『5』
笑える話。
僕は画面を指でスクロールし、その話が本当に面白く笑いを誘う内容なのかを確認する。
僕が笑いに対して鈍感すぎるのか、それともこの話が笑えないのか、オチがどこにあるのかさえわからない。
残された時間は、三分。
運任せに適当にヒットしたページを開いていく。
その場にいたら笑ってしまうような話でも、聞きつてで聞くと、可笑しくもなんともない。
まったく、笑えない。
そして、タイムリミットが訪れる。
授業開始まで二分。
僕は、数分の間に幾つか見た笑える話の中から、とりあえず笑えそうだと思った話を文字で短く簡潔に伝える。
『なに、この話。全然、笑えないんだけど。ふざけてんの!? アウト』
十秒もしないうちに評価が返ってきた。
始業のチャイムが鳴り終わったと共に春日井先生が教室の扉を開けた。
先生が教壇に立つと、学級委員の山曽根君が号令をかける。
「起立」
僕はワンテンポ遅れて立ち上がる。
「気をつけ。礼」
全員が着席したのを確認し、僕は一人頭を下げる。
そして、席に着く。
隣の席の新海さんが怪しんだ目つきで僕を見た。
「大村君。足並みはきちんと揃えよう。クラスはそうやって絆を深めていくんだよ」
春日井先生の言葉にクラス中の視線が僕を捕らえる。
みるみるうちに顔が熱くなっていく。
どの視線も気持ち悪い物を眺めるかのような蔑みを瞳に浮かべていた。
けれど、たった一人、窓際最前列に座る女子だけは振り返ることもせずに窓の外を眺めていた。
うららかな五月が終わり、カレンダーが一枚めくられた。
僕はクラスにおいて、変わり者としての地位を確実に固めている。
それもこれも、窓際で我関せずと外の景色に目を向けている一人の女子のせいだ。
『笑える話を探して教えて。それが笑えなかった場合、次の国語の授業の前の号令〈起立、気をつけ、礼〉をワンテンポ分遅れて行うこと』
今日の要求はこれだった。
ちなみに一週間前のミッションはというと、
『今日の体育の授業はバスケのはず。点数を入れること。出来なかった場合、クリームパンとメロンパンとチョココロネを買って、私の靴箱に入れておくこと。【注】パンはまとめて袋に入れておくこと』
だった。
到底無理な話だった。
ドリブルが出来ないレベルまではいかないにしても、点数を入れられるようなレベルでもない。
第一、まず僕にパスが来ることなんてないだろう、と僕は思っていた。
そこにたまたま僕がいたからという理由からだろう。
その予想に反して、まさかのパスが来た。
咄嗟にリングへと放ったシュートはボードに当たりリングをくぐった。
声援なんてもちろん、喜びの声も上がらなかった。
けれど、僕はとても嬉しかった。
ガッツポーズを胸の中で決めるほどの喜びだった。
隣のコートの脇に座っているドラゴンを見ると、なんとも不満げに体育館の床を睨みつけていた。
あの日の放課後から二日後。
最後の十個目の要求メッセージは、生物の授業の終了と共に送られてきた。
『10/10 頼み事をもう十個追加する。今度は一週間に一度。よろしく』
といった、理不尽すぎる内容だった。
それでも、断りもせずにこうして従順と従い続けているのは、ヘッドフォンをかぶり休み時間を過ごすドラゴンの姿のせいなのだろう。
『LINE 鬼人』
待ち受け画面に浮かんだメッセージをスワイプする。
『春日井先生もだいぶ喜んでたわね。もっともっと仲良くなってあげないとね』
『誰が?』
『あんた以外に誰がいるのよっっ!』
目から炎を噴き出したスタンプが連続で送信されてきた。
僕はささやかな抵抗として、その隙間に一つ拳を突き上げ喜ぶハッピーなスタンプを送信した。
『喧嘩売ってるの?』
『売ってない』
『イライラさせないで。そっちまで机が飛んでいくことになるかもしれない』
『逃げる準備をしておくよ』
『幸せね。逃げられると思ってるなんて』
その言葉に呪いめいたものを感じ、対角線上の席に目を向けると、ヘッドフォンをかぶったドラゴンが振り返った。
そして、いつもの鋭く切れ味の良い目で僕を睨み付けた。