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キミノコエ  作者: れんティ
第二章
19/21

『声』が『聴こえ』ていたのなら

 思いがけない問いに、思考が止まる。意図せずして、視線が泳いだ。

「返答は大まかに三つよ」

そうこうしている間に、答えが狭められていく。

「一つ」

玲華の人差し指が立つ。

「嫌い」

ずきりと、何かが走る。玲華の口から湊に対してその言葉が出た事が、妙に嫌だった。

「二つ」

人差し指の隣に中指が並ぶ。

「先輩として好き」

何となく、自分の気持ちに思いを馳せる。

「三つ」

さらに薬指。

「恋愛感情として、好き」

凍てついた視線が、桜花の答えを急かす。今しがた並べられた三つと自分の感情を擦り合わせ、桜花は、

「三つ目です。あたしは、先輩の事がそういう風に好き……なんだと思います」

自信はない。けれど、嘘をついたつもりもなかった。そもそもそんな事をすれば、即座に氷漬けだろう。この返答では、どちらにしろ氷の中かもしれないが。

 その答えを発した直後、玲華の目が鋭くなる。本格的に死を覚悟した矢先、

「そう」

と。ため息混じりのその一言で、視線は幾分か緩んだ。

「予想はしてたけど、こうして面と向かって言われるとやっぱり少しショックね」

「……ごめんなさい」

肩身の狭い思いで、とりあえず謝っておく。きっと、今傍から見ている人は、桜花と玲華の身長差がさらに開いて見えるだろう。玲華が大きいのではなく、桜花が小さく見えるという点で。

「あなたのせいじゃないでしょ。仕方ないわ」

と桜花の謝罪をさらりと受け流した玲華は、苦笑いで肩を竦めた。

「けど、あいつ、多分そこらのラブコメ主人公より難攻不落よ。鈍感とか局所的な難聴とかじゃなく、あいつ自身の心構えの問題で」

舌打ちでもしそうな表情で、玲華はここにいない誰かへ思いを馳せる。自分に向けられているわけではないが、背筋が寒くなった。

「……で、でも、あの、ひ、氷海先輩もいますし……届かない想いって感じで……」

「あら、それなら問題ないわよ」

吐き捨てるように、答えが飛んでくる。

「何がですか?」

「私、あいつと別れたのよ」

そう言ってから、何かが気に入らなかったのか、眉根を寄せて言い直す。

「正確には、一方的にフられたのね。あいつと一緒にいると、私に被害が出るからって」

呆然とする桜花には頓着せず、玲華の独白は続く。

「あいつは、そういう人間よ。過去の出来事のせいで、自分は周囲に危害を及ぼすと思い込んでる。だから他人との関係を絶つし、自分に幸せになる権利は無いと思ってる。……変なところで頑固なのよ」

衝撃から立ち直り、思わず口を挟む。

「そんなことっ!」

「ええ、ないわ」

激情で詰まった言葉を、玲華は正確に引き継ぐ。

 サッカー部の怪訝な視線も、今は知覚する余裕などなかった。

「そんな事、ありえないのよ。例え、あいつに投げられた刃がこちらに流れてきたとしても、その傷は私たちの痛み。その責は投げた人間に帰すべきもの。あいつが責任を感じるのは、お門違いというものよ。むしろ、私は……」

そこで、少し迷う素振りを見せた玲華は、桜花の顔を見て、息を吸った。

「私は、その痛みであいつの痛みが減るのなら、喜んで微塵切りにされるわ」

あまりにも、そう、あまりにも過激な言葉。だからこそ玲華は躊躇ったのだろう。それを湊が望まないのもわかっているから。

 けれど、桜花とて。否。誰だって、大切な人が苦しんでいるのなら、そう思うのは当然なのだ。

「……けれど、あいつは。傷ついた人たちを、意図せず傷つけてしまった人たちを知っているから。傷つく痛みを知っているから。決して、大切な人にそれを味わわせようとしないの。それを何よりも厭うのよ。だからこそ、優しさを、見当違いの方向に発揮するわ」

『あいつは、危なっかしいほど優しいから』と呟いた玲華の顔は、こちらが恥ずかしくなるほど、慈愛に満ちていた。

 確かに、湊は優しい。なんだかんだと言いつつ、結局桜花のわがままに付き合ってくれる。夏休みの宿題だって、結局最後まで付き合ってくれた。

 けれど、その優しさは、肝心なときにズレている。

「人は、誰だって、いつだって、『痛み』が嫌いなわけじゃない。……あいつに、私の『声』が『聴こえ』ていたら、それが伝わったのかしらね」

だらりとぶら下げていた手に、力を入れる。掌に爪が食い込む『痛み』は、桜花の頭に上った血を、少しだけ抜いた。

 『聴こえ』てしまうからこその、痛み。

 『聴かれ』てしまうからこその、痛み。

 『聴かれ』ないからこその、痛み。

 人の本心がわかってしまうのは、痛い。相手に自分の本心を知られるのは、怖い。本心というものは、その人の心臓だから。

 もちろん誰にだって明かせる人もいるだろう。けれど逆に誰にも明せない人だっている。そして大部分の人は、信じられる人にだけ、親しい人にだけ、と『上手に生きている』。

 それは、伝えない限り自分の心は伝わらない。そういう前提があるから。だからこそ探偵は動機の推理に手間取るし、心理的なマジックは驚かれる。

 けれど、それが伝わらないからこその痛みだって、あるのだ。

 素直になれないとか、わかってくれないとか。そういう悩みだってあるのだ。

 「……もどかしいですね」

かろうじて搾り出したのは、そんな言葉。

 それに、玲華は力なく笑った。

「そうね。けど、私は諦めないわ。何としてでも、あいつに間違いを認めさせてみせる」

毅然と背筋を伸ばし、そう宣言する。

「……あたしだって、負けません」

 クラクションと共に、バスが滑り込んできていた。

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