り去っていった。
「どう? さすがに、ここでバッチリ顔が映っているから、それはモザイクをかけないとだけど。これを資料の最初に流すのはどうかしら。それで、こういう見通しの悪い十字路での横断は十分に注意しましょうって感じで資料をまとめようと思っている……んだけ、ど」
白石さんの言葉は、僕の耳に届いていなかった。僕は、口をあんぐりと開けてPCに映る映像を巻き戻していた。
そして、仰け反った男の顔が見えたタイミングで映像を止めて、凝視した。
……間違いない。
間違いようがない。
これは、僕だ。サラリーマン時代の、僕だ。
いいや、違う。
白石さんはこの映像は入学式の翌々日の映像だと言っていた。
つまり、四月八日。その日にこの体に入っていたのは、僕ではない。
その日、僕の体を使って自殺した鈴木高広だ。
でも、おかしい。おかしいではないか。
今、映像に映る彼は、まるで何かに怯えるような顔だった。恐怖に怯えて、今にもその場から逃げ出したいような顔だった。
果たして、これから自殺しようとする人がこんな顔をするのか。
『おじさん……』
いいや、していない。していなかった。
あの日、僕と彼が線路に落下したあの日。
彼はもっと呆然と、無気力と、絶望に駆られた目をしていた。
……も、もしや。
もしや、彼は。
鈴木高広は自殺する気はなかったのか?
『P.S.
もしこの体を手に入れた人がいたのなら。
この壊れ果てた体。好きに使ってくれて構わない。
あるのはただ絶望だけだから。
雨が降れば肩が痛くて碌に眠れない。老婆のように、肩を思い切り上げられない。リハビリはただただ辛い。
そんな壊れてしまったガラクタ、こっちから願い下げだ。
そして、俺の後を追ってほしい。
俺が自殺したことが正しかったと、周囲に、何よりあなたに証明させたい。
それでは、素晴らしいほどに哀れで惨めな人生を』
そうだ。そうではないか。
あんな文。
あんなの、死に際に自分の絶望感を皮肉った彼の自虐じゃないか。普通に考えて、他人と体が入れ替わることなどあり得ない。あり得ないからこそ彼は、あえてそんな挑発的な文面を遺書に記したんだ。
その証拠に、彼は文面にこうも綴っていたではないか。
『誰かにこの絶望の人生を変わってもらえないか、と。その人の素晴らしく輝かしい人生を代わりに俺が送って、その人には絶望と虚無しかない俺の人生を代わりに送ってもらう。
そんな空想物語を何度思ったかわからない』
彼は、他人の人生を過ごすことを願っていたじゃないか。
他人の体でも身投げするだなんて、そんなこと初めから書いてなかったじゃないか!
どうして彼は死んだんだ。
どうして。どうして……。
探る術はないのか。
何とか。
何とか、彼の死の真相を探る術はないのか……!
「す、鈴木、大丈夫?」
「え、あ……」
必死に考えるあまり、僕は随分と険しい顔をしていたようだ。
心配そうな白石さんを見て、僕は大きなため息を一つ吐いた。
「大丈夫。大丈夫だよ。ごめんごめん」
「肩、痛んだの?」
「いや……まあ、そんなところ」
「もう、あんまり心配かけさせないで」
誤魔化すように、僕は笑った。
「まったく。そろそろ期末テストなんだから、ちゃんと体力はつけないと駄目よ?」
「え、何で?」
たかが期末テストで。
「あら、すっかり克服したの?」
「何を?」
「何をって」
白石さんは眉をしかめて続けた。
「安藤一家よ。いつも丁重に扱われすぎて、テストが終わる頃には酷く疲れているじゃない」
……あ。
そうだ。
そうだった。
一人、いた。いたではないか。
「お姉さんは仕事で一人暮らししているみたいだけど。それでも後二人いるんだから」
「うん。そうだね。ありがとう」
安藤姉。
サラリーマン時代の僕の後輩で、昔の僕との縁がない今の僕の、唯一の相談役。
その晩、僕は早速安藤姉に電話をかけた。
今週の日曜日に、早速僕は、久々の再会を果たす約束を取り付けた。
伏線回収きもてぃぃぃぃぃぃ!
そんなことはともかく、この回の序盤の展開は、本作で初めてラブコメをしている気がしたよ。
タグ回収。やったね!