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エンドリア物語

「貝細工の祈り」<エンドリア物語外伝54>

作者: あまみつ

 いつもと変わりない1日だった。

 朝起きて、店の準備をして、朝食を食べて、店を開けて、昼飯を食べて、店番と商品の手入れをして、夕食を食べて、店を閉めて、シャワーを浴びた。

 違っていることと言えば、26日前から桃海亭に居着いているリュンハ帝国の前皇帝のナディム・ハニマンと一緒に夕食を食べたことくらいだ。

 オレがいるから店番の必要はないだろうと、爺さん日中は外に出ている。ニダウのあちこちに顔を出しているようだが、詳しいことは知らない。人気があるようで、爺さんがキケール商店街を歩いているだけで、次々と声を掛かる。晴れていると商店街の空き地でよくチェスをしている。夜になるとチェス仲間が店になだれ込んで来て、飲み食いしながらチェスを打っている。

 ところが、今日爺さんは早い時間にひとりで帰ってきた。珍しく4人で夕食をとり、オレは残った仕事を片づけてシャワーを浴びた。

 寝ることをシュデルに言うために、食堂に降りた。いるはずのシュデルはおらず、代わりにハニマン爺さんと黒いローブを着た魔術師がテーブルで向かい合っていた。

 オレは急いで食堂を出ようとした。

「これこれ、挨拶は人付き合いの基本だぞ」

 爺さんに呼び止められた。

「初めまして。桃海亭の店主のウィル・バーカーと申します。どうぞ、ゆっくりとしていってください」

「私の名前は リュンハ帝国外務次官スコット・モリンズと申します。この度はよろしくお願いいたします」

「では、オレはこれで失礼します」

「えっ!」

 驚いているモリンズを後に食堂を出た。

「こら、逃げるな」

 爺さんが言った。

 しかたなく、オレは振り返った。

「もう、寝る時間なんです」

「その能力、眠らせておくには惜しいだろう」

「オレには何もできません。そのことは爺さんもわかっているはずです」

「剣は確保してある」

 爺さんが食堂の隅を指した。

 自分よりデカい布袋に頬ずりするムーがいた。

 中身は聞かなくてもわかる。

「オレ、寝たいんです」

「とにかく、モリンズの話を聞いてやってくれ」

 渋々席に着いた。

「リュンハ帝国の北にケキグメという王国があるのをご存じですか?」

「知りません」

「人口は約2000人。ルブクス大陸のほとんどの国ではケキグメを国として認めていません。未開地の部族という位置づけです」

 モリンズはローブのポケットからボタンほどの大きさのものをテーブルに置いた。

「極北の地の為、収入を得る手段が限られます。現在、収入の中心はこの貝細工です」

 親指の先ほどの小さな丸い貝に線で花模様が彫られている。貝の色は黒。彫った場所だけ虹色の輝いている。

「ケキグメは長年リュンハとだけ交易を行ってきました。ところが、昨年からスザラーロが貝を買いたいとケキグメの王と直接交渉しているようなのです。全部でなくてもいい、リュンハと取り引きしている貝を半分…………あの」

「こら、起きろ」

「……起きています。聞いています」

「起きているなら、目を開けろ」

 オレはしかたなく目を開けた。

 夜も更けている。眠くてたまらない。

「いいか、ルブクス大陸の北の地は東から、シェフォビス共和国、スザラーロ共和国、ポカジョリット王国、ケキグメ王国、リュンハ帝国と並んでいる。ポカジョリット王国、ケキグメ王国はリュンハと隣接している。わかったら、いまからケキグメに行ってこい」

「はい?」

「御前!まだ、何も説明していません」

「構わん。辞典も一緒だ」

「しかし」

「こやつには話しても無駄だ。地理も歴史も勉強しておらん」

「そのようなものに」

「ケキグメに行ったらレティ・ノーランという女性を捜せ。見つけたら、リュンハに来る意志があるか確認しろ。来るつもりがあるなら、桃海亭に連れてこい。以上だ」

 ハニマン爺さんが早口で言った。

「あの、オレに関係ない話ですよね?」

「関係ない。エンドリアにも桃海亭にも関係ない」

「オレ、行く必要ないですよね?」

「理由など考えるな。若者にあるのは行動のみ」

 立ち上がった。

 オレの部屋まで10メートルもない。

 壊れかけのベッドでも、紙のように薄い布団でも、オレには愛すべき寝床だ。

「こいつを見ろ」

 オレに向かって小さな物が投げられた。

「先月の荷から見つかった」

 キャッチしたのは、貝細工だった。

 モリンズから見せて貰った物と大きさも形も同じだ。違うのは花の模様の代わりに、ひっかき傷がついている。

「わかるか?」

「魔法文字に似ている」

 ムーと一緒に行動するので、魔法文字はよく目にする。

「読めるか?」

「読めるはずないだろ」

「魔法文字で『れてぃ きて』と書いてある」

 オレは素早く貝細工を爺さんに放った。

「お返しします。おやすみなさい」

 踵を返したオレの前に黒い壁が出現した。

 幻だ。だが、無視して抜けると途中で本物にされる恐れがある。

「ケキグメに魔術師はいない。これを彫ったと思われるレティ・ノーランはどのようにして魔法文字を覚えたのかわからない」

「それを知りたいのか?」

「先ほど言ったはずだ。『リュンハにくる気があるか』知りたいのはそっちだ」

 オレは振り向いた。

「爺さん、自分で何を言っているのかわかっているのか?」

「わかっている」

 対峙して2分。

 爺さんに引く気がない。

 オレはため息をついた。

「そんな顔をするな。レティがもし『リュンハに来る』と言ったら、帰りの飛竜では一緒だぞ」

「それがどうかしたのか」

「ルブクス大陸の主要な国では、悪名高い桃海亭のウィル・バーカーとつきあってくれる女などいないだろう。だが、レティは辺境のケキグメの住人だ。桃海亭のこともウィル・バーカーのことも知らないだろう。先入観がなければ、遠方から助けに来てくれたお前に心を寄せるかもしれないぞ」

「………名前だけだと、どんな女かわからない」

「クルクルの金色巻き毛で、エメラルドグリーンのアーモンド型の瞳、肌の色は北国特有の抜けるような白だ」

「………婆さんだったら、聞かずに帰ってくるからな」

「16歳だ」

「実は男とか?」

「女と言っただろうが」

「ダップ様のように暴力的とか……」

「今回リュンハが直接関われないのはレティがノーラン一族だからだ。詳しく知りたければ辞典に聞け」

「じゃあ、明日の朝……」

「いますぐだ」

「夜道は危険です」

「二ダウ警備隊の訓練場に夜間でも飛べる飛竜を用意した。飛竜の座席でゆっくり寝ればよい」

「飛竜は揺れるから……」

「早く行け!」

 オレとムーは爺さんに急き立てられた。オレはしかたなく、部屋から着替えの入った背嚢を取ってくると、いつの間にか食堂に戻ってきていたシュデルに携帯食と水筒を渡された。

「店長」

「なんだ」

「気をつけて」

 やけに真剣な顔で言われた。




「詐欺じゃないよな。爺さん、知らなかったのかもしれないしな」

 飛竜での夜間飛行は快適だった。

 乗ってからすぐに、バネのきいたフワフワの長椅子で爆睡した。朝日を感じて目覚めると、飛竜はすでにケキグメ王国とリュンハの国境近くの空き地に着地していた。厚切りハムとサラダをはさんだ豪華なサンドイッチとオレンジジュースの朝食を食べて、オレとムーは出発した。

