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キミノコエ  作者: れんティ
第一章
6/21

馬鹿なのは

 昇さんの白髪混じりの髪が階段の向こうに消えたのを見届けてから、室内を振り返った。

「昇さん、でしたっけ。お父さんですか?」

「叔父だよ」

その一言で察したのだろう、青くなって頭を下げる、今しがたまでコーヒーに喧嘩を売っていた女子。

「別に構わねぇよ。んで? お前は今日何しに来たんだ? つーかどうやってオレの家を知ったんだよ」

どちらかといえば後者の方が本命だ。

 そんなオレの思考が通じたわけでもあるまいに、潮村は後ろから答え始めた。

「凪に聞きました! あ、凪っていうのは十文字凪生徒会副会長の事で、この間一緒にいた女の子です」

あの吊り目か。何となく見た事があるような気がしないでもなかったのはそのせいか。

 とはいえ、問題はそこじゃない。

「なんで十文字副会長がオレの家を知ってんだよ。それ知ってんの教師くらいだろ」

「だから、凪は先生とかに教わったんですよ。凪って、顔広いんです」

ため息をつきそうだ。とはいえコイツ相手に遠慮も何もないから、盛大に、これ見よがしに息を吐き出す。顔が広いとか関係ないだろ。

「お前らは一回プライバシーって言葉を辞書で引いてこい」

「それくらい知ってますよ!」

じゃあ実践しろよ。とまで口に出す勇気はなかった。こんなのでも、一応知り合って数日の女子なのだ。

 そんな気は、微塵も湧かないが。

 ともかく、と頭を振って思考を切り替える。悪びれもせずオレの言葉に憤慨している潮村は、本気で何も考えていないらしい。こんなヤツは、さっさと用件を聞いて帰らせるに限る。

 そう判断して口を開こうとしたオレを、潮村が遮った。

「先輩、お願いがあります」

「なんだ」

オレが尋ねる手間が省けた、

「お砂糖をください。できるだけたくさん」

わけではなかった。さっきからコーヒー相手にメンチ切ってたのはそういう事か。ため息を呑み込む努力もせず、台所から砂糖を運んでくる。

「ほら」

座卓の上に鎮座するそれから、潮村は遠慮なくざばざばと砂糖を入れた。ブラックで飲む人間からしてみれば、何がおいしいのかと首を傾げたくなる所業。

 だが、潮村はそれを一口飲んで満足そうに笑う。

「ありがとうございます」

「おう」

その真っ直ぐな笑顔が、言葉が、随分と眩しく感じて目を逸らす。逆光ではないはずだが。

 そのまま、潮村がコーヒーをちびちび舐めるのを見る事しばし。

 痺れを切らして、

「んで、今日は何の用だ」

オレから話を振った。

「え?」

「だから、何の用だ。まさかコーヒー飲みに来たわけじゃねぇだろ」

沈黙。ぽかんとオレの顔を見つめる潮村は、こいつが稀代の詐欺師か女優じゃないのなら、何も考えていなかったらしい。

「……おい」

一オクターブ低くなったオレの声に我に返ったのか、潮村はコーヒーを撒き散らす勢いで首を横に振った。

「い、いえ! ちが、違いますよ! 別に何の用もなくただ訪ねたわけじゃないです!」

そうなのか。とりあえず来てみたってところか。

 うざい。

 けど、まともにコミュニケーションを取るこの時間を楽しんでいる自分もいて。

 ため息ひとつ。

「なら、何の用だ」

「……えーっとですねー……」

あたふたと左右に視線を振りながら、何かを考え込む潮村。隠し事のできないヤツだ。

「……あのーですね。その、えっと……あ! じ! 実験の提案に来ました!」

すっかり茶色くなったコーヒーの飛沫が飛び散る。おい。そこ拭くのオレなんだぞ。

 とは言わず、潮村がぶち上げた宣言の本意を探る。

「はぁ? 実験?」

「そ、そうです! 先輩があたしの心を読むために、他に心が読めない人を探して、その人たちの共通の特徴を見つければ、あたしがそれを改善できます!」

つまり。

 不特定多数がひしめく中にわざわざ出かけて、片っ端から『声』を『聴き』まくり、その中で『聴こえ』ない人間を探して、そいつらの共通点を見つけ出せ、と。

 ……ふむ。

「……バカじゃねぇの?」

薄々感じてはいたが、こいつ、バカかもしれない。

オレにしてみれば段階を踏んだ思考の結果として導き出された結論だが、それを知る由もない潮村にしてみれば唐突な罵倒でしかない。目を限界まで見開いた後、ぱくぱくと口を開閉させる。

