プロローグ
大学を卒業して三年。期待に胸を膨らませて就職した会社はブラックでした。
上司の鋭く尖った罵声を浴びて仕事をこなし、僕のメンタルは崩壊寸前。実家からももうちょっと頑張ったらと匙を投げられ、逃げ場は皆無。
ああ、あの時は良かったなと最近は良く考える。
両親に守ってもらえて自由に過ごせた小学校、中学校時代。色恋沙汰はなかったがほどほど楽しめた高校、大学時代。
どうしてこうなったとか、そんなことばかり最近考える。答えは出ないのだが。
深夜に帰って、寝て、気付けばもう朝。寝不足は当たり前。フラフラな足取りで最寄り駅にたどり着いたのは、始業前一時間のこと。これから一時間電車に揺られて、準備もままならずに仕事をこなして、また深夜に帰るのだ。
電車が駅に着いたことを知らせるアナウンスが駅構内に響いた。乗らねば、ならないのか。
ふと、電車に飛び込んでみるのもいいかもなとか考えた。いいや、駄目だ駄目だ。両親を悲しませるような真似ができん。
邪な感情を捨てて、大きな欠伸をして。
ふと先頭に立つ少年に意識を向けた。少し大きめのブレザーを羽織り、俯いている。
そして――。
「危ないっ!」
彼は線路に飛び込んだ。
僕は慌てて彼を引きとめようとするも間に合わず、一緒に線路に落っこちた。
「いてて」
頭を打った。どうやら血も出ている。
「おじさん……」
少年が呆然と僕を見つめていた。
失礼な。僕はまだ二十五歳だぞ。おじさんというには若すぎるだろ。
そう苦言を呈そうとしたが、出来なかった。
キキーッ!
振り向くと、電車が大きなブレーキ音を鳴らしながら僕達に迫っていた。
僕達はただ呆然と鉄の塊が突っ込んでくるのを待った。
そして――。
「うわああああああ」
僕は慌てて飛び起きた。首筋に滴る汗が気持ち悪い。
「……ん」
さっきのは夢だったのか。そう安堵するのも束の間、異変に気付く。
「どこだ、ここ」
部屋の内装に見覚えがない。不思議と、体もいつもより軽い。
「あだっ」
軽いのだが、右肩に激痛が走った。それはもう激痛だった。骨折でもこんな痛みを感じたことはない。それほどの痛みを感じるような怪我をした覚えはないぞ。
「……て」
右肩を押えながら部屋中を見回した。そして、姿見に写る自分の姿に絶句した。
「誰だ、こいつは」
姿見には、ベッドで肩を押える少年が写っていた。