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三題噺シリーズ

ホットケーキ! ホットケーキ!! ホットケーキ!!!

 ここはスイーツの国。甘いスイーツたちがたくさん暮らしています。雲はふわふわの綿あめ、川はシロップ、山はプリン、家はクッキーでできていました。そして広場の真ん中にはチョコレートのスピーカーがあって、そこからスイーツの名前が呼ばれるのです。


「ホットケーキ!」

「はーい!」


 ホットケーキちゃんは元気に返事をして、広場にある大きな扉の前へと出てきました。茶色く焼けて、少し薄めのホットケーキ。ぺったりと丸くて、今日はバターの帽子をつけています。一回名前を呼ばれたら、それはおやつの合図。


 子どもたちのおやつにホットケーキは大人気です。ホットケーキちゃんは大きな扉をくぐって、たくさんの子どもたちにホットケーキを届けにいきます。その時、子どもたちのはしゃぐ声が聞こえて、ホットケーキちゃんはとても幸せな気持ちになるのです。


「わーい、ホットケーキだぁ」

「もっと食べる~!」


 子どもたちは大喜びでお母さんのホットケーキを食べます。その声を聞きながら、ホットケーキちゃんはスイーツの国へと帰るのです。


「ホットケーキ! ホットケーキ!!」


 二回呼ばれたら、ちょっと贅沢なおやつの日。はちみつでつやつやになったり、ブルーベリージャムでお化粧をしたり、たまに抹茶やココアで色を変えたりするのです。ホットケーキちゃんはみんなのアイドルで、毎日大忙しでした。


 でも、少しずつ呼ばれることが減って、ホットケーキちゃんはたいくつな時間が増えました。その代わり、新しい子が呼ばれるようになったのです。


「パンケーキ!」

「いますわ!」


 ふわふわで白色のパンケーキちゃんです。ホットケーキちゃんよりも小さいけど、ぶ厚くてふんわりしています。今日は生クリームの帽子にブルーベリーのイヤリングをしていました。とてもおしゃれで、ホットケーキちゃんは小麦色で少し薄い自分が恥ずかしくなりました。


(私、飽きられたのかなぁ……)


 パンケーキちゃんは、呼ばれるとたくさん写真を撮られます。いちごの帽子を被ったり、チョコレートソースでメイクをしたりとどんどんきれいになります。パンケーキちゃんは扉から帰ってくるといつも自慢げに話していました。そんなパンケーキちゃんを見ていると、呼ばれなくなったホットケーキちゃんは悲しくなってくるのです。


「パンケーキ! パンケーキ!!」


 パンケーキちゃんは子どもだけではなくて、大人の女性にも人気です。カメラを向けられてモデルのようでした。写真を撮られ、おいしいパンケーキを届けて帰ってきたパンケーキちゃんは、広場のベンチに座っているホットケーキちゃんを見て言いました。


「あら、まだそんなところにいるの? そんな目で扉を見ていても、ホットケーキなんて時代遅れなもの、もう呼ばれないわよ」


 ラズベリーソースのチークに、果物がたくさんのった帽子。豪華すぎてホットケーキちゃんは何もつけていない自分が恥ずかしくなります。恥ずかしくて悲しくてうつむいてしまいました。


「これからはインスタ映えをするパンケーキの時代なのよ。ホットケーキミックスで作られた安っぽいケーキなんて、ケーキと名乗るのもおこがましいわ!」

「そんな……ひどい」


 ホットケーキちゃんだって、前は子どもたちの嬉しい声をたくさん聞いていたのです。子どもたちに喜ばれていたのです。ホットケーキちゃんは悔しくて、唇を噛みしめ、涙を堪えました。パンケーキちゃんはキラキラしていて、ふわふわで、子どもも大人も夢中になっています。それでもホットケーキちゃんは負けたくないと思いました。涙を拭いて、ぐっと顔を上げます。


「私は、パンケーキちゃんに比べたら薄っぺらいし、固いし、たまに焦げるかもしれないよ。でも、写真を撮ってシェアされるだけじゃない、優しさと愛情があったもの! パンケーキなんて、見た目がよくなっただけじゃない!」

