夏休みは気楽である
夏休みというのは気楽なものだ。
全国の学生には大いに同意してもらえるであろう主張だが、オレの場合は少しばかり毛色が違う。
外に出て遊び呆ける趣味もなく、仲の良い友人などいるはずもなく、ましてや彼女やら何やらと色恋沙汰に呆けられるほど異性からの人気が高いわけでもない。そもそも外出したり家でごろごろしたりするくらいなら勉強しろと釘を刺される受験生である。
けれど、学校やクラスといったコミュニティに閉じ込められないだけ、夏休みは気楽だ。
そのはずなのだが。
「先輩! ここはどうしてこうなるんですか!?」
「お前な。そこはさっき教えたぞ」
「ええ!? ……あれー……?」
何故、ただでさえ手狭なオレの家が、人間一人分圧迫されているんだ。
「あれ……え? 複素数……? マイナス一がiで……?」
「iはマイナス一の平方根だ」
「そ、それくらいわかってますよ!」
じゃあ、マイナス一イコールiとかノートに書くなよ。お前放っておいたらそのまま公式に代入しそうだぞ。
うんうんと唸りながらプリントに意味不明な式を書く事数分。自分の問題集を解いていたオレに、潮村がプリントを突き出してくる。
「先輩! これでどうですか!?」
ちらりと顔を上げる。これ見よがしにため息。
「不正解だ」
「えー!? 何が違うんですか!?」
「だからiはマイナス一じゃない。マイナス一の平方根だ。平方根ってわかるか?」
「二乗する数です」
言葉が足りなすぎだろ。
「二乗するとある数になる数の事だ」
「あってるじゃないですか!」
「その答えじゃ、三点問題で一点もらえて奇跡だな」
「なん……ですと……」
おふざけはいいから。
「だからほら、やり直せ」
オレの指示に素直に従って、もう一度プリントに突っ伏する潮村。基本的に真面目で、指示にはしっかり従うんだが、いかんせん色々足りていない。頭とか頭脳とか知識とか。
ふと、このやりとりと指示に慣れてしまっている自分に気づく。ゆるゆると頭を振り、その甘えを追い払った。
こいつは、いつか離れていく人間なんだから。
今から情を移してしまえば、いつか辛くなる。
そのはずなのに。
「先輩! これでどうですか!?」
「……今度は正解だ」
「やったー!」
緩んでいく口元を、抑える事ができなかった。




