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エンドリア物語

「桃海亭最強は?」<エンドリア物語外伝57>

作者: あまみつ

「ウィル、前から気になっていたんだが」

 商店街の集まりで、オレに話しかけてきたのはデメドさんだった。

「ムーとシュデル、魔法だけで戦うとしたらどっちが強いんだ?」

 デメドさんは桃海亭の隣で靴屋をやっている。毎日のようにドタバタしている桃海亭を見ている。ムーの魔法やシュデルの魔法道具にも必然的に詳しくなる。

「ムーです」

 ネクロマンサーの魔法しか使えないシュデルに比べ、使える魔法の種類も技術もムーの方が格段上だ。

「シュデルが魔法道具を使ったら、どうなんだ?最近、強い道具が増えただろ?」

「ムーです」

 デメドさんはムーとシュデルの喧嘩を何度も見ている。だから、ムーが商店街で使う魔法とシュデルの魔法道具を天秤に乗せて比べているのだろう。だがムーの強さは魔法の種類や技術だけではない。桁はずれの魔力もそのひとつだ。

 ニダウの町中では使用できないような大魔法をムーが使えば、シュデルが魔法道具を大量に使用しても勝つのはほぼ不可能だ。

「そうなると、ムーが桃海亭最強なんだな」

「はい」

 返事をしたオレにパン屋のソルファさんが聞いてきた。

「ムーとシュデルが魔法や魔法道具を使わないで喧嘩したら、どっちが強いの?」

「さあ、どっちかは………」

「ウィルが返事しづらいこと聞くなよ。ムーに決まっているだろ」

 デメドさんが笑みを浮かべた。

「ああ、ムーだな」

 肉屋のモールさんが断言した。

「それって、シュデルくんが人を殴れないから、ムーが勝つってこと?」

 ソルファさんデメドさんに聞いた。

「殴る殴らないの問題じゃない。ムーの勝ちだ」

「でも、シュデルくんの方が、背が高いし………」

「喧嘩は身体のサイズじゃないだろ」

 肉屋のモールさんがソルファさんに言った。

「オレでもムーには簡単には勝てないぞ」

「ええっーー!」

 ソルファさんが驚いた。

 モールさんはムーをわかっている。

 巨人と小人の喧嘩になるが、修羅場を幾度もくぐりぬけてきたムーは自分の戦い方を知っている。

「まっ、素手で殴り合うなら、ウィルが最強だろう」

 デメドさんがオレを見た。

 トレヴァーさんがうなずいた。

「そりゃそうだろ。格闘を習っていたんだからな」

 みんなの目がオレに集まった。

「はあ、たぶん」

「なによ、その自信のなさそうな返事」

 ソルファさんが呆れたように言った。

「みんな、ちょっといいかい」

 商店街の会長のワゴナーさんが、穏やかな声で言った。

「今の話を聞いていて思いついたんだ。次の商店街のイベントまで、間隔があいている。商店街に来てくれるお客様のため、ミニイベント【桃海亭の最強を決めよう】を開いてみるのはどうだろう?」

「なんですか、その【桃海亭の最強を決めよう】というのは」

 印章屋のゴウアーさんが怪訝そうな顔をした。

「商店街で物を買ってくれた人に【投票券】を渡す。【投票券】に桃海亭で最強だと思う人の名前を書いて、投票箱に入れてもらう。もちろん、投票は自主的なものだから、投票券は受け取って貰わなくても、投票券を受け取って投票しなくても構わない。ちょっとしたお遊びだと思って楽しんで貰うのは、どうだろう?」

「それだとムーとシュデルの2人だけの戦いになるんじゃないのか?」

 デメドさんの疑問に金物屋さんパロットさんが指を振って否定した。

「あの2人を制御しているのは、このボッとしているウィルだぜ。大穴でウィルが勝つかもしれないぜ」

 それを皮切りに商店街の面々の意見が飛び交った。

「ムーの勝ちだろ。ルブクス大陸最強魔術師だぜ」

「シュデルくんは絶対に負けないと思う。セトナの護符があるもの」

「いや、ムーだろ。召喚獣のティパス一匹でエンドリアを滅ぼせそうだしな」

「投票だとムーが圧勝かな」

「平日の買い物は女性が多いから、シュデルの方が多いんじゃないか」

「投票する人数が少なかったら、発表しづらくありませんか?」

「人数を書かないで、名前と順位だけを発表すればいいだけだろ」

「お遊びならいいか」

「準備するのは投票券と投票箱だけだろ。安くていいんじゃないか」

「ポスターはいらないか?」

「入り口に1枚はっておくか」

「ま、繋ぎのイベントだから、楽しんでくれるかはわからないがやってみるのはいいんじゃないのか」

 流れはやる方に向かい、ポスターは喫茶店のイルマさんが書いてくれて、投票券は今度の日曜から土曜まで配布。投票箱は商店街の入口にある喫茶店の前に置く。発表は翌日の日曜日。開票は厳正を期すために、ワゴナー会長と男性2人と女性2人、桃海亭は外す、ということになった。