「おだまり! 世の中の流行りもわからないお子様には、映える必要性が分からないのよ!」


 二人とも一歩も引かず、広場には騒ぎを聞きつけたスイーツたちが集まってきました。みんな不安そうに二人を見ています。ホットケーキちゃんは悔しくて、悲しくて、でも呼ばれないから寂しくて、少し俯いてしまいました。


(もう、ホットケーキなんていらないのかな。私、これからずっと誰からも呼ばれないのかな)


 負けたくないのに、諦めそうになります。パンケーキちゃんは堂々としていて、ホットケーキちゃんを馬鹿にしたように見ていました。


 するとその時、スピーカーから声が聞こえたのです。


「ホットケーキ! ホットケーキ!! ホットケーキ!!!」


 なんと三回もホットケーキちゃんの名前が呼ばれました。広場にいたスイーツたちはびっくりして、ホットケーキちゃんを見ます。パンケーキちゃんも目を丸くしていました。三回名前を呼ばれるのは、特別で想いが強いスイーツの時だけです。とても珍しいことでした。

 ホットケーキちゃんもびっくりして、涙がこぼれ落ちます。それを手で拭うと、元気よく返事をしました。


「は、はい!」

「な、なんであんたが三回も呼ばれるのよ! ホットケーキが特別? 冗談じゃないわ」


 パンケーキちゃんは悔しそうに、ホットケーキちゃんを睨みつけました。ホットケーキちゃんは胸を張って、パンケーキちゃんを見返します。茶色いお顔はキラキラしていて、何も飾りがないのにきれいでした。


「別にホットケーキだから特別なんじゃないわ。きっと、誰かが愛情を込めて作ったのよ。パンケーキちゃんだって、見た目や写真じゃなくて、想いを大切にすればいいのに」


 ホットケーキちゃんはたくさん子どもたちの声を聞いてきました。そこにはたくさんの思い出があって、優しさと愛情がありました。


「そんな……私だって」


 パンケーキちゃんは何かを言い返そうとしますが、言葉が出てきませんでした。パンケーキちゃんが聞くのは、きれい、かわいいという誉め言葉とシャッターの音ばかりだからです。


「じゃ、いってくるね」


 そしてホットケーキちゃんは大きな扉をくぐって、あつあつでちょっと薄くて、端っこが焦げたホットケーキを届けます。子どもかなと思っていたら、聞こえてきたのは大人の女性の声でした。


「お母さんのホットケーキ久しぶり~。パンケーキもおしゃれでいいけど、やっぱりお母さんのホットケーキが一番だわ」


 弾んだ声にホットケーキちゃんの胸はあたたかくなって、涙があふれてきます。小さかった子どもはいつの間にか大きくなって、お母さんのホットケーキは思い出の味としてしっかり残っていたのです。すると、遠くからお母さんの声も聞こえてきました。


「小さい時からホットケーキが好きだったものね。もう一枚いる?」

「うん!」


 あたたかい時間。素朴で、何の飾りもないホットケーキが何よりのごちそうになった瞬間でした。ホットケーキちゃんは茶色い頬を涙で濡らしながら、幸せな気持ちでスイーツの国へと帰ります。


「ありがとう。ありがとう……」


 呼ばれることは少なくなったけれど、誰かの思い出になっているなら、これほど嬉しいことはありません。ホットケーキちゃんはにっこり笑って心の中でもう一度「ありがとう」と呟いてから、扉をくぐったのでした。




 スイーツの国では今日もホットケーキちゃんの名前が呼ばれます。


「ホットケーキ! ホットケーキ!! ホットケーキ!!!」


 誰かの想いでの味として、そして誰かの想いでの味になるために。ホットケーキちゃんはできたてのホットケーキを届けに行くのです。


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― 新着の感想 ―
久しぶりに読んでほっこりしました。 以前友人にホットケーキをご馳走しました。 ホットケーキって焼くのに時間がかかって、次が焼ける前に友人が全部ペロリと食べちゃっていて、私はあんまり食べられませんでし…
[一言] 古いホットケーキミックスは膨らみが悪いです(見た目パンケーキのようになる) 昔、どうしてもホットケーキが食べたくなって、家にあった賞味期限切れのホットケーキミックスを使って焼いたことがあるの…
[一言] メープルシロップ 『女の子とか恋愛とか、興味ないね』 エナジードリンク神様 『眠気を覚ましてやろう‼️羽ばたけレッドブル❗❗』
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