「な、な、な」

「なんだ」

「なんて事言うんですか! 真実は残酷で人を傷つけるんですよ!」

予想の斜め上を行く憤慨の仕方だった。

「だがいつも一つだぞ」

「ぐぅ」

ぐうの音くらいは出るらしいから、まだ改善の余地はあるんだろう。そう信じる事にする。しかしまあ、自覚のあるバカならまだマシと思うべきか。自覚してなお治らないから救いようがないと思うべきか。

 机に突っ伏した潮村は、ぶつぶつとオレへの文句を垂れ流している。机の上に垂れ流されそうになったコーヒーを守る事に精神力を持っていかれたオレの耳には届かないが。

「……つーか、実験は却下だ」

「な、何でですか!?」

「オレが辛いからに決まってんだろ。何が悲しくて大勢の『声』を一斉に聞かされなきゃなんねぇんだ」

頭痛いんだぞあれ。

「そうなんですか……じゃあ、図書館とか、映画館とか、静かなところはどうですか?」

静かなところ。図書館、映画館、後は美術館とか博物館とかか。それならまあ、何とかなるだろうか。

「……それくらいなら……何とかならねぇ事もねぇだろうが……」

「じゃあ、明日行ってみましょう! とりあえず図書館とかどうですか!?」

近いですし、と声量を跳ね上げた潮村。図書館に行って何をするのかさっぱりわからないが、肩慣らしという点では妥当か。

 大きく息を吐き出す。

「わかったわかった。じゃあそれでいい」

「ありがとうございます!」

「じゃあ帰れ」

「酷い!?」

一々表情の変化が大きいヤツだ。ころころと目まぐるしく移り変わるからで見ていて飽きない。うざったいとは思うが。

「用は済んだだろ」

「まあ、そうですね……」

渋々立ち上がった潮村を、礼儀上扉まで送る。

「あ、そうだ化野先輩」

「なんだよ」

靴を履き終えて振り返った潮村が、スマホを取り出す。何度か親指でタップし、トークアプリの画面を見せてきた。

「交換しておきましょうよ」

「あー、まあ、そうか」

充電器に刺さったままだったスマホを居間から持ってくる。限界集落も真っ青な人口密度のホーム画面を表示させれば、潮村が青ざめた。お前は限界集落じゃないだろ。

「……友達……一人……?」

「うるせぇ。友達じゃねぇ、登録件数だろ」

「どっちも同じようなものですよ」

俺自身よくわかっていない抗弁をさらりと聞き流した潮村が表示したコードを読み取り、登録する。ホームに表示されている名前が一つ増えた。

「じゃあな」

「あ、はい! ありがとうございました!」

ぱたぱたと駆け去っていく潮村の後ろ姿が階段に消えてから、扉を閉める。

 「……ん」

そもそも、最初からコーヒーなど出さずに追い返せばよかった。けんもほろろに門前払いだ。何故わざわざ招き入れてもてなした挙句連絡先まで交換したんだ。極めつけには外出の予定まで立てて。

 潮村の勢いに負けた? 了承しなきゃ長引いて面倒な事になっていた?

 どれも言い訳だ。ただの建前、口先の理由。

「……ははっ」

乾ききってひび割れた嘲笑を口に出す。それくらいが、オレにはお似合いだ。

 どうやらまだ、オレは。『人間』でありたいと思ってるらしい。

 たとえ彼女が化け物を怖がらないとしても。

 オレが化け物で、彼女が人間である事に変わりはないのに。

 決して相容れる事のない存在だと、とうの昔に自らを戒めたはずなのに。

 またオレは、誰かに手を伸ばしてしまっている。

「……バカはどっちだよ」

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