相対/敵対/絶対
「はぁあッ!」
屋根を踏みしめ、上方向への加速をかける。
単純な蹴り上げだが、この身体の跳躍力はなかなかバカにならない。
僕の足は弾丸のような速度で阿修羅の顔面のひとつにめり込み、ヤツを転倒させる。
反動で後ろへ跳躍、もう一度喫茶店の屋根に降り立つ。
ダメージこそ通ったものの、阿修羅もどきはまだまだ健在と言って差し支えないレベルだ。
さすがに、足技だけじゃ、きついか……?
「ね、時間ももったいないし、支給品使おう」
せっかくカッコつけたのにな…………とか考えつつも、ナクアを地面に降ろす。
《呼び出しを確認。Dn‐S通常起動》
3発。
超音速の砲弾は正確に3つの頭部を撃ちぬき、爆ぜた。
それきり化け物は動かぬ骸と化した。
「ね、レイト……」
「なに?」
振り返ろうとするのと、頬に暖かくしっとりとした感触が広がったのはほぼ同時だった。
「お姫様抱っこのお礼」
柔らかな笑みを浮かべるその頬には、いくらか朱がさしていた…………ような気がする。
それでも、僕の心を動かすには充分すぎるものだった。
「あ、ありがと…………」
心は動いても、舌はあんまり動いてはくれなかった。
気の利いた文句のひとつでも言えればいいのになあ。
「さ、がんばろ。家がなくなったら大変だもんね」
「そうだね。早いとこ片づけないとね」
「――――そうは問屋が、おろしかね! ってな!」
不穏な気配を察した僕らは、急いで屋根から飛び降りる。
次の瞬間には、喫茶店そのものが瓦礫と化して宙へと舞っていた。
「Gr‐Tか!」
出力は低めだったが、声がハッキリ聞こえた。そこまで離れてはいないだろう。
「躱したか……アレで終わりゃあ、楽だったのにな」
姿を探せば、隠れる気もなかったのか、アッサリと見つかる。
その風貌には見覚えがあった。
「…………お前は」
いつぞやの、僕をぶん殴ってくれたエリートか。
「……死んでなかったんだ」
ナクアが冷たい視線を投げかける。
どうやら、僕には勝ったけど、ナクアには殺されるくらいの深手を負わされていたらしい。
「帰ってきたのさ、死者の国からな」
「……なら何度でも送ってあげる、死者の国に」
ナクアが前に進み出ようとするのを、僕は手で制する。
「――――僕がやる」
そう何度も醜態を見せてなるものか。
今度こそ、今度こそ勝ってみせるさ。
「ほお、負け犬君がお相手してくれるのかな?」
「言ってろ」
ナクアを背にかばうように前へ出る。
「今度は負けない」
「ふーん。こっちは2対1でも気にしないけどな」
大した自信だ。
絶対に負けない保証なんて、どこにもないだろうに。
「軽くもんでやるよ、かかってき…………ッ!」
《呼び出しを確認。Dn‐T通常起動》
待ってやるつもりはなかった。
速攻でDn‐Tの重徹甲弾を叩き込む。
「おー、こわいこわい」
難なく避けられてしまう。そううまく事が運ぶとは思ってはいなかったが、残念ではある。
楽に勝たせてはくれないらしい。
「チッ……避けたか」
舌打ちしている間に、向こうはこちらの懐にまで潜りこんできていた。
「サイナラ! ってな!」
手に何かを握ろうとする動作から、Rp‐Tの出現を予測する。
《呼び出しを確認。Rp‐T機能制限状態で起動》
横薙ぎの一閃を、逆手に持ったRp‐Tで受け止める。
刀身は、地上のあらゆるものを蒸発させうる熱を受け取りながらも、涼しい表情をしている。
「なめるなよ……!」
腕を振り上げ、装弾棹を口に咥えてから、干し肉でも噛み千切るように引っ張る。
重い金属音とともに、次弾が薬室に装填される。
攻撃準備が整った時には既に向こうは行動を始めている。
足が振り上げられているのが見えた。顎なり腹なり、どこかに当ててバランスを崩そうという狙いで放たれた蹴りだろう。
――――バランスは崩してやるよ……お前の思惑通りにかどうかは知らんが、な。
引鉄を力いっぱい絞ると、Dn‐Tの銃身が唸りを上げた。
狙いは定めていない。どうせこの体勢ではデタラメな方向にしか飛ばないから。
僕はDn‐Tの反動に逆らわず、後ろに跳んでいた。
もんどりうって倒れ、すぐに跳ね起きるが、僕はまた一瞬遅れを取っていた。
向こうのRp‐Tがすでに振り上げられている。
「僕に……近づくなよ!」
《呼び出しを確認。Gr‐T高出力状態で起動》
Rp‐TとDn‐Tを送還し、両の手に鋼のグローブを纏う。
灼熱の刃が僕の身体を焼切る一瞬手前、ヤツを押し出すように腕を突き出す。
何とか間に合ったらしい。やつの身体は弾かれ、宙を舞っている。
《呼び出しを確認。Dn‐S通常起動》
空中にいる間はいかにエリートであろうとも、軌道を変えるにはGr‐Tを使う以外に無い。そして、ヤツは今Gr‐Tを展開していない。
――――たたみかける!
