朝になるまで会いましょう
夜がくる。外のつめたさが窓をこえてつたわってくる。青い空が赤色に変わって、黒色になる。夜がくる。
ゆっくりと歩いてくる音が聞こえる。ぼくは待ちのぞんでいる。きっとあの子もそうだろう。遠くはなれた向かいにたたずむあの子を見つめる。しずかに息をひそめて、ふわりともしない。
時が来た。そっとからだをひっぱられてむすびつけられる、ぼくたちの出会いを暗い空が見守っている。
足音がとおざかる。出会ったぼくたちは見つめあう。ぼくのだいすきなあの子は少しさびしそうな顔をしてゆれている。
こんなにふこうな出会いはないだろう。
だってだれがぼくたちの出会いをお祝いしてくれるんだろう? みんな、太陽のやさしさで、ぽかぽかとあたたかくなりたいはずだった。だけれどぼくたちの出会いは、そのやさしさをさえぎってしまう。
ぼくはちょんちょんとあの子に身をよせてひそひそとたずねた。
「ねえ、どうしたんだい。そんなにゆれて」
「ここにつれてこられたとき、ぎゅーっとにぎられて、つよくひっぱられたの」
「いたかっただろうね」
「うん。でもあなたもいたかったの? かなしそうな顔をしているよ」
どうこたえようか、ぼくはすこしだけまよった。だけれど話そうときめた。夜はまだはじまったばかりで、ぼくたちは夜が終わるまではなれることがないからだ。
「きみと会えることはすごくうれしい。きみはぼくのかたわれで、ぼくはきみのかたわれて、きみとぼくがいてはじめて一つになるから」
「なのにかなしいの?」
「ぼくのうれしいことが、ぼくだけしかうれしくなかったらかなしいと思うんだ」
「わたしもあなたと会えてうれしいよ」
「そしたら、<ぼく>が<ぼくたち>にかわるだけで、みんなとわかりあえなかったら、かなしみもその分ふえる」
むずかしいことを言うんだね。あの子はそうささやいて、ぼくの表面をさらりとなでた。
「夜になったら会えると思うから、かなしくなるんだよ」
「でもそれはほんとうだろう? 夜や雨やくもりで空が暗くなった時にしかぼくたちは会えないんだ」
そう言いながらぼくはようちゃんのことを思いだした。ぼくとあの子をひっぱって遠ざけたり近づけたりするのは、ようちゃんの役目だった。ようちゃんはお天気のように表情がころころと変わる。ハレの日はにこにこしていて、雨やくもりの日はむすっとしている。夜はねむたげに目をこすって、まぶたをはんぶんおろしている。
「たとえばようちゃんが笑っている時に、ぼくたちがくっつけたなら、ぼくはなにも思わないよ。でもほんとうはちがうんだ。ぼくたちの出会いのうらで、だれかがゆううつな気持ちになっている」
いつのまにか空はまっくらになっていた。まるでぼくの心を空にぶちまけたようだった。
夜になく虫の音にまぎれる音で、あの子がしずかにこう言った。
「でもそのゆううつもはれるよ。夜がいつの間にか朝になっているみたいに」
「そうだといいな」
「それに、わたしたちの出会いのうらでだれかがゆううつになるなら、わたしたちのわかれのうらでだれかがしあわせになるよ」
「それはそれでかなしいな」
考え方を変えればいいんだよ、とあの子はぼくのかたをぽんぽんとふれるようにたたいた。
「わたしたちは出会うために夜を待っているんじゃない。私たちはいちどわかれるために朝がくるのを待っているの」
「なんでわざわざわかれるひつようがあるのさ」
「わかれないと、また出会えないでしょう?」
ぼくはどきりとした。
夜なのに、あの子が太陽のように見えた。
だんだんと空が明るくなってゆく。このままゆけば、ぼくたちはいきおいよくからだをひっぱられてはなればなれになる。
さいごまで、さいごまで。話をつづけているぼくたちのあいだをわるように、おかあさんの大きな声が部屋にひびいた。
「ようちゃん。カーテン開けてきて」
「はーい」
朝がくる。外の明るさが窓をこえてぼくたちのほほを横切り、部屋を全面にてらす。あたたかさが家族に笑顔をもたらす。朝がくる。
ひきさかれてしまう前に。ぼくたちは家族に聞こえないように、たがいのからだをかすかにこすりあわせて、こうかわした。
「朝になるまで会いましょう」
そうしてわかれる。まずはあの子からかべによせられる。いつもは大きな音を立ててないていたあの子が、今日は笑っていた。ぼくもそうだった。なく気にはちっともなれなかった。こんどはぼくの番がきてずずずっとひっぱられる。さらにあの子からとおざかってもなお、ぼくの心ははればれとしていた。
空が暗くなるのを待って出会うのではなく、空が明るくなるのを待つように出会いつづける……。
うつくしい朝がぼくたちを祝福してくれる。
こんなにしあわせなおわかれはきっとないだろう。