逃走/対峙
薄暗い地下道を駆け、敵のいる場所を追う。
向こうが意図に気づけばこちらの負け。そして、稼げる時間は少ないだろう。
だが、どうやら賭けには勝ったらしい。
何事もなく、まんまと敵の真下にまで潜りこむことに成功した。
「…………ここ、だッ!」
《呼び出しを確認。Gr‐T通常起動》
僕は天井を掴む力場をイメージし……そのまま引き落とす!
「何ィイッ!?」
崩れる地面の隙間、敵の驚愕に染まる表情を見た。
「とどめッ!」
《呼び出しを確認。Dn‐T高出力状態で起動》
僕はDn‐Tを手に執り、スコープ越しにヤツの間抜け面を覗き込む。
障害物が多く、距離も中途半端に近すぎる。Dn‐Tには不向きな条件だが、外すつもりはない。
引鉄を慎重に、撫でるように――――引く。
火薬の爆圧が重徹甲弾を弾き出すと同時、長大な銃身にしつらえてあった電磁加速器が起動する。
従来のものを数段上回る運動エネルギーを得た重徹甲弾は、しかし目標を見失った。
敵の姿、生体反応、物質としての存在、全てがこの場から消え去ってしまっていたのだ。
「固有兵装か…………」
だが、性質そのものは前回ので大体理解している。
物質的に消えることのできるシステム…………ではないようだが、少なくともこの世界からの干渉を一切受け付けないどこかに退避しているのだろう。
しかも、そこからはこちらの様子を逐次把握できて、なおかつ指定した座標にまで瞬時に移動できるという、便利機能付きの安全地帯だろう。
「でも、ズルが通用するのは――――最初の1回だけだ!」
降り注ぐ瓦礫の山をかいくぐり、地表に出る。
周囲は住宅街――確かリアの家のある付近だ――見通しは十分、破壊は最小限にとどめたいところ。
さて、ここで状況を整理しよう。
まず、自分は相手の姿を捉えられない。しかも、自分は家をなるべく破壊したくない。
それに引き替え、相手は自分を認識することができる。ただ、相手は自分に手出しできない(固有兵装展開時は。しかもそうあってほしいという希望的観測)
要は、無敵ステルスを使われているだけ。
向こうが手出しできるのは、こちらを確実に捉えている間のみ。
――――だから、姿を隠せば問題ない!
《呼び出しを確認。Dn‐S通常起動》
僕は家をなるべく破壊しないよう、道路をなぞるようにDn‐Sを掃射した。
道路の舗装は剥がれ、土がむき出しになる。爆風で塀が破壊されることまでは大目に見てもらおう。
さて、下準備はできた。爆煙というおまけもついている今のうちに僕は…………。
地面を――――Gr‐Tで殴りつける!
発生させるのは拳の進む向きと真逆の力場。
大量の土砂を巻き上げる!
砂のカーテンを編み上げ、視界を奪う。
生体反応を見つけることができたとしても、正確な位置まで把握できなくなっているはずだ。
「…………さあ、どう出る……?」
情報素子の生体反応を食い入るように見つめ、ヤツの動きを見極める。
――――動き無し、か?
砂煙が晴れ始めた頃を見計らって、もう一度地中へと潜りこむ。
「地下での戦いがお望みかい?」
――――え?
「なら、こいつはいかがかなあッ!?」
思考が結論にたどり着くより先に、天井が崩れた。
反射が身体を突き動かし、かろうじて崩落に巻き込まれることは避けたが…………。
「おー、生きてる生きてる。ま、あの程度で死んでちゃ興ざめだけどな」
これじゃ……上から丸見えだ。
――――どうする?
どう切り抜ける?
「んじゃ、試合再開といきますか!」
こりゃ……まずいな。
《呼び出しを確認。Lm‐I通常起動》
とにかく時間を稼ごう。
なるべく距離を取って、近づかせない。
僕は地下道の奥へ奥へと進んでいく。
「逃げるのかい…………興ざめだな」
そうつぶやいたヤツの声は妙なくらい頭にこびりついて離れなかった。
▼
「あ……退避機、ですか?」
「うん、持ってないかな?」
「すみません…………持ってないです……」
リアは瓦礫の山と化した校舎を一瞥し、ここはもう絶望的か、と諦める。
「あー、いいよ。他当たるから」
踵を返して、立ち去ろうとしたところで、ふと思いとどまる。
今のこの街は危険人物の巣窟であり、リアもシルフィーも丸腰の女の子だ。
「…………一緒に来る?」
リアは半ば無意識のうちに勧誘していた。
「そう、ですね。お願いします」
商談は成立。
頼りなく、いざというときはリアがフォローしなければならないような気がするレベルの仲間ではあるが、不思議と心は軽くなった。
「この辺りで、退避機がありそうな場所ってある?」
お互い、情報素子の地図を開きながら、相談する。
もちろん、生体反応をチェックすることも忘れない。
「んー、そうですねー」
「…………いや、待って」
シルフィーの返答を聞くより早く、リアが彼女を押し倒し、瓦礫の山に身を隠す。
「(な、何ですか!?)」
「(シッ、誰か来た!)」
息を殺しながら、リアは相手の生体反応を追う。
動いていることを悟られただろうか、と思うより早く、生体反応は校門をくぐってきた。
――――あちゃー、こりゃ確実に気取られたなあ……。
思ったよりもずっと冷静でいる自分に驚きつつも、瓦礫の隙間から相手の姿を探す。
「~~~…………」
遠くで何か囁くような音をリアは聴く。
いや、実際に囁くような小さな声で発せられたつぶやきだ。
女か、男かは判別できなかったが、それだけはわかった。
「誰かいる?」
今度の声は、よく聞こえる音量でリアたちに向けて投げかけられる。
――――そう言われてノコノコ出ていくような状況じゃあないですヨ。
今の声から、リアは相手の性別と年齢を割り出す。
おそらく女、年齢は同じくらい。
ヘルメットや仮面等による音のくぐもりは無し、おそらくノーマルではない。
エリートか、それともお人好しのバカか、自分たちと同じ境遇の人間か。とリアは判断する。
最初のであってほしくないなあ、とリアは思う。
「呼び出し…………Te……m…l」
…………何をしてるんだろう?
