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世界のだれかが紡いだもの  作者: 新巻鮭
5章・科学の刃
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白い闇

 地下道に潜り込んだ僕は、いまだ反撃の糸口をつかめないまま、さまよい続けていた。

 すでにLm‐Iは使用限界に到達しており、再起動しても1秒持てばいいレベルだ。


「どうすれば? どうすればヤツを倒せる?」


 ヤツを倒すには、固有兵装の発動をさせないように攻撃しなければならない。要は、ヤツに気づかれないようにしなければならないのである。

 逃げ惑っているこの状況じゃ、相手の死角を突くなんて夢のまた夢だ。


 ならば、兵装的奇襲――――相手の知らない何か別の武器を用いて予想外の攻撃を仕掛ける。

 だが、エリートに通用するような兵装は、支給品以外に無い。


 支給品以外の武器で、支給品並みの威力が出せるものが必要だ。


 今ここにあるのは大型のパイプと、おそらくその中に詰まっているであろう大量の水だけだ。

 とてもじゃないが、支給品並みの威力が出せるとは…………。


 ――――いや、ある。


 情報素子のマップを展開。()()()()までの最短ルートを割り出させる。


「いつまで逃げるつもりだい。負け犬クン?」


 背後からDn‐Sを射掛けられる。

 身をよじって回避するが、正面から吹き付ける爆風で足が止まってしまう。


「捕まえた……」


 その一瞬、だが致命的な一瞬を逃してくれる相手ではなかった。

 僕の首根っこが固く冷ややかな手によって掴まれている。

 Gr‐Tであろうということは、割と簡単に結論付けられた。


「これで終わりだ!」


 ――――殺される!? …………なんてな。


「終わんないよ、バーカ!」


()()を確認。Gr‐T通常起動》

()()を確認。Rp‐T通常起動》


 Gr‐Tの力場でRp‐Tを宙に浮かせ、ヤツの腕を切り落とす。

()()を確認。S/N:000014580の復元開始》

 その間に、首の骨を砕かれたが、瞬時に再生する。

 改めて考えると、恐ろしいことだ。普通の人間ならとっくの昔に死んでいる。


 僕はせき込みながら距離を取り、ヤツと対峙する。


「少しはやる気になったかい?」


 切り落とされた腕をくっつけながら、訊ねてくる。

 僕は情報素子のディスプレイを見やる。目的地はもうかなり近い。


「やだね!」


 Rp‐Tを送還してから再び踵を返して、脱兎のごとく駆けだす。


「――――まだ逃げるか!」


 僕の周囲の壁が、天井が、僕に向け殺到する。


「逃げるさ!」


 Gr‐Tで崩されたものだ。Gr‐Tで突破できない道理はない。

 僕は自分に降りかかりそうになる最低限の瓦礫を弾き飛ばし、先に進む。


 さあ、目的地まであと少し。自然と足に力が入る。


 自分で崩した瓦礫に足止めされているのか、向こうの進みが遅い。

 このスキに一気に進む!