 1時間ほどで国境到着。国境に設置された関所のすぐ向こうに町並みが広がっており、それが王都だった。

 オレ達は身分証の提示を要求された。エンドリア王国発行の身分証明書を提示。エンドリア王国の古魔法道具店を営んでおり、面白い魔法道具がないか各国を探している最中であると告げた。ケキグメにはそんなものはないと言われたが、夕方まででいいからと粘って、王都に入れてもらった。

 入って驚いた。王都だというのに店がほとんどない。人はそれなりにいるのだが、店が見当たらないのだ。肉屋も魚屋もパン屋も毎日の食事に必要な店がない。喫茶店も食堂も酒場もない。

 道を歩いている人よりも、道の角に集まっている人が多い。手持ち無沙汰でブラブラとしている印象だ。そして、男だけしかいない。

 どこか奇妙と言うか、ちぐはぐな印象を与える都だ。

 古魔法道具店の場所を聞こうと近寄ると誰もが警戒した顔で逃げていく。家の前でそこの住人らしき人に声をかけてもオレ達を見てもくれない。警備兵に聞いても無視する。

 昼を過ぎたところで、オレは古魔法道具店を見つけることをあきらめ、関所にいる警備兵に『レティ・ノーラン』のことを聞いた。警備兵はオレに少し待つように言うと、別の警備兵を連れてきた。そして、その警備兵が『レティ・ノーラン』を連れてきてくれた。

 爺さんが言っていたとおり、金髪でグリーンの瞳の綺麗な女性だった。

「16歳で結婚しているとは思わないよな」

 夫らしい若い男性と赤ん坊を抱いたレティ・ノーランが関所に現れたのは午後2時を過ぎていた。2人だけで話をしたいというと男性に子供を預けてついてきた。そこで『リュンハに行く意志があるか?』と聞くと『ない』と答えた。ついでに『古魔法道具店がないか?』と聞くと『ある』と答えた。子供を知り合いに預けた後、古魔法道具店に案内してくれるということになり、オレとムーは関所で待っている最中だ。

「腹減ったよな」

 食べ物を売っている店も、食べ物を提供する店も、見つけられなかった。朝の豪華サンドイッチ以降、口にしたのは水筒の水だけだ。

「飲むか?」

 水筒を差し出したがムーは受け取らなかった

「ムー?」

 うつむいて微動だにしない。

 そう言えば、桃海亭をでてから一言もしゃべっていない。

「おい、具合でも悪いのか?」

 気配を感じてムーを横抱きにして、後ろに飛びさすった。

「てめー、何考えている!」

 オレとムーのいた場所に矢が数本刺さっている。

 数人の警備兵がオレ達を囲むように広がった。矢をつがえている者が後ろに並び、剣を構えている者が前に出た。

「おまえ達を逮捕する」

「へっ?」

 理由はわかっている。

 レティ・ノーランの件だろう。

 もし、爺さんが誰にも聞かず、密かに探せと言っていたら、オレはそうした。でも、爺さんは何も言わなかった。だから、警備兵に聞いた。

 ハニマン爺さんが言い忘れるはずがない。

「あのクソ爺!!」

 逃げられないことはない。

 フライで上空に逃げればいい。

 だが。

「わかった。抵抗しない」

 オレはムーを下ろして、両手をあげた。

 あのクソ爺はわざとオレ達が捕まるようにしむけたのだ。

 縄にグルグルにしばられながら、ノーラン一族について聞き忘れたことに気がついた。




「あのクソ爺、ここまで読んでいたのかな」

 拷問されるかと身構えていたが、牢に放り込まれて、そのまま放置されている。

 土牢で格子は木製だ。

 2つずつ、向かい合わせに作られていて、右手にオレ達がつれてこられて時に使った鉄扉がついている。

「なあ、どう思う?」

 同じ牢に投げ込まれたムーは、壁際に膝を抱えて丸まっている。

 返事をする様子はない。

「黙っていてわかるかよ」

 ショッキングピンクの上下。白い飛び跳ねた髪。幼児体型のチビ。

「オレにわかるように説明しろよ、ハニマン爺さん」

 ムーが顔を上げた。

 デカい瞳はそのままだが、目つきが鋭い。

「なぜ、わかった」

「そりゃまあ、なんとなく」

 命がけの依頼をいくつこなしてきたかわからない。

 追いつめられて、次の行動を、自分の考えを、相手の動きを、ムーに伝える時間はない。

 何も言わず、同時に動いて、かろうじて命を拾ってきた。

「いったい、どういうことなんだよ」

「欲しいものがあってな」

「そいつをレティ・ノーランが持っているのか?」

「わからん」

 爺さんは片膝を立てると、そこに肘をつき、手のひらに頬を乗せた。

「この件の始まりは200年前におこった」

「できたら、説明は1分以内でお願いします」

「この老いぼれに早口で話せと?」

「わかりました。できるだけ短くお願いします」

「約200年前、ルロイ・ノーランという男がリュンハから大切なものを持って逃げた。そいつを取り戻したい」

 爺さんが意味深な笑いを浮かべている。

 短い。

 オレがリクエストした通りに非常に短いが、オレが生きて桃海亭に帰る為に必要な情報がガッパリ欠けている。

「すみませんでした。わかるように説明してください」

 内心で『クソ爺!』と怒鳴っておく。

「ノーランは代々、リュンハの城の営繕をする一族だった。約200年前、長子のルロイ・ノーランが職務を継いだのだが、このルロイ、不器用で怠け者と評判の悪い男だった。1年も経たずに次子のトバイア・ノーランに交代するよう命令がくだったのだ。そのことを不満に思ったルロイは城にあったコントロール装置をもってケキグメに逃げた」

「コントロール装置?」

「後で詳しく話す」

 オレはうなずいた。

「ケキグメの王に自分を優遇してくれるならリュンハから金を引き出してやると掛け合った。ケキグメの王が賢明であればリュンハと敵対することになる道を選ばなかっただろう。ところがルロイに輪をかけた無能の王で喜んでルロイを受け入れた」

 オレは首を傾げた。

 ケキグメ王国とリュンハ帝国。

 国力が違う。リュンハ帝国がその気になれば、ケキグメなどすぐに殲滅できただろう。

「リュンハ帝国の歴史は長い。わしのような賢帝ばかりではない」

 爺さんが賢帝かはこっちに置いておくとして、当時のリュンハ皇帝はアホだったらしい。

「コントロール装置が盗まれたことに狼狽して、ケキグメの条件を飲んだ」

「わかった。あとはレティ・ノーランのことだけでいい」

 爺さん、目を細めた。

「想像でいい。わしの話の続きを言って見ろ」

「話しても、話さなくても関係ないだろ」

「わしがどこまで読んだか知りたいだけだ」

「間違っているかも……」

「話せ」

 オレはため息をついてから、話し始めた。

「まず、200年前のケキグメが貧しい国であったことが前提だ。ケキグメはリュンハ帝国に貝細工を売却するという形で収入を得ることにした。だが、貧しいケキグメと交易しようとする国はほとんどない。貝の値段をつり上げれば、リュンハも黙っていない。そこで金による交易をあきらめ、リュンハから直接物資を提供して貰うことにした。手に入れた物資は直接国民に配給している。だから、都の中に店がない」

