共犯者
月野マリアは佐藤雪が淡々と話している間中、ずっと挙動不審でフラフラだった。目は虚ろで、口は半開きで涎を垂らしており精神異常者とは直ぐに理解出来た。
正直、この女と密室で共に仕事など嫌だ。出来れば、彼女を隔離した上で仕事させて欲しいと思った。
「この人と組めば、本当にデビューさせて貰えるんですか?」
「ええ。月野とタッグを組んで頂ければ貴方は直ぐにデビュー出来ます。ただし、あくまでゴーストライターとしてですが。
どんなに月野が売れたとしても、貴方は自身が彼女の代わりに作家になっていることを絶対に言ってはいけません。
どんなに作品が評価されたとしても、手柄は全て月野マリアにあります。貴方が日の目を浴びることは無いのです。
ただし、報酬は通常の印税よりも割増で支払わせ頂きます。口止め料も含みますから。」
違う。私が欲しいのは、名誉やお金じゃないの。作品を世に出して、デビューする事。そして、片思い中の片桐君に「面白い」って。ただ一言。そう言って欲しいだけ。
片桐君が、私の小説を面白いって言ってくれたら……私とデートの約束してくれたんだ。ほんと、本当にただそれだけなのよ……。
「あのう・・一人だけ。一人だけでいいんです。どうしても伝えたい人がいるんです・・。」
「はい・・?それは、どうしてですか?」
「実は、私。別に作家になって有名になりたい訳じゃないんです。
あのう、私。実はですね。ある一人の人に恋してるんです。その人が「もし私の小説が面白かったら、一回デートしてくれる」って言ってくれたんです。
だから、彼には伝えたいんです。そうしないと、デビューする意味無いんですよ!私!」
すると、隣で黙って聞いていた月野マリアが「あははは!」と、物凄い勢いで高笑いしてきた。
「うわ!バカ女じゃん!こいつ!何それ?
男なんて、本気で手に入れたいと思ったら何が何でも頑張るわよ!
そんなの、遠回しに断ってるだけって早く気づけよ!バァカ!
っちゅーか!私、こんなバカ女とさぁ。
何で組まなきゃいけない訳?
私の創り上げる世界観、こんなロクに男と付き合った事もないような女が書ききれる事あるのかよーーー!
だってさぁ。見るからに顔に「処女」って書いてありそーな顔じゃね?
私の作品は、「元企画AV女優」が創り上げる官能小説っちゅージャンルなんだけどぉー。
普通の作家が創り上げるエロの世界よりも、よっぽど私のがエロ界のプロな訳だからさぁ。すんげえハードなのね?
こんなガチガチの「今まで親のいうことだけ聞いて、勉強ばかりしてきましたけど、何か問題でも?」みたいな女に私の事が理解出来るとおもう?
ねえ、佐藤さぁん?人選、間違ってんじゃないですぅ?
ぶっちゃけさぁーー。マジ無理ってかんじぃーーー。
ほんと、ありえないんだけどぉー!」
そう言って、月野は私の方にフラフラ歩み寄るなり「ペッ」と頬に唾をつけてきた。唾からヘドロのような異臭がする。
この女、一体いつも何を食べているのだろうか・・。スキッ歯から、苔緑のような口内が覗く。もしかしたら、この女。何かの病気にかかっているのかもしれない。
電撃的にAV界を引退したのには、もしかしたら別の理由があるのでは?
実はストーリー作家になる事は、タダの言い訳なのではないだろうか?
だってこいつ。
ちょっと、おかしいもの。
それでも。私の心は既に決まっていたのだ。
こんな形で、唾なんてつけられた日には普通の人なら怒って帰る筈だ。
しかし、私は怒りと悔しさが変な方向に向かってしまうのだ。
「このやろう、見てろよ。」と思って、勝負を挑みたいと思ってしまうのだ。
そんな私のことだから。
勿論、私はこう言ってやったよ。
「月野マリアさん。ぜひ、貴方と組ませて下さい。
私は、確かに処女です。
男と寝たことも付き合った事もありません。
正直、官能小説とは何かさえもよくわからないでいます。
目的も、好きな男とデートしたいが為だけに小説家を志した浅はかな女です。
笑いたいなら、笑って下さい。
ただし。絶対に、貴方を唸らせる作品を作らせて頂きますから。」ってね。
「へえ。面白いじゃん。いいよ。やろうぜ。」
そう言って、月野はまた高らかに「あははは」と笑った。
「交渉成立しましたね。私も、二人の天才を目の前に嬉しい限りでございます。
咲子さんの話、了承しました。その代わり、条件があります。
この情報は、皆で共有しなければならない非常にデリケートなお話です。
是非、その男を此処に連れてきて下さい。
大した仕事は振りません。ただ、ほんの少しだけ彼にも仕事をさせて頂きます。
まあ、ご安心下さい。
彼にも、このビッグプロジェクトの共犯になって貰うだけですから。
そうすれば、皆で「月野マリアには、ゴーストライターがいる」という事実を隠し通す事に繋がると思うのです。皆でやれば、共犯に繋がりますから。
共犯同士は、自分を守る為にも口を噤むものですからね。」
そう言って、佐藤雪は不敵に笑った。何を言っても目の色変えずに淡々と答える佐藤に、私は少しゾッとするのだった。