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(かげ)(つね)、もう調子は良いの? 出歩いて大丈夫? (あさ)()はちゃんと食べた?」

 源邸を訪ねると、奥から孝允より先に湖子が景矩に駆け寄ってきた。

 下女は慣れたもので、湖子に景矩の案内を任せると、さっさと別の仕事をするために場を離れていった。

「まだ怠そうだけど……誰? その子」

 景矩の後ろに隠れるようにして立つ彩子に気づいた湖子は、わずかに眉を顰める。

「俺には人間の子供に見えるんだけど、湖子にはどんな風に見える?」

 彩子が人間であることは間違いないが、物の怪の方が見慣れている景矩は、相手がいかに人間らしい姿をしていても、いまひとつ確信が持てずにいた。

「わたしにもただの人間に見えるわよ。八つか九つくらいの、生意気そうな子」

 険しい顔で湖子を睨む彩子に、当然ながら良い印象は持たなかったようだ。腕組みをした湖子は、冷ややかに彩子を見下ろした。

「この子は治部少丞殿の三の姫だ」

「え?」

 景矩が紹介をすると、湖子は大きく目を見開いて彩子を凝視した。

「三の姫だって!?」

 簀の子を足早に歩いて現れた(たか)(よし)()(とん)(きょう)な声を上げる。

「そなたらが我が夫の君を捕らえた不届き者か!」

 孝允と湖子を交互に睨め付けると、彩子が怒鳴る。

「夫の君?」

「あの天狗のことらしい」

「天狗? あの鴉のこと? あれがこの子の夫?」

 一瞬、唖然とした湖子だったが、口元を袖で隠した途端にぷっと吹き出す。

「鴉の嫁なんだ、この子」

「我が夫の君は名のある天狗ぞ! 断じて鴉などではない! (あなど)るでないわ!」

 顔を真っ赤にして彩子は主張したが、物の怪のまやかしの姿は見ることができない湖子は、明らかに笑いを堪える表情をしていた。

「明け方前に俺のところに押し掛けてきて、夫を帰せとうるさいんだ。あの天狗はどうしている? まだ暴れているか?」

「日の出とともにおとなしくなったよ。今は、湖子の部屋だが――湖子、あの天狗を連れてきてくれるか?」

 はいはい、とまだ笑いを噛み殺し続けながら、湖子はいったん部屋に引き下がった。すぐに戻ってきたときには、手に大きな竹で編んだ鳥籠を提げていた。

 籠の中には天狗が身体を折り曲げるようにして入っている。

「夫の君!」

 悲鳴に似た叫び声が彩子の口からほとばしる。景矩の背後から飛び出ると、まろびつつも鳥籠に駆け寄る。

「我が妻よ」

 天狗が鳥籠の中で彩子に呼びかける。感動の再会のようでかなり間抜けな光景だ。

「その子、鴉と喋ってるわ……。ほとんど同じ(よく)(よう)の鳴き声なのに、よく意志の疎通ができるものね」

 相変わらず湖子には天狗がただの鴉にしか見えないらしい。話し声もただ鴉が鳴いているようにしか聞こえないのだろう。怪訝そうに彩子と天狗を交互に見ては首を傾げている。

 彩子と天狗の会話は景矩と孝允にはきちんと聞こえていた。

「湖子、孝允。この治部少丞殿の三の姫は死んでなどいなかったんだ。ただ、死んだようにみせかけるために、堀川の橋のたもとに身代わり人形を仕掛けて、三の姫は物の怪となり夜な夜な泣いている幻を通行人に見せていたに過ぎない」

「なに、その迷惑行為は!」

 険しい目つきになった湖子が声を荒らげる※。

「あの身代わり人形を仕掛けたのはそこの鴉天狗だろうけど、きっと治部少丞殿もご存じだったと思う」

 ほとんど景矩の推測でしかなかったが、途端に彩子の顔色が変わったので、確信を得た。

「治部少丞殿は、三の姫が鴉天狗と一緒に姿を消すことを許す代わりに、三の姫の霊を堀川の(かわ)(べり)に出現させ、世間に三の姫が死んだと思わせる()(さく)(ろう)したんだ」

 鴉天狗も黙り込み、目を伏せる。

「物の怪となって世間を騒がせるようなことになれば、噂は周知の事実となるが、治部少丞殿自身はあれこれと説明する必要がない。周りだって、物の怪になった三の姫については口に出して憑かれても困るから、結果として存在そのものを誰もが語らなくなる」

