少女の変貌
『お疲れ様』
グループチャットに白石さんから送られてきた画像が届いた。開いてみるとそれは、四着のドレス。いつかの岡野さんの描いた構想通りの衣装の出来に、僕は涙を禁じえなかった。
『疲れたわ』
僕のメッセージに反応するように、白石さんのメッセージは続いた。
『鈴木君、まだ寝ていないのね』
『心配で電話しようか迷ってた』
『sou』
なんでアルファベットで送ってくるのか。間違えるほど、疲れているのか? まあ、そうだよなあ。
昨日一昨日と彼女達は徹夜だったのだから。
衣装作りはある意味当初の予定通り、予定通りに進捗出来ることはなかった。文化祭前夜にあたる今日から、だいたい二週間前にかけては、彼女達はいつも忙しない様子でさっさと裁縫にあたる日々が続いていた。
『鈴木君もありがとう。すっかりクラスの方はまかせっきりになってしまった』
『いえいえ。このくらいお茶の子さいさいだよ』
白石さんがクラスのとりまとめを行えなかった影響で、クラスの出店の準備は僕主導で実施された。こちらはほぼ滞りなく準備は進められた。まあ、人手を要する場面がほぼほぼなかったからね。
『もうちょっと追い込めたと思うと悔しいよー』
と岡野さん。
『皆、ありがとう』
そして、山田さんがメッセージを送った。
『山田さん、明後日には大舞台が待っているんだから、夜更かしはまずいよ』
諭すように僕はメッセージを送った。
山田さんからの返信はなかった。寝たのかもしれない。
『山田さん以外のバンドの子は寝てしまったのかしらね』
『いの一番に喜んでほしかったよねー』
白石さんと岡野さんがメッセージを送りあう。君達、今白石さん宅で一緒にいるのだろう? わざわざメッセージを送らずに口で話せよ。
『まあ、あの子達は意外と図太いからね』
『心配なんてどこ吹く風なんだろうねー』
『当人達が寝ているのにそういうのはやめれ』
『大丈夫。怒られるのは鈴木君だもん』
白石さんがメッセージを送った。
いやいや、僕宥めている立場だろう? なのに叱られるはずは……。はずは……。
『確かに』
悩んだ末、僕はそうメッセージを送った。
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文化祭初日は、僕達の期待通りに、十月初旬であるにも関わらず、額に汗を掻くほどよい暑さの日だった。
通学路。いつもはその日の授業を憂いてつまらなそうにしている生徒達にも、今日ばかりは笑顔だとか、活力だとか、とにかく活気付いているところが散見された。その活力を日頃の授業にも見せた方がいいぞ、なんて思っているが、年甲斐にもなく僕も沸き立つ感情が抑えられない一人であった。
昨晩夜更かししたせいで寝不足気味だった僕は、いつもより遅めの時間に学校に到着した。靴を上履きに履き替えて、教室に入ると、既にクラスメイト達はほとんど集まっていた。
「おっはよう!」
安藤さんが一段と元気に僕に話しかけてきた。
「おはよう。元気だねえ」
「うん。やっと文化祭なんだもん」
辛い練習を必死に耐えて、来る文化祭のために努力を惜しまなかった彼女にとって、今日という日を迎えられたのは誇らしいことだったであろう。
「鈴木君、衣装が心配でなかなか寝れなかったんだね」
悪戯っ子のような笑顔で、安藤さんは言った。
「君のための心配でもあったんですが」
「あたしは心配してなかったよ。皆なら絶対なんとかしてくれると思ってた」
アハハ。他人をそこまで信頼出来るのは、正直尊敬に値するよ。
「なら、ちゃんとお礼言っときなよ。白石さんや岡野さんや堀野さんに」
「勿論。もう言ったよ」
「そっか」
僕は左後ろを見た。白石さんは、少しだけうつらうつらしていた。本当、お疲れ様です。
……あれ。
「そういえば、山田さんは?」
「瑠璃ちゃん? そういえば、遅いね」
未だ姿を見せない山田さんを心配をしていると、チャイムが鳴った。
「おい、遅刻じゃん」
チャイムが鳴り終わると同時に、
ガラガラッ!