「面白いことを考えるな」

「終わりでいいか?」

「続けろ」

「盗まれてすぐにリュンハが兵を出せばコントロール装置は取り返せた可能性が高かった。アホ皇帝……失礼しました。200年前の皇帝様が兵を出すことよりも金を出すことを選んだ為に取り戻すのが難しくなった」

「なぜ、そう思う?」

「今でも人口2000人だろ?リュンハの経済的支援がなかった200年前はもっと少なかっただろう。国民皆家族、国を裏切りリュンハにつきそうな奴くらいわかる。つまり、リュンハは内部にスパイを作れなかった」

 国民が皆、お互いを見張っているのだろう。

「コントロール装置を手に入れてから、200年働かないで食ってきたんだ。ケキグメとしては、いつまでもリュンハに寄生したいと思うのが普通だ。コントロール装置はどんなことをしてでも渡さないだろう。で、桃海亭にきたおっちゃんが言ったわけだ。『スザラーロが貝を買いにきている』と。何かとんでもないことがおこったんだろうな」

「ほぼ合っている。つけ加えるならば、200年前の皇帝が取り戻すことより金を払うことを選んだのは、コントロール装置に王城の自爆機能もついていたことが関係しておる。王城など捨てればよいだけのこと。それすらもわからぬとは、わが先祖ながら情けない」

 さすが、ハニマン爺さん、肝っ玉が据わっている。

「ウィル、コントロール装置がどのようなものかわかったか?」

 ルロイが営繕係だとすれば、持ち出したコントロール装置が戦闘に関わるものではない。敵国を滅ぼせるほどの強力な武器であるなら厳重に管理されていて、営繕係では持ち出すのは難しいだろう。

 警備が甘いもので、城になければならない。それ自体は脅威ではないが、使い方によっては国を滅ぼすこともできるもの。

「わかりません」

 頭を小さな拳でコツンと殴られた。

「思っているものを言ってみろ」

 ルブクス大陸の北にはたくさんの国がある。

 爺さんは4つしか言わなかったが、今回の件に関係しているのが4つということで、部族レベルになるとかなりの数だ。だが、大国と言われるのはシェフォビス共和国とリュンハ帝国の2つだ。シェフォビス共和国は最近小国が集まってできた国だから、歴史ある大国はリュンハ帝国だけだ。

 国の力は数だ。生産も軍事も、力をあげるには人の数が多くなければならない。そして、その人の数を増やすためにもっとも必要なのが食料で、北の国が食料を手に入れるために必要なもの。

「気象コントロール装置」

 爺さん、ため息を付いた。

「違ったか?」

「あっている」

「そんな大切なもの、ポイっと置いとくなよ」

「気象コントロールはリュンハの経済を支える重要なファクターだ。東西南北の隠し砦と王城を加えた5カ所に大型の気象コントロール装置が設置して、リュンハ全体の気象をコントロールしている。コントロール装置の警備は厳重で、魔法結界が幾重にも張り巡らされており王族でも許可を取らずに近づくことはできない。持ち出されたのは初期に試作された出力の弱い簡易コントロール装置だ。ごく限られた地域の天候を狂わすだけなのだが、気象というのは厄介な代物で一カ所狂わされると全体に影響が及ぶ」

 そう言うと、うつむいて深いため息を付いた。

 数秒後、顔を上げた。

「リュンハで行け」

「はい?」

「この仕事が終わったら、リュンハの城で働け。わしが紹介状を書いてやる」

「いえ、オレには桃海亭があるので」

「人には適材適所がある」

「オレは生まれながらの古魔法道具店の店主です」

「わしには魔法道具の知識の有り余るほどある」

「はい?」

「わしは魔法道具の鑑定ができる」

 先が予想できた。

「桃海亭のオーナーはオレです」

「魔法道具の販売も買い取りも得意だ。商店街の人望も、二ダウの人々の人気もある」

「爺さん、あきらめてリュンハに戻って仕事しろよ」

 爺さん、頬を膨らませて、プイっと壁を向いた。

 爺さんを心から尊敬しているリュンハの人々に、この姿を見せてやりたい。

「そういえば、爺さんがムーに乗り移っているのか?それとも爺さんがムーに化けているのか?」

「シュデルの道具で変身しておる」

 それで出るときにシュデルが真剣な顔で『気をつけて』と言ったのだろう。

「ムーは桃海亭か?」

「シュデルに頼まれて、ペトリの家に預かってもらう手はずになっている」

 ムーVsシュデルにならないよう、予防策は取ってくれたらしい。

「ありがとな」

 あとはレティ・ノーランの話を聞けば、パーツは揃う。

 格子の向こうに見える鉄扉が開いた。足音がバタバタと響き、兵士の格好をした数人の男たちが入ってきた。

 格子の向こうからオレ達に聞いた。

「レティ・ノーランはどこにいる」




「知りません」

 オレが答えた。

「お前達、桃海亭の【極悪コンビ】だな」

 ケキグメの兵士が断言した。

 オレは振り返って壁際にいる爺さんをにらんだ。

 爺さんは『辺境のケキグメなら桃海亭を知らない』と言った。それなのに桃海亭の【極悪コンビ】とまで言われた。

「ムー・ペトリとウィル・バーカーに間違いないな?」

 オレとムーならその通りだが、いまはムーの姿をした爺さんだ。

「違います」

 本当のことを言った。

「貧乏そうな若者とピンクのチビ。情報通りだ」

「あのですね、ピンクのチビはわかります。どうして、貧乏そうな若者がオレと決めつけるんですか?」

 オレに『貧乏そう』と言った兵士が困った顔で、隣の兵士に小声で聞いた。隣の兵士が小声で答えた。

「こいつも貧乏そうに見えるそうだ」

 オレが次の台詞を考えていると、再び鉄の扉が開いて、カツカツという足音が聞こえた。

「話したのか」

 兵士の格好をしているが女性だ。

 金髪巻き毛にアーモンド型の緑の瞳。抜けるような白い肌をしている。

 オレは格子を両手でつかんだ。

「そういうことかよ、爺、だましたな!」

「な、何を言っている」

「ケキグメ族の女性は金髪で緑の瞳なんだ!」

 遺伝子で決まっているのだろう。

「当然のことを、なぜ叫ぶ?」

 不思議そうな顔された。

 オレは爺さんの耐久度を考えた。ムーと同じレベルなら、多少力を込めて蹴飛ばしても大丈夫なはずだ。

「オレは夢見ていたんだ!」

 帰りの飛竜、クルクル巻き毛の可愛い女の子が隣に座ってくれる。真っ白い肌で金色の髪、緑の瞳。伏し目がちに、それでいて時々チラリと恥ずかしそうにオレを見てくれる。

「同じ配色の婆さんは見たくないんだ!!」

 女兵士の年は70歳を楽にこえている。

「お主、頭は大丈夫か?」

 婆さん、怒らず、心配してくれた。

「レティ・ノーランは16歳だよな。婆さんと同じ金髪で緑の瞳だよな?可愛いんだよな?こう笑顔が恥じらうような感じでさ。身長は低いよな?オレ、長身の女はイヤなんだ。殴ったり、蹴ったりするから」

