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キミノコエ  作者: れんティ
第二章
16/21

投げられた賽はどこへ行く

 眼前に立つそいつを呆然と見つめる。オレの記憶の中にあるそいつよりいくらか大人びてはいるし、髪も伸びはしたが、纏う独特の空気は、紛れも無くそいつのもの。

「……氷海玲華(ひうみれいか)……だよな?」

だが、普段『人』を見ないツケか、どうも自分の目に自信が持てない。そもそも他人と話す事にも慣れていない。自然、声は小さく、疑問形になる。

「私以外の誰だというの。それとも、他に心当たりがあるのかしら?」

心なしか不機嫌そうにじっとオレを睨みつけてくる玲華の視線が痛い。既にオレとコイツの間でそんな事を気にする必要も無いはずだが。

 とはいえ、責められている理由が事実無根ならば、余計な事を言って逆鱗に触れるのも馬鹿らしい。

「いや、そういうわけじゃねぇけど」

素直に答えれば、今までオレを突き刺していた視線はいとも簡単に和らぐ。

「なら別に問題は無いじゃない。あなたの予想通り、私は氷海玲華よ」

やっぱりそうか。いや、納得するのはまだ早い。何で、オレがこの高校に通う遠因になったヤツがここにいるんだよ。おかしいだろ。

 それを問い詰めようとした矢先、戸口付近で呆然としていた潮村に機先を制され、タイミングを失したオレの言葉は喉の奥で掻き消される。

「あ、あのっ! そろそろ口を挟んでもいいですか!?」

ずっと取り残されていた潮村の、遠慮がちな、けれどはっきりとした声が届く。そこでようやく、オレも、玲華も、潮村たちを放り出していた事を思い出した。

「……ああ、悪い。んで、どうした?」

再会の気まずさから目を逸らし、その後ろの見慣れた癖毛へ視線を動かす。しっかりばっちり視線のかち合った潮村は、心なしか不満げな顔をしていた。これだけ放置されれば当たり前か。その後ろから後ろめたそうに顔だけ覗き込んでいるのは十文字副会長。

〈うわー、何か、やばそうな雰囲気。やっぱ桜花は止めるべきだったかな〉

止める努力をしただけマシだな。口には出さずに呟いた。

「いえ、あの、お二人はどんな関係なのかなー……と。えへへ」

ごまかすようにわざとらしく笑った潮村。普段あれだけ好き勝手言っておいてなんだが、ここで拒絶するのは流石に気が引ける。何と言うべきか一拍悩んでから、決めた。

「元カノとか言うヤツだ」「彼は私の恋人よ」

沈黙。いかにもやりきれない沈黙だ。直接相対している潮村は多少顔が引き攣っているだけで済んでいるが、自分は蚊帳の外だと思い込んでいる十文字は隠すつもりも無い辟易した表情。無理やり表現するなら、『うへぇ』か。

〈ますます関わるんじゃなかった……〉

残念だったな、十文字。時既に遅し、賽は投げられたんだ。お前はもう、なんちゃら川をとっくに渡り切っている。

 などと悠長に垂れ流していてはオレ自身がそのなんちゃら川に足を踏み入れてしまいそうなので。とりあえず、半身だけ振り返ってオレを睨んでいる玲華に目を向ける。

「こんな風に噛み合わないと、私がとっくに別れたはずの彼氏を諦めきれずに粘着する危ない女みたいに見えるじゃない」

まあ、状況も相まって完全にそう見えているだろうな。なにせ、オレは忘れていたように見えているはずだし。実際は早すぎて姿を認識できなかったからなのだが。

とはいえわざわざこんな時期に転校して来たんだ、『粘着』の部分を完全に否定するのは難しいと思うぞ。とは言わない。言えばきっと、三倍近い叱責が返ってくるだろうから。

「……えっと……」

困惑を隠そうともしない潮村に向けて、苦笑いをしてみせる。もしかしたら、隠し切れる程度の困惑じゃないのかもしれない。

「……意見の食い違いがあった。とりあえず、小四からの」

「小五よ」

そうだったか。

「小五からの同級生ってのはまず確かだ」

「中三で、彼が突然消えるまでは……そうね」

その件については止むに止まれぬ事情があったわけで……悪いとは思っている。

 それを恥ずかしげも無く伝えられるほど、オレのメンタルは強くない。言うにしたって、もうちょっとプライバシーが守られるところで言う。

「……付き合ってたんですか?」

「まあ、一応な」

「中一からね。彼が中三で音信不通になるまでは普通に付き合っていたわ。明確な別れ話はされていないから、私としてはまだ、『一応』付き合っているつもりだったのだけれど」

『一応』の部分を強調して、わざわざオレの方をちらりと振り返りながら話す。そんなに睨まなくとも、後で全部説明するっての。

〈……く、この……んで……ちゃん……付き合って……さいよ〉

晴天で無風の残暑厳しい屋上で、蝉の声もオレたちの会話も途切れる。そのせいで、音量が小さく普段は『聴こえ』ない玲華の『声』が『聴こえ』た。だが、どうにも途切れ途切れにしか『聴き』取れず、何を主張しているのかはわからなかった。コイツは昔からそうだ。オレと周波数が合わないのか、桜花ほどではないにしろ、『声』が『聴こえ』にくい。無音の中で近距離にいればそれなりに『聴き』取れない事も無いが、そうでなければこの通り、何を言いたいのかさっぱりだ。

 「……そうですか……」

落胆したような、零れ落ちたような、意図がよくわからない呟きが沈黙を破る。そして、すぐに潮村はいつものように笑顔で顔を上げた。

「とりあえず、作ってきちゃったので、お弁当は渡しますね! 空箱は後で取りに行きますから! それじゃあ、ちょっと失礼します!」

わざとらしいエクスクラメーションマークを振り撒いて、潮村の小柄な後ろ姿が階段室の中に消える。遠慮の無い足音が遠ざかって聞こえなくなるのをどちらからともなく待ちながら、ぼんやりと再び鳴き出した蝉の合唱に耳を澄ました。

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