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キミノコエ  作者: れんティ
第一章
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未知の訪問

 電子音が、無感動に来客を告げた。

 二度、家中に轟いたそれに応対するべく、休日特有の倦怠感をまとわりつかせたまま立ち上がり、玄関扉を開けた。その先にいたのは、年の割りに白髪の多い短髪の、男性。オレの叔父、現在の保護者だ。

「昇さん、お久し振りです」

《久し振りだ。元気そうで何よりだよ。半月ほどだったか》

昇さんの『声』は、外面と違うところがほとんどない。「嘘がつけない人間でね」と初対面のときに笑ってくれたのは、オレの中で数少ない、消せない思い出の一つだ。

「それくらいですね」

そこで、昇さんはふと口角を上げた。左斜め後ろに下がりながら、扉の影にいた誰かを前面に出す。

《さて、彼女は君の知り合いだそうだが、君も隅には置けない、と言ったところかい?》

癖の強い黒髪を揺らして、遠慮がちに前に出てきたそいつは、ぱっちりと大きな目を線のように細めて笑った。

「こんにちは! 来ちゃいました!」

来ちゃったのか。

 ……いやいや。

 ……いやいやいやいや。

「ふざけんなお前。もう関わるなって言っただろうが」

開口一番つっけんどんにそう告げても、そいつ――――癖毛はちょっとはにかむだけで引く様子がない。それどころか、一歩前に踏み込んできた。

「そんな事言わないでくださいよ。また話しかけるって、言ったじゃないですか」

むっ、と膨れる癖毛。その様子を苦笑いで見守る昇さん。

 そして、階段を上がったところで硬直している隣室の学生。

 ああー、もう。

「……とりあえず入れ。昇さんも、どうぞ」

これ以上、あんな無遠慮な視線に晒されてたまるものか。つーか『聴こえ』てんだよ。

 ……修羅場じゃ、ねぇからな。


 きょろきょろと物珍しそうに室内を見回す癖毛と、手馴れた様子で座布団に腰を下ろす昇さん。二人の前に設置されている小さな座卓に、コーヒーを注いだマグカップを二つ置く。この家にコップはその二つしかないから、オレの分はなしだ。

「それで、昇さんは今日どうしたんですか」

コーヒーを睨みつけたまま微動だにしない癖毛はスルーして、昇さんの方へ視線を動かす。インスタントのコーヒーを口に含んだ後、昇さんは緩慢に笑う。

《何、少し暇が出来たついでに、君の様子を見に来ただけだよ。とは言えあまり猶予はないから、コーヒーを飲み終えたらお暇するがね》

この答えは既に予測済みだったから、特に驚きもしないし、残念がる事もない。既に四分の一ほど減ったコーヒーを一瞥するだけだ。

「そうですか。ゴールデンウィーク前で、大学の方は忙しくないんですか?」

《そろそろ学祭の準備が始まる頃だが、私はそういった事にはノータッチでね》

なるほど。

 相変わらずコーヒーを睨んでいた癖毛が、オレと昇さんの方をぎょっとしたように見やり、次いで納得したようにまたコーヒーにガンを飛ばす。喧嘩を売られているコーヒー側は、水面を波立たせる事もなく涼しい顔だ。

 まあ確かに、現状を傍から見ればオレが一方的に喋っているように見えるわけか。気味が悪くもなるだろう。そんな事は知ったこっちゃないが。

 会話が途切れたタイミングで昇さんはコーヒーを更に消費し、新しい話題を取り出す。

《そういえば、進路に関しては、以前と変えるつもりは無いのだろう?》

世間一般の高校生と同様、勉学を勤しむ事に対して忌避感を覚える身としては、耳の痛い話題ではある。だが、世間一般とは違って、志望校にお墨付きをもらっている身としてはそこまで逃げ出したいわけではない。

「ええ。担任の方からも大丈夫だって言われてます」

《ならいいだろう》

まあオレとの面談を早く済ませる事にご執心だったから、真偽の程は定かではないが。

 それを言うとややこしくなりそうだったから、口を噤んでおいた。

 それ以上に、昇さんに話しておきたい事があったのも、理由の一つだ。

「それで、昇さん。一つ話したい事があるんですけど」

マグカップを口元に運んでいた昇さんが、片眉を上げる事で疑問を代用する。

《ふむ、何かね?》

だが、『声』は『聴こえ』ているから、そんなジェスチャーは必要ないと言ってしまえばそれまでだ。言わないが。

「そこの癖毛」

未だにコーヒーとメンチを切っている癖毛に、視線を向ける。その代名詞を自分の事だと判断したのか、コーヒーとの睨み合いを一時中断して顔を上げた。

「桜花です。潮村桜花」

「そうか、んじゃ潮村サン。こいつの『声』を、オレは『聴く』事ができないんですよ」

オレが放った言葉のボールを、昇さんはあたふたしながらキャッチした。外見は片眉を上げただけで涼やかなものだが、内心は少々どころではなくうろたえている。

「……ふむ、『聴こえ』ない? 『聴き』取りにくいではなく?」

マグカップをどうにか座卓に落ち着けた昇さんが、重々しく口を開く。オレ相手に口頭で話をしているあたり、動揺は深そうだ。

「ええ。音量の大小ではなく、そもそも発信されていない、そんな感じです」

オレの証言を聞いて少し黙り込んだ昇さんは、基本に立ち返る事にしたらしい。オレの方を向いて、またしても口を開く。

「我々が立てた仮説を、覚えているかい?」

「オレのコレは、ラジオのようなもの。他人の思考が、何らかの媒質によってオレに伝わってしまっている。もしくは、通常感知できないだけで常に発信されているそれを、オレは感受できてしまっている」

オレの模範解答を、昇さんは頷く事で正解を表す。

「そう。時折音量の違いがあるのは、ラジオに周波数があるように、個人によって発信する思考に差があり、それによる君との相性の良し悪しが関係しているのではないかと言っていたのは覚えているかい?」

もちろん、覚えている。

 そこまで聞けば、自ずと昇さんが言わんとしている事は悟れる。

「つまり、オレと潮村サンとの相性が、最悪だって事ですか?」

「言い方はともかく、そういう事だと、現時点では予想できるだろう」

言い終え、昇さんがコーヒーを呷る。それで、最後だった。

 いくらか落ち着きを取り戻したらしい昇さんが、マグカップを置く。

《さて、宣言通りこれでお暇するとしよう。彼女について、他に何か分かったらまた連絡してほしい》

「ええ。わかりました」

狭い家の中、玄関の横に備えられたシンクにマグカップを置きがてら、靴を履く昇さんを見送る。扉を開ければ、シンクの上に設置されている蛍光灯だけに頼っていた光源が二つに増えた。

 「それじゃあ、次は一ヶ月ほど空きそうだが、壮健でね」

「たかが一ヶ月ですよ」

苦笑いと共に、昇さんの背中を見つめた。

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