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キミノコエ  作者: れんティ
第三章
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ある少年の回想

 俺を呼びつける電話の音で、目が覚めた。

「……今、何時だ」

しわがれた声で何とはなしに呟いてから、携帯の電源をつけようとして、着信を思い出す。

 画面に表示された名前は、昇さん。もっとも、無料通話アプリを使わずに掛けてくる時点で、相手は昇さんしかいないのだが。

「……はい、もしもし」

寝起きのせいか『はい』の発音が『あい』になったが、そんな事は気にしない。

〈ああ、繋がってよかった。朝早くからすまないね〉

「……いえ、別に」

 暖房をつけていないせいで凍りつくような寒さの中、掛け布団に包まりながら応答する。

 暦は十二月。もう今年も終わりだ。冬休みに入ってから三日。絶賛自堕落生活中の俺には、午前十時は早朝だ。

 とはいえ、それを素直に口に出すのは流石に無礼千万なので、適当に言葉を濁す。

〈言葉を飾って遠まわしに言うのはあまり性分ではないのでね、単刀直入に行かせてもらうよ〉

その言い方に内心で少し笑いながら、奥歯に物が挟まったような昇さんの態度の先にあるものに耳を澄ます。

〈……母親と、会ってみる気はあるかい?〉

 その問いに俺が何と答えたのかは、あまり覚えていない。

 気づいたら通話は切れていて、昇さんの言葉だけが頭の中をぐるぐると回っていた。

 ――――先週、私のところに君の父親から連絡が来てね。

 ――――君の母親はこの七年半程で随分と落ち着き、君の写真を見ても拒絶反応を起こさなくなったらしい。

 ――――そういうわけで、ここらで少し、互いに整理をしないか、と言う話だ。

 母親。

 脳裏を過ぎるのは、いつだってあの日浮かべた般若のごとき様相で。

 ――――アンタなんかがいるから!! 私は!! アンタが!! アンタが死ねばあああっ!!

 その叫びだけが、耳の奥にこびりついている。

「……あー……くそ」

 胸中に溜まった何かを吐き出すように呟いて、せっかく起こした上体を布団に投げ出す。

 全てを排斥するように、目を閉じた。


 俺の親は、一般的な『良い親』だったのだと思う。

 基本笑顔で、優しく穏やか。けれど叱るときは本気で怒る。暴行もなければ暴言も無く、母親は専業主婦で家にいる。つまりは普通の家庭だった。だから、俺も普通の子供に育った。『どんなときも、人に優しくありなさい』との教えを忠実に守って。

 なんだったかのきっかけで小四の夏に能力が発現してからも、母親たちは俺の味方だった。

 ありえない俺の主張を、その奇怪な能力を、眉を顰めながらも出来る限り理解しようとし、受け入れてくれた。その上で俺に『外では口にしないように』と念を押した。

 けれど、母の心はその頃から、少しずつ磨耗していたのだと思う。

 正常な人間であった両親に、四六時中自らの本音を『聴かれ』続けるという事はそれだけで苦痛だったはずだ。たとえ、その相手が実の息子でも。いや、実の息子だからこそ辛かったかもしれない。

 そしてその苦痛は、俺がわずか一ヶ月足らずで『約束』を破ってから、さらに増加する事になる。

 あれは、小四の夏休みが終わった後だったと思う。俺はたまたま上級生の教室前を通る機会があった。そこですれ違った上級生の一人が、自らが行っていたいじめの事を考えていた。それを、俺が『聴いた』。

 そして俺はそれを馬鹿正直に全て教師に報告し、上級生を糾弾した。だが当然、その報告には俺の能力も含まれていたわけで。

 俺は自分の正義を貫いた結果、『化け物』になった。

 後は、今と変わらない。同級生、下級生、上級生、教師、あらゆる人間から忌避され畏怖され排除される生活。

 今と違ったのは、保護者がしゃしゃり出てきた事だ。数名の『心配性な』保護者が学校に乗り込んできて、日頃の鬱憤を吐き出すように俺や両親、あまつさえ教師を罵倒し、保護者間のコミュニティである事ない事ばら撒いた。それは瞬く間に学校という空間を離れ、燎原の火のごとく周辺の住宅街、団地、商店へと広がって、気づけば化野家包囲網の完成だった。

 当時の俺はまだ痛みに流す血や涙を持ち合わせていたから、針のむしろの上で泣きじゃくった。そして、父親はまだ職場という逃げ場が合ったからいいものの、母親は、ただひたすらに耐え続ける事を余儀なくされた。

 塞ぎこみ人間不信に陥る息子と、家に寄り付かなくなった夫。そして、周囲から浴びせられる容赦の無い暴言、遠慮の無い視線。それら全てを抱え込んで、母親は壊れた。

 そして、俺が五年生になった年の初夏。帰宅した俺を待っていたのは、竜巻でも起きたかのように荒れ果てた居間と、指先を血塗れにして座り込む、母親の姿だった。

 呆然と、手に持っていた体操服を取り落とした俺に、母親は幽鬼のような挙動で歩み寄ると――――一切の手加減無く、床に引き摺り倒した。

 もがく俺に馬乗りになり、首に手を掛け、母親は般若に滂沱を足したような、見た事も無い形相で叫んだ。

 『アンタなんかがいるから!! 私は!! アンタが!! アンタが死ねばあああっ!!』と。

 怨嗟を叫びながら俺の首を絞め上げた母親は、偶然やってきた郵便配達員によって制止され、そのまま警察に連行された。

 その後、俺は昇さんに預けられる形で神原へと引っ越し、玲華と出会い、自らがもたらす周囲の被害を再び目の当たりにし、漁火ヶ浜へと逃げるように移ってきた。


 最悪極まりない回想を振り払い、今度こそ布団から出る。

 確か、母親は今精神科の病院に入院しているはずだ。良くなったのだろうか。

 別に、また家族三人で仲良く暮らしたいだなんて甘ったれた願望があるわけじゃない。むしろ、今それを提案されても断る意思がある。そんな事は別にいい。

 ただ、俺のせいで壊れてしまった幸せを、せめて別の形であっても、取り戻せていればいいなと、思うだけだ。

 例え、そこに俺がいなくても。

 自らがもたらした災いの贖罪が、自らが離れる事で達成されるのなら。

 俺は喜んでそうしよう。

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