一瞬のためらいもなく、発砲する。
砲身から次々と弾が吐き出され、標的へと跳びかかる。
しかし、その砲弾のいずれもが、ついに獲物を捕らえることはなかった。
空中で迎撃されたのだ。恐ろしいまでの正確な射撃で。
爆風が僕の身体を殴りつける。
踏ん張ってこらえつつ、情報素子で敵の位置を確認する。
この速度だと、かなり遠くまで飛びそうだと思った矢先、急激に減速する。
地に着いたか?
次の瞬間、僕は砂煙で編まれたカーテンに、確かな揺らぎを認めた。
Gr‐Tで視界を無理やり確保しようというのだろう。そうなれば、状況はイーブン……いや、支給品を消耗させている分、こちらの方がやや不利か…………。
なら、ここいらでトリックプレーといこうじゃないか。
僕は近場にあったマンホールをこじ開け、中に飛び込んだ。
《呼び出しを確認。Zs‐I通常起動》
僕はZs‐Iで明かりを確保しつつ、生体反応を追う。
▼
「…………渡せないよ。これは、預かったものだから」
「預かりものは、持ち主に返すのが礼儀だ。違うか?」
「…………っ」
腰のホルスターに手をのばそうとして、一瞬ためらう。結局右手は虚空を掴むに留まった。
「ね、どうしてこんなことするの?」
「どうして…………か。どうしてだろうな? 種が己の存在を維持し続けるのは、ただの本能だ。それに伴う他種族の駆逐も含め、な。理由をつけるのは学者の仕事だ。己れは知らん」
「同類を殺すことが、種の存在を維持すること?」
「己れたちにとっては違うな。この世界にいる人間は己れたちではない。お前も、わかってるんじゃないのか?」
「スレーヴァだって、元はこっち側のにんげ…………」
「いいや……フォマルティアだ」
リアの言葉を、スレーヴァは否定の言葉で遮る。
「そして、お前は……裏切り者だ」
「――――――――っ!」
裏切り者…………。
その言葉は、奇妙なくらいリアの胸に深く刺さった。
「だが主は寛容だ。鍵を返上し、己れたちの下へと戻ってくるのならば――――罪は取り消そう」
リアは、スレーヴァの言うとおりにしたその先をシミュレートする。
「…………やっぱり駄目だよ」
「そっか――――――なら死ね」
スレーヴァの脚に力が入れられることを、リアは理解する。後ろにステップし、回し蹴りを躱す。
リアが驚異的な反応速度を見せたことにスレーヴァはヒュウと口笛を吹く。
「ならこれはどうだ?」
誇張でもなんでもなく、言葉通り目にも留まらぬほどの速さの拳が打ち込まれる。通常の人間の反応速度なら絶対について来れないレベルだ。
それでも、リアは反応して見せた。
矢継ぎ早に打ち出される拳の軌道を全て把握し、安全地帯へと素早く逃れる。
本来ありえないはずだった。
「こん……にゃろ!」
業を煮やしたスレーヴァが今までにない大振りの構えをとる。
「くらえや!」
その拳は、今までのに比べてあまりに速く、しかし直線的な、軌道を読みやすいモノだった。
リアは難なく躱し、スレーヴァの腕を取ると、パンチの威力そのままに――――投げた。
スレーヴァは道路の真ん中に無防備な状態で放り出された形となる。
「う……わぁあああああああああああああああああああああ゛!!!」
地面を無様に転がる彼に向け、リアは咆哮をあげながら銃を向け、引鉄を引く。
一瞬のためらいすら無かった。今の彼女にあったのはただ明確な殺意だけだ。
1発、2発…………。
18発撃ち尽くしたところで、遊底が開いたまま止まる。
「ッ! ハッ! ハァ…………ッ!」
銃弾を撃ち尽くしても、呼吸は乱れ、心臓は早鐘を打ち続けたまま、当面治まる様子はない。
「殺した……? スレーヴァを…………?」
極度の緊張と興奮によってか、リアの目の焦点は定まらなかった。
「心配しなくてもいいよ」
焦点が定まらないとはいえ、自分の身体の異変なら理解できた。
リアの足は地から離れていた。
「君は、だれも殺してないから」