「お主、レティ・ノーランを知らんのか?」

「知らない。迎えに行って欲しいと言われたから、迎えにきた。それで、可愛いのか?可愛くないのか?」

「可愛いぞ」

「本当だよな、嘘じゃないよな」

「ただ」

「ただ?」

「変わっている」

「ならいい。もう帰るから牢を出してくれ」

 婆さん、ブッと吹き出した。

「演技ではないようだな」

「演技?」

「こやつを牢から出してやれ」

「よろしいのですか?」

「レティ・ノーランに会ったことはないようだ」

 オレの方を向いた。

「すぐ王都から出て行くというなら牢から出してやる。どうする?」

 オレはコクコクとうなずいた。

「よし、こいつらをたたき出せ」

 牢の鍵が開けられた。

 オレは爺さんの唇に笑みが浮かんでいるのを確認していた。




「もう来るなよ」

 オレとムーの姿の爺さんが、関所から追い出された。

 オレは関所から離れるように歩きながら、爺さんに聞いた。

「見つけたのか?」

「中にいた」

「もしかして」

「連れてこい」

「会ったことがないんだぞ」

「大丈夫だ。ウィルならばわかる」

「もしかして、レティ・ノーランは」

「お前とは逆だ」

 オレは深々とため息をついた。

 爺さんが桃海亭で言っていた。ケキグメには魔術師はいない、と。

 魔術師は遺伝だ。魔術師のいない国に魔術師は生まれない。だが、ルロイ・ノーランが魔術師ならば、子孫に生まれる可能性がある。

 魔力のない2000人の人々がいる国に生まれた、たったひとりの魔術師。

「先月モリンズは『れてぃ きて』と書かれた例の貝をケキグメ担当の部署から受け取るとすぐに息子のところに届けた。だが、魔法が発動するわけでもなく、魔力も込められないことから調査の対象から外された。そこでモリンズはわしのところに持ってきた。わしは調査を命じた。その調査結果を桃海亭にいるわしのところに持ってきた」

 モリンズのおっさん、余計なことを。

「ケキグメに魔法を学ぶ環境はない。どのようにして魔法文字を覚えたのか知らないが、健気だとは思わないか?」

「わかった。健気な女の子を助けに行くから、爺さんもついてこいよ」

「年寄りに肉体労働は………」

「爺さん、オレの剣だよな?」

 あの時点ではムーを指していると思っていた。

 だが。

「剣と辞典を連れて行く、と言っていたよな?つまり、爺さんがオレの剣で辞典だよな?」

「あの様子では必要ないだろう」

 危機管理がされていない。

 オレでも、この状況で不審者を釈放はしない。

 捕まえたら、まず、尋問、どうしても聞きたければ拷問。

 兵士達もろくに訓練をしていない。たぶん、1対1ならオレでも勝てる。

 長年、リュンハの翼の下にいて、自力で国を守ってこなかったことがわかる。

「爺さん、オレは健気なレティを連れ出さなければならないんだ」

 爺さん、恨めしそうにオレを見た。

「見かけはムー・ペトリだが中身はわしであることには変わらない」

「それで?」

 レティの状況がわからない。オレの手に負えないかもしれない。そのとき、爺さんの力がいる。

「黒魔法しか使えんぞ」

「わかっている」




「もう少し右側だな」

 爺さんを抱えて、ケキグメの兵士に見つからないよう国境から500メートルほど離れた位置で、国境に沿うように走った。その間、爺さんは何度か都に魔法で探査してレティの位置を確認している。ケキグメの中で移動する魔力はひとつ。弱々しいことからレティと爺さんは判断した。

「魔法道具じゃないのか?」

 道具には魔力を持っているものもある。

「リュンハはケキグメに魔法道具を提供したことはない。リュンハが物資を提供するまでは、大陸でも最貧国に位置する部族のケキグメが魔法道具のような高額な品を手に入れるすべはなかったはずだ」

「例のスザラーロが渡した可能性は?」

「スザラーロの動きを、リュンハはすべて把握している」

「なんでスザラーロが出てきたんだ?」

「わからん。リュンハも例のコントロール装置の件だと思い、監視を続けていたのだが、スザラーロの動きは貝細工を購入しようとしているとしか思えない」

「レティ・ノーランがコントロール装置を持って逃げている可能性は?」

「それはある」

「コントロール装置を失う可能性を考えたケキグメが、スザラーロの弱みを握ってリュンハの後釜にしようとした可能性は?」

「否定できないが、スザラーロは共和国だ。政治も文化もシェフォビスに近く、魔法にはほとんど依存していない。スザラーロがケキグメに握られる弱みが想像できん」

 爺さんが片手をあげた。

「飛ぶぞ」

「えっ」

 オレが考えるより早く、爺さんが浮かび上がった。爺さんを抱えているオレも一緒に浮かび上がる。上空10メートルほど緩やかにあがると、ケキグメに向かって移動を始めた。

 スピードは早いがストレスを感じない。ムーとは違い完全にコントロールがされている。

 ケキグメの国境を越え、王都を囲っている板壁を飛び越して、集積場のような場所に降り立った。車輪のついた大きな荷車が20台以上並んでいる。荷車に乗っているのは海草のような緑色のグニャグニャしたものだ。

 並んだ大きな荷車の影に、小さな影が見えた。

 抱えていた爺さんを下ろし、2人で並んで近寄った。女の子が脅えた顔でオレ達を見た。

 16歳と爺さんは言ったが見た目は12、3歳にしか見えない。顔がほんのり赤く、息が荒い。

 オレは似た症状を見たことがある。おそらく、魔力の溜め過ぎによる障害だ。

 魔力を微量しか作れない場合は問題ないが、ある一定以上作れる場合は小さい頃に魔力の使い方を誰かに教えて貰う。親が魔術師だった場合は親に、そうでない場合は魔力の使い方を教えてくれる教室に行く。

 普通の魔術師は戦わなくても日常で使う魔法、たとえば火をつけるとか、室温を調節するとかで使ってしまう。だから、魔力の溜め過ぎによる障害はおこらない。

 だが、誰にも教えてもらえなかった少女は、魔力の使い方がわからず自分で頑張るしかなかったのだろう。なんとか消費して生きながらえたが、いまだに魔力がうまく使えない状況が続いているのだろう。

