折衷案
「まず一つ目の問題点」
「うん」
「それはつまり、僕達が先導してクラスの方の催し物も決めて、準備も動くってことだよな。マネージャーとして駆り出される日が続く今、果たしてそっちまで手が回るのか。特にさっきも話したが、衣装作りだね。岡野さん一人に任せっきりってわけにもいかない」
「授業が再開したら、もう少し協力者を募りましょう」
「そうすると、次の問題点にも関わるわけだけど……」
頭を掻きながら、僕は続けた。
「次の問題点。その話だと限界利益をある程度満足した上で、たくさん買ってもらえるような供給のある何かを提供しなければいけないわけだけど、それの案はあるの? それに今の話だと、人手も少し減るだろうね」
白石さんは、黙って首を横に振った。恐らくこの辺が、先ほど彼女が自信なさげに資金の工面策を提案した理由なのだろう。
「最後に。これが一番の問題点だ」
「えぇ、そうね」
既に察しているようで、白石さんが重苦しく口を開いた。
「君は打ち上げは盛大にするから、余った金を衣装代として頂戴すると言ったが、果たして皆がそれで納得するか」
「普通、皆に割り振ってお小遣いにさせろ、と思うわよね」
「思うだろうね」
まあ、売上金を生徒にばら撒いたとは学校側も言えないだろうから、学校側としては素直に打ち上げ金に全額使って欲しいのだろうが。
何せ、衣装代は二万円程。そんな大金が目の前にぶら下がったら、割り振って提供しろと思うのが当然だろう。
「いかに皆を納得させるか。いかに低い原価で商品を提供するか。いかにニーズを呼んで売り上げを伸ばすか」
白石さんの顔が暗くなった。余計無理難題を増やしてしまったと思っているのだろう。
それは正直、僕も同意見だ。
「ねえ、やっぱり僕が一時費用を負担するってことで話を進めないかい? 後ろめたい気持ちがあるのなら、後で皆でバイトでもして返してくれよ。それくらいならすぐに貯まるだろう」
単純計算、一人頭三千円超。それくらいの額、すぐに稼げるだろう。
まあ、受け取る気は更々ないが。
「駄目よ。それじゃあ」
「何故?」
「だってそれじゃあ、あたしは自分の仕事を果たせなかったことになる」
なるほどね。
彼女は一応今、あのバンドのマネージャーに当たるのだ。だからバンドメンバーにバイトをさせてまで資金のやり繰りをするような状況を良しと思っていないのだ。
マネージャーであるからこそ、文化祭内での資金問題は文化祭内部で完結させたがっているのだろう。バンドメンバーと円満に最後を迎えられるようにしたいのだろう。
ただ、僕は彼女の思惑に賛同は出来なかった。
仕事であるからこそ、出来ないことははっきりと出来ないと言うべきなのだ。曖昧なまま時間を経過させていくほど、事態はどんどんどんどん悪化していき、最終的には自責になって降りかかる。
「その責任はマネージャー補佐である僕にも降りかかるから大丈夫」
そうフォローしたのだが、白石さんは唇をかみ締めて悔しそうにしていた。
どうして、そこまで頑ななのかと思ってしまう。
『どうしてそんなに頑ななのかしら』
て、そうか。
今の彼女にしても、僕が頑なな態度を示しているように見えるのか。
どうしてこんなに平行線を辿ってしまったのだろう。ふと考え、気づいた。
僕達はここまで互いの意見をぶつけ合うだけで、折衷案を探してこなかった。
どうして折衷案を探さなかったのか。
それは恐らく、僕が自分のしたことを間違ったことだとは思っていなかったから。だって、今だって間違ったことをしたとは思っていない。
……本当に間違っていないと言えるのだろうか。
余計な心配をさせないためにもバンドメンバーに何も言わなかった。でもだったら僕は、何で岡野さんのように白石さんに何も相談をしなかったんだ。
社会人になり、報連相の重要性をその身で何度も味わってきたにも関わらず、どうして僕は彼女に何も言わずに独断専行してしまったのか。
『だって、あなたがいるんだもの』
あの時のメッセージが脳裏をよぎった。
いつかは他人なんか信用出来ないと言った彼女が送ったメッセージ。正直、嬉しかった。力になりたいと思った。年甲斐もなく。
でも僕は白石さんのその言葉に、いつの間にか舞い上がってしまっていたのではないのか?
良いところを見せたくて。格好つけたくて。いつの間にか全て片付けている姿を見せたくて。
僕はそんな下心で彼女に隠れて独断に走ってしまったのではないのか?
ハハハ。アハハ。
馬鹿らしい。
それではまるで……。
「そうよね」
意気消沈したように、白石さんが呟いた。
「わかったわ。皆には悪いけど、文化祭が終わった後、一緒に汗を流してもらいましょう」
彼女は僕に頼りすぎたと謝罪してくれた。
それほど信頼されていた事に喜ぶ心と、要らぬ心配をかけてしまい申し訳ない気持ちが相反していた。でも、そんな僕の感情は今、どうでも良い。
彼女は僕に対する非を認め謝罪をした。誠意を見せたのだ。
それに比べて僕は、一方的な主張を繰り返して、彼女の意も汲まず、何をしているんだ。
責任は僕にも降りかかると言っても、所詮僕はマネージャー補佐。マネージャーである彼女に降りかかる非難の言葉の方が多いだろう。
そして、ようやく気がついた。
度々彼女が皆の前で、僕がマネージャー補佐である、と嫌味ったらしく主張してきた理由。
彼女、こういう失敗があった際に、僕に非難の目が向きづらいようにするために、敢えてそういう主張を繰り返してきたんだ。僕を頼ると言ってくれた彼女は、それでももしものことがあった時、僕の代わりに非難の言葉を浴びるためにあんなことを言っていたのだ。
「それは、クラスメイトへの説明が駄目だった時に考えよう。タイミング的にはそれでも遅くないだろう」
そこまで想い行動してくれている彼女の思いを無下にすることなんて、僕にはもう出来なかった。
せめて、折衷案を提示しようと思った。
「え?」
「考えよう。クラスメイトを納得させる方法。そして、クラスで行う催し物を」
バンドメンバーがバイトするなら、文化祭の終わる十月過ぎ。そこまでには時間もたくさんある。夏休みだってまだ二週間以上ある。
岡野さんの手伝いをしながらの片手間でも十分考えられるじゃないか。
……胸に広がる感情を誤魔化すように、僕は誰かに理論武装をしてみせていた。