 噂も放っておけばやがては沈静化する。治部少丞殿はそれを狙っていたに違いない。

「今回、俺たちが身代わり人形を橋のたもとから取り除いたことで、世間的には三の姫の霊はなんらかの形で(はら)われたということになるんだろう。三の姫の霊についての話は、治部少丞殿だけを避けて語られる。後は、治部少丞殿は黙っているだけで良いんだ」

「つまり、娘を世間的には死んだことにして(かん)(どう)し、都から追い出すってこと?」

「勘当されたりなんかしていない! 父様は、夫の君とわたくしが落ち着いてくらせるようになるには、一番この方法が良いとおっしゃったのだ!」

 必死の形相で彩子は父親を庇ったが、三人は黙って哀れみの表情を向けただけだった。

「天狗憑きの姫では、世間の同情は得られないからな」

 孝允の言葉に、湖子も頷く。

「三の姫が堀川で死んだことになっているのは、鴨川に飛び込んだことにして(うち)(ぎぬ)のたぐいを川に投げ込んで、下流まで流れたそれが誰かに拾われたとしても、治部少丞邸まで届けてもらえる望みが薄かったからだろう。だから、流れが小さく落ちている物が目立つ堀川に打衣を放り込んだんだ。治部少丞殿としては、三の姫が世を(はかな)んで死んだのではないかという噂が世間に流れて欲しかったんだ。そうすれば、どこか都の内外で誰か姫を知る者が姫を見かけたとしても、あれは姫の姿をした物の怪だと答えることができる」

「いくら世間体があるとはいえ、随分と冷たい父親ね」

 八つの子供に対する仕打ちとは思えない。

 (うつむ)き唇を噛み締めた彩子は、きりっと顔を引き締め、湖子を睨み付けた。

「父様は悪くない! わたくしが我が儘にも祇王様と一緒になることを望み、父様はそれを叶えてくださったのじゃ!」

 あまりの彩子の勢いに、珍しく湖子がたじろいだ。

「これは生涯ただ一度の恋じゃ! この恋を諦めてしまっては、わたくしはこの先、もう生きて行かれぬようになる。祇王様と夫婦になれるのであれば、多少の犠牲は覚悟の上!」

「一度きりの恋、ね」

 湖子は鼻白む。

「たかだか八つで人生を決めてしまうと、いつか後悔しないとも限らないのに」

「後悔などせぬ!」

 強い決意を込めて彩子が叫ぶ。

「さあ! わたくしのただ一人の夫の君を解放しろ! こうなった以上、わたくしたちはこれから、都を出て行く」

「湖子。その鴉天狗を鳥籠から出してやっても、もう彼は暴れたり、(ぬえ)を呼んだりはしないはずだ。治部少丞殿の三の姫に返してあげても問題ないだろう」

 鳥籠を抱えて彩子と対峙している湖子に、景矩が解放を促す。

「この先、三の姫と天狗がどんな運命を辿(たど)ろうと、それは俺たちには関わり合いのないことだ。今回のことで、都から天狗が一匹出て行くのだから、歓迎すべきじゃないかな」

「景矩がそう言うなら……」

 渋々、湖子は鳥籠を彩子の前に突き出した。

 後になって景矩は知ったことだが、この鴉天狗は一晩中賑やかに叫び続けており、鴉の鳴き声にしか聞こえない湖子もさすがに(へき)(えき)していたということだ。何度も鴉の首を()ねると()()を持って息巻く湖子に、物の怪は首と身体が離れたくらいではおとなしくならないからと孝允がなんどもなだめる羽目になったらしい。

 霊験あらたかな札の威力も天狗にはあまり効かなかったらしく、札を籠に貼るとしばらくはおとなしくなるが、そのうち札を(くちばし)で破り始め、威力が弱まると大声で鳴き、また札を貼り、鴉が破り、の繰り返しでもあったと孝允は語った。

 朝まで一睡もできなかった湖子は、疲労と寝不足で気分が悪く機嫌も悪い。いつになく表情が険しく、初対面の彩子にもやたらと突っかかるのはそのせいだろう。

「あなたたちのような傍迷惑な夫婦は、さっさと都を出て、(ひな)びた里で一生隠れ住んでいればいいんだわ」

 彩子が鳥籠を大事に抱え込むのを横目で睨みながら、湖子が捨て台詞を吐いた。

「その鴉、天狗だっていうけれど、たいした霊力はないわよ。わたしにはただの鴉にしか見えないんだからね」

《そなたの本質を見抜く力が強すぎるだけだぞ》

 鴉天狗はぎゃあと一声反論した。

 もちろん、湖子には鴉の鳴き声にしか聞こえなかったのだが。

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