小さな吸血鬼
すまない。
期待した者には申し訳ないが、このお話にロリっ娘吸血鬼はでてこないんだ…。
夏の夜。まだまだ蒸し暑い日が続く、ある日のことだった。
冷凍庫にあった当たり付きアイスも食べ終わり、私は居間で寝転びながらテレビを見ていた。
「この人面白いなぁ」
テレビ画面に映る芸人さんを見て呟く。
直後、突然左腕が痒くなった。何の脈絡もなく襲ってくる痒みに、あたしは意識を支配される。
分かってる。大体予想がつく。
これは………
蚊の襲撃である!
あたしは体を極力動かさずに、視線だけを左腕に向けた。
しかし、そこに奴はいない。
幻覚か? いや、そんなはずはない。この痒みは本物だ。
(近くにいるはずだ、探せ!)
あたしは指揮官ごっこをしながら、視線だけを動かす。
(…いた! 奴だ!)
ほどなくして、宙を飛ぶ一匹の蚊を発見する。奴は憎たらしいほど優雅に飛んでいる。
しばらくの間、その姿を目で追う。動きを止めた瞬間、確実に息の根を止めるためだ。
テレビの画面に目もくれず、奴をにらみつける。視線で奴を殺せたら…!
などと考えていると、奴はこともあろうに、再びあたしの腕にとまりやがった。右腕だ。
(…しにさらせ!)
あたしは平手を放った。当たれば必殺の、命を刈り取る一撃である。
が、寝転んだ状態からは無理があったのか、奴は私が叩く前に逃げてしまった。
(シット! 奴め、逃げやがった!)
あたしは悔しくなった。思わずアメリカ語が出るくらい悔しくなった。
胡坐をかいた状態で憤る。
けれど、頭に血が上った状態では、とれるタマもとれない。
腕を組み、しばしクールダウン。びーくーる。ぶれすれっとよ、あたし。
…よし。ここは一計を案じよう。
あたしは計画を立てた。必ず奴を誘い出し、この手で必ず叩くのだ。
まず、「別にあなたに興味なんかありませんよ」という雰囲気を装い、テレビを見る。
この時、腕は両ひざの上に置いておかなければならない。組んだままだと、鋭い一撃をくらわせてやれないからだ。
そして、待つ。奴が来るのを、ひたすらに。
罠を張って一、二分。座禅を組んだ修行僧の顔で待っていると、ついに奴がやってきた。
ふふふ、馬鹿め! 飛んで火にいる夏の虫とは、まさにお前のことよ!
奴は今、
ぶ~んと近寄ってきて、
あたしの左腕にとまり、
血を…
吸った!
あたしはゆっくりと右腕を動かし、美味そうに血を吸う奴を叩き潰そうとして、動きを止めた。
チュウチュウと私の血を吸う奴が、変な話だが、その……愛おしく思えたのだ。
(馬鹿な…! “傲慢暴食”とまで(家族に)呼ばれたこのあたしが、一匹の蚊を愛おしく思う、だと…!?)
精神の動揺によって、思考は混乱し始める。
確かに、奴はあたしの血を吸い、痒みをもたらした。その証拠に、吸われた左腕は赤くなっている。ちょっとかゆい。
だがそれは、少し我慢すれば元に戻る。そう、戻るのだ。後で塗り薬を塗るなり、爪でばってんをつけるなりすれば、元に戻るのだ。
『何も、命まで取らなくてもいいのでは?』
あたしの中の天使が囁く。右手に鎌を持っているが、たぶん天使だろう。
そうだ、殺す必要はないじゃないか。
一度そう思ってしまうと、あたしに奴を殺すことはできなくなってしまった。
あたしは、振り上げていた右手を下ろし、血を吸うこいつを静かに慈しんだ。
「HAHAHA、こいつめ~、あたしの血をいっぱい吸って、腹がぷっくりふくれてやがる」
やがて、モス(命名、あたし)は、たっぷりと血を含んだ体を浮かせ、部屋の彼方へ飛び立っていった。
さよなら、モス。元気でいろよ。
あたしは、少し涙ぐみながら、モスを見送った。
「ねぇ~、私のアイス知らな~い?」
そこに、お姉ちゃんが居間にやってきた。スイーツモンスターの二つ名をほしいままにしている、うちのお姉ちゃんである。
そして、不幸にもモスは、そのお姉ちゃんに出会ってしまった。
「ん~? 蚊がいるじゃない」
お姉ちゃんは両の掌で、モスを叩き潰した。
バチン。乾いた音が居間に響いた。
「モ、モスゥゥゥゥウゥゥゥゥ!」
「何よ、うるさいわね。近所迷惑でしょう」
モスの命は、とても儚かった。
でも、あたしは忘れない。あの、小さな吸血鬼のことを。
「やっぱりあんた、私のアイス食べてるじゃないの!!」
忘れないよ! 怒ったお姉ちゃんから逃げきれれば!
はずれのアイス棒をお姉ちゃんに投げつけ、あたしは逃走をはかった。
評価やブックマークをして、「この小説はワシ(あたい)が育てた!」って言ってみない?
え? 遠慮しておく? あ…、そ、そうですか…。
ロリっ娘吸血鬼・つき子「ふぇぇ…よのなかせちがらいよぉお……」