未知との邂逅
傍から見れば面白いくらい狼狽しているであろうオレの様子に、吊り目の方が一歩踏み出した。じっと、オレの顔を凝視してくる。
「先輩、本当に、心が読めるんですか?」
《適当な事言ってさっさと逃げようとしてるだけじゃないの? 人がいると幽霊が見えなくなる人みたいに》
「さっさと逃げたいのはそうだが、詐欺師と一緒にされるのは腹が立つな」
口を噤み、目を白黒させた吊り目は放っておいて、問題の癖毛にもう一度視線を移す。相変わらず、きょとんとした顔の癖毛からは何も伝わってこない。
「……心を読めるのはホントみたいですねー。でも、じゃあなんであたしのはダメなんですか?」
「こっちが聞きたいくらいだ」
音量の大小はあれど、老若男女、関係の深い浅いに関係なく全ての人間から思考を『聴き』取ってきた俺の超能力のような力が、効かない。それは本来ならば喜ぶべき事のはずなのに、今オレの中にあるのは癖毛に対する薄気味悪さだけだった。それが、オレの胸中に苦々しさとなって広がっていく。
「えー、今までなかったんですか?」
「あったとしたら、ここまでうろたえるわけねぇだろ」
そのせいで、更に態度が険悪になった。
「んー、なんでなんですかね」
「こっちが聞きたいんだよ」
「桜花、もういいよ、行こう?」
隣の吊り目が腕を引いているのには気づかない振りをする事に決めたのか、癖毛はオレから目を逸らさない。
こんなにも長い間誰かと目を合わせ続けたのはいつぶりだったか、と現実逃避気味に考えた。だが、それで何かが解決するわけはなく。相変わらず、癖毛からは何も伝わってこない。頭に直接響くような、あの『声』は。
何も、心がないわけではないだろうに。そもそも、人語を解している時点でオレに『声』が聞こえないのはおかしい。脳が存在し思考をする生物であれば、『声』ほどまでに鮮明ではなくともその感情くらいは伝わってくるのだから。
それが伝わってこないとなると、植物や建物と同程度か、もしくは何らかの要因があるのか。九割九分九厘後者だろう。そうでなくては現状の説明がつかない。じゃあなんなのかと言われても、その道の専門家でないオレには検討もつかないのだが。昇さん辺りに聞いてみない事にはさっぱりだ。
「……理由はわかんないんですか?」
しつこいヤツだな。まあ反応からしてコイツ自身よくわかってないんだろうが、オレの混乱、ひいては苛立ちの原因にそんな風に言われては、少しばかり苛立ちも増長されるわけで。
「わかんねぇから戸惑ってんだろうが。まあいい。別にもう用もねぇだろ。じゃあな」
これ以上不可思議な現象に直面していると頭がおかしくなりそうだ。さっさと切り上げて、家に帰ろう。そもそも、こいつらを無視しなかったのが失策だった。
「あ、ちょ、ちょっと待ってくださいよ!」
踵を返したオレの背中に、またしても制止の声が投げ付けられる。嫌々ながらに振り返れば、はにかんだような癖毛の笑顔。現在の状況のどこにそんな顔をする理由があったのか、さっぱり理解できない。
「えっと……あの、また話しかけますね!」
しかも両端の上がった唇が紡いだのは、これまた理解できない言葉。女心は難しいなどと言うが、現状にそんな甘ったるい言葉の出番はない。根幹からしてオレと相容れないのだろう。
「やめとけ。二度と話しかけんな」
それが、お互いのためだ。
笑顔に苦々しさがブレンドされたような曖昧な笑いから体ごと背けて、さっさと路地に飛び込む。
背後では、吊り目が何か騒いでいる声がしていた。