山田さんは教室に飛び込んできた。目の下には隈が見られた。
「遅かったね、ルリー」
山田さんは席に着くと、周りの女子に遅刻を茶化されていた。苦笑しているが、なんだか覇気を感じられない。
大丈夫だろうか?
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文化祭の開始宣言を聞くために、僕達全校生徒は体育館に集まっていた。
開会式。生徒会長、校長、そして文化祭執行役員などの挨拶をしばらく聞いて、ようやく始まった文化祭。
まずは文化祭執行委員と生徒会主導の催し物が行われた。
今年一年の学校の歩み、だとか、文化祭で各学年毎に売り上げ順位を競う、だとか、お茶らけたレクリエーションの時間だとか。お堅い話からおふざけまで。時間を忘れて楽しめた。
そうして、少し早めの昼食を取るために僕達は体育館を後にした。昼食、といっても、出店が執り行われていることは学校生徒の周知だったので、ここで食事を取る人はごくわずかだった。
「山田さん」
そんな自由時間、僕は朝様子がおかしかった山田さんの状態を案じて、話かけた。
「鈴木か」
憔悴気味な山田さんに、思わず心配してしまう。顔色も優れていない。
「大丈夫かい。具合悪そうだけど」
「大丈夫。ちょっと緊張しているだけ」
緊張か。まあ彼女は、他のバンドメンバーと違い、誰かに気持ちを打ち明けるために演奏するのだ。緊張も人一倍あるだろう。
「ごめんね、余計な心配させて」
「え?」
「いつもはあんなに強気なのに。直前にこんなの……あたし、いつもこう。緊張しいだから普段は強気な態度を示すだけ。皮を被っているだけなの。弱気な自分を隠す皮を。でも、土壇場でいつもそれが剥げてしまう。本当に、自分が嫌になる」
どうやら相当参っているようだ。自分の胸中をここまで吐露する彼女は、今日まで見たことがなかった。
あまりの変貌ぶりに僕が言葉を発せられないでいると、
「瑠璃ちゃん。ご飯食べよ」
「茜」
安藤さんが助け舟を出してくれた。そして、ウインクをされた。何だ。誘っているのか?
あ、違うか。どうやら、山田さんの事は任せて、という意味だったみたいだ。察しが悪くてごめんなさいね。そのまま二人は、廊下の角を曲がってどこかへ行ってしまった。
「山田さん、大丈夫そう?」
どこからか僕達のやり取りを見ていた白石さんが歩み寄ってきた。
「いやあ、あれはやばそうだ」
あの変貌ぶりを見ると、正直楽観視は出来そうもない。
「何とかフォローしましょう」
「そうだねえ」
フォロー、か。ただそれも正直難しいな。ここまでくれば、もう僕達が彼女に出来ることは限られている。
「それより、君もあんまり寝ていないんだろ?」
そういえば、白石さんも昨日は随分遅くまで衣装作りに明けこんでいたな。彼女も労われて然るべき人だ。
「大丈夫よ。四時間は寝たから」
「その前の二日間はほぼ徹夜だろ?」
まったく。強がるなよ。余計心配になる。
……あ。
「ほら、髪に寝癖が付いてる」
そうお節介を焼いた僕は、彼女の髪を手櫛で数度撫でた。
「え」
「え……あ」
手櫛が止まった。僕の顔は、まるで熱湯で茹でられる蛸のように見る見ると赤くなっていった。
条件反射で手を除けて、
「し、失礼しました」
僕は謝罪した。
「だ、大丈夫。悪い気はしなかった」
「なら、良かったです」
気まずい空気が流れた。
「おーい、鈴木君。白石さん! そろそろ準備しなきゃ」
岡野さんに呼ばれ、僕達は互いに頬を染めたまま、教室に戻った。本当に嫌な思いをさせなかったのだろうか。不安に駆られて、一度白石さんを見た。視線があった。
僕達はもう一度頬を真っ赤に染めて、そっぽを向き合った。