 ワゴナーさんが出席者を見回した。

「大体決まったと思うが、何か見落としはなかったか?」

 オレは素早く手を挙げた。

「すみません。オレとしては開催を決定する前に、ムーとシュデルにイベントについての意見を聞いてみたいと…………」

「じゃあ、明後日には投票券を配るから」

 ワゴナーさんが言って、集まりは解散になった。




 発表の朝、桃海亭の前、巨大な看板が立てられた。

 イベントは予想外に盛況で、最初は20センチほどの高さだった小さな投票箱が、最終日の土曜には50センチ四方の大きな箱になっていた。

 発表の10時が近づくと見物人が集まりだした。

 オレもシュデルと一緒に見に行った。

 10時になると人混みをかき分けて、ワゴナーさんとモールさんが現れた。ワゴナーさんは手に丸めた大きな紙を持っている。

 オレ達がいるのを見ると、ワゴナーさんはシュデルに「残念だったね。僅差だったんだ」と小声で言った。

 順位決定。ムー、シュデル、オレ、らしい。

 長身のモールさんが、紙の上の2カ所をピンで留めた。

「お待たせしました。【桃海亭の最強】発表です」

 ワゴナーさんが高らかにいうと、モールさんが丸めた紙をゆっくりと広げ始めた。

「ダントツの1位でした」

【1位 ハニマンさん】

 歓声がわき起こった。

 オレは慌ててワゴナーさんに言った。

「爺さんは住人じゃない。居候だ」

「ムーも居候だろ」

 モールさんはそう言うとニヤリとした。

「2位はこの方です」

 ワゴナーさんの声にあわせて、モールさんが紙を広げる。

【2位 賢者ダップ】

 居候ですらない。

 お茶を飲んで、ダラダラしている暴力賢者だ。

「3位は2位と非常に僅差でした」

【3位 シュデル】

 女の子の黄色い声が響く。

 強さでなく、顔で票を稼いだようだ。

「つぎはこの方です」

【4位 ムー・ペトリ】

「強すぎるので自分が票を入れなくても、他の方が入れると思われたのでしょうか。そして、最後になります」

【5位 アレン皇太子】

「順位は低いですが、非常に多くの票が投じられておりました。皇太子の人気が高いことがわかり、エンドリア国民のひとりとして嬉しく思った次第です。皆様、投票ありがとうございました」

 そう締めくくったワゴナーさんは見物人にお辞儀をすると、そそくさと離れた。ワゴナーさんに続いたモールさんは、オレ達の横を通るとき、オレの肩をポンと叩いた。

 オレとシュデルと店に戻った。

 窓から外を見ると、看板の前の見物人はさらに増えている。

「店長…………」

 心配そうなシュデルの声。

「大丈夫だ。オレに票が入らなかったことは気にしていない」 

「いえ、ムーさんが」

「ムーが?」

「4位というのを知ったら」

「あ、まずいな」

 昨夜の夕食時には自分が1位だと信じていた。

 まだ、寝ているが、自分が4位と知ったら、怒りにまかせて店の食料を食い尽くすかもしれない。

「どうしましょう」

「貴重な食材は隠しておけ。残りはあきらめよう。ムーにも怒りをぶつけるものが必要だろう」

「わかりました」

 店の奥に入ろうとしたシュデルが振り向いた。

「店長、何をしているのですか?」

「ここに紙があったよな」

 オレはカウンターの下から丸めた大きな紙を取り出した。

「まさか、偽の結果を上から貼ったりしませんよね?」

「しないから、安心して食材を隠してくれ」

 怪訝そうな顔をしながらもシュデルは食堂に移動した。

 オレは紙を広げると急いで、ペンで字を書き始めた。

 すぐに完成させ、貼りだそうとしたところで店に飛び込んできたシュデルに腕をつかまれた。

 店内の道具どれかが、食堂のシュデルに注進したのだろう。

 書かれた文章を読んだシュデルが顔色を変えた。

「ダメです!」

「これくらいいいだろ!」

「バレたらどうするのですか!」

「バレても大丈夫だ」

「大丈夫のはずありません」

 オレの手にある紙をシュデルがしっかりと握っている。引っ張ると破けそうだ。

「見逃してくれ!」

「見逃せません」

 薄い紙を握っての攻防。

 貼りたいオレと貼らせまいとするシュデル。

 紙に書いた内容は、今回の投票結果に対してのオレのささやかな抵抗だ。

「店長、あきらめが肝心です」

「あきらめられるかぁーー!」



【ハニマンさんが桃海亭に来る予定はありません。

 いままでの皆様方のご厚情に心から感謝申し上げます。桃海亭】


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