 顔は遺伝子の関係なのか前にあった2人の女性に似ていた。女兵士が断言した『可愛い』は”容姿が優れている”ではなく、”小さい”という意味だった気がする。

 オレは屈み込むと、少女に言った。

「リュンハに行かないか?」

 オレ達が空から降りてきたことで、魔術師だということはわかったはずだ。

 少女は立ち上がった。

 細い手足。よろめきながらも一歩踏みだし、腕の中に崩れ落ちた。

 爺さんの腕に。

「よしよし、もう大丈夫だからの」

 少女はムーの姿の爺さんに、両腕を回すようにしてしがみついた。

 自分より小さな少年にしがみついているのに、少女は安心した表情をしている。

「さてと、わしらは帰るか」

「コントロール装置はいいのか?」

 少女は薄い布地のワンピースを着ていて、装置を隠せるようなところはない。手にも何も持っていない。

「それはお前に任せる」

「へっ?」

「20センチ四方の赤い石造りの箱だ。見つけたら、リュンハの王城に持って帰ってこい」

「え、帰るんだろ?」

 足音が複数近づいてくる。

 並んでいる荷馬車の向こう側から十人を越える兵士が現れた。

 先頭の兵士が叫んだ。

「レティ・ノーラン。そこを動くな!」

 少女の名前をまだ聞いていなかったことに気が付いた。どうやら、少女がレティ・ノーランで間違いないようだ。

「なぜ、逃げた!」

 オレと爺さんは無視されている。どうやら、侵入者だと気づいていないようだ。

 うまくダマせば、逃げられる。

「笑える。貴様ら、最高に笑えるぞ!」

 爺さんがいきなり兵士たちに言い放った。

 そして、自分にしがみついたレティを支えるように腕を回すと、空に浮かび上がった。

「我が名はムー・ペトリ。桃海亭の極悪コンビの片割れ。ルブクス大陸にて最も残虐で無慈悲な魔術師。この少女は我がいただいた。返して欲しければ、エンドリア王国の桃海亭に来るがよい。だが、その時には貴様らの命は灰と化すだろう」

 そう言うと高笑いをしながら、遠ざかっていった。

 爺さん、悪者キャラを演じて楽しそうだった。

 オレとムーの評判がさらに落ちることは考えてはくれなかったようだ。

 笑われた兵士たちが、怒った顔でオレを取り囲んだ。

「貴様、ムー・ペトリとはどのような関係だ」

 ムーとの関係を話すとややこしくなる。でも、いま飛んでいった偽ムーとの関係は簡単だ。

「オレもダマされました」

 兵士たちはオレの答えに虚を突かれたらしい。

 怖い顔から、驚いた顔に変わった。

「いい女を紹介するとついてきたら、こんな北の国にひとりで残されました」

 驚いた顔が不愉快そうな顔に変わった。

「『こんな北の国』で悪かったな」

「すみません。素敵な北国に置き換えてください」

 兵士達が戸惑っている。

「オレ、今、裏切られて、どうしていいかわからないです。将来について考える時間を少しだけくれませんか?」

 条件はたったひとつ。

 オレが、ウィル・バーカーだとわかるかどうかだ。

 ウィル・バーカーをいう名札を外したオレは、人畜無害、ボッーーとして何も考えていない、さえない若者の典型らしい。

 兵士たちが顔を寄せ合って相談し始めた。

 意見の衝突はなかったらしい。あっさりと決まった結論をオレに告げた。

「1時間後、関所に来い」

「わかりました。必ず行きます」




「あれが宮殿かな?」

 民衆の家が木造平屋なのに、宮殿だけは石造りの3階建てだ。1メートル四方の石を組み合わせて作っている。あの大きさだと奥行きもかなり厚いだろう。

「寒さ対策かな」

 ハニマン爺さん、よく『リュンハは寒い』とグチをこぼす。リュンハ帝国より北のケキグメは更に寒いだろう。

 地面を見た。影の長さと位置で方角を確認した。

「あっちかな」

 北西の方角に向かって、歩き始めた。

 ルロイ・ノーランが自分の命綱のコントロール装置を王に渡すはずがない。宮殿や宝物庫を探すのは時間の無駄だ。

 身近にも置かないだろう。見つかって取り上げられたら殺される恐れがある。操作が複雑でルロイしか扱えないようなものなら、ルロイが死んだところでリュンハが回収に動いただろう。

「誰にでも操作できる機械。ケキグメにもリュンハにも面倒な装置だよな」

 アホが装置を動かしたら、すべてが終わりになる。

 ケキグメは物資を受け取れなくなり、最貧国に逆戻り。人口が増えている分、前よりひどいことになるだろう。

 リュンハ帝国はどのように操作されたかによって違うだろうが、農作物の生産量に影響したら、国力の低下が考えられる。ケキグメに報復もしなければならない。

「ま、ルロイもそのことは考えただろうな」

 200年間動いていない。

 運よくアホが出なかったと考えるより、予防策が張られていたと考える方が自然だ。ルロイが天才とか頭が切れるやつなら、オレには想像つかない。でも、殺されるかもしれないケキグメに逃げる程度だから、普通の人間が考える範囲で収まるだろう。

「お、あれかな」

 人家が少なくなった細い道の先に扉がある。王都を囲む板壁をくり抜くように小さな扉がつけられている。

「失礼します。善良な古魔法道具店の店主です」

 挨拶しながら扉を開けた。

 細い道が続いていた。左右には茂った森。10メートルほど先に開けた空間がある。

 抜けた扉を静かに閉めて、細道を足早に抜けた。

「お休みのところ失礼します」

 並んでいるのは墓標。

 奥の方に小さな石室が並んでいる。偉い方々の墓だろう。

「すみませんね、すぐに帰りますから」

 必ず子孫に伝えられる場所。

 遺産が墓に隠されることは多い。

 石室に書かれている名前を順番に読んでいく。

 装置は動かせる状態でないとリュンハは脅しに乗ってくれない。だから、いつでも動かせるけれど、簡単に動かされないようルロイは何かしたはずだ。操作方法を口伝で子孫の1人にしか伝えなかったとか、ストッパーは仕掛けておいたはずだ。

「お、これだ」

 ルロイ・ノーランと書かれている。その下に長々と書かれている名前は、ローランの子孫達なのだろう。

「ええと、失礼、あ、ダメだ」

 扉に魔法文字が刻まれている。

 爺さんがいれば読めただろうが、オレを置いて帰ってしまった。

「ん?」

 文字が変だ。

 オレは魔法文字を読むことはできないが、ムーと一緒にいると目にする機会は多い。

「こんな字、あったか?」

 簡易魔法文字から神聖文字までムーの後ろで見てきた。字にも見えないような古代文字も何種類も見た。だが、この魔法文字は見たことがない。

「まずいなあ」

 魔法文字でないとなると、文字は扉を開く鍵穴で、鍵がないと扉が開かない可能性がある。もしそうなら、鍵を持っている子孫以外開けられない。

 他に方法がないかと石室の周りを一周した。強固な作りで人の力で壊せるような物じゃない。壁の下に掘った後が数カ所見つかった。誰かがここに装置があると考え、地面の下から石室へ侵入することを試みた痕跡だろう。どこも埋め戻されているところを見ると失敗したのだろう。

「レティはどこ?」

 後ろから声をかけられた。

 近づいてくる気配は感じていた。敵意を感じなかったので放っておいた。

 振り向くと40歳くらいの女性がいた。金髪巻き毛で緑の瞳。顔もレティに似ている。他の2人の女性とも似ているが。

「リュンハに行きました」

「リュンハ………」

 不思議そうな顔をした。

「大丈夫です。レティさんをリュンハに連れて行ったのは治療のためです」

「治療……レティの病気なの?」

「魔力の溜まりすぎです。レティさんは魔術師なんです」

「魔術師……魔法を使う人のこと?」

「そうです」

「そう、レティは魔術師だったの」

 どこか現実感がないようなフワフワした返事の仕方だ。

「もしかして、レティさんのお母さんですか?」

「ええ」

「この扉を開けてくれませんか?」

「開けることはできないわ」

「なぜですか?」

「そこにはコントロール装置があるから」

 見つけた。予想通りだ。

「オレに任せてみませんか?」

「任せる?」

「ケキグメはいま困っていませんか?」

 レティ・ノーランはコントロール装置と関係なかった。

 となると、わからないのがスザラーロ共和国の動きだ。

 スザラーロがケキグメを手に入れても、間にポカジョリット王国とリュンハ帝国があるから、手に入れるメリットがわからない。それでも、動いているならば、何か理由があるはずだ。

