情に訴えて、利益があると思わせる
七時間目、ロングホームルーム。
まずは二学期最初のロングホームルームということもあって、学級役員から決めることとなった。
「じゃあ、クラス委員は白石でいいなー」
自薦で、白石さんが二期続けてのクラス委員となった。そして、クラス副委員は、
「え、また僕?」
やれやれまったく。また僕か。やれやれまったく。
正直、少しだけ嬉しい。こうしておけば、また数ヶ月はクラス活動で白石さんと一緒に行動出来る。
て、ああ。本当にやばいなあ。自分が二十五歳であることを、思わず忘れそうになってしまった。ただ、それ抜きにしても少しまずい発想な気がする。学生時代の恋愛経験のなさが、悪い方へ向かっている気がする。
「さて、じゃあ後は二人、よろしくー」
担任の須藤先生は、さっさと休みたかったのか、クラス委員が決まるやいなや教壇を降りて、先生の机に戻ってしまった。小テストの答案を引っ張ると、採点を始めた。どうやら内職しながら事の成り行きを見守るらしい。
「それじゃ、早速他の委員も決めましょうか」
さて、ライブを成功させるに向かっての第一関門が、早速目の前にやってきた。それは、バンドメンバーが絶対に文化祭執行委員にならないことだった。
バンドメンバーがライブを実施しようとしているのは、勿論文化祭。同じ場所へ向けて行動をする文化祭執行委員になどなってしまったら、練習に手が回らなくなることは必至。
が、この関門はきわめて低いハードルと言えた。こういう時、自発的に委員に収まっていく生徒は少ないからだ。皆楽な委員、楽な委員へと流れていくのは必至。
「まずは、クラス委員書記ね」
「はいはいー、あたしやるー」
安藤さんが挙手をした。
逆を言えば、そこそこ忙しい、もしくは面倒臭い委員には誰も所属したがらないわけで、うってつけはクラス委員関係だった。皆がクラス委員を疎む理由は恐らく、一学期に地域活動とか言って小学校に乗り込んだりしたからだ。
前期同様、白石さん、僕の体制で取り仕切られるクラス委員は、厄介事がいつどんな拍子で訪れるかわかったもんじゃない。平穏無事を祈る学生諸君にとっては、荒波で彷徨った難破船の如く、是非避けれるものなら避けたい道なのだ。
そうして無事、二学期のクラス委員の面子がバンド関係者に固まった。完全なるお友達内閣である。舞台が違えばスクープ記者にすっぱ抜かれて叩かれそう。
そうして全ての学級委員が決まり、ロングホームルーム終了まで残り十五分と迫った頃、白石さんが一つの話題を出すのだった。
「皆さん。早速ですが、十月に迫った文化祭のことで、一つ相談があります」
「相談?」
「文化祭楽しみだねー」
ちなみに、今回もクラスメイトへの説明は白石さんが執り行う。理由は、彼女の強い希望であった。
『前回は駄目駄目だったから、今度こそ成し遂げたいの』
反骨精神の強いお人で。
特に異論もなく、クラスのバンドメンバーもすぐに同意した。
『何かあったら、フォローしてね』
ただ僕は、笑顔で白石さんがそういうものだから、気が気ではなくなっていた。そんなことを言われたら、頑張らないわけにはいかないと思うのは、恐らく男の性。
そんな明らかに取り乱していた僕だったが、出番を待つ彼女に一つのアドバイスを送っていた。
『いいかい。まず今回は、前回とは違って、こちらが一方的にお願いする立場、ということを忘れたらいけない。何が言いたいかっていうと、いつかの岡野さんのお父さんみたいな援護射撃は期待出来ないってことだ』
『そうでしょうね。正直、少し怖いわ』
前回のPTA総会の決議がうまくいったのは、正直岡野父があの場で正論を物申してくれたことが大きい。部外者である彼が懇切丁寧に、それでも怒りを滲ませながら正論を言ってくれたからこそ、話がまとまったのだ。
ただ、今回はこちらが一方的にお願いする立場なのだから、話はそううまくはいかない。彼女はきっと、前回と同じように批判の矢面に立つことになる。
まずはそれを覚悟してほしい。
僕の伝えたい意図は、恐怖を滲ませている彼女には十二分と伝わっているようだった。
『相手に下手に出なければならない状況ってことは絶対に忘れちゃ駄目だ。例えば、感情的になるとかはご法度。こういうことは信用勝負なところがあるからね』
『わかった』
『後、何があっても、ハッタリだろうと、自信満々な態度は崩さないこと』
『いつかの安藤さんと同じね』
『そう。自信がないと思われると、それだけでマイナスイメージだからね。絶対に忘れちゃ駄目だよ。言葉に詰まったら、僕がフォローする』
『うん』
『後言えることといえば』
僕は思い出したかのように指を立て、微笑んで続けた。
『いかに相手に利益があると思わせられるか、どうすれば感情に訴えられるか。それを考えながら話すといい』