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キミノコエ  作者: れんティ
第二章
15/21

波乱の予感

 普段通り、授業が終わった後、鞄から弁当箱を二つ取り出す。自分の水筒を取り出し終えたところで、凪が近寄ってきた。

「……本当に教える気?」

その問いは、昨日の放課後何度も聞いたもの。今更、答えが変わるわけも無い。

「うん。教えるよ。ただの好奇心ってわけでもないみたいだしね」

何度も言った答えを改めて口にする。昨日の放課後に向かい合ったあの先輩は、ただ編入先の噂話に興味を持っただけの転校生ではないと、そう感じたから。もっとも、これこそが桜花の嫌いな、『よく知りもしないで判断する』事なのかもしれないが。

「……本当はただの好奇心で、先輩を見た途端に逃げるなんて事になったら?」

凪が告げた反論は、昨日口にしなかったもの。どうやら、約束の時間が目前に迫った今、踏み込んできたらしい。

 けれど、桜花の答えは特に悩みもせずに決まった。

「追いかけてって殴る」

「……いよいよもって賛成できないよ」

凪の目は本気だった。慌てて、ごまかすように苦笑いを浮かべる。

「それは流石にしないけど、本気で怒るよ。それと、先輩に全力で謝る」

「……桜花の計画って、しっかり決まってるように見えて何も決まってないよね」

酷い事を言われてしまった。これでも、よくできた計画だと自分では思っているのだが。

「そんな事ないよ? これ以上どうすればいいかわかんないくらい決めたよ」

「……まあ、それはそうなんだけどさ」

ため息一つ。

「……結論も出たし、あたしは行くね」

立ち上がり、荷物を持ち上げる。

 そこで、凪も立ち上がった。

「わたしも、少し様子を見に行くよ。余りに酷いようなら、少し先生とかに話しておかなきゃならないだろうし」

湊の事を先生に話したところでどうにかなるとは思えない。だが、凪が本気で桜花の事を心配している事は何となく察せた。その心遣いを無碍にしないよう、頷く。


 桜花と凪、二人で連れ立って屋上へ続く階段の下へたどり着くと、昨日の女子生徒は既にそこで待っていた。ワイシャツのみだった昨日とは違い、クリーム色のベストを着ている。

「……お待たせしました」

「いえ、気にしなくていいわ。少し気が急いただけだから」

簡単な挨拶。『こんにちは』も『ご機嫌いかが』もない。後者は今までの人生で使った事など一度も無いが。

 「……それで、彼の何を教えてくれるの?」

どうやら、気が急いているのは社交辞令でも何でもないらしい。単刀直入な物言いだ。桜花としても特にはぐらかす理由は無い。端的に事実だけを答える。

「先輩が、昼休みにどこにいるか、です」

「そう。案内、お願いしていいのよね」

首肯し、屋上への階段へ足を進める。自分の方へずかずかと歩いてくる桜花に少し目を見開いた後、女子生徒は凪の後ろについて来た。

 すぐ傍の階段を上り、屋上に通じる扉の前に立つ。

「……彼は、ここにいるのよね」

怪訝そうな女子生徒の視線が向いた先には、ドアノブ。彼女がきちんと校則についての説明を受けているのなら、このドアは難攻不落の城壁に見えているだろう。

 その視線に、桜花は初めてここを訪れたときの自分を思い出して、少しばかり口元がにやける。

「鍵は、掛かってませんよ」

そんな宣言と同時にドアノブを捻れば、何の抵抗も無く回る。軽く押しただけで、外開きの扉は軋んだ音を立てながら侵入者を招き入れた。

「……今日も来たのか、潮村」

普段通り、階段室のひさしの下、日陰と日向の境界線ギリギリに座っていた湊がこちらを向く。ぶっきらぼうな言葉とは裏腹に、頬は少し緩んでいる。

「はい! ……それで、今日はその……」

勢いよく返事をしたはいいものの、この後、背後に立っている女子生徒の事をどう説明しようかと言いよどむ。その様子に怪訝な様子を見せる湊。その口が何か紡ぐ前に説明し手しまおうと、息を吸ったとき。

 桜花の前を、クリーム色の影が通り過ぎていった。巻き起こった風で、桜花の癖毛が小さく揺れる。

「……おわっ!?」

そんな悲鳴の元を辿れば、湊の茶色の髪が、陽光に照らされている。日陰にいたはずの湊が夏の日差しを全身に浴びている理由は、その頭一つ分ほど下にある、茶色味がかった長髪のせい。

 同じように照らされているその髪は、生え際付近ではなく毛先付近で一つに束ねられている。そんな髪型をしていたのか、と現実逃避気味な思考が生まれた。髪形に始まり、顔立ちや声、喋り方、雰囲気など、彼女を構成する要素のどこを取っても『大人っぽい』という形容詞が当てはまる。しばしば『子供みたい』という不名誉な評価を頂戴する桜花としては、羨ましい限りだ。

 隣で唖然としている凪と二人、九月の日差しを浴びて抱き合う二人を前に呆然と立ち尽くす。現実逃避は虚しくなってくるので強制終了。

「……えーっと、その……」

恐る恐る、これ以上彼女の好きにはさせるかとなけなしの意地を掻き集めて言葉にする。抱きつかれて呆然としている湊と、表情の見えない女子生徒へ向けて、説明を求めた。

「……どんな関係なん、ですか……?」

何となく聞くのが怖いような気もして、探るような口調になる。その質問に最初に返答したのは、湊だった。

「……なあ、こいつは誰だ?」

それは桜花が聞きたい。とても、すごく、すこぶる。

 内心でそんな事を思いながら、笑うしかないと判断して口角を無理やり引き上げた。

「え、知らないんですか?」

そこから続くはずだった疑問形の応酬を防いだのは、ようやく湊から腕を放した女子生徒。

「……随分な言い草ね、湊。あなたにとって、私は二年やそこらで消える程度のものだったの?」

何やら親しげな台詞に眉根が寄る。そんな桜花を振り向きもせず、女子生徒は湊から数歩離れ、改めて向かい合った。

 桜花から女子生徒へと湊の視線が動く。普段、桜花以外の人へは視線を向ける事すらしない湊も、今ばかりは好奇心が勝ったらしい。

 だが、桜花の予想とは裏腹に、湊の顔には明確な驚愕と、困惑があった。

「……なんで、お前がここに」

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