リアはまったく理解できなかったが、彼女が何かをしようとしていることだけはわかった。
「c……ge dire……to…… li…… se……ts……」
先程から、生体反応は微動だにしない。
不気味なほどの膠着状態が、リアたちの精神を摩耗させてゆく。
「caten……e………………th…… key……」
キー、と言い切った時点で、彼女は黙りこくってしまった。
何かを見つけたのか、そしてそれは、リアの予想する限り最悪の…………。
「ぅぁ……ああああああああああああああああああああああああ!」
思考よりも先に、体が動いた。
――――渡さない! 渡さない! お前らなんかに、絶対!
瓦礫の小片を掴み、殴りつける。
考えうる限り最短の軌道で、体の限界を無視した最速の、最高の効率の。現時点のリアが繰り出しうる最強の攻撃だった。
…………しかし、止められた。ただの片腕で、リアをロクに見もせず。
「あ…………」
また体の動きに思考が追いつかない。
気がついた時には、腕に引っ張られるようにリアの体が宙に舞い――――地面に叩きつけられていた。
強烈な衝撃による痛みが全身を駆け巡る。
痛い、視界が明滅する、呼吸すらまともにできない。
霞む意識の中でリアが見たものは……驚きの表情に染まった…………。
「古着屋さん!?」
「……エリアリーネ?」
唐突にリアの意識が覚醒する。痛む体を無理やり起こし、顔を覗き込む。
リア自身、彼女とそう何度も会っていたワケではなかったが、その人形のように美しい容姿はそう簡単に忘れられるものではない。
それよりも意外だったのは、その古着屋がリアの名前を知っていたことだ。
リアは彼女に自己紹介した覚えはない。
「……私を知ってるんだ?」
「まあ、ね」
リアは思考する。
彼女がリアの名前を知りうる手段は何であるかを。
「なんで知ってるのかな?」
まずストレートに訊ねてみる。
これで答えてもらえれば御の字といったレベルだ。
「レイトに聞いた」
リアの呼吸が一瞬詰まる。
――――レイト……か。
リアは、少しずつパズルが組み上がっていくような感触を覚える。
しかし、同時に違和感も覚えていた。それはジグソーパズルを組み上げていくにあたって、違う絵のピースを混ぜられているような感覚に似ているかもしれない。
「あなたは、私の敵?」
身構えつつも、なるべく穏やかな口調で訊ねる。
本気でぶつかれば勝ち目は無いということは、リア自身わかっているからだ。
「敵? ちがうよ。私たちは単なる敵じゃない。もっと厄介なもの、だよ」
よほど意外なことを言われたかのように、目を丸くしながら、答える。
「敵より、厄介なもの……って?」
なんだろう? と一瞬だけリアの思考が止まる。
「――――恋敵、かな?」
その一瞬の間に、ナクアの拳が鋼色のグローブに包まれる。
そのまま腰を落とし、拳をリアにねじ込もうと打ってきた。
「…………え?」
あまりに突然のことで、リアは不思議そうに、自分の腹に拳がめり込んでいくのを眺めていた。
卓越した動体視力のお陰で、動きそのものはハッキリと、まるでスロー映像でも見せられているかのようによく見える。
ゆっくりと……そう、ゆっくりとリアの腹に沈み込んでいく。しかし、痛みはない。
――――そりゃそうか……だって、私の身体には。
力場が流れていないのだから。
視界の隅で、瓦礫となった校舎が持ち上がって、中にいる生存者が這い出すのが見える。
リアはこの時はじめて、自分の視点が低くなっていたことに気づく。腰が抜けていた。
「びっくりした?」
イタズラっぽい笑みを浮かべながら、ナクアは言う。
「やはは……とってもね」
さすがに今のは心臓に悪すぎだろう、と思いつつも笑うだけの余裕はあった。
「あ、あの……! 何とも、ないんですか!?」
隣の超常現象そっちのけで、シルフィーが心配しに来る。
「あー、うん。そだね。何ともないよ」
腹部を触ってみても、何ともなかった。
強いて言うなら、心臓がバクバク言っているくらいだろう。
「私、『ナクア』。これからよろしく。恋敵さん」
差し出された手を拒むことなく取り、立ち上がる。
「『エリアリーネ』だよ――――って、知ってるか。皆リアって呼んでるよ。それで、こっちは…………」
紹介しようとしたところで、はたと気づく。
――――私、この娘の名前知らないや!?
「あの、『シルフィー』です」
「じゃあ、フィーちゃんだねー。改めてよろしくー」
先にリアが返事をしたことに、ナクアは面食らってしまう。
仕返しはうまく行ったようだ、とリアは内心ほくそ笑む。
「じゃ、早いところ避難したほうがいいよ。危ないから」
「う、うん。なーちゃんは? どうするの?」
「私? 私は残るよ。やることがあるから」
逃げるなんて選択肢がはじめから無かったかのような無邪気な返答をされ、リアは一瞬鼻白む。
「そ、そうなんだ……じゃあ、いろいろありがとうね」
すっかり整理された瓦礫の山から退避機を2着取り出し、シルフィーと一緒に着用する。
「…………大事にしてね、あなたの持ってる『鍵』」
退避機の起動直前のナクアの耳打ちに対し、リアは「当然だ」と言わんばかりの笑みで返した。