「――――着いた!」


 辿り着いた先にあるのは、深部へと続く長大な階段。

 この先が予想通りのモノならば、僕の勝ち。そうでなければただの行き止まり。袋の鼠だ。


「さて、と…………」


 階段を下りる間も惜しかったので、飛び降りる。


 お粗末な扉を蹴り破り、最深部へと到達する。

 あるのは大型のタンクの群れ――――つまりここは、この街の貯水施設だ。


「よし……!」


 ひとつ賭けに勝てた。さあ、ここからふたつ目だ。

 勝つべき賭けはまだまだある。

 しかもどれもが自分の命をチップとしており、最後まで負け無しでないと『勝利』という払い戻しはなされない。


 割に合わない賭けだな、と思う。

 だが、この賭けから降りる気にはなれなかった。


 ――――待ってる人がいるから、な。


 ナクアの戦いが終わるその日まで、僕がこの賭けから降りることはないだろう。


()()を確認。Rp‐T機能制限状態で起動》


 そして、最後に勝利するのは僕だ。やつらじゃない。

 タンクに飛び乗りその上にRp‐Tを置くと、今しがた蹴り破った扉を見やる。


「ゲームオーバーだ」


 いつの間に来たのだろう。そこには、男が立っていた。


「どっちが?」

「そっちが」


()()を確認。Dn‐S通常起動》

 もうそれ以上の言葉は不要だった。


 互いに選んだ兵装はDn‐S。だが、装備が同じと言えど、選ぶべき戦法は無数にある。

 そして、ヤツの戦法と、僕の戦法とが被ることはありえない。


 ヤツが引鉄を絞るのに合わせて、僕も引鉄を落とした。

 弾道はまったく同じ。ただし砲弾の進む向きは真逆。

 両者は衝突し、爆散する。頬を撫でる熱風が心地いい。


「まだ……まだ遠い……」


 射撃しながら、ヤツは少しずつこちらとの距離を狭めていた。

 ――――そうだ。こっちに来い。


 砲撃が止んだ時点で僕は貯水タンクの上から飛び降り、真正面から対峙する。


「あーあ。弾切れだ。しばらく使いモンにならんね」


 わざとらしい仕草で肩を竦めてDn‐Sの弾切れを宣言する。


「射撃武器を持たない人間をなぶる趣味があるとは思えないけど、どうよ?」


 拳を握って、ファイティングポーズを取る。


「格闘戦でやりあうのか」

「おうよ。でもGr‐Tはナシだぜ?」


「……………………わかった」 


 僕はDn‐Sを送還し、代わりに拳を構える。

 ヤツの顔が妖しくニヤついているのが気がかりだけれども、こちらも同様な状態だろうから、特に気にしないことにしよう。


「いっくぜぇええッ!」

「……………………」


 ヤツは叫んで、僕は無言で。しかしまったく同じタイミング、まったく同じ動作で、互いに向かって突進する。

 速度は同じ、装備は素手なら対等だ。でも、ハッキリ言って、装備どうこう以前に、僕は明らかに功夫不足だ。真正面からやりあえば負ける。

 だから、事前に策を弄した。


 ――――そうだ。こっちへ来い。


 今の僕はきっと、傍から見れば策に溺れている策士もどきに見えているのだろう。だけど、今の僕にはできないことが多すぎる。できないことは、知恵で補うしかない。そして、こと戦いにおける知恵すら、僕にはほとんどない。


 だから、あえて策に溺れるんだ。

 溺死寸前になっても構わない、最後に生きてさえいれば。そう、生から死へどれだけ近づこうが、死に足を踏み入れない限り、それは生だ。


 僕は、今のこの策が最善だと思っている。

 相手が自分の都合のいいように動くことを前提で、物事を進めようとしている。


「うらァッ!」


 大振りの拳が飛んでくる。これを躱すのは簡単だ…………だが、妙だった。

 拳の握り方が、変だ。まるで何かを握っているかのような…………?


「――――――――――――――――ッ!!」


 直感から、僕は跳躍していた。疾走の勢いから、もう止まれないことは、バックステップで躱せないことはわかりきっていた。だから少しでも早く、高くに移動するため、床を力の限り蹴り飛ばす。


 ――――結論から言ってしまえば、間に合ったとも言えるし、間に合わなかったとも言える。


 ヤツは拳を振り切る瞬間にRp‐Tを展開していた。それは、さっきまで僕の頭のあった場所を通過していた。そして、今その場所には僕の腰部があった。


 灼熱の剣は綺麗に、それこそ何の抵抗もなく僕の身体を上半身と下半身に分断してみせた。

 あまりの衝撃に、一瞬意識を失うが、痛みのせいで現実まで引き戻される。


「仕留め損なったか…………それは残念だが」


 僕の身体は血と諸々の消化液の混ざった液体をまき散らしながら、墜落した。

 互いの位置関係は、今ここで整った。


「まさかここまでバカとは思わなかったね。素手で勝負なんてするワケないじゃん」


 ヤツは僕を嘲りながら、勝ち誇った表情で近寄ってくる。

 後は起動させるだけ。


「さて、と。遺言があるなら聞いとくぜ?」


 親切なことだ。自分が置かれている状況にも気づかずに。

 作れるチャンスは一瞬だろう。その一瞬を逃すわけにはいかない。


「じゃあ……知ってるか?」

「ん? 何が?」


「相手にとどめを刺すまでが――――」


()()を確認――――》


「勝負だってこと…………さ!」


《Gr‐T高出力状態で起動》

《Rp‐T高出力状態で起動》


 爆発的な威力の力場がヤツを弾き飛ばす。

 先ほどRp‐Tを置いたタンクが()()()方面に。

 今はタンクは存在しない。何故か?