「困っている。でも、もういいかも」

 投げやりだ。

 何か事情があるのだろうが、オレの女の扱いの下手さには定評がある。関わらないのが最上の手だ。

「もういいですか。それじゃ、扉を開けてください」

「ダメよ」

「開ければ、すべてうまくいきます。レティさんも幸せになれます」

 若干希望も含まれているが、実際に動くことになるのはオレではなく爺さんだからなんとかなるだろう。

「そうね。開ければ終わるのよね」

「はい、開けてください」

「開けるから、レティを殺して」

「はい?」

「あの子は悪魔に憑かれているの」

「いえ、レティさんは魔術師で」

「殺して」

 フワフワとまるで夢を見ているように言う。

「あのですね」

「コントロール装置は誰にあげようかしら」

 絶望という言葉が頭に浮かんだ。

 話が通じない。

 何を考えているか、全然わからない。

ーー 頼む!! ーー

 聞き慣れた声と共にモップが宙に現れた。

 そして、すぐに消えた。

「おい、モジャ!何を頼むのか……」

「ムーさん、覚悟してください!」

 声の方を向くと、シュデルが右手を高々とあげていた。

 手首に細い金のブレスレットがはめられている。

「シュデル!」

 腕をつかんで下ろさせた。地響きがした。地面に数本の線が放射状に描かれた。

「危ないだろうが!」

 シュデルの頭をはたいた。

「あれ、店長。なんでいるんです?」

「ムーと喧嘩していたのか?」

「そうなんです!ペトリさんの家に行く約束だったのに、行かずに桃海亭に居座ってやりたい放題なんです。あれほどやめて欲しいと頼んでいるのに、キャンディの紙を壷や瓶に入れたり、べたべたした手で魔法道具を触ったり………」

 シュデルの目が据わってきた。

「アーグレンの腕輪はやりすぎだ」

 アーグレンの腕輪。

 形状は細い金色のブレスレット。腕輪から不可視の紐が出て、相手を攻撃する。紐の数は1本から20本まで調節できるようだが、不可視なのでオレは見たことがない。シュデルは、遠くの物を取ったりするのに使っている。

「僕の話を聞いたら、当然だと思います」

「何をやらかしたんだ?」

「レモンジュースをこぼしました。そのせいでシルベスター雲母の天体球が真っ黄色に染まりました」

 ムーがいたら蹴っ飛ばしているところだ。

 シルベスター雲母の天体球は高額商品だ。

「天体球は僕を救うために、命を捨ててくれたのに」

 そういえば、そんなこともあった。一度だけという約束でモジャが治してくれたのだ。

「シュデル」

「はい」

「シルベスター雲母の天体球の件は後だ。とりあえず、あれをなんとかしてくれ」

「あれですか?」

 レティの母親はオレ達をぼんやりと見ている。

「あの女性に石室を開けてもらい、中の物を出したい」

 急いでいることがわかったのだろう。

 詳しい説明を求めず、すぐにうなずいてくれた。

「わかりました」

 シュデルが近づくと、初めて表情が動いた。

 さすがに驚いているようだ。

 道具オタクには不要な美貌だが、こういうときは便利だ。

「あの扉を開けていただけますか?」

「ダメ」

「どうしてですか?」

「先にレティを殺して」

「後で殺してあげます。優しく、苦しまないように」

「本当に?」

「はい。僕を信じてください」

 レティの母親はポケットから石版を取り出した。石版に扉に書かれている魔法文字が逆さ文字で凸に刻まれていた。それを扉の入り口に押し当てた。

 扉は音を立てて、横にスライドした。

「店長」

「わかっている」

 入り口が大きいせいで、石室の内部はよく見えた。正面に20センチ四方の赤い箱がある。壁の一部をくり抜いて、そこに納められている。

「店長、あれがコントロール装置です」

「わかった」

 場所は墓場。

 シュデルの独壇場だ。

 近づいてみた。

 箱の置かれている場所に、魔法陣のようなものが刻まれている。

「シュデル、この魔法陣はトラップか?」

「いいえ、違います」

「持ち上げても大丈夫か?」

「ダメです。その箱には触れないでください」

 刻まれている魔法陣はかなり古い。

 この場所に箱を置いたのは、ルロイ・ノーランの可能性が高い。

「シュデル」

「はい」

「ルロイ・ノーランという人物がいないか?」

 少し黙った。

「記憶が断片的ですが残っています」

「このコントロール装置を持ち出したい。持ち出すにはどうすればいいのか聞いてくれ」

「わかりました」

 部屋の隅に行くとなにやら話している。そして、すぐに戻ってきた。

「この箱の………」

「ダメ!」

 女性がシュデルに飛びついた。

 だが、シュデルに触れる前にはね飛ばされた。床にしりもちを付いた。

「……なに」

 呆然とした顔をしている。

「あなたはサフロン・ノーランですね?」

 シュデルが見下ろす形で女性に聞いた。

「そう」

「あなたに会わせたい人がいます」

 そう言うと、片手を振った。

 女性の前に男性の姿が浮かび上がった。半透明だが輪郭ははっきりしっていて、顔に浮かんだ苦しそうな表情までわかる。

「お父様………?」

「はい、あなたの父君ザドク・ノーランの亡霊です。あなたのことが心配で、ここに留まっていたのです」

 サフロンは亡霊の足にすがりついた。

 シュデルがまた手を振ると、亡霊の色がわずかに濃くなった。シュデルが実体化に力を貸しているのだろう。

 サフロンは幼子のようにワンワンと声を上げて泣きだした。そのサフロンの髪をザドクは優しくなぜている。

 説明を求めたいが、求められる雰囲気じゃない。

 10分ほど大泣きしたサフロンは父親に助けられるようにして立ち上がった。真っ赤になった瞳、瞼は腫れあがっている。それでも、オレと最初にあったときよりは、落ち着いた雰囲気がした。

「助けて」

 シュデルにそう言った。

「助けます。あなたもレティも」

「レティも?」

「約束しましたよね。殺すと」

 サフロンの目が左右に落ちつきなく動いた。

「僕が殺すのは、あなたを苦しめたレティです」

 サフロンの目が再びシュデルの顔を見た。

「あなたを苦しめたレティも、レティを苦しめたあなたも殺します。少し時間がかかるかもしれませんが、今度あなた方が再会するときは、あなたが愛することをためらうことのないレティになっていると思います」