息苦しさから、首が絞められているのだと、判断する。
「ぁ…………あ゛ー…………!」
「大丈夫、優しく……殺してあげるから」
幼さを残したその柔らかな貌、包容力を備えていそうな、その声色。
そこには、リア自身がよく知る、スレーヴァの姿があった。
「…………ぁ……」
頬を涙が伝うことで、ようやくリアは自分が泣いていることに気づいた。
――――ああ、私は、私という人間は、今に至っても、スレーヴァを殺そうとしている。
それは、ある種の呪いに近いものだろう。
向かい合えず、今まで避けていたけれども、ついにぶち当たってしまった呪いの壁だ。
――――そうだね、スレーヴァもきっと――――こんなこと、望んでない…………。
手を中空に彷徨わせ、武器になるものを探す。
ちょうど、コンクリートの塊ががへばり付いた鉄筋を掴んだので、片手で振り上げる。
リアは初めて、自分の、普通の人より強い腕力に感謝しながら、振り下ろす。
顔面にクリーンヒット。コンクリートが砕ける音と、嫌悪感を催す確かな感触が体中に伝わる。
首にかけられていた力が緩み、リアは久方と思える一瞬ぶりに地に足をつける。
しかし、まったく安心はできなかった。
リアは丸腰、相手は、どこに何を隠しているか分からない。
「ああ、もう! なんで邪魔するんだよ! 鬱陶しいなあ!」
顔を押さえていたスレーヴァの右腕が突然鋼色に染まる。
否、染まったのではなく――――鋼色のグローブがその手に装着されていた。
「もういいよ、サッサと死んで」
ぞわり、とリアは全身が粟立つのを覚えた。
安全地帯が、見えない。どこに行っても、殺される。
彼女は今、まるでスローモーションを見せられているような感覚で、スレーヴァの腕が振り上げられるのを眺めていた。
「エリオン、さん…………?」
その彼女を現実に引き戻したのは、どことなく聞き覚えのある、女の子の声だった。
「な! シル……ッ!? い、いや、誰だお前は!?」
あからさまに動揺した頓狂な声を上げるスレーヴァ。
振り上げられた腕は、目標を捉えることなく、今も彷徨い続けている。
「エリオンさん……ですよね!?」
「…………知らない、お前なんて知らない。違う、知ってる。でもスレーヴァは知らない」
スレーヴァは彷徨っていた腕を下ろし、茫然自失と言った様子で支離滅裂なことをつぶやき始める。
心なしかリアには、今のスレーヴァには冷や汗どころか脂汗がにじんでいるかのように見えた。
「エリオンさん!」
「来るな! 来るなよ!」
駆け寄ろうとするシルフィーを駄々をこねる子供のように腕をデタラメに振り回して拒絶するスレーヴァの姿には、先ほどまでの覇気はまったくと言っていいほど感じられなかった。
「ぁあああああああああああああああ!! くそっ!!」
スレーヴァは地を蹴り、どこへともなく跳躍する。それを追跡できる者はこの場にはいなかった。
「……………………っぁ……はぁ~……」
リアは緊張のせいで肺に溜まっていた空気をゆっくりと吐き出す。
理由はまったくわからなかったが、助かったことに、命がまだ続いていることに感謝した。
――――生きてることがこんなにありがたく思えたのって、初めて。かな……。
息を吐き出し終えると、リアはシルフィーの方へ視線を移す。
「ふい~、おかげで、助かりましたヨ」
歩み寄りながら、リアは少しずつ思い出す。
確かこの子は、レイトが倒れていた時に傍にいた少女ではなかったか、と。
「…………あ」
声をかけた時点で、ようやくシルフィーはリアの方へ向き直る。
まるで、今までそこにいたことすら気づいていなかったかのような素振りだった。
「ありがとうついでに、聞いていいかな?」
「え? …………はい」
返事をするにも、心ここにあらずと言った風な反応しか返ってこない。
「――――退避機、持ってない?」
世界の誰かが紡いだもの
今日で連載開始から1年になります。
更新は不定期のままですが、今後ともよろしくお願いします。