 ――――跡形もなく吹き飛んだからさ。


 Rp‐Tは、とんでもない熱量の塊だ。

 空気中ではなぜか発動しないが、何らかの固体、液体と接触している間はその機能はいかんなく発揮される。


「な、なにぃいいいいいいいいいいいいい!?」


 高出力駆動状態のRp‐Tは特殊合金製のタンクをやすやすと溶かし、蒸発させる。熱は瞬く間に伝播し、内部の水をも瞬時に蒸発させる。気化することで爆発的に体積の増えたこれらの物質は、熱風となってこちらへ襲い掛かってくる。


「水蒸気爆発とはいかなかったけど、これならどうだ!?」


 熱風をGr‐Tで防ぎつつ、焼けただれた下半身を掴み取る。

 くっつくかどうか不安ではあったが、問題なく固着し、復元までした。


 まるでゾンビだな、と思いつつ、目を凝らしてヤツの姿を確認する。


「…………いた……!」


 立ち込める蒸気のせいで視認は困難だが、何とか白い闇の中から確認する。


「やって…………くれるじゃねえかよ」


 強烈な熱風に炙られているのに、皮膚がただれはじめているというのに、そこに立っていた。

 驚くべき精神力だが、無意味だ。狙いがつけやすくて、大いに結構。


「ぶっ殺してやるぁああああああああああああああああ!」


 向こうが僕を確認するまでの一瞬、この間に決着を付ける!


「――――うるさい」


 自分でも驚くほど自然に、身体が動いた。

 一切の無駄を省いた完璧な動作で、拳を頬にねじ込み、床に勢い良く叩きつける。

 僕は、流れ作業を遠くから眺めているような気分で、頭蓋を砕いた余波が床をクレーター状に陥没させるのを眺めていた。


「…………やった……」


 残った肉塊を見て、もう動かないことを確信する。


「僕の、勝ちだ」



「――――そうだな。紛うことなく、お前の勝ちだ。おめでとう、とでも言っておくか。拍手ついでに」



 軽く手を叩く音と、聞き覚えのある声に振り向けば、見覚えのある、というには語弊のある、目にしたことがあるのはこの前の1度きりの、毎日のように鏡で見ていた顔。

 僕そっくりのエリートか。


「何の用だ?」


 あからさまにいらだちを含んだ声で問いかける。


「そうカリカリすんなよ。ハゲるぜ?」


 対する向こうは、この前の戦闘狂な表情とはかけ離れた、まるであれはただの仮面でしたとでも言わんばかりの柔和な顔で接してくる。


「お前に心配されるほどハゲ因子には悩まされてない」


 手持ちの装備はかなり心もとない。Rp‐Tは使用限界で、他の支給品もかなり消耗している。

 もし向こうがまったく消耗していないなら、全力でぶつかって負けるのは明らかだ。


 …………どうする?