 サフロンの瞳から再び涙がこぼれだした。だが、涙の種類は先ほどとは違うようだ。

 説明を求めたいが、オレから見えるシュデルの背中が『店長は絶対に黙っていてください。一言も口を開かないでください』と言っている。

 父親に肩を抱かれ、もたれるようにしてよりかかっていたサフロンの向こう側、石室の入り口に人影が現れた。

「入らないでください」

 シュデルが冷たい声で言った。

 人影は足を止めた。

「戻って伝えてください。『桃海亭が出てきた』と」

 数秒ためらったが、人影は音もなく消えた。

「サフロンさん、コントロールは固定されていますね?」

 サフロンがうなずいた。

 シュデルがオレを見た。

「説明は後です。サフロンさんも店長もここを出ます」

 サフロンは父親の亡霊を見た。父親の亡霊がうなずいた。

 シュデルが出て、サフロン、オレと続いた。

 石室の扉はサフロンが閉めた。扉の向こう側にいる父親をせつなそうな顔で見ていた。

「鍵を渡してください」

 受け取った石版のような鍵を、丁寧に懐にしまった。

「サフロンさんは、いつも通りの暮らしをしていてください。できるだけ早くに事態を動かします」

「でも」

「わかっています。サフロンさんにしていただければならないのは、いつも通りの暮らしです。ケキグメが変わることになるか、このままでいくのか、それは僕にもわかりません。それでも、いまの状況を放置しておくわけにはいかないのです」

 サフロンがうなずいた。

「では、僕たちは行きます。お元気です」

「レティのこと、どうか」

 サフロンが両手を胸の前で組んだ。

「安心してください。レティといま一緒にいるのは、大陸最高の魔術師です」

 そう言ってサフロンに微笑むとオレを見た。厳しい顔つきになっていた。

「店長、行きましょう」

 何もわからないまま、オレはシュデルと墓場を後にした。




「すみません、通してください」

「55分、よし時間内だ。通れ」

 関所に行くと、何の審査もされず、オレは普通に通してもらった。

 シュデルはアーグレンの腕輪の力で、人目につかないところで壁の向こうに移動した。オレは重くて運べないとアーグレンの腕輪が言ったそうだが、腕輪が嫌がった理由はわかっている。魔法道具のほとんどがシュデルと二人っきりになりたがる。オレと予定地点で合流するまでシュデルに目一杯甘えるのだろう。

 関所を通り、飛竜で降りた地点に向かって歩き出す。オレ達が乗ってきた飛竜は爺さんが使っていないだろう。だが、あの爺さんがそのままにしておくはずがない。別の飛竜を手配しているか、オレが移動できる方法を考えているはずだ。

 のんびりと歩く。ムーがいないから、自分のペースで歩ける。

 今回の件、別れる前にシュデルに説明してくれた。

 爺さんが『スザラーロ共和国が出てきた理由がわからない』と言っていたが、当たり前だ。パズルのピースが違っている。足りないでなくて違うのだ。それも1つや2つじゃない。

 ハニマン爺さんほどの切れ者なら、1つくらい足りなかったり間違ったりしてもなんとかしただろうが、間違いが多すぎる。

 ブラブラと歩き、関所が見えなくなって20分ほどしたところで、男たちが5人ほど現れた。

「桃海亭だな?」

「違います」

「ウィル・バーカーだな?」

「違います」

 5人が集まった。話し合いをしている。

 オレは話し合っている男たちの横をのんびりした足取りで抜けた。

「別人か?」

「ヒョロヒョロとしていて、あの有名なウィル・バーカートは思えないぞ」

「旅人と言うことになるが」

「ケキグメに旅人などくるのか?」

「しかし……」

 5人から遠ざかり話し声が聞こえなくなって、少ししてから男たちが追いかけてきた。

「動くな!」

「命をいただく」

 全員剣を抜いている。

「人違いです」

「もし、ウィル・バーカーだったら困る。殺しておけば問題ない」

 別人でもこの僻地なら、殺しの隠蔽は簡単だと踏んだらしい。

「やっぱり、こうなるのかよ」

 オレは走り出した。

 逃げ慣れているから長距離走には自信がある。ムーを抱えていないからいつもより早く走れる。重たい剣を持っている追っ手を引き離していく。

「待て!」

 シュデルの話が正しいことが、オレが追われることで裏付けされた。

 オレを追ってくるのはスザラーロ共和国の人間ではない。小国のスザラーロの役人が大帝国リュンハの領地で剣を振り回したりしない。

 気持ちよく走っているオレに、影が落ちた。走りながら見上げた。

「げっ!」

 大型飛竜の編隊が上空を埋め尽くしている。

 真っ赤な布地に黒いドラゴンの紋章。

 リュンハ帝国だ。

「あれは」

 追っ手も気が付いたらしい。

 オレを追うのをやめて、剣を納め、来た道を必死で戻っていく。

「仕事が早いな」

「ハニマンさんですから」

 笑顔で茂みから姿を現したのはシュデル。

 合流地点よりかなり前だが、オレを待っていてくれたらしい。

「情報源はレティかな」

「おそらく」

 オレと別れて、まだ1時間。

 レティから得た情報で、間違ったピースを正しいピースに直して、状況を把握。制裁を決定して行動。

「化け物だな、あの爺さん」

「リュンハ帝国の前皇帝ですから」

「前、いらないじゃないか?」

 この早さだと現皇帝の判断を仰いでない可能性が高い。

「前でないといけないと思います」

「はぁ?」

「乗っているようです」

「爺さん、あの編隊にいるのか?」

「元の姿に戻って、先頭の飛竜で指揮をとっているようです」

 たしかに現皇帝がやったら、まずいかもしれない。

「よし、あとは爺さんに任せた。オレ達は桃海亭に帰るぞ」

「はい」

 飛竜乗り場に行くと予想通り、爺さんが手配した高速飛竜が待っていた。行き先がリュンハだと聞いたオレは、ロラムの人間がいることを理由に乗ることを固持した。シュデルが石室の扉の鍵を爺さんに渡してくれるように託し、野宿覚悟で歩きだした。

「店長と2人旅は久しぶりですね」

「そうだな……あっ」

「ああっ!」

 桃海亭にムーがひとりで残っている。

 あのチビデストロイヤーをひとりで暮らさせたら大変なことになる。

「急いで帰るぞ」

「はい」

 オレとシュデルは走り出した。




「ありがとうな」

「いつもありがとうございます」

ーー 迷惑をかけて済まなかった ーー

 モジャが柄を下げた。

 オレとシュデルは旅の3日目、モジャの迎えで終わりとなった。モジャが来てくれなければ、リュンハからは桃海亭まで走っても半年かかる。

「僕がいけないのです。思わず、怒ってしまって」

ーー ムーはきつく叱っておいた。天体球の色は戻しておいた。まだ子供なのだ。許してやってくれ ーー

 ムーが反省しているとは思えないが、モジャに言われるとうなずくしかない。

「今回はシュデルを連れてきてくれて、本当に助かった。もし、シュデルがいなければ、オレはコントロールの箱を持ち出して、ケキグメは大変なことになっていた」

 ルロイ・ノーランが気象コントロール装置を盗み、脅されたリュンハが食料の支援をすることになった。

 この前提が間違っていたのだ。

 情報が改竄されて、まったく違ったストーリーで動いていたのだ。

 改竄したのはパラモール公。リュンハ北西部を治める上級貴族だ。ケキグメと接しているリュンハの地もパラモール公が治めていた。

 約200年前、ケキグメは作物の不作から食糧難に陥った。部族全滅の危機に手をさしのべたが当時のリュンハ帝国の皇帝。大量の食料をケキグメに運び込んだ。命を救われたケキグメの国民はお礼として貝の細工物を作って送った。この時、貝を包むのに使われたのがケキグメに自生している苔だった。レティが隠れていた荷車に山積みになっていた緑のヘロヘロがその苔だ。

 この苔が特殊な苔であることに気が付いたのが営繕係だったルロイ・ノーランだ。学生時代、専攻が苔の研究だった。ごく稀にしか取れないはずの貴重な苔が大量に城のゴミ捨て場に捨てられている。上層部に訴え、ルロイは弟に職務を譲り、苔の研究員としてケキグメに派遣されたのだ。ルロイは苔から炎症に効く成分の抽出に成功し、持参した地熱のコントロール装置で苔の安定的な生産を可能にしたのだ。苔をリュンハで生産しなかったのは、収穫前の苔は魔力に触れると枯れてしまうのだ。ルロイはケキグメで妻を見つけ、死ぬまで苔の生産に尽力した。

 ケキグメはそれから200年の間、苔を育て、細工した貝と一緒にリュンハ帝国に送っていた。

 パラモール公は、ケキグメとリュンハの交易のすべてを取り仕切っていた。リュンハ帝国中枢部の人間とケキグメの者が直接会うことはなかった。苔が安定的に生産できるまで10年かかった。その間にリュンハの皇帝が病死して、代替わりをした。中枢部が混乱していたことに便乗して、情報を改竄。ケキグメを重要視していなかったこともあり、ルロイによる恐喝という話にすり替わった。

 それから、代々のパラモール公がケキグメから届いた貝と苔のうち、貝だけを中枢に送り、貴重な苔はスザラーロ共和国に売っていた。スザラーロを苔の売却相手に選んだのは、距離はそれほど遠くないのに、ポカジョリット王国がリュンハとスザラーロの間にあり、横領が発覚しにくいと踏んだからだ。スザラーロは苔から炎症の薬品を作り大もうけをしていた。

 今回スザラーロが動いたのは、苔の仕組みに気が付いたからだ。パラモール公は高額で苔を売りつけていた。ケキグメから直接買いつければ、安くなると考えた。貝を半分買うというのは、貝を苔でくるむというシステムを知っていたからだ。

「爺さんがでてきたら、スザラーロも手を引くしかないよな」

 パラモール公は儲けた金で買った武器で抵抗したらしいが、1時間ともたなかったらしい。捕縛して王城に送られた。パラモール公が治めていた地域は中枢から派遣された役人が暫定的に治め、その後のことはパラモール公の裁判の後にリュンハ皇帝が決めるらしい。

 苔は正当な値段で貝と一緒にリュンハに買われることになった。ケキグメは寄生している部族から、対等の交易相手と評価が変わった。もっとも、提供する物資の量は変わらないらしい。

 地熱のコントロール装置は設定が難しい装置だったため、ルロイ以外は操作できなかった。ルロイは自分が亡くなった後のことを考え、生前に墓を作り、地熱が安定した状態になるように調整したコントロール装置をそこに置いた。それこともあり、ノーラン一族は代々苔の生産管理をしてきた。

 ルロイは魔術師ではなかった。ルロイの子孫にも魔力を持って生まれたものはいなかった。だが、200年経ってからレティという魔術師が生まれた。ケキグメの人々はレティをどうしていいのかわからなかった。ケキグメに魔術師がいなかったこともあり、魔術師ということすらわからなかったのだ。だから、苔に触れれば枯らしてしまう、いつも熱を帯びている、成長が遅いなどから、レティは悪魔つきだということになり、小さいときから自宅の一室に監禁されていたらしい。

 皆からは疎まれ、常に体調が悪いが原因は不明。

 愛していて、心配で、それでいてどうしていいのかわからない。

 母親のサフロンはひどく苦しんだようだ。

 レティは今リュンハで魔力について学んでいる。苔に触れることはできなくても、2、3年のうちにはケキグメで暮らすことができそうだ。

「爺さん、本当に仕事が早いよな」

「ハニマンさんですから」

「このまま、ずっとリュンハで頑張って欲しいよな」

「まだ、3日間残っています」

「3日間?」

「モリンズさんがいらしたのが、息子さん公認バケーションの27日目だったんです」

「リュンハに帰ったんだぞ。残りは自動消滅だろう」

「ハニマンさんですから」

「もう、来ないよな?」

「ハニマンさんですよ?」

 シュデルにだめ押しされなくてもわかっている。

 偉大なるリュンハ帝国前皇帝のナディム・ハニマンの本性は、遊び好きで仕事が嫌い、ルタを食いながらチェスをして、ニダウの人々と世間話をして日を過ごすのがお気に入り、そんな性悪爺さんだ。

ーー 時間だ。ムーを頼む ーー

 モジャの姿が消えた。

 消える直前まで床で寝ているムーを愛おしそうになぜていた。

 オレは床に転がっていた椅子をおこして、そこに腰掛けた。

「そういえば、ケキグメの町中にいたのは男ばかりだった。なぜだったんだろうな」

 牢にいた女兵士、偽物のレティ、レティの母親以外の女性を見ていない。

 シュデルがテーブルの上のコップや皿を、片づけ始めた。

「苔の手入れや収穫、貝の花模様を彫る作業、どちらも繊細な作業のなので多くの女性が従事しているのです」

「男は遊んでいるのか?」

「そんなことありません。器用な男性は苔の手入れや貝を彫る作業をしています。兵士や貝や苔を運ぶ力仕事はほとんどが男性です。他にも配給品を配ったり、家や道を整備したりもしています」

「遊んでいるわけじゃないんだ」

「そうです。だから、店長も働いてください」

「帰ってきたばかりだ」

「休むのは片づけてからにしてください」

 3日間桃海亭はムーだけだった。

 商品はラッチの剣をはじめとして、シュデルの手下の道具達によって守られた。だが、守られなかった物もある。

「食料は全部食べられました。残っているのは調味料だけです」

 店と食堂の床に、お菓子の包装紙がばらまかれている。

 犯人は腹をパンパンにして、店の床で気持ちよさそうに眠っている。ハニマン爺さんからもらった布袋の中身を全部食べたらしい。

「シュデル、爺さんを変身させた道具でムーを子豚に変えてくれないか?」

「非常に残念ですが出来ません。元となる人型が必要です。ムーさんを店長の姿にすることならばできますが、店長の姿になっても魔法はいままで通り使えます」

「ダメか」

「店長、とりあえずこれを片づけてください。僕は店の掃除をします」

 オレは眠っているムーを小脇に抱えると階段をあがった。ムーの部屋にムーを投げ込み素早く扉を閉める。

 隣はオレの部屋だ。可動式の壁で半分に仕切って、ハニマン爺さんが使っていた。爺さんは国に帰った。可動式の壁を片づけて元通りのひとつの部屋にしておこうと爺さんの部屋に入ろうとしたが、扉が開かない。したないので、オレの部屋に行き、可動式の壁を動かそうとしたが動かない。押しても引いてもビクともしない。

「なんで動かないんだよ!」

 怒鳴ったオレの声に反応したのか、可動式の壁に字が浮き上がった。

【偉大なるハニマン様があと3日間使用しないと、動かないピョーン】

 出かける前に魔法を掛けていったらしい。

「爺さん、なに考えているだよ」

 狭い部屋にぴったりとハマっているベッドに倒れ込んだ。

 眠気が襲ってきた。

 戻らないとシュデルに文句を言われそうだと思いながらも瞼はひらかなかった。

「爺さん、戻ってくるなよ」

 切なる願いを口にして、オレはゆっくりと眠りの世界に落ちていった。


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