 拳を構えつつも、勝機は見い出せそうになかった。


「どうだかな…………と、今日は別にやりあうつもりはない。疲れたからな、帰って寝るさ」

「じゃあ何だよ?」


「あいさつと質問だ」


 あくまでも柔和な表情を崩さずに接してくるその様は、かえって僕の警戒心をかきたてる結果となっている。知ってか知らずか……もし知ってやってるなら、嫌なやつだな。


「質問?」


「まず、お前の名前は『エリオン・ディスデーター』である。イエスかノーか?」

「知るか」


 即答する。答える義理はないし、そもそも僕の本名なんて覚えていない。


「そっちが名乗ったら答えてやらないでもないよ」


「オレか? オレは『スレーヴァ』だ。で、お前は?」


 スレーヴァ、という言葉に、僕はなぜか聞き覚えがあるような気がした。でも記憶にはないし、同名の知り合いもいない。デジャヴュってやつかな。


「おい、お前は?」


「――――レイト」


 動揺を悟られないよう、手短に答える。


「レイト? …………ああ、レイト(010)ね。あいつも随分と洒落がうまくなったもんだ」


 スレーヴァは、くっくっくと心底楽しそうに喉を鳴らして笑う。


「何のことだよ?」


 まるで意味がわからない僕は思わずスレーヴァに質問を飛ばしてしまう。


「ん、わからない? ――――もしもの時にすっとぼけて名乗れと言われたのか…………記憶が無いと見た」

「なんでそう思うんだよ?」


 図星ど真ん中を当てられ、しかし否定するしかない現状で出た言葉はそれだけだった。 


「んー…………知るか」


 ムカッときた。僕がさっき言った言葉をそのまま返されたのは。


「大体、質問してるのはオレだ。お前じゃない」

「……そうかよ」


 いらだちを隠す気にもなれなかった。

 きっと今の僕はとても醜い顔をしているんだろうな。


「じゃあ、次の質問な。お前の仲間には金髪碧眼の美人がいる。イエスかノーか?」

「ノー」

「嘘だな」


 一瞬で見破るか。


「……じゃあ聞かなきゃいいじゃないか」

「なるほど、イエス。ということか」

「……………………」


 くそ、カマかけられた。

 僕は自分の間抜けさ加減に内心舌打ちしながら、スレーヴァをにらみつける。


「そいつの名前はナクアである。イエスかノーか」

「はいはいイエスイエス」


 まともに相手するだけ無駄だ。

 ここはふざけて、情報の信頼性を落としてやるのが得策か。


「そいつのおっぱいはでかい。イエスかノーか」

「はいはいイエスイエス」


「そいつのボディにお前は常時ムラムラしている。イエスかノーか」

「はいはいイエスイエス…………って、ちょっと待て!」


 さっきから全然関係のない方向に話が進んでないか!?


「不潔だな……」

「違う! 今のナシ! ナシだから!」


「え、ナシ? ナシだって? 気にならないのか? あのボディだぞ?」

「気になんかならないよ!」


「……そうか……………………不健全だな」

「じゃあどう答えればいいのさ」


「素直に認めればいい」

「それだと不潔って言ってたけど」

「あぁ…………」


 そういえば、とでも言いたげに、納得するスレーヴァ。

 こういう表情を見ていると、エリートであろうと、フォマルティアに所属していようと、1人の人間であることを否応なく意識させられてしまう。


「だいぶ話は逸れたが、訊きたいことは大体訊けた…………と、そうだ。最後にひとつ。質問じゃなくて頼み事だ」

「…………何だよ?」


 接点もこれといって特にない僕らだ。一体どんな頼み事が飛び出すのやら……。


「オレ達と同じ色の髪と目をした女だ。たぶん、髪は三つ編みひとつでまとめてる。歳は14で名前は『シルフィー』っていうんだが」


 僕と同じ色の髪と目。歳は14…………それとみつあみ、ね。

 不思議と、それに近い人を僕は知っているような気がした。

 それも失った記憶ではなく――――失ってから描かれ始めた、比較的新しい記憶にいる人物の中に、いるような気がする。


「――――その、なんだ。仲良くしてやれ」


 まさか、世界を滅ぼそうとしている連中から、そんな言葉が飛び出すとは予想できなかったため、少し面食らってしまう。


「『してくれ』じゃなくて?」


 なんとなく微笑ましく思ってしまった僕は顔をほころばせながら言葉を紡ぐ。


「そうだ。ここで頭下げるのはオレの性に合わん」


「確かに伝えたからな。ちゃんと実行しろよ」と言うだけ言うと、背を向けて歩きはじめた。

 僕が背中を襲わないとでも思っているのか、襲われても撃退できる自信があるのか。


 ――――どちらにせよ、僕にその背中を攻撃することはできそうになかった。

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